0『金糸の迷宮』3

1.なんなんだ 盗賊アジトで ご対面(その3)



「…ガ…、ガウ…リイ?」
 あたしは恐怖を組み伏せて、何とか声を出した。
 その瞬間、部屋に満ちていた空気が一変した。
 ガウリイの上半身が、脱力したようにゆっくりと横に倒れていく。
 あまりに劇的な変化に、すっかり混乱したあたしは―――
「ガウリイ、ガウリイっ! しっかりしてよっ!」
 気を失っている大きな相棒の身体〈からだ〉を、必死で揺さぶっていた。


「…別に悪いトコはなさそうですが…?」
 呼んで来た中年の魔法医は、訝しげにそう言った。
「…あの、昨日も倒れてるんですけど、…もしかして、その時に頭打ってる…なんてことは?」
「外傷はありませんから、その心配はないと思います。
 無意識の内に、何か疲れがたまっていたのかもしれませんよ。
 とりあえず、何日か休養すれば大丈夫でしょう」
「…そう…ですか。お手間をおかけしました」

 一応の礼だけした後、あたしは、眠っているガウリイの横に椅子を運んで陣取った。
 言われてみれば、顔色が悪いというわけでもない。
 ただ熟睡してると言われれば、その通りである。
 だとしたら、さっきのあれは何と言えばいいのか―――
 『やっかいごとの予感がする』と、ガウリイは言っていた。
 やっぱり、夕べの『彼女』と何か関係があるんだろうか?
 ―――あれ…?
 あたしはあらためて、まじまじとガウリイの寝顔を見つめた。
 よーく考えてみたら、出会ってから二年以上も経つというのに、あたしはこの人の昔のことを見事なくらい何も知らない。
 出身が何処なのかとか、家族は健在なのかとか、いくつで傭兵になったのかとか、本当になんにも。
 ガウリイの方から話すことはなかったし、聞いてもはっきり答えてくれたことはない気がする。
 わずかに知っているといえば、かって、魔道都市サイラーグを魔獣ザナッファーから救った光の剣士の子孫で、彼自身も後に同じ都市を、何かの事件で救っている―――それくらい。
 まさか、ガウリイくん。
 過去のことはぜーんぶキレイに忘れ去ってたり―――しそうだから怖いぞ。
 話そうにも覚えてない、とか。
 うああああ、とってもありそうだから笑えないっっ。
 何にせよ、この状態のガウリイからあの女のことを聞き出すのは、どう考えても―――無理だろうな、やっぱ。
 まして、さっきの状況を問いただしても、返ってくる答えは予想がつく。
 これでは、原因を追及しようにも手立てが何もないぞ―――。
 あたしはため息をついてから、ショルダー・ガードとマントを外して椅子にかけた。
 飲みに行く話はお流れになったので、夕食の確保に行かねば。
 下の食堂で済ませてくれば話は早いのだが、どうも長い時間ガウリイを、放っておく気になれなかったのである。


 テイクアウトで二人前ほどの軽めの夕食をすませて、食器を片付けてきても、ガウリイはいっこうに目を覚ます気配がなかった。
 あたしは椅子の上で膝を抱えて、横向きに頭をのせる。
 栗色の髪が、肩から流れて落ちて行く。
 この長い髪はあたしの自慢の一つだが、―――実はひそかに、ガウリイの髪もなかなかキレイだと思っていたりする…のだ。
 普通、男性の髪、特に長髪などは、ムサイというイメージがつく位、鬱陶しい場合が多いのだが、彼のはそれがまるであてはまらない。
 それに、日に焼けるにまかせて、あまり手入れらしい手入れをしているようには見えないのに、つやつやしていて、淡い金色は光にあたると結構はえる。
 うーん、不思議な奴。
 何ていっても、その長さときたら、あたしの身長と同じなんだからとんでもない。
 単なる無精なのか、趣味なのか、何にせよ―――剣士の髪形じゃないんだけどな。
 ―――だからって、『切れ』なんて言うつもりは毛頭ないんだけどね。
 あ。
 あたしは退屈しのぎに、ちょっとしたことを思い付く。
 ふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふ。
 心配させた罰だぞ、ガウリイっ。


「…リナ、なんでおまえオレの部屋にいるんだ?」
「調子が悪いんじゃなかったら、問答無用でどつき倒されるようなことを言ってるわよ、あんた」
 あたしは結局寝付けなくて、あんたの横で夜明かししたっつーのに、このクラゲはっっ。
「…誰の調子が悪いんだ?」
「あんたよ、あんたっ!
 こっちは医者まで呼んで来たってのに!
 何、他人事みたいに言ってんのよ!」
 寝不足のせいで、キレそうになるあたし。
「…医者?
 オレが?
 なんで?」
 何か脱力感と一緒に、眠気が一気に襲って来たぞ。
「とにかく、あんたまた意識なくしたんだからねっ。
 何日かはおとなしくしてなさい」
「えー、オレ嫌だぜーっ」
 ダダをこねるガウリイに、あたしは寝不足で苛立った顔のドアップで迫る。
「い・い・か・ら。
 これ以上しのごの言うなら、『竜破斬』で強制的におとなしくしてあげてもよくってよ」
「…は、はーい」
「じゃ、あたしこれから少し寝るから。
 ちゃんと、いいつけ守んのよ」
 ドアノブに手をかけたあたしに、ガウリイが声をかける。
「―――リナ」
「なによ」
「―――ずっとついててくれたんだ。
 …ありがと、な」
 あたしはいきなり顔が紅潮した。
 なっ、なっ、なんでっ?
「……き、気にしなくていいって」
 背をむけたまま動悸をなんとか抑えて、平静を装うとそのまま廊下へ出る。
 ―――何なの、これってぇ?
 寝不足がたたってんのかなぁ。

 自分の部屋の前まで来た時、ガウリイの部屋からおたけびが聞こえた。
 あはは、やっと気付いたか。
 実は夕べのうちに、あの金髪を三つ編みにしておいたのだ。
 なかなか可愛かったよ、ガウリイちゃんっ(はぁと)。
「リ、リナーっ!!」
 焦りまくった怒鳴り声がする。
 あたしはくすくす笑いながら、部屋の中に避難した。


二、なつかしの かの人はまた 謎めいて


 その翌日―――の夜更け。
 とりあえず、あれから何の変化もないガウリイと一緒に、あたしは宿の近場にある酒場にやって来た。
 酒場に品の良さなど求めるのは―――、このガウリイに記憶力を求めるくらいムダな話ではあるが―――、それでもまだ、この店は比較的雰囲気が良かった。
 少なくとも、スネに傷持つ輩〈やから〉がたむろしている感じではない。
 まあ、この街がわりと治安のいい方だというのも、多大に影響しているのだと思うが。
 あたし達はてきとーな席を見付けて陣取り、それぞれに注文する。
 店のメインが酒の方にあるので、料理はつまみタイプが中心になるけど、なかなか美味しそうなモノがそろっていた。
 ちなみにあたしは、飲み物にはちみつ酒を頼む。
「湯で割ってもらわないのか?」
 ガウリイのツッコミに、あたしはやや憮然と。
「失礼ねっ。もう大人なんだから、ストレートでいいの」
「大人の酒飲みは、はちみつ酒なんぞ頼まんぞ」
 笑いながら、当のガウリイは、ウィスキーなどを頼んでいる。
 ―――いいじゃないか、好きなんだからっ。
 店の中は、こじんまりした造りながらけっこうなスペースがあり、そこここで、男達が一日の疲れやらウサやらを酒ではらし、ウェイトレスのお姉ちゃんやバーテンのおっさんが忙しそうに働いている。
 まあ、この辺まではどこにでもある、ありふれた風景ってヤツなんだけど―――、ちょっとだけ違う点があった。
 あたし達のテーブルから、斜め後ろ側に位置する場所で飲んでいる中年の男が、さっきからどうもこっちを見ている。
「おまえも気が付いてるか?」
 ガウリイが小声で言う。
 彼からは背中側になるのだが、さすが気配を察知させたらケダモン並、しっかりわかっていたようだ。
「…うん。何だろ。
 別に悪党という感じでもないけど―――」
「…殺気もないし、ただ探ってるだけ、みたいな気がするんだがな」
 あたしは、酒を一口飲んでから言ってみる。
「あんた、目ェ付けられてんじゃないの?」
「なんでだ?
 オレはなんにもしてないぞ」
「そりゃ、切ったはったの話ではね。
 でも、意外とそっちのシュミの人だったりして」
 あたしの笑いに、まともに酒を吹くガウリイ。
「お、おい…、リナ!」
「わかんないわよぉ、『今宵一晩、おいくら?』とか言ったりして」
「…おまえ、もう酔ってるだろ」
「まさかぁ! あはははっ」
 だいじょーぶ。まだ酔ってないぞ。たしかに、何か妙に楽しい気分にはなってるけど。
「どんな奴だ?」
「うーん、そうねぇ。年の頃は四十代になったかならないか位、黒い短い髪で、肌は浅黒い。顔立ちは―――ふつーだけど、年齢的な渋い味があるわ。けっこうがっしりしているから、剣士か傭兵ってとこかな。―――でも、すさんだ感じはないし、あの貫禄からして、城仕えの騎士っていう可能性もあり、ね。それから―――妻帯者だわ。子供が―――そうね、二人くらい、かな?」
 つらつらと喋ると、ガウリイが呆れた目を向けている。
「よく、そこまでわかるな」
「へ?」
「子供の数なんかまで、さ」
「ああ、てきとーてきとー(はぁと)」
 ガウリイ、テーブルに突っ伏して、
「…やっぱ酔ってるぞ、おまえ……」
 あたし達が漫才こいてる間に、件〈くだん〉の御仁は立上がり、こちらに向かって歩いて来ていた。
「―――失礼だが。
 貴公、ガウリイ=ガブリエフじゃないかね?」
 その旦那のハスキーな声は、容姿によくマッチしていた。
 ガウリイは声の主を振り返って―――惚けることしばし。
 ―――さては、また誰か忘れてんだろ、あんたはっ。
 けれど、今回に限っては、あたしの予想は見事に裏切られたのだった。

「―――ネイム……? ネイム隊長ですか!?」
 ガウリイは歓喜に満ちた笑顔で、椅子から半ば腰を浮かせるようにして叫んだ。



[つづく]




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