<第3話>
By 籠崎星海さん
「では、前金として、金貨50枚、後金として金貨50枚、と言う事で‥」
あたしは評議長との戦いに勝利を収めると、意気揚々とその場を後にしようとし た。
そのあたしの背中に、評議長が声を掛けてきた。
「あ、リナ君、帰ってもらっては困るんだがね。
何しろ、花嫁を差し出すのは今夜なんだから」
な‥‥なんですとーっ!!
今夜って‥‥今にお昼になるってーのにっ!!
「んなの、きーてないわよっ!!」
「だから今言ってるじゃないか。それとも、なにかね?
今更イヤです、な〜んて言い出すんじゃなかろうね」
ニヤリ、とイヤミな笑みを浮かべる評議長。
くっそー、このタヌキおやじ!
今あたしが断ったら、違約金を支払わなきゃならないの、承知で言ってんな!
うううっ!!‥‥仕方ない‥‥
「分かりました‥‥でも、用意もありますので、一旦宿屋に戻らせてもらいます。
夕方には帰ってきますので」
「分かった。なら、こっちもその間に、花嫁衣装を用意させよう。
おーい、ミント君!リナ君のサイズを測ってくれたまえ」
評議長に指図されて、ミントさんがメジャーを持って現れた。
「へ? サイズ? 花嫁衣装?
一体、なんの話なんですか?」
話が全く見えなくて、評議長に尋ねると。
「そりゃー君、花嫁なんだからそれなりの服がいるだろーが。
それとも、まさか、その格好で行くつもりなのか?」
あっさりと評議長は答えてくれた。
そりゃまあ、こんな魔道士然とした格好してたんじゃ、ヴァンパイアに警戒され ちゃうから普通の服を着なくちゃいけないのは分かるけど‥
それにしても、花嫁衣装とはねー‥‥
まーた依頼で着るハメになるとは思ってもみなかったわよ。
今度花嫁衣装を着る時は好きな人のために着たいなー、な〜んて、あたしにしては 殊勝な事を考えていたってーのに‥‥
って、なんでそこでガウリイの顔が浮かんでくんのよ、あたし!
あいつは、そんなんじゃないでしょーがっ!!
ああもう、ちれちれ、妄想! しっしっしっ!!
手をペッ!ペッ!と振っていると。
「リナさん、どーかしたんですか?」
あたしのサイズを計っていたミントさんが不思議そーな顔をした。
「あ、あはは、何でもないのよ、何でも。
それより、ちゃっちゃとやっちゃってよ。
こっちにも予定ってのがあんだからさ」
ミントさんを促して、採寸してもらうと、あたしは急いで宿へととって返した。
あたしの部屋へ戻ると、荷物を探って、使えそーな物を服の中へと忍ばせていく。
ああ、それにしても、今夜だなんてっ!!
まだガウリイも見つかってないのに、どーしよう。
‥‥って、そーよ、ガウリイよ!
どーしよ、あたしが居ない間にこの町に来る、って事も十分ありえるわ。
‥‥‥‥よし、手紙書いて、置いておこっと。
あたしは急いで今日受けた依頼の事を手紙に書くと、それを宿のおっちゃんに渡し た。
「あたしを尋ねて、ガウリイって男が来たら、この手紙を渡しておいてくんない?」
「あいよ、ガウリイさんだね。確かに」
おっちゃんは、快く引き受けてくれた。
あたしが全ての準備を終えて、協会に戻った頃には、すでに日はとっぶりと暮れ て、あたりは暗くなり始めていた。
「すみませーん、リナですけどー」
入り口で声を掛けると、すぐに奥から評議長が顔を出した。
「君かね。すまんな、まだ、ドレスの寸法直しをしている最中なんだが‥‥
そうだ、出来上がるまで、お茶でも飲んで待っててくれんか」
あたしは、評議長に言われるままに、中へと入っていった。
運ばれてきたお茶を一口飲んで‥思わず、吐き出しそうになってしまった。
「あの‥これ、苦いんですけど」
こんな苦いお茶なんて、飲んだ事ない!
思わず抗議してやると。
「ああ、それはこの辺りで採れる特産のお茶でね。
緑茶と言うんだが、苦くて渋いが毒ではない。
安心して飲みたまえ」
彼はあっさりと答えてくれた。
‥‥‥この苦いのが、お茶?
信じらんない。舌がしびれるんですけど。
でも、せっかく出されたお茶を飲まない訳にもいかない。
あたしが我慢してお茶を飲んでいると。
「あの‥用意ができました」
ミントさんがやって来た。
ミントさんに案内されて行った部屋にあったのは。
純白のウェディング・ドレス。
それに着替えると。
「リナさん、とってもキレイですよ!」
ミントさんはそう言って誉めてくれるけど。
この後の事を考えると、あんまし喜べないわよねー。
あ、もちろん持ってきたアイテム類はみんな隠し持ってるわよ。
え? そんな物、どこに隠すんだって?
そりゃもちろん、乙女のヒ・ミ・ツよ!
準備も済んで、建物の外に出ると。
そこにあったのは‥‥
「棺桶?‥‥‥」
な〜んで、こんな物があんのよ!
‥‥‥って、な〜んかヤな予感がすんですけど。
あたしは、そこに居た評議長に聞いてみる事にした。
「あの‥‥まさか、これに乗っていけ、な〜んて言うんじゃないですよね」
「ほう、よくわかたな。
ヴァンパイアから花嫁はこの棺桶に入れて連れて来いと指示があってな」
あう‥‥やっぱし。
そーじゃないかと思っていたのよ。
でもまー、そーゆー指示があったんなら、仕方ないか。
あたしは、大きく1つため息をつくと、その棺桶に乗り込んだ。
「でもまさか、蓋を閉める、な〜んて言わないわよね」
あたしは、ジロリ!と評議長を睨み付けてやった。
いくらなんでも、蓋なんかされちゃったら‥あまりにも不利になりすぎるものね。
これだけは、譲れないわ!
あたしの睨みが効いたのか。
「‥‥まあいーだろう。
蓋をしろ、という指示はなかったからな。おい! 出発しろ!」
評議長の指示で、棺桶の周りに集まっていた人達が一斉に棺桶の持ち手に取り付 き、担ぎ上げる。
「うひゃあっ! き、急に持ち上げないでよっ!!」
あたしのあげた抗議の声を無視して、棺桶はしずしずと動き出した。
見送る評議長一人を残して。