7.隠された 真実どこで 見えるのか(その7)
「――でもねぇ、あなた達がここにいるコトは、もう街中では公然の事実。
万が一、容疑者――暗殺団の一派が警戒して、偵察に来ていないとも限らないでしょう?
あなたはその筋では有名人だから、用心するに越したことないと思うのだけど」
何だ、その筋ってのはっ。
「だからって、あたしで遊んでどーするってのっ」
「だって、リナったらすごく可愛いのに、隠してるからもったいなくて♪」
不覚にもフリーズしてしまった。
お世辞じゃないのはわかるけど、こうあからさまに言われるのって……、同性の方がインパクトあるかもしんない。
「…ってぇ、今はそれどころじゃないでしょうっ!?」
緊張感があるのかないのか、この人妻さん。
「ああ、そうね。任務完了、お疲れさま」
「――完了したなんて言ってないんですけど?」
「わかりますよ。で、詳細は?」
報告しながら――このトリスティの確信に満ちた笑顔が、いったいどこから出てきたのか気になって仕方なく。
それすらもしっかり読まれたのか、ねぎらいの言葉の後に、
「少し見ていて考えれば、おのずとわかることですよ。
あなたは巷の評判とは違って、とっても義理堅くて情のあるヒトだと思いますから。
いくらハースがガウリイと既知であったとしても、冤罪さえ晴らせたら、それ以上深入りは必要ないでしょう?
ガウリイと違ってあなたは、まったく他人のとばっちりでしかないんですもの。
なのに、一番リスクの高い暗殺団との戦いまで引き受けるつもりでいる」
――そんなに評価されちゃうと、何だかむずがゆいんですけど――。
「――単に厄介事に首を突っ込むのが好きなんですってば」
「ええ、ガウリイもそう言ってました。
それに、えらくお人好しなんだ、とも」
――ガウリイだって大差ないじゃんか。
「――そう言えば、ガウリイは?」
「ああ、ぐっすり眠ってますわ」
「! また具合悪いの!?」
くすっと笑いを漏らしながら、書類を手に立ち上がるトリスティ。
「大丈夫。
あなたのことを心配してばかりでちっとも落ち着いててくれないし、あげくに後を追うなんて言い出すんですもの。
仕方ないから、先生からいただいたお薬を一服盛ったの」
「……おいおい」
「だって、まだ本調子じゃないし、彼が乱入してもややこしくなるだけで、いい事はなんにもないでしょう?」
チェック済みの書類を、空いた棚に収めながら、説明が続く。
「二言目には『リナは破壊活動してないだろうか』とか、『誰かをしばき倒してないだろうな』とか…」
そっち方面の心配かいっ!!
「あとは、『ヘンな男に襲われてないだろうか』とか」
襲われましたよ、はい。
またこのヒトに遊ばれそうだから、報告していないけどさっ。
「それに――」
口ごもると一緒に、手も止まる。
「それに?」
「――ナイショにしときましょ♪」
あんたはどこぞのスットコ神官の親戚かいっ!?
「わたくしから言うのはフェアな事じゃありませんわ。
気になるなら、ガウリイから直接お聞きなさいな♪」
もう、その言い方って気にしろって言ってるようなもんじゃないのっ。
しかし、この人妻参謀に論理では勝てない。もー悟った。
「――で、そちらの方の成果は?」
あたしの問いに、苦笑いになるトリスティ。
「――あえて報告出来るようなものは――あまりないですね。
いくつか出てきたのは、どれも一般的な『光の剣の伝説』の域を出てませんし。
たぶん、ハースが聞き集めたものなのだと思いますけど――」
実際、単なる伝説として広く流布している以上、それは仕方ないだろう。
ネイムがどれだけの情報網を持っていたとしても、むしろそんなのの方が多かったに違いない。
「さあ、ここはわたくしがやっていますから、リナは少し休んでらっしゃいな。
誰かに言えば、軽いものでも用意してくれますよ」
「軽いものでも重いものでも、着替えてきたら、食べながらやりますって」
「だって将軍が帰ってきたら、なし崩しに作戦会議の続きになると思いますよ?」
「あれ? 医者を送りに行ったまんまなんですか?」
トリスティは書類を束ねながら苦笑する。
「あの父のことだから、きっと領主様の方に根回しに寄ってるんじゃないかしら」
「根回し――って」
「ああいう官的な機関って、やたらメンツとか手続きにこだわりたがるでしょう?
いくら将軍とは言え、私的に等しい理由で近衛を動し、領域を侵そうと言うのですもの。
それなりに話を通しておいた方が、後々楽でしょうからね」
「まあ、あの辺がめんどいのは、ここ数日で痛感したけど――」
「そんな面倒事は慣れた将軍に預けて、あなたとガウリイは荒事の方に専念してくださいな。
一番危ないのはそちらなんですから」
実にありがたい申し出だ。
正直、あの不毛なやりとりは出来るだけご免被りたい。
「そっちこそ任せてください」
勇んで部屋を出ようとしたあたしに、背中からかかる声。
「あなた達の服は洗わせちゃったから、クローゼットの中のものを適当に着てくださいねー」
――適当――って、おい、よもやスカートずらりじゃないでしょうねっ!?
タイミング良く廊下で遭遇したメイドさんに、食料を書斎に運んでくれるよう頼み。
いったん自分の部屋に入って、中扉からガウリイの部屋を覗くと――ずいぶん薄暗い。
トリスティのことだから気をきかせて、寝ちゃった後窓を閉めてくれたんだろう。
さすがにバケモノ並みのカンを誇るガウリイも、一服盛られただけあって、起きたような気配はなく。
寝息だけでも、ぐっすり眠っているのがわかる。
この後作戦会議の続きがあっても、どうせこいつは聞き役でしかないし。
このまま充分休ませておいた方がいいだろな。
静かに扉を閉め、自分の部屋に戻る。
両開きの大きなクローゼットの中にはトリスティの言った通り、あたしのサイズに合いそうな服が何着も収まっていた。
さすがに今着ているほどおしゃれ度の高いのはないようだが――、そこは将軍の娘のお古、品はハンパじゃないモノばかりだ。
幸いなコトに、最悪の想像ははずれてて――ズボンとスカートが半々。
それでも微妙なチョイスだなぁ。あくまで女の子テイストでを行かせたいらしい意図が見えるって。
とにかく脱ぎ捨てようとして――クローゼットの扉の内側が、大きな鏡張りになってるのに気付いた。
そこに映る馴染みのない姿は――どうにも違和感ばかりで。
「――あんた――――誰よ――」
鏡の中の見知らぬ誰かも同じ言葉を吐き――その後ろにもう一つの姿。覗き込むと、動きがシンクロする。
――何のことはない、鏡が反対の扉にもあっただけである。
そっか。こうして見ると、鏡像じゃない本来の自分の姿が映せるってコトね。マナーとか外見に気を使わなきゃならないブルジュアちっくな発想だなぁ。
でも、一般人なあたしにとっては、むしろこちらの方が見慣れないワケで。
これがあたし以外が見ているあたしの姿だと思うと――、まるでタチの悪い魔族にでも遊ばれているような錯覚に陥る。
でも他人の視点で見ると――――。
違和感は変わらない――けど。似合う似合わないだけなら――そんなにおかし……くはない……かも。
トリスティの言い分じゃないけど、出かける前は焦りが先でよく見ていなかっただけかなぁ。
――これだもん、ガウリイがパニくるのも仕方ないかも……………もしかしたら、さっき秘密にされたコトって…………………
「――――なぁに考えてるんだか………」
勝手に上がりかけるテンションに、あたしはため息一つ吐いて。
そそくさと一番端っこにあったズボンを引っかけ、書斎に戻った。
あらかじめ下ごしらえでもしてあったのか、すでに軽食が届けられていた。
「まずは、召し上がってくださいな」
予想に反して、机に座って書類をチェックしていたトリスティはちょっと苦笑しただけで、恰好についての言及はしなかった。そっちより――別な方に気を取られていたらしい。
「ねえ、リナ。
ハースが持ち出していった書類――どうなったと思います?
もしかして――犯人を捕縛出来たら、少しでも取り返せたりしないかしら」
長椅子に陣取って早速食べ始めていたあたしは、口の中のモノを飲み下してから答える。
「――それは――ないと思う」
「でも、その場では始末してなかったのでしょう?」
「一枚二枚ならともかく、沢山の束をその場で処理するにはリスクが高すぎるわ。
あの晩はひどい雨降りだったから、その場で火を付けるのは無理だったはず。だからって、魔法関係で始末しようとしても、目撃してたおっさんが気付いたと思う。
警備された密室で標的を始末できるような犯人が、そんな危険を犯す?」
「早々に持ち去った方が賢明でしょうね。
だからこそ、潜伏先に残っている可能性があるとは思えません?」
「――奴等がネイムさんの情報に用があるなら――あり得るかもしれないけど。
にしても、いつまでも足の付くモノを持っていると思います?
あたしならさっさと記憶するかして、処分しちゃうわ」
「なら――彼等自身に訊くしかないのね」
「――生け捕り出来たら――の話ですけどね」
実際、その方が難しいのだ。
「もし情報通り暗殺のプロだとしたら――たとえ話を聞ける状態で捕らえられたとしても。何か漏させられる前に自尽するか――悪くすれば、側にいる者に手を掛けて逃亡を図ろうとするか――」
「くやしいけど、まず不可能だと思った方がいいでしょうね」
下手な悪党より、こういう方が始末が悪い。
まあ、そんなのとドンパチするのに慣れてる魔道士のあたしも、あっさり想像が付いてしまう人妻参謀トリスティも、あんまりフツーでないのかもなぁ。
ジャマしてごめんなさい、と言いながら、トリスティは別の棚から未チェック書類を取り出しにかかった。
細腕に余るほど欲張った量。軍師の常で平常に見せてても、やはり気が急いているのかもしれない。
見かねて駆け寄って、落ちそうな部分を支える。
「あ、ありがとう」
「ほら、ここから下はあたしが見るから離して」
横にはみ出した部分の上に手をずらしたトリスティは、あたしが取りやすいように書類を持ち上げた。
左手から零れた羊皮紙が、垂れ下がる。
受け取りながら、自然にあたしの視線がそちらの方に行き――。
「―――トリスティ、ちょっとそのまま」
「え?」
「これ――『ガブリエフ』って書いてない?」
トリスティは束をひっくり返すようにして、机の上に置いた。
「ほら、ここ」
あたしの指した場所には、例の面倒な暗号で、確かに『ガブリエフ』の表記。
そのまま受けるように、トリスティが読み解き始める。
「ガブリエフ家の――、『エルメキアにおける<光の剣>を所持せし、ガブリエフ家の処遇について』」
あたし達は顔を見合わせた。
「――この上部は――ハースがエルメキアで雇用された――仕事の報告書のメモ書きみたいね」
確かに、羊皮紙の上2/3程は――何日どこに何人とか、記録らしきものが羅列しており、荒く書き足しや消した跡などがある。
この感じだと、下の肝心な部分も思い付くまま、ざっと書き付けたのかもしれない。
続きを指でなぞりながら、トリスティが読み始める。
エルメキア国内で請われて出向いた際、そこの関係者から聞き及んだことなど。
伝説でサイラーグを光の剣で護った勇者が、いかな経緯を経てエルメキア国に居を構えたかは、すでに定かではないらしい。
あるいは、元々のエルメキアの民だった可能性も、あり得るかもしれない、と。かなり怪しいレベル、信憑性は低いだろう。
それはともかく、さすがに貴族の称号までは与えられなくても、それなりに土地などを与えられていた所から見ても、代々の王からは厚遇されていたようである。
その要因が何だったのかは、一介の傭兵に話してくれるほどのランクにはないらしい。(まあ、だいたい想像は付こうと言うものだが)
とにかく、ガブリエフ家はいわゆる『名家』としての扱いはされていたのだろう。
それとは別に。坊主から出身国は聞いていたので、多少は想像していたことではあるものの。
<光の剣>の知名度は他の国でもかなり高い方だが、この国においては特に顕著だ。
少なくともここで<あれ>は、より現実に近い物として一般にも認知されている。
過去に魔族などの討伐に使用されたのか、単なる象徴としてなのかまではわからんが。
だが、<光の剣>イコール<ガブリエフ家>の図式が、外部には伝わっていないのは、不思議でもある。
俺が今まで聞いた中でも、そのことまで知っていたものはなかった。
この国以外で、なぜ<ガブリエフ家>が前面に出てこないのか?
<光の剣>自体ですら、あくまでも<伝説>、実在するかどうかさえ、不確定となっている。
これも――この国だけにある何かのタブーと言うものなのだろうか?
しかし、一部の有力者――この雇用主などは王の元に赴いたおり、実物を見たことがあると言う。
携えていた剣士の名は聞けなかったが、おそらくは年かさからするに、坊主が言っていた
「……ここで紙が終わってしまったのね」
「あああっ! 肝心なトコでっっ!!」
歯がゆさに思わず地団駄を踏むあたし。
対してトリスティは、裏を確認してから、口元に手を当てて少し考えて――。
「――ハースの気性なら、たぶんここで中断したまま放り出すとは思えないわ。
きっとどこかにこの続きがあるはず」
「じゃあ、それを探せば…!」
「ええ。
――それに、これは昨日あなたが見つけた殴り書きにも通じるとは思いません?」
―――あ。