『Back V』
<前編>


 その男はよく笑い、よく飲み、よく喋った。
 無骨と形容出来そうな容貌と相まって、妙に警戒心を解かせる。
 今夜初めて会ったコトなど、忘れそうになるくらいに。

 男は陽気に語り続ける。
 今まで自分の聞いたコトのない、相棒の話を。
 相棒も初めて見せる。
 今まで自分の前ではしたコトのない、様々な表情を。

 それが、二人の間にあるモノを感じさせる。
 付き合った年月の長さ。
 繋がりの深さ。
 何より気心の知れた相手だということを。

「リナ?
 こんな話ばかりで退屈かな?」
 男は、リナ=インバースの顔を覗き込んだ。
 テーブルに着いているのは、リナと相棒で自称保護者のガウリイ=ガブリエフ、そして、さっきここで会ったばかりのガウリイの恩人で元上役は、ハーストルフ=ネイムと言う中年の武人。
 宵時の酒場の喧騒は、そんな会話も飲み込んでしまう程盛り上がっている。
「あ、いえいえ。
 とっても楽しいですから、もっと話してください」
 リナが珍しく聞き役に徹していたのは、決して疎外感からではなくて、他人からガウリイの昔話を聞くのが初めてだったからだ。
 むしろ、こちらの呼吸を読んでくれるネイムの話術は、引き込まれるばかりで退屈しているヒマすらない。
「――そうだ。
 ネイムさんがガウリイと会った時って、どんなんだったんです?」
 一瞬、男二人は顔を見合わせ。
 全く反対の表情で、リナの方を振り返った。
「そうか。聞きたいなら、ぜひ話してあげよう♪」
「隊長、やめてくださいってばっ」
 もちろん、宴もたけなわ、かなり酔いも回っている状態で止まるワケがない。
 ネイムは新しい酒を頼んでから、座り直した。
 今までよりさらに楽しそうな遠い目をして――昔話を語り始める。
「あれは――何の時だったかな――。
 ともかく、俺は一小隊を連れて――警備の任で国境に野営していたんだな」
 横にいるガウリイはもう止めてもムダと諦めたのか、運ばれてきた酒を手酌でグラスになみなみと注いだ。

「隊長!
 ネイム隊長っ!!」
 見張りに立っていた大男が、身の丈に似合うだけの大声で、岩場の陰にいくつかのテントの張っただけの拠点に近付いてきた。
「そんなにでかい声ださなくても聞こえる。
 何のための見張りだ。自分でわざわざ存在を主張してどうする」
 もう陽が傾きかけている薄闇の中、焚き火を明かりにちょっとした書き物をしていた俺は、振り返らずに答えた。
 近くで食事を用意していた当番の者達は、そちらを見て焦ったように言う。
「落ち着いてる場合じゃないですよ、隊長!
 侵入者ですぜ!」
 それくらいで焦るんじゃねぇよと思いながらも、俺はようやく顔を上げて状況を確認にかかる。
「ほお……」
 思わず声が漏れた。
「こりゃずいぶんと可愛い侵入者じゃないか。いい度胸だ。
 斥候か? 坊主」
「そんなんじゃないっ!」
 焚き火に照らし出されたのは――まだ幼さの残る少年の顔。
 おおかたどこからか入り込んだ所をこの大男――ゴードに捕まって、引っ立てられて来たという成り行きだろう。
「なら何だ、迷子か、物乞いか?」
 年の頃なら十代の中頃――背は高いがまだ細っこい少年特有の体つき、金髪に蒼い瞳、十分美少年と形容できる容姿。
 特に上物ではないが決して粗末でもない身なりからしても、その類ではないのは十分わかるが――あえて、そう問うてみる。
「違う! バカにするなっ!
 離せよっ!」
 俺の挑発にあっさり乗った少年は、自分を後ろ手に押さえつけるゴードの手の中でもがきながら叫んだ。
 この興奮ぶりじゃあ、話にもならん。
 ったく、こんな呼び子のようなのをいつまでも鳴らし放題にしておいたら、何のための警備だかわからんじゃないか。
「なら、そんなにムダに叫ぶな。
 普通に話しても聞こえるのもわからんようなのを、『ガキ』と言うんだ」
 今までの語調とがらりと変えて、律するように言ってやると、少年はこれまたあっさりと大人しくなった。
 ――やれやれ、これは素直というか、バカ正直と言うか。
 もしこれが演技と言うなら、大した名優なんだろうが。
「いいか、坊主」
「だから、坊主じゃない」
「じゃあ何だ」
「――ガウリイ」
「なるほどな。俺はネイムだ」
 もちろんその名乗りを鵜呑みにするワケではないが、俺の名はとっくに呼ばれてしまっている以上、今さら偽名を使っても意味はないだろう。
 その迂闊な大男は、露骨に不快な表情で訴えてきた。
「隊長、ノンキに話してる場合じゃないですって。
 このガキときたら、こんな物騒な獲物付きなんですぜ」
 ヤツがガウリイを片手で掴み直すと、腰から引き抜いたのは―― 一振りの剣。
「ほお」
 ゴードは軽々と、俺に放って寄越した。
 少しばかり変わった――バスターソード。
 手入れされ使い込まれているという感触と同時に――妙な感じを受ける。
 ――なんだ?
「返せ! オレのだ!」
 ガウリイが身を乗り出そうとした瞬間、俺は剣を抜き放ち、その喉元に切っ先を突きつけた。
 子供をなぶるようなシュミはないが、甘く見られるのもお門違いだ。
 まして、武器持ちとなれば、容赦してやる義理もない。
「まだ立場がわかっていないようだな」
 ガウリイが困惑したように呟く。
「――オレは――なんにもしてない――ただ――」
「それはおまえの都合だ。
 俺達に聞いてやる義務はない」
「あんたらは何も事情も訊かずに、いきなりヒトを殺すのかっ!?」
 怒りが恐怖に勝ったのか、ガウリイが叫んだ。
 少し前に乗り出して来たたせいで、切っ先が喉に窪みを作る。
 俺が今、この刃を動かせば、簡単に喉笛は切り裂かれるだろう。
「それが傭兵だ。
 憐れみを期待するなら、求める相手が違ってるぞ。
 おまえがいったい何を期待してここに来たのかは知らんが。
 ここは国境。俺達はここの守りだ。
 こんなモノを持ったままのこのこ入り込んできて、何もしていないと言っても、誰か納得すると思うか?」
 ガウリイは何か反論しようとしたようだが――結局、何も言わずに俺をまっすぐ睨んだだけだった。
「俺達には俺達の役目がある。
 他人に向ける刃を持った者は、自分が向けられても文句を言えるような筋合いはない。
 即行で首が飛ばなかっただけ、ラッキーだったと思え」
 ガウリイの瞳には、もう怒りも恐怖もなくなっていた。
 身体の震えもそのためではなく、ただ、行き場のないもどかしさと悔しさが溢れているように見えた。
 こいつは、いったい何を求めているのか。
 その一途な瞳に、何となく興味が湧いた。
「――それでも、俺達も魔物じゃない。
 その度胸に免じて、何か主張したいコトがあるなら、一応は聞いてやろう。
 なぜここに来た? 何をするつもりだった?」
 しばらく沈黙した後――ガウリイはごくっと唾を飲み込んでから、ゆっくりと答えた。
「――傭兵になりたかったんだ」
 ――――――。
 予想の選択肢に入っていなかったワケではないが――、この緊迫感最大級の状況で来られると、さすがに誰もとっさに反応出来なかった。
「――昨日の宿で話を聞いたんだ。
 今、国境あたりに傭兵が配備されてるって。
 だから―――」
「――いきなり現地へ雇用の交渉しに来たってのか?」
 こっくり、と、ガウリイが頷いた、が、俺の突きつけていた切っ先はすでに喉には届いていなかった。
 俺はたまらず、大声で笑い出してしまう。
 ガウリイはもちろん、剛の者揃いの傭兵達も皆、きょとんとしている。
 こいつは正真正銘のガキだ。
 周囲の思惑や状況など気にせず、ただひたすら自分の行き先しか目に入らないガキそのものなんだ。
 こんなのに理詰めの対応をしていた自分が、やたらおかしくてたまらなかった。
「……笑うなよっ!」
 真っ赤になったガウリイが、たまらず叫んだ。
 俺はようやく笑いを抑えると、蒼の瞳を見据えた。
「ガウリイ」
「な、何だよ」
「傭兵を志願すると主張するからには――腕に自信があるんだろうな?」
 一瞬のためらいの後、ガウリイはきっぱりと言い放つ。
「――ある」
 楽しいじゃないか。
 楽しすぎるって。
 俺は今まで持っていたガウリイの剣を剥き身のまま、ヤツの足下に放ってやった。
「言葉で聞くのはまだるっこしい。
 俺が試してやろう」
 俺も傍らにあった自分の剣を鞘に入れたまま持ち上げる。
「隊長!?」
 部下達がざわめく。
 ガウリイも困惑した顔をしている。
「単なる自信過剰、悠長に鍛錬しなきゃならん程の腕なら、どのみち傭兵なんかやっていけん。
 国境侵入の咎
〈とが〉で、ここで切り捨てる。
 だが、もしおまえの言い分が本当で、剣士で食っていけそうな見込みがあれば――。
 俺がここで傭兵見習いとして雇ってやってもいい」
 すでにあたりは薄闇、焚き火だけが赤々と周囲を照らしている。
 全員の顔に驚きが貼り付いていた。
「隊長! 本気ですか!?
 こんなガキとわざわざ……」
「俺が負けるってのか?」
 コードの言葉に、あっけらかんと言ってやる。
「そ、そんなコトは言ってませんって!
 そうじゃなくて――!」
 くどいって。
 それくらい言われなくてもわかってる。
 だが、こんな滅多にない楽しい事を、他の連中に譲れるか。
「なら離してやれ。
 そのままじゃ勝負にもならんだろう」
 ようやく大男から解放されたガウリイは、俺と正面から向き合った。
「さあ、自分が招いた事態だ。自分で選べ。
 俺と刃を交えて、傭兵として生き残る確率に賭けるか。
 このまま黙ってこいつ等にでも斬り殺されるか。
 おまえの人生だ。
 おまえが決めろ」
 ガウリイはゆっくりと息を吸うと――自分の剣を拾った。
「そうか、上等だ。
 いつでもかかってこい」

<<つづく>>

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