『Coffin-5』

〜 Side Gourry−4 〜


By Lilyさん      

「うわぁ………」

 遺跡の外に出た俺達の前に広がったのは、一面紅に染まった空だった。

「すごい夕焼けですね…」
「随分あそこにいたんだな」
「大騒ぎだったもんねー」

 そう。
 あの後、感激したアメリアが抱きついてきて、立ち上がろうとしたリナが転びかけたんで俺が慌てて抱き留めようとして、結局三人ですっ転んだ。それを見ていたゼルガディスが頭を抱えて…次の瞬間爆笑した。珍しく。

 今思い出すと、何でもない事やしょうもない事で大笑いしたり、アメリアがどっさりと持ち込んだお菓子をみんなで食べたり。

 とにかく四人で騒ぎまくった。
 一緒にいられなかった、あの時を取り戻すかのように。



「………ガウリイ?」

 腕の中でリナの声がした。
 ずっとあそこに閉じ込められていたリナは、一人では立つことも出来なくなっていた。リナをあんな目に遭わせた当時の奴らは、全員嬲り殺しにしても足りないが………これはこれで嬉しいかもな。
「どうしたの?ぼーーっとして」
「ん?
 ………空が綺麗だなって、な。思ったんだ」
「へぇ……ガウリイでも風情を理解出来るんだ」
 ………どうやら、憎まれ口は完全復帰らしい。
 まぁいいか。リナが少しでも元気になれたのなら。それに、憎まれ口さえ聞けなかったあの頃にはもう戻りたくない。
 何でもいい。
 リナの声が聞けられれば。
 リナが俺を呼んでくれれば。
「だって、今の空……リナの色じゃないかv」
「あ、言われてみるとそうですね」
 茜色に染まった空。
 優しい色。
「今まで見た中で、一番綺麗だな」
「それは、リナさんがいるからですか?」
 にやりと人の悪い笑みを浮かべたアメリアに、リナは露骨に反応した。
「ちょっ……アメリア、何」
 夕日に負けないくらい真っ赤になって慌てるリナ。その様子があまりにも可愛くて、俺も正直に答えることにした。
「あぁ。そうだ」
「ガガガガウリイッ!!」
 夕日よりももっとリナは赤くなった。
 調子に乗って額に口づけたら。

  すっぱああああぁぁぁんっっ!!

「ちょーしにのって、何すんのよあんたはぁっっ!!」
 俺を軽快な音と共に殴りつけた物体に、アメリアが目を丸くした。
「リナさん、それ………」
「…………持ってたのか」
 引きつったゼルガディス。
「当たり前でしょっ!こんなの、乙女の必須アイテムよ!」
 俺を殴り飛ばしたのは、懐かしのスリッパだった。
 軽い音の割に、くらうと痛いんだよな。それにしても、ずっと持ってたのか?これ……

「………相変わらずですねぇ、あなた方は」

 不意にした嫌な奴の声に、俺は無言でくるりと背中を向けた。アメリアとゼルガディスが俺達の前に立ち塞がり、リナの姿をそいつから隠す。
「あの………(汗)」
「………ガウリイ、今のって」
「あぁ、気にしなくていい。ただの害虫だ。生ゴミだ」
「そうです。例え今は少ーーーーーーーしばかり矯正されたとはいえ!まだまだ反省が足りません!」
「ガウリイさーーん……それはちょっとヒドイですよ。アメリアさんも、僕ちゃんと善良な一市民として生活しているのに……
 僕はただ、リナさん復活をお祝いしようとはるばるここまで」
「来るな。見るな。あっちへ行け。リナが減る」
 素っ気なく答える俺。リナはそんな俺を怪訝そうに見ている。

 リナは知らなかっただろうが……そもそもリナがあんな目に遭ったのも、ゼロス達魔族が、裏でリナに対する恐怖心を煽ったからだ。そんな奴に、どうしてリナを見せられる?

 リナをゼロスの視界から隠し、視線で睨みつけると、ゼロスはやれやれと肩を竦めた。
「……嫌われちゃいましたねぇ。
 でも、いいんですか?あの頃と違い、今は身分証明って物がないと生活できませんよ?ずっと封印されていたリナさんは、当然そんな物持ってない」
 ぴくりと俺の腕の中でリナが震える。
 この野郎……リナを不安がらせたな。
「ふん」
「笑い飛ばしましたね」
「随分間抜けになったんじゃないか?ゼロス。俺達がそのぐらい考えてないと思ったのか」
「そうです。私達、そんなポカミスしませんよぉーーだ」
 アメリアが可愛らしくあかんべぇをする。
 と、無言で立っていたゼルガディスが、にやりと笑う。
「………来たようだぞ」
「?」


     げしどかふみっ…………


「くぉら天然!貴様いつまで人んちのムスメ抱きかかえてやがる!」
「げ………」
「へ?………うそ………」

 もの凄い勢いでゼロスを踏みつけて現れたのは、火の付いていないくわえタバコのおやぢ。ゼロスを釣り竿で強制撤去し現れたかと思うと、一瞬のうちに俺の腕からリナをかっ攫っていた。
 リナは、呆然と現れた人物を見上げている。
「と…………父ちゃん……なの?」
「かわいそうに、あの野郎ども、人んちの大事なムスメにこんなマネしやがりやがって。今度会ったらぎったんぎったんにして、釣りのエサにしてやる」

 抱きかかえたリナの髪を満面の笑みで撫でているおやぢは、言わずと知れたインバース氏だった。(ちなみにゼロスは思い切り踏みつけられた上、現在ぐりぐりと頭を踏みつけられている)
 ここに来るのはルナさんだけのはず。しかも明後日到着だったのに……よりにもよってこのおやぢまでが来るとは……
 これじゃ、今夜からのリナと二人きり、らぶらぶな夜が過ごせないじゃないか!!
 そんな俺の内心を見透かしたように、くそおやぢは俺ににんまりと笑って言った。
「よぉ天然。ご苦労だったな。もう帰っていいぞ…ってゆうか帰れ」
「なっ」
「いくらお前が天然でも、久しぶりの家族団らんに水を差すような野暮な真似はしねぇよなぁ?」
「くっ」
 野暮を強調するあたり………こいつ、最初からこれを狙ってやがったな。
 返答に窮する俺の目の前で、おやぢはリナの髪を撫でている。こらリナ!お前もんな嬉しそうな顔するなっ!
「どうして……」
「なぁに言ってるんだ。たとえどれほど時間が経っても、どんな遠くに行っても、リナは俺の大事な大事な娘だって言わなかったか?」
「………いい、の?」
「親に何遠慮する必要がある。全部父ちゃんに任せて安心して帰って来い」
「うんっ!」

 あぁぁぁぁぁ………りなぁ………
 嬉しそうに抱きついているリナ。おやぢは俺にちらりと視線を向け……鼻で笑いやがった!
 あのくそおやぢ……わざとやってるな………

「どうします?ゼルガディスさん………」
「男親と娘の恋人ってやつは、むかしから犬猿の仲と言うしな。………ほっといてやれ」
「じゃあじゃあ、これからガウリイさんが「お嬢さんを僕に下さい!」ってやるんですね?そして「駄目だ駄目だ!お前如きに娘はやらん!」ってお父さんが怒って卓袱台をひっくり返すんですねv
 きゃv素敵ですvv」

 アメリアもゼルガディスも他人事と決めつけてるな………大体、卓袱台ってのは何だ?
 睨みつけると、アメリアはぺろっと舌を出して肩を竦めた。
 そうこうしている間に、おやぢはリナを抱き上げたまますたすたと歩き出していた。

「こらっ!先に行くな!!」
「ふん。天然は来なくていいんだぞ」
「誰が!大体、俺がいなくちゃリナは助けられなかったんだぞ!」
「はん。てめぇ一人の手柄じゃねぇだろうが。それに」
 おやぢが俺に視線を向けた。
 冗談抜きの、鋭い眼差し。

「リナを守れなかった奴に、預けられるか」

「父ちゃん、別にガウリイが悪い訳じゃ……」
 リナが俺を弁護しようとするが、くそおやぢは断固首を横に振った。
「いいか?惚れた女の前で悩んでる姿を見せるような奴は最低だが、惚れた女の不安や悩みを察知できない男も駄目だ」
「あのでも」
「美味い物、たっぷり食わせてやるからなvリナ、何が食べたい?父ちゃんが何でもしてやるぞ♪」
「ホント♪」
「おう!どーーんと任せとけ!」

 ………どうやら、ここに来る前にした約束、踏み倒す気だなくそおやぢ。
 そうはさせるか。
「この期に及んで、交際認めないって言うのか?あんた」
「こ、交際!?」
「ふん。俺は元々、おめぇの様な天然にリナをやる気はねぇんだよ」
「………やるって(汗)………」
「きったね……今更約束破る気かよ」
「約束?そんな物した覚えはねぇよ」
「男に二言はなかったんじゃないのか?」
「お前に関してはある!」

 リナを中心に、火花を散らす俺とおやぢ。
 赤くなって、それでもきょとんとした顔で俺達を見比べていたリナだったが、不意にくすくすと笑い始めた。
「リナ?」
「くすくす………ごめん。でも父ちゃんもガウリイも、結構似たもの同士なのね」
『何だ(ってぇ)と!?』

 思わず声をハモらせた俺達に、リナが堪えきれないように吹き出した。

「ほら、息もぴったりv」

 無邪気なリナの一言に、俺もおやぢも思いっきり脱力してしまっていた。
 分かってたが……やっぱりこいつには敵わない。
「……仕方ねぇなぁ……」
 くそおやぢはがりがりと頭をかいた。
「おい」
「何だよ」
「リナが喜ぶからな。うちの晩餐に、特別にてめぇも入れてやる。感謝すんだな」
「最初からそう言えよな」
「何か言ったか?あぁん?」

 またも火花を散らす俺達。
 それを見て笑ってるリナ。
 おやぢがこっそり俺に目配せした。リナが楽しんでるから、もうちょっと続けるぞ。そういう意味だな。
 結局、リナには弱いんだな。このおやぢも。

 まぁ、いいか。
 リナが笑ってくれるのなら。道化だろうがくらげだろうが何だろうが、いくらでもやってやるさ。

 息を吸い、戦闘態勢を整える。


「だからお前は天然だって言うんだよ!」
「なんだとこの親ばか恐妻家!」
「ふん。悔しかったら家族を持ってみろってんだ」
「ほぉ……そーかそーか、んじゃリナは貰ってくぞ」
「てめっ!この俺に喧嘩売る気か?天然のくせに生意気だぞ!」
「おやぢは大人しく引っ込んでろ!」


「………楽しそうですね、あのお二人。そう思いませんか?ゼルガディスさん」
「そうだな」


「お前のような定職もない甲斐性無しにリナはやれん!」
「仕事ぐらいすぐ見つけてやる!
「お前にうちの年収最低ラインをクリアできるとは思えねぇよ」
「言ったな……じゃあクリアできたら大人しくリナは渡すな」
「ふん。誰が」
「この……いい加減子離れしろよ!」
「リナに頼ってるおめぇに言われたかねぇ!」


  ぎゃあぎゃあ………


 結局。
 後から現れたルナさんがにっこりと戦女神の微笑みで止めるまで、俺とくそおやぢの口喧嘩は続いた。
 この分じゃ、リナとまた一緒にいるにはまだ時間が掛かりそうだが……

 とりあえず、明日のデート。
 おやぢに邪魔されないよう、十分計画を練らなきゃな。まだリナは上手く歩けないから、車でどこか景色の良い所でも連れて行くか……
 美味い店もピックアップしなくちゃな。


 そういえば、何か忘れてるような気が………?


 ま、いいか。







 ふと振り返る。
 あの遺跡は、もう見えない。

 それでいい。

 壊れた世界。
 ……壊れた棺。





 閉ざされた世界は必要ない。
 もう、二度と。



 END.



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