By ひたきさん
<<後編>>
「いやよ。」
ああっ、読まれてるっ!?と、決死の覚悟で説得を持ちかけようと、リナ姫の部屋に行った アメリア姫であるが、開口以前に撃沈する。
「でも、でも、そうじゃないとゼルガディスさんが……。」
物の怪に追われているかのような様相のアメリア姫に、リナ姫は首を傾げて立ち上がる。
「は?ゼル?とにかく、姉ちゃんにばれちゃったなら、体裁繕う必要もないわよね。」
「あのっリナさん!ゼルガ……」
「おおっとよろけた。」
「りっ、リナさん、ですから……」
「ああっとごめんね。」
「リナさ……」
リナ姫はアメリア姫が必死に会話をしようとするのを蝶のようによけてかわす。戸口に止まり 振り返った時に、アメリア姫が背筋に悪寒を走らせたことを、後世の人は俗に虫の知らせと言う。
「あたし、ガウリイんとこで暮らすから。」
リナ姫は、こうして、アメリア姫の魂の恐慌を知る由もなく、軽やかにアメリア姫の視界から 消えて行ったことである。
(ああっ、ゼルガディスさん、ゼルガディスさん、ゼルガディスさああああん!!ご冥福を、 お祈りいたしますうううっ!!)
それまでは一応人目をはばかっていたが、アメリア姫が説得に来てからのちは、一日中 ガウリイの部屋に留まっている。
ルナ姫はアメリア姫の報告するのを聞いて、ため息をつく。それを見て、リナ姫とアメリア姫の 友人であるマルチナ姫は、いつものように十二単に立派なタテロールがミスマッチであるが、 しめしめと袖の中で笑いをこらえきれない様子で、
「ルナ様、婿比べをいたしましょう。私とアメリア姫とミリーナ姫とリナ姫の婿を比べるのです。
私達の婿はダーリンを筆頭にそれはそれは顔かたちも何もかも素晴らしい方達ばかりですもの。
桶かつぎは恥を知ってどこへでも逃げて行くに決まっていますわ。」
と申し上げる。
「そんな!私達、真実の友情で結ばれた仲良し四人娘じゃないですか!」
アメリア姫は反対するが、長年のライバルを徹底的に打ちのめせるチャンスに勢いづく マルチナ姫を止められるはずもない。アメリア姫はルナ姫に助けを求めるが、ルナ姫は、 「そうね、いいわよ、別に。」
とおっしゃる。マルチナ姫は大いに喜び、早速、「何日の何時に婿比べ大会をいたしますので 皆様のご見物お待ちしておりますわ!」とふれまわらせ、自らふれまわった。
人々は瞬く間にそれを噂しあったので、すぐにリナ姫とガウリイの耳にも届く。ガウリイの部屋で、 リナ姫は悔しげに唇を噛んだ。
「姉ちゃん、本格的にあたし達を追い出すつもりなんだわ。でなければ止めるはずだもの。」
ルナ姫に認めていただけなかったことを事実と受け止めても、言葉の端ににじむ寂しさは 隠しきれない。ガウリイはそれを見て痛々しいと思うが、ただ膝を強く掴む。
「オレが、出て行けば。」
「だめよ。そしたら一番後悔させてやるんだから。」
リナ姫はすぐさま言い捨てて睨みつける。ガウリイはそれを見返ししばらくじっと見ているが、 やがて、ゆっくりと、重いものを更に上にさし上げるように言葉を紡ぐ。
「じゃあ、……一緒に逃げるか?」
「あたしはあんたを選んだって、言ったじゃないのよ。忘れたなんて言ったら容赦しないわよ。」
リナ姫はそれを更に睨み、ガウリイの差し出す腕の中におさまる。ガウリイは腕を閉じ、 艶やかな髪を目前に、リナ姫に見えない桶の内側で目を閉じた。
「……忘れてない。」
互いのみ抱きしめて、どこへなりとも行こうと追い詰められたのはあわれである。
それでも、とにかく時はたっていき、婿比べの日となったので、ガウリイは夜の明ける前に そっと起き上がって身支度をする。持つ物も少なく、草鞋を履いているところに、後ろから 枕がとんでくる。
「何してんの?」
「……起きちまったのか。」
「何してんのって言ってるのよ。」
リナ姫はガウリイに詰め寄り、ガウリイはしばらく黙っていたが、やがてため息をつき、 はっきりと決意を口にする。
「オレのせいでお前さんが一生を無駄にすることはない。」
「馬鹿!あんたっ、本当に……」
リナ姫は激昂するが、ガウリイはそれを穏やかに遮る。
「なあ、リナ。オレたち、すごい縁があるんだろ?桶被ってなきゃ、ここに来ることもなかったし、 お前さんにも会えなかった。だから、それだけの縁があるんだったら、きっとまた会えるさ。」
リナ姫は、その言葉をじっと聞いていたが、意を決したように静かに二人の距離を縮め、 ガウリイの淡く微笑むところの襟を掴んで思い切り引き寄せ、
ぐあっちん!
釘に金槌を打ちつけ、火打石が打ち合わさって火花を散らすように、音高く頭突きを食らわせた。
「……リ……リナ、……いきなり何すんだ……。」
ガウリイがくわんくわんと響く桶を押さえてリナ姫を見ると、リナ姫は同じように頭を押さえ、 うずくまって涙目で震えている。
「いしあたま……。」
「大丈夫か?桶だからな。無茶するんだから。」
とガウリイは手を伸ばすが、リナ姫はそれを大きく打ち払い、「きっ」と拳を握りしめる。
大きく息を吸い、
「馬鹿にしてるの?出て行くと言うのに手を伸ばす、何も言わないのに世話を焼く!」
と、桶を殴り、乱れ打つ様は息をつけず、激しさは爆煙舞か暴煙舞のようである。
「うっ、おあっ、ちょ、リナ、やめろ、やめろって!」
ガウリイは、桶のつなぎ目がいやな音を立ててその響きで頭が割れそうなところを、 なんとかリナ姫の両手をとらえると、両手の指からは血が滲んでいる。ガウリイがそれに 鋭い痛みをおぼえたところに、やがて外そうとしても両手が自由にならないので、 リナ姫の腕から力が抜ける。
「あたしは本気なのに。」
肩を落とし、俯いて呟く言葉に力はない。ガウリイははたと目を見開き、今度こそリナ姫を 引き寄せる。
「リナ、すまん。」
「なによ。」
「泣かせちまった。」
「違うわよっ。あんたが石頭なのが悪いんだから。」
「ああ、ごめんな。……オレは、リナが幸せじゃなきゃだめなんだ。なのに、オレのわがままのせいで リナは生まれ育った屋敷にもいられないし、家族ともいらない仲たがいをしなきゃならないし、 リナは辛いばっかりだろ。オレは、自分が許せないんだ。」
たどたどしいが珍しく多く語るガウリイを見上げて、リナ姫は、
「ぼけくらげ。あんたと一緒でなくて、どうしてあたしが幸せなのよ。」
と言う。直後、今更ながらに自らの言葉に気がついて、顔もどこもほおずきか紅葉が時期を 迎えるように赤くなり、いっそこのさいである、
君思ふ心のうちはわきかへる岩間の水にたぐへてもみよ
と「湧きたつ想い」であると自滅性精神攻撃をしかけると、
わが思ふ心のうちもわきかへる岩間の水を見るにつけても
と直球で返さる。おまけに、
「もう、離せないからな。本当に、二度と。」
とガウリイが耳元で囁くので指の一寸も動かない。
よしさらば野辺の草ともなりもせで君を露ともともに消えなん
「連れて行くからな。」
ガウリイはここぞとばかりに止めをさす。リナ姫は、しばらく硬直していたが、やがて、 まだ顔の赤いのはおさまらないが、小さな声でやっと言葉を返す。
「あたしは消えないわよ。」
「そりゃあリナは露みたいに儚くな……いや何も。」
「当たり前でしょう。」
道の辺の萩の末葉の露ほども契りて知るぞわれもたまらん
「ガウリイだから、許してあげる。」
ただ一人を知ってしまったがため。終わり近い同じ日を送ることを選ぶ。
「……リナっ。」
「んにゃあああどこ触ってんのよおおっ!こ、こんな時にってゆーか家出るんでしょーが!」
「あー、うー、あとちょっと。」
「あとちょっと、じゃなあああいっ!」
リナ姫は先程までの恥ずかしさも手伝い、急いで抜け出さなければ危ないので、ルナ姫 直伝である、必殺いんばーす・ろいやる・くらっしゅをかます。
きゅいぃぃぃぃん(いんばーす)ずごおぉぉん(くらっしゅ)めごぎし(ろいやる)。
ばらばらばらばらばら。
「………………。」
「………………。」
二人は思わず地面に落ちた板を追った。正気を取り戻して、はたとリナ姫がガウリイを見上げると、 顔がある。息の止まるほど驚いてつくづくと見ると、十五夜の月が雲間を出たのと変わらず、 姿かたちは何にたとえようもない。リナ姫はその顔が驚き嬉しそうに微笑むのを間近で見て慌てて逸らし、 壊れた桶に混じって落ちた見慣れぬ箱を見つけてこれ幸いとガウリイを突き飛ばした。
少し寂しげに手をわきわきさせるガウリイを置いて箱を開けて見てみると、金の丸かせ、 金の盃、砂金で作った三つなりの橘、銀で作ったけんぽの梨、見事な布や織物の数々、 その他多くの宝物が入れられている。
「これあたしのっ!」
「をい。」
ガウリイはこれを見て、そういえば母上は観音様が好きだったから、そのご利益かもしれないと、 微妙に間違ったような解釈ではあるがとにかく覚えていることは奇跡であるので、感謝をする。
リナ姫は、宝物を物色しながら、
「ね、ガウリイ。桶取れたし、これだけあれば出て行くことがないどころか、あのマルチナを ぎゃふんと言わせられるわよ。」
とことのほか喜び、目を輝かせることには、大物盗賊をいぢめに行く時か、異国の菓子を 前にした時のようである。
「……お前、実は恨んでるか?」
「やられたら立ち上がれなくなるまで叩きのめすのが礼儀でしょ。」
リナ姫は微笑んで、ガウリイが後ずさるのを叱咤して急いで婿比べの用意をした。
既に夜も明けたので、世間は婿比べの日であるとざわめいていた。人々は、「桶かつぎめ、 まだ出て行っていないらしいぞ」と噂しあい、あざける。
そのうちに、婿比べ参加者が入ってくる。伴侶である姫の年の順に、まずミリーナ姫の 婿のルークは、上品な装束で、木々の紅葉が風に大きく揺れて山々や川まで染める様子で、 鋭い目つきで、控えている体つきの大きな男達も威圧する堂々とした姿であり、目つきが悪いと 言ってしまえばそれまでである。マルチナ姫の婿のザングルスは、上品で気高く、隙のない構えで、 藤や菖蒲が何も言わず多くを語らせるように目の離せないように見え、どこか怪しいことこの上ない。
アメリア姫の婿のゼルガディスは、学識に優れているばかりか容貌もまことに素晴らしく、 黒々とした闇の中で銀の細月に雲の薄くたなびくのが御簾越しに見えるようであり、 美人より美人であると見る人々は皆ため息をつく。三人の婿は、いずれ劣らぬ姿であり、 控える女房たちの目は誰も彼も熱心である。ところで、はるかに下がった所には桶かつぎを 置こうと用意した場所があるが、破れた畳二枚を敷かせ、マルチナ姫の復讐計画であることは 明らかであり、リナ姫との仲の悪さと性格が透けて見えるようである。
人々は、三人とも素晴らしいのは物語もこのようなことは語れまいと話し合って、 桶かつぎの来るのを今か今かと待っている。マルチナ姫も特に、今か今かと待っている。
また、中将殿だけは、
「ちくしょう、何でルナは止めてくれなかったんだよ。駆け落ちでもされたらたまんねえからこちとら 黙ってたってのによお。昨晩はずっと外を見張ってたから、まさかこの俺に気づかれずに出て 行ったなんて事はねぇだろうが……いやいや……いやでも……ああ、リナ、早まるな、
早まっちゃいけねえぞ。」
と、見たところは威厳があり堂々とした御姿であるが、心中は親馬鹿大暴れでいらっしゃる。
ただルナ姫だけが、「けじめはつけてもらわなければね」と、一人静かに皆をご覧になっていることである。
そのうちに、桶かつぎはまだかと何度も催促がきたので、リナ姫が「今行くわよ。」と返事をし、 人々はさあ見て笑ってやろうとざわめいた。「さあさあさあさあ」と呟いたマルチナ姫の横顔は、 夫のザングルスも一歩引いたものである。
「ほら、ガウリイ。」
「お、おう。」
まずはリナ姫、次にそれに引かれるようにガウリイが入ってくる。
リナ姫は常と同じようであるが、あまり人の見ないうちに、大輪の牡丹が開いた風情である。
桶かつぎを見ると、ほのかに出ようとする月に雲がかかった趣で、顔つきはけだかく美しく、 姿かたちは以下同文で、まったく天人の出現もこうかと思い知られるほどである。
待ち構えて見た人々は開いた口がふさがらず、また、リナ姫の心の中の嬉しさも限りなく、 得意満面でマルチナ姫を斜め上から見下ろすものである。他の婿達も皆の様子に何事かと 見てみると、なるほど自分が騒がれないのに十分な「美人」である。どうせ人間界に生まれるならば、 このような人とこそ一夜なりとも契りを結び、思い出にしたい、あわよくばものにしたいと、 女房達は残らずうらやんだ。中将殿は、先程の確信に近い心配が杞憂に終わってほっとするが、 「しまったこれって世間と俺公認婿入り宣言!?」と、別の確信に軽い目眩を覚える。
しかし、とりあえず、
「あー……そこに座るわけにもいかねーだろ。こっち来い。」
(リナの隣に座るなコラ。)
とガウリイに席をおすすめになる。
他に誰も何も言えず、元・桶かつぎの顔を見ながら、多くの女房はうっとりと観賞しながら、 なんとなくそのまま酒の席となる。皆が陽気に酌み交わすが、面白くないのはマルチナ姫である。
「まあ、顔かたちに身分の上下はないわよ。でも、身分あるもののたしなみである楽器なら、 ちゃんと習ってないとだめよね。」
全く懲りることなくそう考えて、ガウリイに「さあさあ」と勧めて、リナ姫が険しい顔をするのを ほくそえむ。
「いや、よく分からないから。」
と言われても、更に勢いづいても引き下がるはすがない。
「ま、種類は何でもよろしくてよ。」
「えー、オレこういうのはあんまり得意じゃないんだけどなあ。」
とガウリイは自信がなさそうに、手近な横笛を取って演奏した。おそろしく上手だった。
皆酒を注ぐ手を止めて聞き入り、涙を流す。リナ姫に渡された横笛でどうにかリナ姫を喜ばそうと なさっていた成果であり、生まれ持った野生の勘であり、リナ姫は嬉しいことこの上ないが、 マルチナ姫は更に面白くない。
「まあ、リナが仕込んだんでしょうけど、楽器を教えたならその分他の事を学ぶのは無理よね。
歌を詠むとか字を書くとかも、今すぐに教えようったってそうはいかないわ。」
そのように、マルチナ姫は自身の辞書に敗北の文字を載せない性分である、 「ねえちょっと桶かつぎ、じゃないわよねもう……ええと、ガウリイ様。桜の枝に藤の花、 春と夏は隣り合っていて、秋は菊の花が咲くのだけれど、これらを詠み込んで一首 作ってみてくださらない?」
と、ガウリイにまた「さあさあ」と勧めて、リナ姫がいやな顔をするのをにやりと笑う。
「いや、オレ火焚きしかしてないから。皆が詠んだ後に、何か言ってみるよ。」
と言われても、ガウリイこそが今日の主役であると言い含め、以前何か詠んだとかいう 噂があったが、やはり嘘だったかと、目がらんらんと光るだけで引く様子もない。
「ま、風流を解する心があればちょろいもんよ。」
「うーん、オレこういうのいまいち慣れないんだよなあ。」
とガウリイは戸惑った様子で、
春は花夏は橘秋は菊いづれの露に置くものぞ憂き
と詠んだ。とってもどころではなくあわれをもよおし、平たく言って素晴らしいものである。
リナ姫は、これもまた嬉しく誇らしく思うが、「分かっててやってんじゃないでしょうね……」と ガウリイをまじまじと見て首をひねり、「ほめてほめて」と期待に胸膨らます子犬のような ガウリイと目が合ったので慌てて逸らした。
「ってゆーか、できすぎよ。何かあるはずよ、何か……!」
マルチナ姫はそれでも次は何があったろうかと頭をひねる。すると、夫のザングルスが、 何か感じるところがあったのか、もしくはハニーの関心が別の男に向いていることに危機感を 覚えたのか、突如立ち上がって名乗りをあげる。
「男ならやっぱり腕っぷしだろうが。」
そう言って、剣をよこす。ガウリイが受け取りざまに斬りつけるが、ガウリイはそれをかわして 外に出て、追って突くのを流して弾く。何合か激しく打ち合った後に、ぴたりとザングルスの喉に 剣先を突きつけた。それを見て、ルークとゼルガディスが「ほう」と目をみはる。
その先でザングルスは悔しげにガウリイと切っ先を睨みつけるが、瞳に諦めたような光を宿して吼える。
「くっ……俺もここまでか……さあ、殺せ!」
ガウリイは、困ったように頭を掻いた。
「えーと、いや、何か主旨違ってないか?」
「……あれ?あ、そうか。……と、とにかくだ!お前、火焚きしかしていないなんて、 冗談もたいがいにしろよ。」
ザングルスはうっすらと頬を染めて、誤魔化すように話題を変えるが、ガウリイはともかくとして リナ姫は見逃さない。
「ザングルス、顔赤いわよ。」
「うっせえ!突っ込むな!」
「しかもその慌てよう……さてはガウリイに惚れたわね?」
「ええっ!?そんな!!」
それを聞いたマルチナ姫とガウリイが、悲鳴を上げてよろりと傾ぎ、青い顔で一歩引く。
「だああああっ!本気にすんな!っつーか、てめえ余計な口出すんじゃねえ!とにかく剣だ剣!
おいお前、ガウリイ!どこかで修行しただろうが!」
ザングルスがまた叫ぶことには、本気で震えるマルチナ姫に絶望の表情を向けられ、 どうしようもなく半泣きである。ガウリイはそれでやっと気を取り直すが、答える様子はまだ 目を合わせず、少し恐ろしげである。
「いやあ、本当だって。屋敷の見回りもしてたけどな。それに、いつもリナが盗賊の根城とか 犯罪者の溜まり場に突っ込んでくからな。強くもなるさ。」
「…………。」
一連の事を見ていた人々の視線が矢のようにリナ姫に向かう。
「リナさん、いつもそんな危ない場所に行っていたんですか!?」
アメリア姫が人々の心を一番穏やかに代弁するのを、リナ姫は明日の次を見つめて 瞬きする。
「……お前、人生それでいいのか?」
それまで終始沈黙を保っていたゼルガディスが、沈黙の中にガウリイへの至極まっとうな 疑問を投げかけた。
「何がだ?」
「………………。」
「………………。」
「……………………ま、お似合いなんじゃねぇの?」
結局、そのようにして、その場は丸く収まったことである。
その後、ぶちぶちと文句を言いつつ認めてくださった中将殿から土地をいただき、 「ちくしょう、リナの婿を拾っちまうなんて、俺としたことが……。」
「おう、感謝してるぞ。お義父さん。」
「オトウサンと呼ぶなああっ!ちくしょうっ、俺の心のオアシスはどこに行っちまったんだ!」
と、舅と婿の相性もよく、本人達以外から見て上手く行っている様子である。ガウリイは、 いつものように愛妻シックに罹る中将殿をおいて、リナ姫と穏やかにお食事バトルを繰り広げる。
「んぐっ、そういえば、リナの母上ってどうしたんだ?オレ一度しか見たことないけど。」
「はふはふ、趣味の修行の旅に出てるわ。」
「わんぱくだなー。まさしくリナの母……痛っ。」
と、そうして何事もなく日は過ぎていくが、リナ姫は気にかかることがある。
「……それにしても、『母上』って。前々から思ってたけど、あんた、やっぱり言葉遣いとか 立ち振る舞いがきれいよ。正体明かしなさい。」
「正体って……おいおい。」
「ガウリイ、早めに喋った方が苦しみも少なくて済むわよ。」
しかし、リナ姫の思いもどこ吹く風と、思考が海月のように漂うガウリイには通じない。
リナ姫が頷いて、悟ったように、いっそ優しげに見上げる表情すらも、最近ではどこか 匂い立つような色香をただよわせていることよと、ガウリイは大輪の華を咲かせたのが 自分であると内心にたついて眺めてしまうことである。
「オレは一体何をしたんだ?」
「いやさ、その顔だから、昔女をとっかえひっかえしたせいで呪いの桶でももらったのかと。」
惚気ているところに突然浮気疑惑を突きつけられて慌てるガウリイの様相は、ルナ姫をして 「恋の奴隷」と言わしめるものであるのにふさわしい。
「リナ、オレは最初からリナ一筋だぞ!」
「ええうぇあ!?」
ガウリイはリナ姫の両肩を掴んで至近距離から誠心誠意を込めた瞳でリナ姫に訴えかけ、 リナ姫の顔が熟れた柿よりも赤く染まるのを見て苦笑する。また、昔の事、家の事も 覚えている限りでよければ正直に言いたいが、父上の立場が悪くなるのではと思う。
それに、
「ああ、ただ……母上は、オレ達を見守っててくれてるだろうさ。この子を、見せてあげたいよな。」
と、まあ、ガウリイらしくちゃっかりとそういうことであり、自分の記憶にすら残る継母は この幸せによからぬ波紋を落とすであろうと、本能的に忌避していたものである。
ところで、噂のガウリイの父上は、単身赴任からやっと帰ってみれば、奥様は魔女でした状態 であり、人となりの悪さで人も物も底をついていた。あわてて追い出したものの後の祭りで、 ようやく「あっ、あの女なら鉢かつぎも桶かつぎになるかもしれない……そういえば、 あの日から息子は行方不明になったではないか!」と思い立つが、それこそ後の祭りである。
貧しい暮らしに生きがいもなく、思い残すこともないと考えて、修行の旅にお出かけになる。
そのようにして暮らしていた中、ある時、父上は美しい修行中の女性に熊から助けられる。
話をしたところ、その方はさる身分のあるお方で、家には桶を被った者が一人いて、 あざけり突かれて暮らしている。気が好く物好きな娘以外は気にかける者もなく、 今も苦しい暮らしをしていると聞き、息子もそうであろうかと思う。それが自分の子ではないかとは 全く考えず、父上は、考えてみれば桶がついているのに追い出してしまい、その桶のせいで どこの浦に住み、どのような辛い目にあっているだろうかと、せめてもの償いに、死んだ母親の 代わりにと長谷の観音へお参りになる。
「できれば私の罪悪感のために、ガウリイに会ってすまなかったと言わせてください。」
と、まごころを込めてお祈りになった。
そののち、ガウリイは参内すると、帝のお気に入られ、顔が特にお気に召したという怖い噂も 飛び交ったが、何はともあれ出世する。やがて大和、河内、伊賀の三か国を賜り、 ガウリイの母上の件もあるので、お礼に長谷の観音にお参りに行くこととなった。
一行は、ガウリイの趣味で花を飾り、リナ姫の趣味で金銀をちりばめ、にぎやかに進む。
ちょうどその時、何故か偶然全く不思議なことに、お堂ではガウリイの父上が観音の御前で 心に念じつつ経文を唱えておられ、リナ姫とガウリイの一行が着いた時に、これもまた運命のように、 スローモーションで父上とガウリイの目が合った。
「「あっ。」」
と、二人して小さく叫ぶ。
「父……」
「おおおおおおおおおおっ!!」
父上はガウリイの何か言おうとするのを奇声で遮り、ガウリイが呆気に取られている隙に 自分の家系をありのままに語り、これまでの道中もついでに語る。話の最後に、 「あなた、私の息子に似ておられますな。くうっ、泣けてきた!」
とおっしゃって、しみじみとなさることは欠片ほどにも修行の成果は伺えない。ガウリイは それにはともかく構うことなく、声をかける。
「いや、父上、本人です。」
「えっ!?……私の日頃の行いか!」
亡き妻にそっくりで美しく、多くの人を従えて、身なりも立派な青年が息子であると聞けば、 父上の喜びは限りない。
「ふつう観音様のご利益でしょう。いやもう父上もお変わりなく。」
話を聞いたリナ姫は、「河内の交野の人だからこんなに育ちがよかったのか」と考え、 変わったお人柄であるが、ガウリイの父親であるし何より面白いからと、父上も屋敷に呼び、 父上は大喜びで住んだ。このように、幸運が尽きることもなく訪れる、あまりといえば あまりにも身もフタもない巡り合わせに、リナ姫は、
「長谷観音……使えるわね。」
と呟く。その後のリナ姫とガウリイのことは、話すまでもないことである。
観音をお信じ申すと、あらかたにご利益があると申し伝えていることなので、この物語を 聞く人は、常に観音様のお名前を十ぺんずつ、
南無大慈大悲観世音菩薩
とお唱えなさるべきものであると書かれているが、ガウリナ万歳の方がいいかも知れないと 思うことこそ道に外れぬものである。
ただ、これだけご利益があるのだから、ある意味ガウリナの神様でも間違っていないかもしれないと 考えると、どれだけ頼んでも、やはり頼みがいのあることだ。
頼みてもなほかひありや観世音二世安楽の誓ひ聞くにも
<<おしまい>>