<第2話>
あたしが目を覚ましたのは‥‥見知らぬ部屋のベッドの上だった。
え〜っと‥‥ここ、どこだっけ。
あたしは、一瞬自分の居る場所が分からなかった。
おぼろげな記憶を必死でたどる。
‥‥‥そーだ。確か、ゆーべこの町に着いて、宿屋みつけて、そこで部屋取ったん だっけ。
それにしても‥お腹空いたわねー。
朝ご飯といきますか!
あたしは、部屋をでると、食堂へと向かった。
「おっちゃ〜ん! A定食とB定食とC定食、それぞれ二人前ずつ! 大至急ね!」
んごんご、んぐんぐ、がつがつ、バクバク‥‥
「あ〜っ! 食った、食った‥もー入んない!」
十二分に食べて、満足したあたしの目の前には、皿が山積みにされている。
‥‥‥そー言えば、ガウリイはどーしたのかしらね。
あたしは、皿の山を片づけているおっちゃんに尋ねてみた。
「ねー、夕べのうちに、あたしを尋ねて人が来なかった?
ガウリイ、って言う金髪の男なんだけどさ」
おっちゃんは少しの間、考えていたが、
「いや、そんな男は来なかったけど‥‥なんだい、お客さんは恋人と待ち合わせでも してるのかい?」
と逆に尋ねてきた。
こ‥‥恋人ってっ!!
「そ‥そんなんじゃないんです!
あいつは、ただの旅の連れでっ!!」
アタフタと言い訳してみるけど‥おっちゃんにとっては、どーでもいい事だったら しく、ろくに聞きもせずに奥に引っ込んでしまった。
‥‥あう。なんだかあたし、バカみたいんじゃない。
何で、あ〜んなクラゲのために、こ〜んな思いしなきゃいけないのよっ!
ううにゅ‥‥ま、まーいーか。
それより‥‥どーやらガウリイは、まだこの町には来てないみたいね。
町へ着いたら、真っ先に宿屋を調べるはずだもん。
あ‥‥でも、ひょっとしたら魔道士協会の方へ行ってるのかもしれないわね。
それじゃま、掲示板を使わせてもらいがてら、行ってみますか。
「おっちゃ〜ん! 魔道士協会ってどこにあるのか、教えてくんない?」
あたしが宿のおっちゃんに声を掛けると‥‥
なぜか、おっちゃんはまともに顔色を変えた。
「お客さん‥出かけるんですかい?
だったら、日のあるうちに戻ってこなきゃダメですよ!」
なんか‥様子が変なんですけど‥‥
何かあるんだろーか。
「日のあるうちに‥って‥‥それ、どーゆー事なんですか?
詳しく教えてくれませんか」
おっちゃんに尋ねると、彼は声をひそめて話しだした。
「最近、この町じゃ夜になると吸血鬼が出て、人を襲うんですよ。
だから、みんな夜になると家に引きこもっちまうんです。
そんな訳なんで‥お客さんも、早めに戻ってくるんですよ」
その顔と声には、恐怖がにじみ出ている。
う〜ん‥そっか、そんな事件が起こってるんだ‥‥
「分かったわ。ありがと。
それから、あたしが出かけてる間に、誰かがあたし‥リナ=インバースって言うんだ けど‥を尋ねて来たら、ここで待っててもらってね!」
おっちゃんにそう頼み込むと、あたしはおっちゃんに聞いた魔道士協会へと向かっ たのだった。
町を歩くと、道行く人達の顔に、微かだけど恐怖の色を見て取る事ができた。
‥‥きっと、さっき聞いた話が原因なんだろーけど‥‥
巻き込まれないうちに、さっさとこの町出なきゃね。
そのためには、早いトコ、ガウリイと合流しなくっちゃ。
「‥‥あれね? 魔道士協会の建物は」
おっちゃんに教わった協会の建物は、あっさりとみつかった。
あたしは、協会の中へ入ると、受付に座っていたねーちゃんに尋ねた。
「あの〜、ちょっと伺いますが。
ここにガウリイ=ガブリエフって名前の金髪の剣士が人を尋ねてきませんでしたか ?」
「‥‥さー、そんな人来ませんでしたが」
‥‥そっか。やっぱり、あいつはまだこの町に着いてないのね。
ったく、何やってんだか! あのクラゲ!
まさか、ま〜た迷子になってんじゃないでしょーね!
ん〜、そんな事ない、と思いたいんだけど‥
なにしろ、あのクラゲのガウリイの事だしねー‥‥
まー、とりあえずは‥‥
「じゃ、悪いけどここにある掲示板に尋ね人の張り紙させてもらうわね」
あたしは、受付のねーちゃんのちょうど真正面にある掲示板を指さした。
この掲示板ってゆーのは、誰でも自由に使える物で、仕事の依頼やら協会からのお 知らせやらの情報が掲示されんのよね。
だから、あたし達旅の魔道士は、新しい町へ着いたら、まず一番最初にこの掲示板 をチェックしてんのよね。
それは、ガウリイだって知ってるはずで。
だから、ここに張り紙しておけば、必ずガウリイの目にとまるはずなのよね。
‥‥あのクラゲのガウリイが忘れてなきゃ、だけど‥‥
‥‥‥いかん、だんだん不安になってきた。
あのクラゲの事だから‥今頃、あたしの事だって忘れてるかもしんない‥‥
い、いや、そんな事はない!‥‥と信じよう。うん。
と、とにかく、用意してきた張り紙を張らなきゃね。
あたしが張り紙をしていると。
協会の奥からおっちゃんが顔を出した。
「おい、ミント君。ちょっと頼まれてくれないか」
‥だれ? このおっちゃん。とあたしが思っていると。
「あ、評議長。なんでしょうか」
受付のねーちゃん‥ミントさん、って言うみたいだけど‥が、おっちゃんに返事し た。
へー、このおっちゃん‥じゃなかった、この人がここの評議長なんだ。
‥‥って、気のせいかな。
な〜んか、さっきっからあたし、この評議長に見られてるみたいなんですけど。
う〜ん、やっぱりあたしみたいな美少女は人の視線を集めずにはいらんないのよ
ねー。
リナちゃんの、つ・み・つ・く・り(はあと)
な〜んて、バカな事言ってる場合じゃないわ。
なんか、ヤな予感がするのよね。
ここは、さっさと逃げ出した方が身のためみたいね。
「んじゃ、あたしはこれで」
しゅぴ、と敬礼すると、そのまま出ていこうとして‥‥
「あ! 君!」
後ろから声を掛けられてしまった。
あっちゃー‥‥このまま聞こえなかったフリして、出て行ってやろーかとも思った んっだけど‥‥
相手は評議長である。
ンな事をすると、後が怖い。
‥‥しょーがないわねー。
あたしは立ち止まると、
「あたしになにか用ですか?」
後ろを振り向いた。
「ああ、君にちょっと頼みたい事があるんだ。
奥にある私の部屋まで来てくれないかね」
評議長はそう言うと、あたしの返事も聞かずに、奥に引っ込んでしまった。
ううっ‥やっぱり、こーなるのね。仕方ない‥‥
「じゃ、入らせてもらいますね」
あたしは受付のミントさんに軽く会釈をすると、奥へ‥評議長室へと入って行っ た。
「では早速だが、君、名前は何と言うんだね」
イスに座るなり、えらそーに評議長が切り出した。
‥‥人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗らんかい!
ってか、それが人に物を聞く態度かっ!!
あたしは、口先まで出かかったセリフを飲み込んだ。
くやしーけど‥‥ここでヘタな事を言って、ご機嫌を損ねるのは、得策とは言えな い。
我慢‥‥我慢だ、あたし!
「リナです」
仕方なく、名乗ったものの‥あまりにシャクだったので、フルネームは名乗らずに いてやった。
「リナさん、かね。では君に仕事の依頼がしたい。
今、この町を騒がせている吸血鬼を退治してくれないかね」
相も変わらず、えらそーに言う評議長。
ぐっぞー‥それが人に物を頼む時の態度かいっ!!
でも‥吸血鬼、ってーと‥
「夜になると、この町の人を襲っている、というあれですか?」
あたしは、ついさっき宿屋で聞いた話を思い出していた。
「おや、知っているのかね。なら話が早い。
どうだね、依頼料ははずむぞ。引き受けてくれんかね」
依頼料ははずむ‥評議長のこの一言に、あたしの耳がピクリ、と動いた。
う〜ん、そこまで言われちゃねー。
断れないわよね♪
あ、言っとくけど、依頼料が目的なんじゃないわよ!
恐怖におののいている、この町の人を放って置けないし‥
何より、評議長じきじきの依頼を断ったりしたら、後がうるさそーだもんね。
あたし一人でやらなきゃいけないんだけど‥
ま、なんとかなるっしょ。
「分かりました。お引き受けします。
では、詳しい話をしてもらえますか?」
あたしは、詳しい話を聞く事にした。
「なるほど。では、吸血鬼は花嫁を要求してきたんですね?」
「ああ、花嫁を差し出せば、もう町の者は襲わない、と言ってきてるのだ。
が、ヤツが約束を守るとも思えん。
そこで、君には花嫁としてヤツの元へと赴き、ヤツが油断したスキに退治してもらい たいのだ」
なるほど、そーゆー作戦なのね。
それにしても‥夜になると町を襲う吸血鬼、な〜んてお約束のパターンだと思って いたら、花嫁を差し出せなんて‥
どこまでもお約束な展開ねえ。
まあ、ヴァンパイアは強敵ではあるけど、あたしほどの魔道士なら倒せない相手 じゃないし。
「分かりました。それでは、依頼料の件なんですが」
それから、あたしは評議長と依頼料を巡る、激しいバトルを始めたのだった。