スーツの怪

By とももんさん       



 あたしは『すうぱあ』販売員。言っておくが、スーパーに勤めている販売員ではなく、普通の販売員とは一線を画した、『すうぱあ』な販売員のことである。
 何故なら、あたしの営業にかかれば一歩店内に入った瞬間に、複数点お買い上げが約束されているよーなものだからである。えっへん!
 それ故、店内にはあたし以外販売員の姿はない。もともとそんなに大きな規模の店ではないので、あたしと、店長だけで用は足りるのである。しかし、あたしの『すうぱあ』な実力で、系列会社ではトップの売り上げを誇る優良店なのだ。
 え?何を売ってる店だって?それは・・・

 カランカラン♪

 ををっ。早速お客様だわ。
「いらっしゃいませー(にこり)」
 あたしの完璧営業スマイルを受けたのは、予想に反して熟年の女性だった。そのあとに、息子らしい男の子。姉らしい女の子。最後に父親らしい人が、順番に入ってきた。
 販売員に聞くより、自分で選びたい主義なのか、母親と息子が展示されているスーツを物色している。姉は全然別の所で物珍しそうに男物のスーツを眺めているし、父親はやる気なさそうに手近な椅子に腰掛けて雑誌などを見始めた。
 そう、ここは紳士用スーツを扱う店なのである。
 (なるほど。ダーゲットは息子一人ね)
「スーツをお探しですか?」
 それとなく、ダーゲットより母親の方に話しかけてみる。
「ええ、親戚の結婚式がありまして」
 やはり、主導権を握っているのは母親のほうだ。これが良いんじゃない?それは渋すぎてダメ。などと、喋っているのは、ほとんど母親である。一体誰の服を買いに来ているのやら・・・
 ん・・?
 後頭部に視線を感じて振り向くと、いつの間にかバックヤードから出た店長が、レジに立っていた。目が合うと、ゆっくり微笑む・・・って、何やってるんだか。いつも男性一人客だと、しつこいくらいくっついて離れない男があそこでとどまっていると言うことは、家族連れということで安心したのか。別にバックヤードから出てこなくっても良いんじゃない?
 そんなこんなで、いつの間にかスーツは決まったようである。
 あたしは、裾上げのために母親と息子を試着室に案内した。
 道すがら、営業は忘れない。
「そのスーツの色ですと、中のシャツはこんな感じの色が合いますよ。それから、最近の若者の流行はこういうシャツに、こっちのネクタイになっておりますね。勿論、結婚式用のシャツ・ネクタイも御用意いたしております。いかがでしょう?」
 試着室に行くために、わざと一式そろうように店内を配置しているのである。母親は、そうねぇ、これもいいかしら?とかいいながら、立ち止まってシャツの物色を始めた。よしよし。目論見通りね。
「ケントは、試着室に行って。ちゃんと来てみてサイズを見なくちゃあね」
「はぁい」
 まだ成人はしていないだろう幼さの残る少年は、母親に促されて一人で試着室の中に入っていった。
 あたしは、着替えている間、裾上げの準備に取りかかる。といっても大した用意ではないけれど、男性は得てして着替えが早いモノだから。ちょっとした時間つぶしである。
 ごそごそと、衣擦れの音がして・・・終わったかしら?
「あの、サイズの方は、よろしいでしょうか?」
「あ・・・ハイ」
「着替え終わったの?」
 ほとんど同時に、母親が声をかけた。

 ・・・・・・・

 ? サイズが良かったのなら、試着室のカーテンが開いて、見せるってもんだけど・・・どうかしたのかしら?
「母ちゃんどうしよう、これ、裾が長い」

「は?」
「は?」

 何を言ってるのかしら?この子・・・あたしと母親が、思考を停止した瞬間高らかな靴音と共に、姉が登場した。
「あ〜ん〜た〜は〜(怒)みんながみんな、足の長さが同じわけないだろーが、あほー!」
 姉は、強引に試着室のカーテンを開けると、たるみきって折り曲げてもいないスーツの裾を指さした 
「うわぁ!ねぇちゃん!」
「ほらっ!裾をよく見るっ!縫っていーなーいーでーしょー」
 姉が、弟のTシャツの襟首をつかんでガックンガックン強請りあげる。
 姉の体格が特別良いわけではないけれど、いかんせん弟の肉付きが薄すぎる。姉に強請られながら、情けない悲鳴を上げている姿は・・・なんとも言い難い。
 あはは・はは・・・
 あたしはもう、笑うしかない。お客様だからあたしがつっこむわけには行かないけど、なんだか・・・あたしってもしかして、傍目で見るとこんな感じなのかもしんない。
 姉が、弟に教育的指導をしている姿を視界の隅に追いやって、母親の方を見ると、何ともいえないようなでっかい溜息をついていた。
 極々普通の夫婦から生まれてきても、姉弟ってこんなに個性が違うモノなのね・・・
 あたしは人生についての新たな教訓を心に刻みつつ、姉からキチンと裾を折り曲げたズボンを受け取り、裾上げを始めた。
 そして、それとなく話題転換してみる。
「あちらに革靴も取り扱っておりますけど、いかがでしょう?」


「おもしろい家族だなぁ」
「ガウリイ、レジ番してたんじゃなかったの?」
 いきなり後ろから声をかけてきた店長に、あたしは動じずに諭す。
 お客様達は、父親のトコロに集まって何やら話しているようだ。狭い店内なので、時々会話が聞こえてくる。どうやら先ほどの弟の失態を、すでに笑い話にして父親に報告しているようだ。それに、靴もここで選ぶから、もう少し時間がかかると言う会話も聞こえる。よっしゃあ♪今月も優良販売員の商品(金一封)は、あたしのモノね(はあと)
「仲良い家族だよな」
「そうね」
 今度は父親と一緒に革靴を選びに行く二人を見ながら、あたしは、ほほえましい気持ちでその姿を見ていた。口数が少ない父親も、それなりに息子の衣装選びに参加する気らしいし、そのあとに遅れて続く姉も、なんだかんだ言って弟が心配らしい。
 ふいに、もぞもぞと動く手の感触に気が付いて、その手をピシャリとはたいた。
「いてーなー」
「とても痛そうには聞こえないわよ。それよりも、手をどけて」
「えーー」
 ガウリイは気のない返事をすると、かまわずにお尻を触る手をスルスルっと動かしていく。
「やめて、仕事中よ」
 あたしはきわめて平静を装いつつ、振り返ってガウリイを睨み付ける。
「リナは小さいなー、男物のスーツの中では見えなくなっちまう」
 そう言って唇を寄せてこようとする。
「こら、仕事中だって!」
 小声で注意するも、腰をさらわれて顔が近くなる。
 ・・・もー、しょーがないなぁ。
 
「そんなはずはねぇ!!」
 
 残り1cmで掛かった声に、あたしは反射的にガウリイの靴を思いっきり踏んで、離れた。
「いっ!踵で踏むなよ」
「ふかこーりょく、よ!」
 尖ってないから大丈夫。
 とにかく今は、声のした靴売場に急いだ。

「それは何かの間違いだ!そんなはずはねぇ」
 声は、父親のものだった。ひどく興奮しているらしく、年輩者らしい訛が出ている。
「いや、ホントに。3.5だもん」
 息子は、一所懸命父親の説得を試みるが、興奮しきった父親は『そんなはずはねぇ』を繰り返しながら、全く聞いていない。
「あんた5.5って言ってたじゃない」
 離れたところで傍観していた姉が、弟に聞く。
「だって・・・おっきくなると思ったんだもん」
「どーするんだ!4.5からしか、ねーんだぞ」
 父の言葉を、しかし姉は全く無視した。
「今まで5.5買ってたのは、ブカブカだったってこと?」
「おっきくなるかなーって・・・」
 だんだん声が小さくなっていく弟。
「24.5〜しかサイズがないよ、あ・そだ。店員さんに聞いてみよう」
「そんなはずはねぇ・・いや・・いや!そんなはずはねえ・・はずだ」
 ぶつぶつ言いながら、父親は店の外に出ていってしまった。
「この靴って、24.5以下ないですよね」
 明るく聞く姉に、あたしはビミョーに面食らって
「ありませんねぇ・・・男物の革靴は、たぶんないと思いますけど」
 とりあえずこんだけ答えられたあたしって、偉いかもしんない。
「じゃー、いいや。ケント!その24.5の紐付いたヤツ!それ、履いて」
 素直に従う弟。たぶんかなり緩いはずだ。
 姉は、靴を履いた弟の前に跪くと、紐を極限まで締め始めた。しかし、痛いとも言わず、紐は三つ編みのようにきっちり合わさって蝶結びにされた。
「脱げない?」
 弟は、立って足を振ってみるが、脱げない。って、そこまで紐締めれば、足首も締まるから脱げないって。
「じゃ、お母さんのトコに持っていきなよ」
 諭すように柔らかく言うと、姉はさっさと母親の元にいった。どうやら買い物が長引かないように、姉は姉なりに気を使っているらしい。
 離れたところで、少し声の大きい姉の声が響いていた。
「お母さん、ケントの足って23.5だったっけ?ウチで唯一普通のサイズだと思ってたのに・・・お父さんも24.5だから、革靴共用できてちょうど良かったじゃない。・・・それにしてもケントって、お母さんと同じサイズだったんだー、あたしもあと3?大きかったら共用できたし、なにより普通のお店で買えるのにねぇ・・・」

 ということは、あんたの靴のサイズは21.5か?


「ありがとうございましたー・・」
 結局、その家族には一揃えお買い上げいただいた。金額もかなりのもので、今月の金一封は、あたしのものだろう。しかし、しかし・・・
「いろんな人がいるもんだなぁ・・・」
「そ、そうね・・・」
 あたしも結構沢山、濃かったり薄かったり、色んな人見てきたけど・・・世の中まだまだ、あたしの知らない未知の生物が住んでいるのかもしれない・・・規格外におっきい人がいたり、部分的にちっちゃい人がいたり・・・

 相変わらず身体を触ってこようとするガウリイを横目に、あたしは今まで生きてきた人生を、ちょっぴり短く感じたのであった。


おわり

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