『手桶 no 奇談』

〜 第3夜 〜



 翌朝。
 リナが家に着いてノックすると――答えがありません。
「――――?」
 その替わり、家の脇から、小さく声がしたような気がしました。
「ガウリイ?」
「おー、こっちだ」
 今度ははっきりと聞こえます。
 リナはそちらへ行って――固まってしまいました。
「リナ?」
 そこには、朝日に金色の髪をきらめかせたガウリイの――半裸の姿が。
「昨日洗濯したシーツやベッドカバー、干しとこうと思ってなー。
 ――どうした?」
 不思議そうに近付いて来たガウリイに、頭を撫でられて我に返ったリナ、思わず叫びます。
「な、な、なんでそんな恰好なのよっっ!」
「なんで――って、シーツ持ったら濡れたから脱いで――――――」
 真っ赤なリナの顔に、ようやくイミがわかったのか、ガウリイも赤面。
「も、もうっ! オトメの前で――!」
 リナはすごい勢いで踵を返すと、もうすっかり勝手知ったるになった家の中から、上着を持って来ました。
 
「すまん、すまん」
「ったく、あたしが来るまで待てばいいのに」
 シーツを引っ張り合ってシワを伸ばしながら、二人はすっかり馴染んだ会話をしています。
「いやぁ――思いつかなかった」
 その言葉に、一瞬リナは何となく物寂しい気分に囚われてしまいました。
「あたしが無能だっての?」
「噛みつくなって。
 何せ一人が長かったからなぁ」
「一人って――」
 言いかけて、リナは思わず口ごもります。
 仕事にあぶれているはずの傭兵がこんな所で一人暮らししている理由と言うのは、訊いてはいけないような気がしたのです。
「リナが来てくれて助かってるよ」
 それを見透かしたように、明るくガウリイが笑いました。
 
 そのまま家の周りを片づけると、二人は食料を集めに家の周りの林に入るコトにしました。
 リナはカゴ、ガウリイは剣を持って。
「狩りでもするわけ?」
「まあ、習慣でな」
 時々ガウリイが太い枝などをひとまとめにして、木の下に置いて行きます。
「それ、どーするの?」
「後から集めて、薪にする」
 高い所の木の実はガウリイが、低い野草やキノコなどはリナが採り、持ってきた籠がいっぱいになって行きます。
 この分だと、今日はガウリイの狩りの腕を見る機会はなさそうです。
 
 そろそろ戻ろうとした時、藪の向こうから微かに何かの気配がしました。
「……?」
 同時に気付いていたガウリイは、リナに静かにするように制します。
 かなり大きいモノの気配に、リナも緊張が隠せません。
 やがて、顔を出したのは真っ黒な熊でした。
「――――!」
 リナが何か言おうとするのを、ガウリイがなおも止め、ゆっくり近付いていきます。
「ちょ、ちょっとガウリイっ…!」
 小声で訴えるリナ。
 熊は低くうなりを上げています。
 ガウリイは全く気にするコトなく、あっさり目の前に立ってしまいました。
「よっ」
 大きな手で鼻先を撫でられると、熊は甘えるような声を出したのです。
「大丈夫だ。こいつはリナ。
 オレの友達だから」
「ガ、ガウリイ……?」
 リナはまだ事情が飲み込めていません。
「リナ、こいつはオレの知り合いだ。
 おまえとは初めてだから、警戒してただけだって。
 脅かさなきゃ何もしないさ」
 にっこり笑うと、籠に入っていたベリーを一つかみ差し出しました。
 熊は嬉しそうに手から食べています。
 リナはひたすらぼーぜんとするばかり。
 
「あんた、あんな特技あったわけ?」
「毎日ここに入ってりゃ、よく会ったりするからな。
 いつの間にか慣れちまったんだよ」
 入った場所とは違う林の出口に向かうと、先を倒木が塞いでいました。
 他の木に引っかかって斜めになっているので、ヒトくらいはくぐれそうですが、かなり大きい木なのでいつ倒れてくるか心配です。
「ちょっと離れてろよ」
 ガウリイは抱えていた野草の束を置き。
「はあっ!」
 気合い一閃、剣を振るいました。
 振るったようだった、と言うのが正解かもしれません。
 リナには、いつガウリイが剣を抜きはなったのか見えなかったからです。
 しかしその証拠に、倒木は見事に3つになっていました。
「さ、帰ろうぜ」
 ガウリイはその真ん中の部分を担ぎ、野草の束と剣を抱え直しています。
「その幹どうする気?」
「ん? ちょっとな」
 苦笑すると、変わらぬ足取りで先に進んで行ってしまうガウリイ。
 慌てて後を追いながらも、リナは木の見事な切り口をしっかり確認していました。
 どうやら、彼がとんでもない手練れだと言うのは、ウソではないようです。
 
 家に着くと、リナは食事の支度に、ガウリイはさっきの薪を集めに行きました。
 リナは手は休めないものの、すっかり考え込んでしまっていました。
 どうやらガウリイは、父親から聞いて想像していた人物とは、かなり違っているようです。
 正直、こんな大変なご時世に便利な魔法の品を独り占めにして、のほほんと暮らしている不届きモノとばかり思っていたのですが――。
 だからこそ、今回の父親の企みに協力する気にもなったのに。
 彼の人となりが良ければ良いほど、リナは反対に気が沈んで行ってしまうような感じがしました。
 
 そんなリナの憂鬱をヨソに、食事の後片づけ中にガウリイが言い出しました。
「リナ、これからちょっと付き合ってくれるか?」
「何なの?」
「ここのもうちょっとふもとの方に、水を分けてる家があってな。
 そこの旦那がオレの恩人でさ、留守を頼まれてるんだ。
 小さい子と乳飲み子がいて、奥さんの手がなかなか回りきらなくてさ。
 おまえも一緒に行って、身の回りのコトを手伝ってやってくれないか?」
「いいわよ」
 リナの即答に、またガウリイは満面の笑みを浮かべたのでした。
 
 リナの家のあるふもとの街とガウリイの家のちょうど中間くらいの場所に、その家はありました。
 いかにも家族住まいといった風情のしっかりした作りで、畑なども大きく作ってあるようです。
「おー、トゥール!」
「ガウリイ!」
 外で遊んでいた小さな男の子が駆け寄ってきて、先ほどの丸太をかかえたままのガウリイに抱きつきました。
「今日は新しいお姉ちゃんも連れて来たぞ」
 トゥールと呼ばれた黒髪の男の子は、ガウリイの脇からリナを覗きます。
「こんにちは、トゥール」
「こんにちは、いらっしゃい」
 トゥールは二人の先に立って、家のドアを開けました。
「お母さん、ガウリイだよ!
 今日は、リナお姉ちゃんもいっしょなんだって!」
 その声に、奥から誰か出てきました。
 リナの位置からでは、でかいガウリイが邪魔になってよく見えません。
「やあ、トリスティ」
「いらっしゃい、ガウリイ。
 そちらがリナさん?」
「ああ、昨日からオレん家に手伝いに来てくれてるんだ。
 今日はここの家事も手伝ってくれるってんで、連れてきた」
「まあ…、こんな所までわざわざ?」
 ガウリイが一歩横に避けると、彼と同じ年頃の女性が姿を現しました。
 さっき聞いた通り、まだ小さな赤ちゃんを抱いています。
 母親特有の包み込むような雰囲気のする、黒い巻き毛の美しいヒトです。
 リナの中で、何だかちょっぴり落ち着かない感覚が目を覚ましたような感じがしました。
「はじめまして、トリスティア=マーセット=ネイムです」
「リナ=インバースです。はじめまして」
「ウチのコトまでお願いしてよろしいんですか?」
「ええ、かまいません」
「ありがとうございます。それじゃお言葉に甘えさせていただきますね」
 優しい端正な微笑みに、リナも笑い返します。
 よくわからない不可思議な心持ちを抱いたまま、リナはガウリイと一緒に家の中に招き入れられたのでした。 
 
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
 
 
 
 ガウさんに翻弄されっぱなしのよーなリナちん。(笑)
 はてさて、ただのクラゲさんか、実は策士な知能犯か?
 それより、どれだけ延びるんだ、この話まで。(^◇^;)
 次回は近いウチにお届けできますよーに。

 『金糸』の某奥様とか某子息とかが出てきましたが、話的にはまーったく関係ありません。(笑)
まあ、ガウリナと一緒で、同じ役者さんが違うドラマに出てるとでも思ってください。(そーいうの好きなんですよ〜)


第2夜へインデックスへ第4夜へ