ひらひらと、遅咲きの桜が花びらを舞わせる。
もうすぐ新緑の季節となるが、この山の桜は満開だ。
だがそれは例年のことであり、事前にその情報を得ていたリナは、それを存分に堪能するため、ちょっとした家族旅行を計画した。
−−−桜を見ながらのんびり温泉三昧−−−今回の旅行のコンセプトである。
それに沿って選ばれたのは、その山中にあるちょっと高級感あふれる温泉宿。
母屋を中心に、十棟ほどの独立した離れが点在し、各々に小さな露天風呂と内風呂を備えた静閑な構えの作り。
その中の1つを押さえたガブリエフ家ご一行様は、3泊ほどここに滞在することになっていた。
−−−が。
「・・・で、家族仲良く温泉三昧・・・だったはずなのに、なんでガウリイさんはお一人で内風呂につかっていらっしゃるんですか?」
「・・・・・・ゼロス・・・おまえ、なんでこんなトコに・・・?」
「それはまぁおいといて。なんでお一人なんですか?」
「・・・・・・・・・」
そう。ガブリエフ家当主のガウリイ氏は、一人淋しく内風呂に入っていた。
耳を澄ませば、露天の方からリナと子ども達の声が聞こえてくるのだが・・・。
「・・・夕べ、ちょっと抑えがきかなくて・・・湯上がりのリナにちょっかいだそうとしたのを子ども達に見られちまって・・・・・・その罰で、今日は一緒に露天に入るの禁止された・・・」
「おやまぁ」
あまりに容易に想像できてしまったその光景に、ゼロスは容赦なく微笑みかける。
その笑みを見て、ガウリイはぶくぶくと顔半分を湯につけると、上目遣いにゼロスを見上げた。
「・・・・・・で、ゼロスは何しに来たんだ」
「皆様が温泉にいらしたと聞いて、僕もご一緒させていただこうかと思っただけですよ」
「なっ!?」
「といっても、別にガウリイさんやリナさんと一緒に温泉に入ろうというつもりではありませんけど」
「・・・要は、子ども達をかまいに来たって事か・・・」
「ご名答!」
にこにこにこと微笑むゼロスに、ガウリイは大きく溜息をつく。
「・・・おまえ、ほんとウチの子ども達好きだな・・・」
「そうですねぇ」
「・・・否定とかしろよ・・・獣神官・・・」
「まぁ、それはそれとして」
「横に置くなよ」
「そ・れ・と・し・て!外でリナさん、呼んでますよ?」
「え!?」
と、意識を露天の方に向ければ、確かにガウリイの名を呼ぶリナの声。
それに『なんだーー!?』と応えれば、更に返ってきたのは、『手桶と洗面器、1セットこっちに持ってきて〜〜!ちびちゃんが使いたいんだけど、こっち、1つしかないのよ〜〜!!』というリナの声。
は?、と辺りを見回せば、確かに内風呂に手桶と洗面器が4セットばかり転がっている。
「あ・そっか。昨日はここに着いたのが遅くて疲れてたから、みんなでこっちに入ったんだっけか・・・・・・向こう、さっきにーちゃんが持ってった分しかないんだな・・・」
言いながら、ガウリイは湯船から上がり、リナご要望の品を露天の方に持っていこうとして−−−ゼロスに、やんわりと止められてしまった。
「・・・ゼロス?早く持っていかないとリナが怒るんだが・・・」
「ガウリイさん。僕のお願い、きいてくださいません?」
「・・・・・・・・・?」
にこにこ顔のゼロスに、きょとんとした表情を返すガウリイ。
そんな彼に出したゼロスの『お願い』とは・・・。
「これから夜まで、僕、お子さま方と水入らずで遊んでいても良いですか?」
「?」
「そうしたら僕、この桶セットとリナさんを、瞬時に入れ替えてみせますけど・・・」
「!」
ゼロスの言いたいことを瞬間的に理解したガウリイ。
微笑みと共に答えを待つゼロスに、ちら、と視線を流して・・・。
「・・・夜、まで?」
「ええ」
「お互い水入らず?」
「そういうことですね」
「桶、持っていくって事は・・・露天にいるのか?」
「いやぁ、山奥に隠し湯があるという話も聞きましたので、そちらに遊びに行っても良いですよねぇ・・・」
「−−−−−−−−−」
「−−−−−−−−−」
「ゼロス」
「はい」
「戻る四半刻前に、合図一回」
「了解しました。ではガウリイさん、ごゆっくりどうぞ♪」
シュンッ!!どてっ!!
「!!?」
「よ・リナ」
「な・なななガウリイ!?え!?あたし、今露天に・・・!?」
『あーーっっ!ぜろしゅさんだーーーっっ!!』
「はぁっ!?ゼロス!?」
いきなり裸のまま内風呂に移動してしまって、何がなんだかわからずにいるリナの耳に、はしゃいだ子ども達の声が聞こえてくる。
だがそこはリナ。
それだけで大体の経緯を把握したようで、ジトッとガウリイに視線を向けた。
「ガウリイ・・・」
「言っとくけど、ゼロスが言い出したんであって、オレにはあんまり責任はないと思うぞ」
「なぁにをいけしゃあしゃあと〜〜っ!!」
「って、今露天に戻ると、ゼロスと鉢合わせだけど」
「!」
にこにこにこ・・・。
ガウリイの顔から笑みが消えることはなく。
対照的に、リナは引きつり笑いしかできないでいる。
「それに、リナの着替えは露天の脱衣場だろ?ゼロスもいることだから裸のまま取りに行くわけにもいかないし・・・。まぁ、オレが取ってきてやっても良いが・・・」
「・・・・・・『が』?」
「その前に、一緒に内風呂入ろうぜ♪」
「何言ってんの!んなことしなくても、そこにあるあんたの浴衣使って露天に戻るわよっっ!!」
「だーめ♪」
「ちょ・が・ガウリイっ!離しなさいよっ!!今日は混浴禁止って言ったでしょ!!」
「忘れた〜〜♪」
「って、忘れたフリすんじゃないわよ!このエロクラゲ〜〜〜っっ!!」
「あ・おかーさんさけんでる」
「まぁ大体どうなってるかは予想できるけどね」
「そんなわけですから、僕たちはちょっと席を外して、散歩にでも行きませんか?
隠し湯があるという話も聞きましたし、そこに行かなくても、お花見には絶好のお天気ですから。
あ・母屋で食べ物も仕入れていきましょうね♪」
「うわーーいっっ!ぜろしゅさん、だいすき〜〜っっ!!」
「ありがとう、ゼロスさん!!」
「それではお二方、らぶらぶなご両親の邪魔をしないように、さくっと着替えてまいりましょうか♪」
「「うんっ!!」」
−−−ということで。
内風呂に取り残されたガウリイとリナが、いったいどれだけ仲睦まじい時間を過ごしたかは、2人以外知る者はなく。
ゼロスと散々遊んで戻ってきた子ども達は、のぼせ茹で上がって布団でのびているリナを、ガウリイが甲斐甲斐しく介抱する光景を目にして笑い合ったとのことである。
・・・旅程は残りあと2日。
果たしてリナは、「ゆっくりのんびり」花見風呂を楽しむことが出来るのか。
・・・それは、もしかしなくてもガウリイのとる行動にかかっているのかもしれない・・・。
えんど♪
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