暑さの名残る真夏の夕暮れ。
昼間の強烈な日射しを避けた人々が夕涼みを兼ねて、商店街を闊歩しています。
その中に、ひときわ長身の青年が一人。
長い金髪を一つに束ね、麻の上シャツにジーンズ、下駄履きというラフな恰好ながら、どうにも目を引くオーラが出まくっています。
ここら辺りでは知らぬ人のない、帽子屋の主人です。
「あー、ガウリイさん! こんばんはー!」
明るい声に振り返ると、呉服店の戸口から黒髪の少女が手を振っています。
「おー! アメリアじゃないか。何やってんだ?」
店屋にいる客に何をしてるもないもんですが、まあ、こういう御仁なのです。
下駄の音も軽やかに駆け寄り、戸口から覗き込みますと。
アメリアは左肩に青い朝顔の柄の浴衣地を掛けていました。どうやら柄合わせをしていたようです。
「もうすぐ花火大会でしょう? 新調しようと思って。
ガウリイさんもお買い物ですか?」
ガウリイは微笑みながら、右手に持っていた小さな紙袋を少し差し上げ。
「蚊取り線香切らせちまってな。
ゼルガディスのバイト先まで行ってきた所だ」
彼にすれば単なる親友の名なのですが、少女の頬がぽっと染まりました。
それも当然、二人は最近めでたくカップルに収まったのですから。
「――そっか、浴衣はあいつのためか」
状況判断には疎くても、親友の恋路となると妙に聡いようです。
「ち、違いますっ!
全然約束とかしてませんし、だいたい、ゼ、ゼルガディスさんは、いつもガウリイさんと一緒だそうじゃないですか……!」
真っ赤になってぶんぶん両手を振るアメリアに、ガウリイは苦笑いしてぽりぽり頬をかき。
「いやー、だってなぁ。
一人ずつで行くと、なんかいつの間にか女の子達に囲まれてて、身動き取れなくなるんだよな。
特にあいつはそういうの不得手だろ? オレは便利な虫除けなんだそーだ」
「……む、『虫除け』って」
ガウリイとゼルガディスがとてもモテるのは、アメリアだって当然知っています。
街のアイドル的存在がイベントなんかに出かけたら、女の子達が放っておくわけないでしょう。
それでもタイプの違う美形二人のこと、ファンが分かれているのも手伝って、一緒に行動していれば上手く囲みをかわせるのでしょうか。
「ま、今年は、晴れてアメリアって相手も出来たコトだし、もう用済みだろうけどな」
「あ、相手って……!
それに、ガウリイさんはどうするんです!?
せっかく年に一度の花火大会なのに、行かないんですか?」
アメリアにしてみたら、ガウリイはゼルガディスとのコトを後押ししてくれた、いわば恩人です。
正義と真実をこよなく愛する彼女にとっては、ないがしろにするなんて断じてありません。
頭二つも低い位置から振ってきた予想外な指摘に、大男は珍しく考え込んでしまいました。
確かにガウリイも花火は大好き。
とは言え、やはり虫除け役がいないと、ゆっくり見物出来るかアヤシいのも事実です。
「ガウリイさんにも、一緒に行くお相手とかいないんですか?」
ガウリイの脳裏に、一番仲良しの女の子の姿が浮かびました。
何にでも好奇心旺盛なあの子に花火を見せてやったら、どんな反応をするだろう?
考えるとわくわくしてきます。
でも、あのまま人混みに連れ出すのは――
「――だったら、三人で一緒はどうでしょう?」
「いや、それじゃまさに『お邪魔虫』だし――」
さすがに親友の恋路をジャマする趣味なんかありません。
困って店内に視線を彷徨わせた目に、あるモノが飛び込んで来ました。
「――なあ、あれって……」
ガウリイが指差した先を、すっかりカヤの外にいた呉服屋の女将が追い。
「ああ、子供用の浴衣だね。
おはしょりを調節すれば、大きくなるまで着れるよ」
可愛い柄が描かれた色とりどりの浴衣に、柔らかそうな兵児帯などが並んでいます。
「ちっちゃな子が浴衣着てるのって、とっても可愛いですよね♪
髪飾りつけて、帯を後ろに長く垂らしたりなんかして」
「――そうだ、よなぁ」
アメリアの言葉に、普段はとろろんとしている帽子屋の主、珍しく何か思い付いたようです。
「……アメリアは着付け出来るんだよな?」
「ええ、私巫女ですから、一通りは」
「ちょっと頼みたいことがあるんだが――」
「――で?
なんであたしが『そんな』のきて、『そんな』のに行かなきゃいけないワケ?」
花火大会の当日の昼下がり。
いつもの待ち合わせ場所――森の出口でガウリイから提案を受けたリナは、元々の狐姿のまま、ぷんすかむくれました。
「だから、リナにも見せてやりたいんだってば。
とっても楽しいんだぞー」
「あのねぇ、そんな人間のいっぱいいるトコ行って、正体バレたらどーする気?」
万が一変身が解けて耳やしっぽが出てしまったりしたら。
もし誰かに目撃されてしまったら。
大騒ぎが起きてしまうのは間違いありません!
そうなったら、もう人間の街に行くのは難しくなるでしょう。
ガウリイにも会えなくなってしまいます――彼の作る美味しい料理やお菓子にも!
そんなの、リナには絶対我慢出来ないことでした。
「少しの間だけだ。おまえなら大丈夫だろ?」
それとも――まだそんなにヘタな化け術しか使えないのかー?」
ワザとガウリイが呆れたような口調で言うのは、
「しっつれいねっ!! そんなワケないでしょっ!!」
ちみっちゃいながらも妖狐のプライドは誰より高いこの仔ぎつねが、受けて立つのがわかっていたからです。
「それでこそリナだ♪」
にっこり笑ってガウリイは、持参してきた袋から淡い水色のモノを取り出しました。
「…これがその『ゆかた』ってヤツなの?」
「違う違う、フツーの子供服だ。
とりあえずアメリアに浴衣を着せてもらうまで、これを着てろ」
「なによ、服ならいっしょに化けりゃいいのに」
「アメリアの前でいちいち化け直せんだろ?」
「………」
人間の姿の時ほど表情はよくわからなくても、ふさふさしっぽは何より雄弁です。
ちょっと毛が逆立っているのは、不快な証。
ガウリイはしゃがみ込むと、両手でリナの頬を挟んで、わしわしとかき回しました。
「花火大会ってなぁ、美味いモンを売ってる屋台が沢山出てるんだぞ。
食ってみたくないか?」
美味しいモノには目がないリナ、これは無視出来るワケがありません。
「……しかたないわね。これも修行だと思って、付き合ってあげるわ」
「そりゃよかった。
なーに、服なしに化けるって言っても、別に素っ裸でなくてもいいんだから……」
どげしっ!!
相変わらず乙女心を全っ然わかってない発言に、リナは思いっきりスネに一撃を加えてやりました。
「さっさときせ方教えなさいよっ!!」
「ててて〜!」
ガウリイが用意したのはいたってシンプルな、頭からすっぽり被るノースリーブワンピースだったのですが――狐の恰好のまま袖を通してやろうとすると、骨格の違いで不自然に前足を曲げる恰好になってしまいます。
「もうっ、化けてからきる! うしろ向いてて!」
いつもは平気で目の前で化けてみせるくせに、どうして恥ずかしがるんだろう?――と、どこまでも鈍い帽子屋は思いましたが、これ以上ヘソを曲げられてはオオゴト。今日はもう逆らわないコトにしました。
「一番上の穴が頭、両脇が手だぞ〜」
「わかってるわよっ」
――とか言いながら、けっこー悪戦苦闘しているのが気配でわかります。
「……これでいいの?」
振り返ると、ごく『普通の小さな女の子』が立っていました。
もちろん耳もしっぽも出ていません。
「上出来だ♪」
ガウリイは撫でるように乱れた髪を整えてやってから、リナを抱き上げました。
まだ午後の暑い時間だというのにどっちも抱っこを嫌がらないのは、やっぱり仲の良い証拠なのでしょう。
「人間って、ほんっとめんどうよね」
「楽しいことには、面倒な手順ってヤツが付きモノなのさ」
「――料理みたいなモン?」
「作る楽しみもあるだろ?」
確かに手際よく美味しいモノを作るガウリイを見てたり、手伝ったりするのは楽しいですが――。
こんなややこしい『服』なんて、わざわざ着なきゃならないのがホントに楽しいコトなのか、今ひとつ承服しかねているリナでした。