『眠れぬ森の・・・?』

<<後編>>

By 聖夜里奈さん     


 ――これで、ガウリイとの旅も終わり――
 考えると、なぜでしょうか。とっても寂しくて仕方がありませんでした。
 そもそものリナの使命は、ガウリイをここへ連れてくることだったのです。
 これが終われば、リナはガウリイとは別れなくてはならない――世の中とは、そういうものなのです。
 それには、きちんとした理由もありました。
 その理由とは……。
 ――お姫様を救った者がお姫様と結婚して幸せになるのは、しごく当たり前なことだものね……。
 心の中で呟いて。
 リナは、ため息を付きました。
 リナの祖母からの教えにも、こんな一説がありました。
『お姫様は、常に自分にふさわしい者を求めてる。それを、姫の変わりに感じて、導いてあげるのが私たちの仕事なんだよ――』
 リナ自身、運命というものを信じるわけではないようなのですが。
 ……一度ガウリイが振り返ってくれたときは、正直、嬉しかったのです。
 しかし、それを口に出すことは、ついにありませんでした。
 今、ベッドの方へと向かってゆくガウリイの背が、別の意味でも、だんだんと小さく、遠くなっていくように感じられました。
 ――って、何を考えてるんだか、あたしは……。
 あいつと出会ってから、まだ数ヶ月しか経ってないし、それに別に、居なくたって困らないわよね。
 すぅ、はぁ、と一度だけ、深呼吸をし――なぜか乱れていた自分の心を、そっと冷静なものに戻していきました。
 ――まぁ、確かにあの馬鹿くらげと離れるのは、ドつく相手も減るし、寂しいけど……別に、そんなに大切な存在じゃあないじゃない。
 思えども、リナの内心は、決して穏やかといえるようなものではありませんでした。
 ……時は、静かに過ぎ行きました。
 やがて、ゆっくりと歩みを進めていたガウリイが、棺桶の目の前に立ちます。
 そうしてついに、鎖についている、鍵の部分に、じゃらり、と手をかけ……。
「……ガウリイ!」
「ん?」
 思わず、リナは叫んでしまいました。
 と、そこではじめて、自分のしている行動が、理由無きものだと気づき……はっとします。
 何であたしは、あいつの名前を呼んだんだろ……。
 不思議に思い、振り返ったガウリイに向かって、軽く手を振りました。
「あー、なんでもないなんでもない。ただし……入っているのはミイラかも知れないし?くれぐれも気をつけてね、ってことよ」
「おー、さんきゅーな♪」
 ガウリイも軽く、リナに手を振り返しました。



「でもそういえばよー」
「ん?」
 がちゃがちゃ、がっこん、ちゃりちゃりり……
 リナに渡された小さな鍵を使って、棺桶の鎖を丁寧にはずしてゆきます。
 どうやら、鍵はいくつかつけられているようでした。全て同じ鍵で開いてしまうので、あまり意味は無いような気がするのですが。
「なんで俺がさ、お姫様を助けなきゃなんないんだ?」
「…………は?」
「だーかーらー!」
 鎖の音に負けないようにと、ガウリイは声を張り上げました。
 ちなみに、後ろから聞こえてくるリナの声は、その異様な聴力でしっかりと聞き取っているようです。
 リナは、しばし戸惑ったようでしたが、
「だから、あんたはお姫様に選ばれた運命の王子様vってわけなのよ。あたしがピンと来たんだから、間違いないわね」
「そーいうもんなのか?」
「そーいうもんよ」
 少しだけ、憂鬱そうに呟きます。
 がちゃがちゃ、かっちゃん。
「でもよー、お姫様助けて、その後どうするんだ?」
「へ、どうするって?」
「目覚めさせたら、『はい、めでたしめでたし』で、また旅に戻っても良いんだよな?」
「…………はぁっ?!あんた、何考えてるのよ!!」
「何、って……」
 突如叫びだしたリナの声を聞いて、ガウリイは思わず、鎖を解く手を止めて、振り返ってしまいました。
 そこにはここから少し距離を置いた位置から、わなわなと身を震わせているリナが立っていました。
 ……どうやら、少しお怒りの様子ですね。
 今にも噴火しそうな声音で、
「お姫様と王子様は晴れて幸せに暮らしました。これでめでたくハッピーエンドでしょぉっ!!」
「……そーいうもんなのか?」
「そーいうもんなの!!」
 ふぅん、と、ガウリイは興味も無さげに呟いて、再び鎖をとく作業に戻りました。
「俺、人助けはしても良いけど、お姫様と結婚なんてしないからな。俺はもう、良い人見つけたし♪」
「うそぉっ!居たの?!あんたみたいなくらげ男に、良い人が?!」
 リナは冗談抜きで、卒倒しそうな勢いで驚いてしまいました。
 すると、今度はガウリイの方が、不機嫌そうな声音で
「まだ気づいてないのか……」
 と、リナには聞こえないように、ぽつり、と一言呟きました。
 案の定、リナには聞こえていなかったようですが、
「後で教えなさいよね!絶対教えなさいよ!!」
 乙女の好奇心というものは、時には恐ろしいものとなりて、そこら中に牙をむき出しにします。
 どうやらガウリイも、この後その儀背者になってしまうようです……。
 と。
 かちゃり。
 最後の鍵が、開かれました。
 リナが、ガウリイが。
 その雰囲気から、何を感じ取ったのでしょう……二人ともが、黙り込んでしまいました。
 空間が、しん、と静まります。
 窓から入り来る日差しが、棺桶のみを強調して光らせているような気さえしました。
 いよいよ、棺桶の蓋が、何十年ぶりにでしょう。
 解かれる時が、やってきたのです。



 ガウリイが、そっと棺桶の蓋に手をかけました。
 リナが、それをやはり複雑な心境で見守っています。
 ――伝説による所では。
 そのお姫様は、限りなく美しいとか。
 見るもの全てを魅了し、心を奪い、その笑みには、男をとろけるような気持ちにさせてしまう効果すらあったらしいのです。
 ガウリイももしかすると、そのお姫様に心を魅了されてしまうかもしれない――と、リナは少しばかり、心配を募らせるのでした。
 そうして……
 ギギギギィ……
 小さな音をたてて、いよいよ棺桶の蓋が開きました。
 二人を、緊張が包み込みます。
 リナが、ガウリイが。
 息を呑み、鼓動が早くなるのを聞いていました。
 そうしてまず、ガウリイの目に見えてきたのは、枯れずに咲いている、白くて美しい花の群れでした。
 棺桶を開けた瞬間香ってきた甘い香りは、その花の香りだったのでしょう。
 さらに、ガウリイは蓋を開き――
 ばたむっ!
 突如、それを閉めてしまいました。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
「……どうしたの?ガウリイ。本当にミイラでも入ってたわけ……?」
 ついに好奇心に負けたのでしょうか。リナが、ガウリイの方へと歩み寄ってきました。
 大げさに息を切らすガウリイの肩に手を置き、
「ねぇ、本当にどうしたのってば?」
「……帰ろう、リナ」
「は?」
 覗きこんできた可愛らしいリナの表情を見る余裕すらも無く、追い詰められたガウリイは、ただそれだけを、ぽそり、と呟きました。
 無論これで、リナが納得するはずがありません。
 彼女は、棺桶の蓋に手をかけ――
「駄目だったら駄目なんだ!!」
 ぱしっ、と、軽く音をたてる程度に強く、彼女の手の上に自分の手を重ねました。
「絶対開けるな」
 その表情は、妙に恐ろしげなものでした。
 さすがのリナも、その雰囲気に圧されたようでしたが……しかし、好奇心は抑えきれなかったようで――
「じゃあ、中身教えて」
 しれっと、振り向き、どんな苦痛にかはわかりませんが、とにかく歪んだ表情を浮かべたガウリイに、微笑みかけました。
「教えてくれないと……」
 瞬間、かっ、とリナは、あいていたもう片方の手を棺桶の蓋の上に添ます。
 そうして、瞬発力で
「教えてくれたって開けるんだからねっ!!」
「うのあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ばたむっ!!と、その棺桶の蓋を開けてしまいました!!
 ガウリイが、あまりの出来事に、思わず叫び声をあげて、ベッドの淵へと座り込んでしまいます。
 そんなガウリイはかまわずに、今度はリナが、棺桶の中をじっと覗き込みました。
 白い花の群れ――は、相変わらず美しいものです。ですがしかし、その中には『入っていてはいけないモノ』が、一つ入っていたのです!
 しかもそれは、どう考えても中身のメインでしかありません。
 ステーキセットで言えば、無論ステーキのこと……そのような存在イコール、入っていてはいけないものなのでした。
「何なのよこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 そうしてリナの絶叫が、お城の中にこだましたのでした……。





「私だって、困っているのだよ。旅に出たまま息子は帰ってこないし。いや、それは良いんだが――一番困っているのは、あいつの奥さんのことだ」
 はぁ……と、黄昏時の、美しい光を受けて、国王は執務室で、ため息をついていました。
 先ほど、入れてもらった紅茶を飲みながら、
「早くつれて帰ってきてもらわねば、私だってこまるのだよ……不思議とモテモテなのだから、早く良い人を見つけてくれ」
 ――お世辞ではないらしいのですが。
 国王は自分の息子のことを、かなりの美男子だと思っています。
 いいえ、実際、この国の中でも、この国の外でも、この国の国王はかなりの美形だと、有名なのです。
 それなのに息子は、良い人をまだ見つけてきてはいないらしく、国王としては大変困っているのです。
 ――死ぬ前に、孫の顔を見てみたい。
 そう思うのは、親として当然なのかもしれませんが。
 国王は、深く――深く深く、ため息を付きながら、言いました。
 老いぼれの自分――などと言いつつ、まだ50にもなっていないのですが――が、早くしないと死んでしまうではないか。
 その前に、孫の顔を一目見せておくれ、と。
「ガウリイ。私は早く、孫の顔が見たいんだよ……」
 自分が気の早いことを言っていることに全く気づかずに、甘いクッキーをかじりつつ、国王は今日も、切なげな声音で呟いていました。






「うふ、うふふふふvお宝お宝うれしいなー♪」
「お前なぁ……良いのか、そんなんで……」
「良いのよ!損害賠償!慰謝料よ!!誰にも文句は言わせないわ!!」
「いや……確かに……」
 ――いつの間にか、村娘風の格好に戻っていたリナでしたが、そのポケットには、沢山の金目のものを詰め込んでいるようでした。
 無論先ほどのお城の中で、物色したものです。
 ガウリイの呆れる視線は無視し、
「だぁって!悔しいじゃないの!あたしたち一族が守ってきたお城の中には、お姫様じゃなくて……」
「言うな!思い出したくない!!」
 先ほど引っ張り出していたお宝を、ポケットの中にずるずると戻しながら、リナは本気で悔しそうに地団駄踏むのでした。
 ガウリイはといえば、その話題が出る度に頭痛を覚え、今後数週間は立ち直れそうにありませんでした。
 ……ですがリナは、さらに続けました。
「男よ男!ドレス着せられた男!あれは胸もつるぺただったし、そのぉ……だから、絶対に男だったわ!すね毛も濃かったし!おかっぱだし!」
「おかっぱなのは関係ないと思うんだが……」
 ――つまりは。
 あの棺桶の中身――リナやガウリイを本気で困らせたものの正体――というのは――その……棺桶の中身が男だった、ということなのでした。
 リナの祖母は、確かに『お姫様』と言っていたはずなのですが――あれはどう見てもお姫様ではありませんでした。
 男が妙に安らかな顔で、ほんのちょっぴり笑顔なんて浮かべながら、お花の海に沈んでいたら、そんなものはすぐに埋めてしまいたくなって当然なのかもしれません。
 それをこらえて、お城を再び封印し直すだけで許してやったリナたちは、ハッキリ言って、偉いのかもしれません。
 ガウリイは本気で頭を抱えて呟きました。
 ……どうやら、本気で精神的ダメージは大きかったようです。
 が、念のために、でしょうか。
 ガウリイは、聞いてはいけない質問を、ついにリナにしてしまったのです。
「……なぁ」
「何よ」
 お宝を見つめているだけで、自然と笑みがこぼれます。
 お宝から視線はそらさぬままに、ガウリイの問いを聞いています。
「あのさ」
「何よ」
「あの、お姫様って、どうやって起こせばよかったんだ?」
「……聞きたい?」
「ああ、恐ろしい予感がするが、聞きたい」
「ふぅん……」
 リナはそこでようやく、ガウリイの方へと向き直りました。
 手に持っていたお宝――多分オリハルコン製であるネックレス――を、なくさぬようにね、と念を押し、ガウリイに渡します。
 そうして、悪戯めいた瞳で、ガウリイのそれを見つめながら、一言
「愛のキスv」
 にっこりと、そう呟きました。
 瞬間、リナの予想通りでしたが――ガウリイがかちんこちんに固まってしまいました。
 それを、指差して腹抱えて笑いたいような衝動をこらえつつ、とりあえずは指差して笑う程度にこらえて、
「きゃはははっ!何よその顔!面白ーい♪」
「し、失礼だぞ、リナ。それにな、キスってゆーのは、愛する人とするからキスなんだぞ?」
「は、あんたにもそんな理論があったわけ?」
「お前……俺のことどう思ってんだ……?」
「それは秘密です♪」
 この台詞はあるいみまずいような気もするのですが、本人たちは、まるでそんなことに気づいていないようです。
 それはともあれ。
 リナが『愛』という言葉に反応して、とあることを思い出したようです。
「そういえば……あんたの良い人って、誰?」
 ――危うく忘れるところでしたが……。
 ガウリイは確かに、お城の中で『良い人が居る』と言ったのです。
 リナはそれを思い出して、興味深々に問いました。
 ――と。
 その質問に、リナの顔に、自分のそれをやけに近づけながら、ガウリイはそっと呟きました。
 鼻と鼻がくっつきそうな距離で、リナの心臓は、なんだかよくわかりませんが、どきどきばくばくいっていました。
「……聞きたいか?」
「……も、もちろんよ!」
 強気になるべく、リナが大声で返事を返します。
 しかし、それもすぐに、沈黙に変わるのでした。
 まぁ、つまりは――
「……こーいうことだからv」
「……ふ……」
 リナの前髪を上げるべく、ガウリイによっておでこに当てられた手を、彼女が思いっきり振り払いました。
 おでこに暖かい感触を感じた瞬間、リナのお顔は真っ赤に染まっていくのでした。
 ――もちろん、照れ隠しなのでしょう。
「ふざけるんじゃあないわよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!氷の矢(フリーズ・アロー)!!」
 急に周囲の気温が下がったかと思うと、辺りには、その名の通り、氷の矢が沢山飛ばされてゆきました。
 ガウリイはそれを、ひょいひょいと楽しそうに避けつつ、
「お城でお前さん、やきもち焼いてただろv俺、知ってるんだからな♪あー、あの時は嬉しかったなー♪」
「や、やきもちですって?!誰があんたになんかぁぁぁぁぁっ!覚えてなさいガウリイ!絶対に捕まえてやるんだから!!」
 ――と。
 実は帰りは日が落ち、行きの時よりも森は暗くなっているというのに。
 全くそれを感じさせない雰囲気で、数時間前と同じ二人組みが、今度は逆の方向へ向かって、走っていくのでした。
 無論、二人は気づいていないのですが。
 その木の陰には、沢山の、怯える魔物の気配があったと言います……。






 とりあえず、これで今回のお話はおしまいです。
 リナがガウリイの正体に気づくお話や、国王様が、自分の国の行く末に心配を持ち始めるお話も。
 ――無論、国王様に孫ができちゃうお話も。
 それは、また別の機会にお話致しましょう。




<<おしまい>>




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