1.なんなんだ 盗賊アジトで ご対面(その1)
どぐわぁぉぉんっ!
「……うそ……」
あたしは呆然と呟いていた。
自分の放ったはずの『火炎球』〈ファイヤー・ボール〉の炸裂炎に襲われて。
目標だったはずの相手は、嫣然とした表情さえ浮かべて、何もなかったように佇んでいた。ことの起こりは、ごくごく日常的なモノだった。
―――少なくても、あたしにとっては。
覇王グラウシェラーとの戦いもなんとか終った後、あたしと旅の連れガウリイは、『気ままな旅』を満喫していた。
特定の目的や行き先のない旅は、まあそれなりにのんびりと楽しいものである。
しかし、こう平穏な日々が続くと、あたしの趣味への意欲が、むくむくと頭をもたげてくるのは否めないわけで――――
おまけに立ち寄った食堂あたりで、盗賊団のうわさなど聞いてしまうと、我慢しろというのは無理な話。「―――たく。
この間のミル…えっと…」
「ミルガズィア・さんでしょ」
「そうそう。あの人がくれたオリハルコンで、当分路銀に不自由ないじゃないか。
いくらおまえの習性だからって、何もわざわざ…」
宿の一室で、あきれたように説教するこのガウリイ。
金髪の美形で腕も誉れの剣士だが、いかんせん、あれだけ世話になった黄金竜〈ゴールデンドラゴン〉の長老の名前すら満足に覚えらんないほど、脳ミソはとことん貧しい。
「あ・まーいっ!」
宿の部屋の備え付けの椅子から、拳を握って立ち上がるあたし。
「いーこと、ガウリイ。
お金ってのは、使えば減って行くモノなのよ。
あのオリハルコンだって、換金したら最後、蒸発するようになくなっちゃう運命なんだから!」
「…んな、大ゲサな」
「いいえっ!
ああいうモノは最後までとっておいて、イザという時に使う!
それが真の醍醐味…もとい、役割なのよっ!!」
あたしの主張に、ガウリイはため息をつく。
「で、盗賊いぢめで当座の路銀を確保する、…ってか?」
「おお、ガウリイ! めずらしく回転が早いじゃない! 何か悪いモノでも食べた?」
「………。
わかった。
その代わり、オレもついてく。いいな?」
ガウリイが腰を下ろしていたベッドから立ち上がった。
「へ?」
「なーんか、やっかいごとの予感がするんだ。
止めても無駄なら、ついてくしかないだろ?
オレはおまえの『保護者』なんだから」
「『自称』でしょ。
…ついてきてもいいけど、あたしの邪魔はしないでね」
「しねーって。
オレは盗賊いじめしたいわけじゃないんだから」
―――かくて、街外れの盗賊団のアジトに、あたしの呪文が華々しく轟くことになったのだった。
邪魔はしない、という言葉どおり、ガウリイは見晴らしのいい場所に陣取っ て、文字通り高みの見物を決め込んでいる。
あのバケモノのような視力とカンなら、何か起こってもあそこからわかると踏んでのことだろう。
あたしはガウリイのことは完全に忘れ、趣味に熱中していた。
うふふふふ、た・の・し・いっ(はぁと)。つどごごぉぉーん!
おっしゃあ!
これであとは、お・た・か・ら(はぁと)。
宝物庫に向かおうとしたあたしに、遠くから声がかかった。
「おい、リナー! ちょっとっ!!」
もう、なんだっつーの。
これからクライマックスだっていうのに、無粋な奴だっ!!
「何よー、ガウリイ!
あたし、忙しいんだからねっ!」
アジトの広場とおぼしき場所を挟んで返事を返すと、ガウリイが手招きしている。
「いいから、ちょっと来いって」
しぶしぶあたしは、小走りで駆け寄る。
「だから、何なのよっ」
「あそこに、『きれーなねーちゃん』がいるぞ」
「はあ????」
ガウリイが指し示したのは、火の手の上がるアジトの建物からは反対の方向。
おそらく、以前は誰かが工房か何かとして使っていたモノの名残かもしれない。土壁の粗末な小屋がある。
あたしの放ちまくった攻撃呪文の炎に照らされているものの、あまり明るくは――――
あれれ?
明るいわ。
「…あの光って何よ」
「だから、『きれーなねーちゃん』なんだってば」
ガウリイがのんきに答える。
「あほたれぇっ! どこの世界に自分で発光する人間が……って、もしかして……」
「魔族、じゃないみたいだがな。ニオイがしないし。
敵意もなさそうだ」
まるで獣のよーなレベルで分析をしながらも、彼は小屋の上の光から目を離していない。
「何でこんなトコにあんなのがいんのよ?」
「オレに訊くなって」
「…わかったわよ。確かめてみましょ」
「気をつけてな。危なかったら呼べよ」
―――こいつぅ。ぢつは、さっきのを根にもってるんじゃないでしょうね。
あたしは警戒モードのままで、そちらに向かって歩いて行く。
光のせいで輪郭がボケているが、たしかにシルエットは髪の長い女性のように見える。
これが縛られて小屋の中、とかいうんなら盗賊に捕まった被害者ってこともあるんだろうけど―――、まさかそんなヒトが小屋の上で光ってたりせんだろ う。
―――じゃあ、何なんだ?
魔族じゃないとガウリイが言う以上、そうじゃないだろうし―――
幽霊なんかの類いにしては、やはりその気配はないし。
混乱したまま、あたしは小屋の前で足を止めた。
しばしの沈黙。
あたりにはただ火の燃える音だけ。
むこうも、そのままあたしに視線を向けているようだった。
こちらと同じに様子見しているのかもしれない。
「…あの…」
あたしがとりあえず声をかけてみようとした時、後ろからガウリイの叫びが響いた。
「リナ! よけろっ!」
そのまま反射的に飛び退いた位置を、『火炎球』がかすめていく。
視界の隅に、それを仕掛けた盗賊団の生き残りを切り倒した、ガウリイの姿が映った。
ぐわぁんっ!耳元で炸裂音がして、あたしはそのまま吹き飛ばされた。
『火炎球』!?
「リナっ!」
ガウリイが駆け寄ってくる。
「くっ…!
油断させといて不意打ちとは、やってくれるじゃない」
立ち上がりざま、あたしも彼女目掛けて『火炎球』を叩き込む。
火球は、狙い違わず命中する――はずが、唐突に軌道が逆転して、あたしの方へ向かって来た。
まるで、鏡にでも弾かれたように―――。
「おわっ!?」
あたしはとっさに身をかわす。
炸裂炎があたりに飛び散る。
髪が焦げるイヤな匂いがした。
爆音のせいで、耳鳴りがする。「……うそ……」
あたしは悟った。
さっき『彼女』が放ったと思った『火炎球』は、あの盗賊の呪文だったことを。
『彼女』はあたしを攻撃したわけじゃなく、ただ自分の身を護っただけだと。
「リナ!」
地面に伏せたままのあたしを、ガウリイが抱き起こす。
「無事か?」
「…平気よ。ちょっとコゲたけど」
ガウリイはあたしの盾になる位置で、『彼女』に向かって剣を抜いた。
今の彼の剣は『斬妖剣』〈ブラストソード〉。
魔王竜をも切り裂くといわれている伝説の剣である。
ひょんな経緯で手に入れたものの――、あまりにとんでもない切れ味に、今はわざわざ黄金竜の長老ミルガズィアさんによって、『切れ味の落ちる魔法』なんてのがかけられてたりするのだけど。
「あんたに恨みはないけどな。
リナに手出しするなら放っとくわけにはいかん」
その声に、『彼女』――が初めて動いたように見えた。
「…違う、ガウリイ。
あのひとは何もしてないわ…!」
「何だって?」
制止するあたしと戸惑ったガウリイが前方から視線を外した瞬間、『彼女』は宙に舞い上がっていた。
「ええっ!?」
「うおっ!?」
まるっきり重力を感じさせない動作で、ふわりとそのまま静止。
髪と―――おそらくは長いドレスが優雅に風に漂っている。
風の結界が張られているようには―――見えない。
『彼女』の唇が、確かに喜びの意志を形作ったように見えた。
そのまま、光に包まれた白い腕から、優雅過ぎる動作で下に向かう。
まるで天から降臨した神の使いとかのように、『彼女』はゆっくりと一人の人物の元に近付いてきた。
―――ガウリイの元へ。
まるで魅入られたように身動きもせずに、ガウリイはそれを見つめている。
あたしは何とか驚きの呪縛から逃れると、身体を起こした。
「ガウリイ! ガウリイっ! しっかりして!」
左腕をつかんで揺さぶっても、まったく反応がない。
右手から『斬妖剣』が落ちる。
「ガウリイ!!」
『彼女』の手が、ガウリイの頬に触れた瞬間、あたりが白一色に染まった。
意識がとぎれる瞬間、彼の顔に微笑みが浮かんだのを、確かに見たような気がした――――