3『金糸の迷宮』7

7.隠された 真実どこで 見えるのか(その5)


 さあ困った。
 おせっかい強制二人きりモードにされてしまった―――。
 いいかげん、この膠着状態をなんとかせねばっ。
 ここは何か関係ない話でも――
 あたしが言い出すより早く、ガウリイがぼそっと呟いた。 
「……意外ときちんとまとまんないモンなんだな」
「……はぁあ?」
 ――うなじに感じる指と共に、ぽやぽやっとした感触。
「………もしかして――後れ毛――のこと言ってる?」
 しかし、『いきなりセクハラ男』は答えずに、そのまま自分の胸元――正確にはみぞおち辺だけど――に、あたしのアタマを引き寄せた。
 鼻腔一杯を満たす――ガウリイの匂い。
 一気に心臓が臨界まで跳ね上がる。
 自分の鼓動の音が、全身に響き渡るような気がした。
 ガウリイが倒れた時にも似た、でも全く異質の――
 それだけが全てになってしまって、何もかも吹き飛んでしまうような――
 
 ふぅ。
 その小さな音が、ガウリイの漏らした吐息だと気付けるまで、タイムラグがあったのかもしれない。
「――気を付けて行って来いよ」
 ガウリイの静かな声で、ようやくあたしは呪縛から解放された。
「―――あ? あ、ああ、……もちろん」
 いつものように大きな手であたしの頭を撫でようとして――肩をぽんと叩く。
「オレがいなくても、騒動起こすんじゃないぞ」
「……今日は自重するわよ」
 また肩に触れる手。
「用事を足したら、まっすぐ帰ってくるんだぞ」
「あたしは子供かっ!?」
 一転、いつもの漫才モードに入り込みそうになった所で、これまたわざとらしモードで、二人が戻ってきた。
 ――もしかして、タイミング計ってたんじゃないでしょうねっ?
 
 イフニーさんに別の靴を合わせてもらっている間、壁際に立ったガウリイは小声でトリスティと話していた。
 さっきの後遺症か、気になってしかたない。
 ―――まぁた何か企んでるんじゃないだろうなぁ。
 ……すっかり疑心暗鬼モードとも言うか?

 あたしを最初にこの家に連れ込んだ近衛兵のおっさんと一緒に、ガウリイが玄関ホールまで付いてきた。
 トリスティは何かを取りに寄ってから来るという。
 自称保護者は過保護な心配顔をして、
「知らない人に付いてくんじゃないぞ」
「んな事言ったら、街の9割がたは知らない人じゃない」
 おっさんがぶっと吹き出す。
 ええいっ、ここでも漫才してどーするかなっ!
 
 玄関まで来た所で、トリスティが追いついてきた。
 手には淡いクリーム色が基調の、凝った織り方のショール。
「外は冷えますから、これを羽織っていってくださいな」
「平気ですよ、すぐ帰ってくるんだし」
「万が一あなただとバレそうになった時に、顔を隠すのにも使えるでしょ?
 それにいざと言う時、ピンは武器にもなるし」
 見慣れた笑顔であたしに羽織らせ――左肩の所で少し変わった結び目を作ると、宝石の付いた長い金のピンで留めた。
「さあ、これでいいわ。気を付けてね」
「行ってきます」
 近衛兵のおっさんが門を開けている時に振り返ると、ドアの所で手を振るガウリイは――まだ憔悴の跡が残ってるせいか――何だか妙に頼りなげに見えた。

 
 案の定、大通りは人々の往来はまばらで、中にはがっちり窓を閉ざしている家もある。
 皆が疑心暗鬼に囚われて、警戒しあっているのだろう。
 少しばかり見かける人々は、遠巻きにしたままもれなく探るような瞳をしていた。
 中には何か気になるのか、妙な表情をしているヤツもいるし。
 悔しいけど、変装してきて正解だったわ。
 今でも視線感じまくりだっつーに、いつもの恰好で闊歩した日にゃ、それこそ暴動にでもなりかねん。
 うー、それにしてもスカートって苦手だぁあ。
 どーも足下がスースーして頼りないし、大股で歩けないし、ガウリイは固まるし。
 ………………マテ。論点がズレてるぞ。
 ええぃ、やっぱりスカートは面倒じゃっ!!
 
 ――にしても…。
 どーしてこうもトリスティが相手だと調子〈ペース〉狂うんだろ?
 このリナ=インバースともあろう者が、いくら名参謀だからって、あんな人妻相手にこうも振り回されっぱなしってのはなぁ。
 でも、腹が立つって言うより――ほら、何て言うか――的を射た論理で畳みかけられると、どーにも逆らえなくなっちゃうって言うか……、無条件でごめんなさいって言うか……。
 んっ???
 ――――この感じって、どっかで同じようなのが――――
 
 ――――――――――――――――、
 ――――――――――――――――、
 ―――――――――――!!!!!!
 
 うああぎゃああああうおあおうおあああああっ!?!?!?
 
 ぜーはーぜーはー………
 い、一瞬、正気を失いそうになった………
 わ、わかった。
 今の今まで気付かなかったのが不思議な位だ。
 だって、外見も印象も物腰も口調も表情も性格も戦力もついでに既婚なのも全然違うから、思いもよらなかったけど――――
 ――――あの有無を言わさぬ論理展開、洞察力辺りに限定すれば――――似てるのだ。
 ――――――――――――郷里〈くに〉の姉ちゃんに。
 ………………………どーりで逆らい難いと思ったわ。納得。
 はああぁぁ……っ。
 ――――なーにが悲しゅうて、こんなトコで姉ちゃんシフトな人妻と作戦〈ミッション〉やるハメになったんだか………。
 アタマ痛て………………
 
 もうすっかり見慣れた酒場の前に立つと――『準備中』のフダ。
 昼の営業が終わって、夜の準備でもしているんだろうか。それとも、他の家と同じで閉じこもってるんだろか?
 しかしグズグズしてるヒマはない。
 ヒトの気配は――するな。
 あたしは『封除〈アンロック〉』の呪文を唱えると、少しだけ開けたドアの中にするりと入り込んだ。
 ちょっと渋い表情の他は、いつもと何も変わらない様子で、マスターは店内の椅子を上げて掃除の真っ最中だった。
「マスター」
 突然呼ばれて、彼は飛び上がった。
「……………リナ……さん?」
「何よ、そのミョーに延びた『間』は」
 マスターはモップを持ったまま、苦しい笑いを浮かべる。
「いやー、魔道士姿しか見たことなかったもんで、最初は誰かと。
 ……よくお似合いですよ」
 だから、その『間』はなんだ、『間』はっ。
 
 カウンターから椅子を降ろして勧めると、向こう側で香茶を入れ始めるマスター。
 その間に、さっさと用件を伝えていくあたし。
 一杯目のお茶を飲み終わる頃には、だいたいの話は終わっていた。
「話の向きはわかりました。
 酒場関係は、あっしに任せておいてください」
「全部じゃ悪いわ。あたしも手伝うわよ」
 お代わりを入れてくれながら、マスターは笑顔で答える。
「なぁに、餅は餅屋。情報伝達ならお手のモンです。
 上手くやりますから、安心しててくださいって。
 だいたいこの噂で客商売の連中は、軒並み閑古鳥が鳴いて辟易してるんですから。
 出所がそんな確かなら、みんな喜んで協力してくれますよ。
 第一、リナさんが行って当事者だと知れたら、いらん詮索をする野郎もいるでしょうし――」
「あくまでも、『確実性の高い情報』で通すってワケね」
「でさ」
 マスターが不器用にウィンクする。
 あたしは笑い返しながら、小さな革袋をカウンターに置いた。
「…そんなことしちゃいけませんぜ。
 今回は持ちつ持たれつなんですから」
 押し返そうとするマスターに、今度はあたしがウィンク。
「いいのよ。これはネイムの奥さんから預かってきたんだから。
 『主人がお世話になったお礼』だって。
 それならいいでしょ?」
 悔しいけど、これもトリスティの読み通りの展開だった。
 マスターは苦笑して肩をすくめ。
「――じゃあこれは、この情報を流す集まりの時に皆にふるまい酒するってコトで、いただいときます。
 おごりの酒を前にすりゃ、心象も良くなるでしょうしね」
「頼んだわ」

 思ったより早かったが、話が決まれば長居は無用と席を立ちかけたあたしに、話しかけるマスター。
「――そうだ、言い忘れてた。
 おめでとうございます、リナさん。
 お相手はガウリイさんで?」
「………はいー?」
 すっとんきょうな声を出されてびっくりしたんだか、怪訝そうな顔でさらに話し続ける。
「だって、そんな恰好してるから………違うんですかい?」
「スカートがどうかした?」
「いや、そのショールの方が。
 ――もしかして、知らないんですかい?
 この辺の風習なんですよ」
 な、な、なんか、す、すっごーーーーくイヤな予感がするんですけどォ。
「ショールをそういう巻き方して、長ピンで留めると、『結婚の約束をした意中の男性がいるから、誘わないでくれ』ってイミになるんですよ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?!?」
「だからてっきり、ガウリイさんと進展あったんだなぁ、って」
 もうマスターの声なんか聞こえちゃいねぇ。
 や、やってくれたなっ、トリスティっっっっっ!!!!



[つづく]




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