『偽りの花嫁』
<第4話>
By 籠崎星海さん    



 松明を掲げた数人の男達に囲まれて。
 あたしの乗った棺桶は、町外れの森の中を進んでいた。
 おそらくは、この辺りはもうヴァンパイアの縄張りの中のはず‥‥
 と、一行は立ち止まると、小さな泉のほとりにある草地に、あたしの乗った棺桶を 置いた。
 そのまま、無言で町へと戻って行く男達。
 彼らが持つ、松明が段々と遠ざかり、辺りに暗闇と静寂が降りた。

 ‥‥暗い。なにしろ、光源と言えば、空にある月と星だけなのだ。
 暗くて当たり前だろう。
 ほとんど、闇の世界‥‥
 ライティングでも使おうか。
 ふと、そう思ったものの。
 あたしが魔道士だ、ってバレたらまずいし‥やめといたほーがよさそーね。

 それにしても、さっきの男達、松明の1つも置いてってくれればいーのに、全く気 が利かないんだから!
 ブツブツ文句を言ってみるものの‥それで、どーにかなるはずもない。
 それでも、段々と目が慣れてきて、辺りの様子が見えて来た。
 ‥‥辺りに見えるのは、闇の中に沈んだ森だけ‥‥

 しっかし‥静かよねえ。
 さっきっから聞こえて来るもの、と言えば、虫の音とホウホウと鳴く鳥の声ぐらい のものだ。
 あまりにも静か過ぎるわよね。
 これで本当にヴァンパイアなんて来るのかしら。
 ‥‥って、ちょっと待ってよ。
 今気が付いたんだけど‥普通、ヴァンパイアの行動時間っていったら、真夜中よ ね。
 まさか‥ここでこのまま、真夜中まで待てって言うんじゃないでしょーね!
 冗談じゃないわよ、今何時だと思ってんのよ!
 んなに待てないわよっ!!

 ‥‥と。いきなり、虫の音と鳥の声がやんだ。
 辺りに、沈黙が降りる。
 耳が痛くなるほどの静寂が辺りを包み込む。
 ‥‥来たわね。
 闇と、森と、星と月以外には何も見えないけど‥
 足音も何もしないけど‥気配で分かるわ。
 居る。人外の者が‥それも、段々とあたしに近寄って来る。

 あたしが油断なく身構えていると。
 暗い森をバックにして、何か黒い物が近づいて来るのが見えた。
 ひょっとして‥あれが?
 あたしは段々と大きくなる黒い影を睨み付けた。
 影は、あたしの目の前まで来ると、ピタリと立ち止まった。
 よくよく見ると‥それは黒い服に黒いマントで身を固めた、ヴァンパイアだった。
 微かな月光に、銀色をした髪が光って見えた。

「これが私の花嫁ですか。
なかなかに美しい‥フフ、待ってて下さいよ。
今すぐ、我らが眷属にして差し上げますからね」
 ヴァンパイアは赤い瞳を冷たく光らせると、猫なで声を出した。

 冗談じゃないわ。
 だ〜れがあんたなんかの花嫁になるもんですか!
 あたしは、早速呪文を唱えようとして‥唱えられなかった。
 な‥なんで? なんで舌が思うように動いてくんないの?
 そう思ううちに、全身が痺れて、まともに動けなくなってしまった。
 こ‥これは‥‥ヴァンパイアが何かした、ってより‥痺れ薬でも盛られた、って感 じの痺れ方ね。
 でも、変な物を飲み食いした覚えは‥‥
 そこまで考えて、あたしの脳裏に、さっき飲んだお茶が浮かんできた。

 そー言えば、あのお茶舌が痺れたけど‥
 まさか、あのお茶に痺れ薬が仕込んであった!?
 でも、何でそんな事‥‥
 あっ!! ま、まさかあの評議長っ!!
 あたしにヴァンパイアの退治を依頼して来たけど‥
 もしかして、最初っからあたしを生贄として差し出すつもりだったんじゃあ!
 くっそー、あのくそおやじ、帰ったら、ボッコボコにしちゃるっ!!

 いきどおっているあたしに、
「フフフ‥‥そうそう、そうして大人しくしていてくれれば、すぐに済みますから ね」
 ヴァンパイアが迫って来た。
 ああっ!!そー言えば、こいつの事をすっかり忘れてたっ!!
 どーしよう、手も足も動かないし、舌だって動いてくんない。
 これじゃ、戦うどころか、逃げる事すら出来やしない!

 動けないあたしをヴァンパイアは抱き締めると、ニヤリと笑った。
 その口元には、牙が光っていた。
 じ‥冗談じゃないわ!
 このままじゃ、ヴァンパイアにされちゃう!
 な‥なんとかしないと‥こら、動け!
 この根性なしの手足っ!!
 でも、どんなに頑張っても、どんなに力を入れても‥‥
 手も足も、動いてはくれなかった。

 無抵抗なあたしの首筋に、ヴァンパイアがおもむろに顔を近づけた。
 あたしの首筋にヤツの息が掛かるのが分かる。
 ‥‥ダメッ! 動けない‥‥ガウリイ‥‥ガウリイッ!!
 何やってんのよ!
 あんた、あたしの保護者でしょーがっ!!
 こんな時に助けに来ずに、どーすんのよっ!!
 ガウリイ‥‥助けてよ、ガウリイッ!!
 でも。あたしの願いも空しく、プツリ、と言う音と共に、あたしは首筋に軽い痛み を覚えた。
 すぐに、目眩と虚脱感に襲われる。

 ‥‥ああ‥‥あたし、今血を吸われてるんだ‥‥
 なぜか冷静な頭の片隅にそんな考えが浮かんだ。
 でも、すぐに何も考えれなくなってしまった。
 ヤツに噛まれた首筋を中心にして、むず痒さと‥熱さが広がっていったから。
 ああ‥何だろう。すっごく気持ちがいい‥‥
 な〜んで、こんな気持ちがいい物をイヤがってたんだろ、あたし‥‥

 恍惚としているあたしを‥いきなり、誰かが力ずくで後ろにひっぱった。
 あたしの首筋に顔を埋めていたヴァンパイアは、突然現れた邪魔者に驚いて、素早 くあたしから離れて行った。
「リナ!大丈夫か、リナッ!!」
 あたしの耳元で、誰かが叫ぶ。
 ‥誰よ。せっかく気持ちよかったってのに、邪魔しないでよ。
 そいつに、そう言ってやりたかったけど。
 何か、頭がボーッとしちゃって、何も言えなかった。

「キサマ‥‥リナに何をしたっ!」
 そいつは、あたしを抱き締めると、ヴァンパイアを怒鳴りつけた。
「フン、知れた事。我が花嫁にしようとしたまでだ。
まあ、もうすぐそうなるがな」
 ヴァンパイアは笑ってそう答えた。
 と、そいつはギュッとあたしを抱き締めたか、と思うと、そっとあたしを地面に降 ろした。

 あたしのかすみゆく視界に、何か金色をした物が、ヴァンパイアに向かって飛びか かって行くのが見えた。
 あれ‥あれ、何だろう。
 何か‥‥見覚えある色なんだけど‥‥
 そう思いつつも‥あたしの意識は、心地よい陶酔感と共に、闇の中へと落ちて行っ た。



<<つづく>>


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