1.なんなんだ 盗賊アジトで ご対面(その2)
目が覚めた時、すでに『彼女』の姿はなくなっていた。
あたしとガウリイが倒れている以外は、何も変っていない。
ただ、あれだけ燃え盛っていた火が消えるだけの時間は、経っているようだった。
あたしは仰向けに倒れてたままのガウリイを揺する。
「ちょっと、ガウリイ。起きてよ、ガウリイったら!」
まるで魂を抜かれてしまったように、ガウリイは反応しない。
しかたなく、あたしは―――――
「オレを『翔封界』で運んで来た、ってか」
翌日の昼になってから、ようやく目を覚ましたガウリイに、あたしはくってかかっていた。
「そうよ、大変だったんだからね。
おかげでおたからは満足に持ってこられなかったし…」
「…それでもしっかり持ってきたのかよ…」
「あたりまえでしょ!
あんなに苦労して何もなしじゃ、キレるわよ、あたし」
「オレにはじゅーぶん、やつあたりしてるじゃないか」
あたしはベッドに上り、ずずいっとガウリイに迫った。
「だから答えてもらうわ。あの女、誰よ」
「女?」
「………もしかして、忘れてる?」
「……うーん……。
ゆうべは、おまえに付き合って、盗賊のアジトに行ったろう?」
「ふんふん」
「……で…、あたりを見てて……」
「そこ、そこであんた言ったじゃない!
『きれいなねーちゃん』がいるって!」
「オレが?」
自分を指差すガウリイ。
あたしも差す。
「あんたが」
「…………………………覚えてない」
いつものことながら、あたしの右ストレートが炸裂したのは言うまでもない。
しかしながら。
あの女はいったい何だったんだろう。
攻撃呪文を反転させる術なぞ聞いたことがないぞ。
それに『浮遊』も使わずに宙に浮いたり、発光したり、人間ばなれ度大爆発。
夕べの手間賃として、宿の一階にある食堂でガウリイに昼食をおごらせながら、あたしは考え込んでいた。
敵意はなかったからって、味方とは限んないし。
それに、どうしてガウリイにあんなリアクションをしたんだ?
思い出して、ちょっとムカつく。
―――何で?
ふと見ると、ガウリイがフォークを持ったまま、あさっての方向を見ている。
すかさず、彼の皿の付け合わせのポテトをいくつか口に放り込んでから、問いただす。
「まだ調子変なの?」
「………」
「ガ・ウ・リ・イ?」
「…あ? 何だ?」
「どうしたのよ。あんたがごはんの最中にぼーっとするなんて、天変地異の前触れかも」
「…あのなぁ」
言いながらも、ガウリイはまだぼんやりしているようである。
「…具合悪いわけ?」
「…なんで」
「だって、全然食が進んでないじゃない。
今朝抜きなんだから、単純に倍は食べると思ってたのに、まだ三人前よ」
ちなみに、あたしは四人前に入ったとこ。
「……そうだな」
いつものガウリイからは、考えられないようなローペースで食事が終わった時には、もう昼食と呼べる時間は過ぎていた。
「自覚がなくてもとりあえず、今日いっぱいはおとなしく寝てなさい」
服のまま強制的にベッドに押し込み、寝かせると毛布を被せる。
「…別にどっか変なわけじゃないぞ」
じゅーぶん、変だって。
「いいから。あたしはちょっと出てくるからね」
「どこ行くんだ?」
「決まってるでしょ。おたからの換金」
こくこくとうなずくガウリイ。
「じゃ行ってくるわ」
あたしはいったん出かかったドアから、顔を出して訊いた。
「……何か欲しいモノある?」
「なんだ? ずいぶん親切じゃないか」
「調子の悪い時だけよ。何かいるの?」
ガウリイはちょっと考えて―――
「…いや、別に。
それより、リナ。あとで飲みにでも行くか?」
「は?」
「たまにはいいだろ。オレがおごるから」
「…う、うん。いいけど…」
「よし。帰って来たら起こしてくれよな」
ガウリイは笑いながら、毛布を被った。
通りを歩きながら、あたしはまた考えにふける。
―――すーっかり忘れてたけど、ガウリイって元傭兵なんだよね。
傭兵っていえば、バクチや酒、女あたりが付きモノのはずだけど、彼にはまるっきりそっちの方の話がない。
バクチ――は駆け引きやるだけの頭ないから、まあわかるとして、酒も強いくせに、普段はほとんど飲まないし、女にいたっては―――、
―――――なんだろ。何か引っ掛かる。
そりゃ超一級の傭兵で、あの容貌とくれば、そっちの方の女が放っとくはずないし、あのトシでまだ知らないなんてことないだろうけど―――
あ、やだ。なんかムカムカ。
特にあたしと一緒に旅するようになってからは、そのテのことはなかったな。
唯一色恋ざたと言えるのは、シルフィールのことくらいだけど、ガウリイの方はまるっきりそんな気はなかったみたいだし―――
あたしと出会った時も、コナかけるのが目的だったくらいだから、女嫌いじゃないだろうし、男好きってわけではもちろんないし―――
―――もしかして。あたしに気を使って、とか―――
―――それとも、もしかしてもしかしてっ。
『あたしに気がある』とか?
どくんっ。
そこまで妄想が暴走してしまうと、妙に胸が落ち着かなくなった。
―――なんでよぉ!
しかし考えてみたら、ガウリイって何が楽しみで生きてんだろう。
まさか食べることだけって言うんだったら、ちょっと哀しいモンがあるような―――
あああ、なんでこんなにガウリイのことが気になんのよぉ!
結局、あたしは胸のモヤモヤを、道具屋との交渉で発散したのだった。
宿に帰って来た時には、もう夕方になっていた。
「ガウリイー、帰って来たよー、調子どう?」
明るくノックしようとして、あたしの手が止まった。―――なに…?
一種、異様な気配が部屋の中からする。
魔族の類いではなさそうだけど、この感じは尋常じゃない。
そして、ガウリイの気配が―――――ない。
―――まさか……?
あたしは小声で呪文の詠唱を始めた。
ガウリイが簡単にやられるとは思えないけど、昨日の今日である。
万が一ということも―――
そこまで考えて、あたしは自分の想像にぞっとする。
そんなことはない。 ―――きっと。
詠唱の終了にタイミングを合わせて―――
ばくんっ!
と、ドアを開く。
そして、呪文を完成させようとして―――あたしは固まった。
そこには、予想したようなモノは何も―――いなかった。
薄暗くなった部屋の中、ベッドの上にただ一人、半身を起こしたガウリイだ けが、―――いた。
突然乱入したあたしに、彼がゆっくりと視線をよこす。
その瞳の光は、いつも見慣れたモノではなかった。
何の感情も生気もない、硬質の蒼。
あたしの姿を認めても、人形のような表情には何の変化もない。
部屋に満ちる、あまりに異質な『気』に、あたしは圧倒されそうになっていた。
姿だけを映して、まるっきり別の存在がそこにいるような感じだ。
怖い、と。
ガウリイが怖いと、初めて―――思った。