3『金糸の迷宮』8

7.隠された 真実どこで 見えるのか(その6)



 ずんずんずんずん………
 また大通り沿いにたむろする人々が、あたしのコトを衆目している。
 くっそー。さっきまじまじ見られてたのがそんなワケだったとわ。
 そりゃー、『心に決めたヒトがいるのよ、うふ♪』てなサインを出したお年頃の乙女が、こんな状況の中歩いてれば見るわな。
 ええいっ、トリスティ許すまじっ!
 まぁたそっちの路地で何かこそこそ喋ってるし。
 ――もっともさっきのショールは外しちゃったから、今度は品の良さげな装いにもかかわらず、大股で闊歩しているせいだろうけどさ。
「ようよう、お姉ちゃんっ。
 そんなに急いでドコへ行くんだ? 俺が送ってやろうか?」
 ――スケコマシの常套句吐いて、エラソーにしてるんじゃねぇよ、この三下がっ。
 あたしの左側の路地から声を掛けてきた軟弱男に、腹立ち紛れに思いっ切りガン付けてしまう。
「………な、何だよ。
 こんな昼間っからめかしこんで散歩たぁ、ヒマそーだからわざわざ声掛けてやったのによぉ」
 だぁれが頼んだ、ンなコトをぉ。
 ―――。
 あたしは一転、わざとにっこり笑ってやる。
「まぁぁ、ご親切に。気付かずに失礼いたしましたぁ」
 この豹変ぶりにさすがに悪い予感でもしたのか、スケコマシは少し後ずさった。
 あたしも追うように、路地に少し入り込み。
 ごきっ!!
 右ストレート命中。
「うら若き乙女に無礼を働いて、このくらいで済んだんだから感謝なさいよ」
 左頬を陥没させて地面に伸びた軟弱男に言い放つ。
 ホントに運の良いヤツだ。
 いつもなら呪文の一撃でも喰らわすトコだが、あいにく隠密行動中に目立つのは禁物。
 さりとて、精神系の呪文じゃ、流行病が移ったとかいらん騒ぎになってもマズいし。
 必殺の足蹴りも、スカートだから封印だし。
 ………………早く帰って脱ご。


 ぴきっ!

 そんな音がしたみたいな気がする程――唐突に。
 全身が金縛りにあったように、硬直した。

 ―――な、何……?

 肌と言う肌が粟立つような感触。
 痛みを伴う程、チリチリと毛が逆立って行くような――。

 物理的攻撃はされてない。
 精神攻撃でもないようだ。
 何かの術ですら―――ない?

 強いて言えば―――圧迫感。
 『何か』に、空間ごと無理矢理押さえつけられてるみたい――。
 あまりの強さに、息をするのも大変に感じる。
 それに、この全身に満ちる悪寒は?
 じっとりした脂汗が吹き出してくる。
 攻撃されているワケでもないのに――この凍り付きそうな冷たさって……?
 こちらを屈服させずにはおかないような、圧倒的な――?
 邪眼なんてモノがあるなら――こんな感じ?

 ――そうか、これは『視線』だ。
 冷ややかな――絶対的な力を持った『誰か』の――
 でも、人のがこんな強いワケない――。
 とてもまっとーな相手とは思えない。
 まるで――セーブなしの高位魔族と対峙したような………
 くそー、確かめようにも動けない。
 ――いったい何をしたいわけ?
 あたしを狙っているのか?
 それとも――――

「――――もし……もしもし…? ……具合…でも……のかい?」
 『視線』は消えるのも、唐突だった。
 色を失っていた視覚が元に戻ってくる。
「…お嬢さん? 大丈夫かい?」
 肩を揺すられて、少し振り向くと――何だか見覚えのあるような装束が目に入った。
「え、ええ」
「この男に何かされたのかい?」
 どうやらあたしはさっきの続きのまま、しゃがみこんでいたらしい。
 ――確かにこの光景だと、不埒な男がいたいけな婦女子相手にみだらな行いに及ぼうとした、てなシチュエーションに見えなくもない――か。
「……大丈夫、誰かがノシてくれたようだから、もう安心しなさい」
 手を貸されて思い出した。
 ――このおぢさん、騎士団じゃん。
 マズっっ! あたしの顔覚えてる可能性大っ!
 こ、ここは何とか誤魔化して気付かせないようにしなければっ!
「……あ、ありがとうございます……」
 あたしは楚々とした物腰で、わざとショールを羽織り直してから手を借りた。
 さらにそれに顔を半分埋め、うつむき加減に小さな声で。
「……急いでたら、このヒトが急に……」
「そうか。こいつは札付きのワルだからな。
 きっとお嬢さんが綺麗なんで、良くない気を起こしたんだろう。
 それでなくても、今は悪い噂が流れているから、外出は控えた方がいいですよ」
「……え、ええ。でも……じっとしていられなくて……」
 金の長ピンを出してショールを留める仕草を見せてやると、腐っても騎士団員、地元の風習には明るいらしく勝手に納得してくれたようだ。
「そうだなぁ。こんな時はいい人の側にいるのが一番だな。
 では、私が送ってあげよう」
 げげっ!? そりゃ困る。
 ありがた迷惑なの、おぢさん。
「い、いいえ。
 こんな状況では騎士団の方々もお忙しいでしょうから、ご迷惑はかけられませんわ。
 もう、すぐ近くなので、一人でも大丈夫です」
 渋るおぢさんを説き伏せ、礼を言って急ぎ足で立ち去る。

 ふぃーーーーー。
 何が何やら、もお、ぐしゃぐしゃ。
 おかげで、視線の主を確かめるヒマもなかったじゃないかぁ。
 いったい何だったんだ、あれは。
 ――正体はともかく、まだまだ状況は一筋縄では行かなそうである。


「あら、おかえりなさい、リナ。
 お疲れさ……」
 ネイムの部屋、書類探しをしていたのだろう。長椅子に広げられた紙の隙間に腰を降ろしたまま、にこやかに挨拶してくる美麗な人妻に、ずかずかと踏み込んだ勢いのまま詰め寄る。
「トリスティぃ〜〜」
 一瞬びっくり目になったものの、すぐに復活する笑顔。
「虫除けになったでしょ?」
 こいつぅ、やはり確信犯かっ。
「――だからって、何もこんなテじゃなくてもいいでしょーにっ!」
「だって、ガウリイの要望だったんですもの」
「―――はあ?」
「あなたが心配だって、あんまり気を揉んでいるものだから」
「ンなの真に受けなくても、あたしの腕は誰よりあいつがよく知ってるんだから、単なる取り越し苦労だってば!」
「そうでもないでしょう?」
 スッと、真顔に戻るトリスティ。
「確かに直接攻撃を仕掛けてくる相手には、杞憂だと思います。
 でも今は、迂闊に動いたら、街中の人達が敵になってしまう可能性もありますもの。
 それも一番始末の悪い――群衆という敵に、ね。
 いくらあなたでも――丸腰の一般人を山ほど相手にしたくはないでしょう?」
「……そりゃそうだけど」
 くやしいけど、このビミョーな状況では、彼女の意見が正論だ。
 いくらここが近衛兵に護られた将軍の邸宅でも、暴徒と化した街中の人々が大挙して押し掛けてきたら、始末に負えないコトになってしまう。
「それに――」
 長椅子の横に仁王立ちしてるあたしに、またにっこり笑顔が向いてきた。
「どうせミッション立てるなら、やっぱり楽しい方がいいと思って♪」
 どわぁぁぁっ!!
「――スカートのままで、足広げて座り込むのは止めた方がいいと思うんだけど…」
「だぁれがそうさせてるっての!」
「――そうだ、今度はガーターベルトの替わりにスパッツ履けばいいかも♪
 油断させといて蹴りワザも使えるから、有効でしょ?」
「も・う・イ・ヤ」
 力一杯拒否すると、露骨に残念そうな顔。
 ええいっ、もう絶対ノセられたりしないからねっ!



[つづく]




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