トン、トン
ん〜? 何の音?
……ああ、誰かが扉を叩いてるんだ。
あたしはゆっくりと目を開ける。
ここはあたしの家。
お気に入りのふわふわであったかいソファー。
これまたお気に入りのゆったりとした長いスカート。
あたし、眠ってたのね。
だって、今日はとっても暖かくて、心地良いんだもん。
…………だめだ。まだ眠い。
体に力が入らないよ……。このまま寝かせて……
トン、トン、トン トン、トン、トン!
んも〜、うるさいな〜。
寝かせてって言ってるでしょうが!
あたしは目を開ける……って、あれ?
ここは……宿屋よねぇ。
ちゃんとベッドの上にいるし、
服装だって、いつもの格好だし。
そりゃあ、ショルダーガードやマントは付けてないけどさ。
ふわふわのソファーは?スカートは?
あたし、夢を見てた訳?
ドン、ドン、ドン! ドン、ドン、ドン!
一層強くなる扉を叩く音。
そして、それと供に聞こえてくる声。
「お〜い、リナ。いるんだろ?開けてくれ〜」
あの、のほほんとした声、この気配。
間違えようの無い、あたしの相棒。
あたしはドアを開ける。
「よう、リナ。久しぶりだな」
そこに立っていたのは、長い金髪、蒼い瞳、整った顔立ち。
いつも通りの笑顔を浮かべた一人の男。
「ガウリイ………………。
久しぶり、じゃないでしょうがっ!いったい何年待ったと思ってんのよ!」
あたしはガウリイの顔を見上げながら、睨みつけてやる。
彼はそんなあたしに苦笑しながら、ぽりぽりと頬を掻く。
「え〜と……3年……くらい……だったっけ?」
あたしに同意を求めるように聞いてくる。
あんたねぇ……
「5年、でしょう!まったく、いつまでたってもクラゲなんだからっ!」
あたしはガウリイに思いっきり抱きついた。
ガウリイも笑いながらあたしをきつく抱きしめた。
「遅いのよ、バカ」
「すまんな」
耳元で聞こえるガウリイの声。
しっかりとあたしを抱きしめる逞しい腕。
あったかい……ガウリイのぬくもりだぁ……。
ほんとに久しぶりだもんね……。
「────────! ────────!!」
なに?何か言った……って、あれ?
真っ暗?
どーなっちゃってんの?
かくかくかく、ぺちぺち
誰かがあたしの体を揺さぶってるようなんですけど。
しかも人の大事な顔を叩いてる?
え?ひょっとして、あたし今まで寝てたの?
さっきのは夢?嘘でしょ?
またまたゆっくりと目を開く。
今度こそ、本当に起きてるわよね?
う〜ん、目の焦点が合わない……
そうそう、この感触。お気に入りのソファーの感触だわ。
足元にまとわり付くこれはスカートね。
あ、ぼんやりとなら見えてきた。
……金色の縁取り……蒼い瞳……?
なんだ、ガウリイじゃない。
なんだってそんな泣きそうな顔してんのよ。
いい男が台無しよ。
「しっかりしてくれっ!ばあちゃん!」
なっ、なっ、なっっ!
ばあちゃんだとぉぉぉぉ!!
あんたねぇ!乙女をつかまえて何言ってんのよぉぉっ!
スリッパでぶっ叩いてやろうと思ったのに、あれ?
なんでだろ?体が動かないや。
それじゃ呪文…………だめだ、声もでない。
あたしを見つめたまま、不安げに揺れる蒼い瞳。
「ばあちゃん、俺だよ、ランディだよ!わかるか!?」
は?ランディ??
………………ああ、そうか。ランディ、あたしのかわいい孫のランディね。
そうよね、ガウリイにしてはずいぶん若いもの。
それにしても……あんたってこんなにもガウリイにそっくりだったのね。
その金髪も……まあ、あんたのは短いけど、それにその蒼い目もそっくりだわ。
「……っ、ばあちゃん……」
ほらほら、泣くんじゃないわよ。
男でしょう。
あんたにそっくりな、あんたのお祖父ちゃんはどんなに苦しくても泣いたりしなかったわよ。
そう言ってやりたいんだけど、もう喋る力も残ってないのよね。
せめて頭だけでも撫でてやりたかったな……。
「母さん!」
「お母さんっ!」
あら、あんた達も来たのね。
悪いわね、せっかくみんなで来てくれたっていうのに、なんのおもてなしも出来なくて。
ほらぁ!あんた達も泣いてんじゃないわよ!
このあたしの子供でしょう?
しっかりしなさい。
あんた達なら大丈夫よ。なんせ、あたしとガウリイの血を引いてるんだからね!
ね、最後の力を振り絞って笑ってあげるから。
だから、そんなに悲しまないで。あたしは幸せだったんだから……。
……ああ、また眠気が襲ってきた……
え?目を閉じちゃだめ?
そんなこと言ったって……眠いの我慢できないよ……
それに、それにね、ガウリイが迎えに来てくれたの。
もう何も心配いらないって言ってるの。
だから、眠らせて…………
あたしは、静かに目を閉じた。
「……ナ……リナ…………リナ!」
突然呼ばれて、あたしは我に帰る。
「どうしたんだ?リナ。置いてっちまうぞ?」
目の前にはガウリイの顔。
体を屈めて、あたしの顔を覗き込むようにしている。
え?あれ?
あたしは慌てて辺りを見回す。
森の中、前へと伸びる一本の街道。
ガウリイは……ちゃんと武装してる。
胸甲冑も付けてるし、斬妖剣も持ってる。
あたしは……いつもの魔導師ルックよねぇ……。
ほら、マントだって付けてるし。
いったいどーなっちゃってるの?
「リナ?おいってば!」
立ち尽くしたまま呆然としているあたしに、ガウリイが声を掛ける。
「ああ、ごめんごめん。なんでもない」
あたしは手をぱたぱたと振って答える。
「本当になんでもないのか?」
心配そうなガウリイ。
もう、あいかわらず過保護なんだから。
「大丈夫だって!ちょこっと考え事してたただけよ」
そうよ、歩きながらぼーっとしちゃってただけよ。
今は旅の途中なのよね。
あれ?でも、これからどこに行くんだっけ?
あちゃー!これって、ガウリイのクラゲがうつったんじゃないのぉぉぉ!
あれこれ考えてるあたしを見て、ガウリイはため息をひとつ吐き、 ぼりぼりと頭を掻く。
「リナ!ほら、行くぞ」
そう行って、ガウリイはあたしに向かって手を差し出す。
これって……つかまれってことよね?
あたしはおずおずとガウリイの手に触れる。
すると、彼はあたしの手をぎゅっと握った。
「迷子になんないように、手ぇつないでやるからな」
にやにや笑いながら、ガウリイは言う。
こいつーっ!あたしをからかってるっ!
「なに言ってんのよ!いっつも迷子になるのは自分でしょうがっ!
だいたい、あんた次の目的地わかってんの!?」
「あたりまえだろ。オレが迎えにきたんだから」
あ、そっか。
そうだよね、ガウリイはあたしを迎えに来てくれたんだもんね。
……あったかいなぁ、ガウリイの手。
おっきくて、ごつごつしてるけど、頼りになる手。
「それじゃ、行くぞ」
見上げれば、お日様の笑顔。
風に舞う長い金の糸に青空の瞳。
「うんっ!」
あたしも、満面の笑顔で答える。
そして、あたし達はまた歩き出す。新たなる旅に向かって──────
歴史にその名を残した大魔導師リナ=インバース。
彼女は愛する子供や孫たちに看取られながら、静かに息を引き取った。
彼女の最愛の夫であるガウリイ=ガブリエフが死んでから5年後のことであった。
END