3『金糸の迷宮』6

7.隠された 真実どこで 見えるのか(その4)


「ええ、ええ。わかります。
 では、何かの理由でリナは当分遠い場所にいて、今は心配する必要はないとして。
 あなたの方が、一刻も早くそちらに行かなければならないとしたら?」
 トリスティって……忍耐強いなぁ。あたし蹴り倒したい。
 ガウリイはいつのもようにぽりぽり頬をかいて――。
「……そうだなぁ、傭兵とか――酒場にいる連中かな。ああいうとこは情報が早いから」
「宿屋の主人などは?」
「ああ、それもいいな」
「宮仕えの役人や騎士」
「……うーん、ああいった類いの連中はオレ達みたいな流れの傭兵だと、あんまりまともに相手してくれないから――多分訊かないと思うな」
「――と、言うあたりが、旅行者など外部からの人々のルートでしょうね。
 そこを押さえれば、この街に流行病が蔓延しているデマが、外に向かって無闇に広がるのは止められると思います」
 トリスティは御殿医や将軍の方に向けて言ってから、再びガウリイに微笑みかける。
「ありがとう、ガウリイ」
「……いやぁ」
 照れてても、わかってないに違いないこの男。
 ガウリイ相手にこんなに上手く状況説明とまともな情報を引き出したヒトって、初めて見たような気がする。それだけでもスゴいわ、奥様っ。
「では、リナ、あなたも少しお願いしますね。
 もし、あなたがガウリイと夫婦だったとして――――」
「ちょ、ちょっ、ちょっとぉぉぉっ!!
 何ですか、その例えはぁぁぁっ!?」
 ガウリイがお茶のカップを盛大に鳴らし、あたしは思いっきり叫ぶ。
 なのに、トリスティはあっさりにっこりと。
「たとえです、たとえ。そんなに照れなくてもいいじゃありませんか」
 ――――――――誓ってもいい。このヒト絶対からかってる……。
 
 こんな玉砕モノの問答なんか断固省略するとして!
 一般庶民には、やっぱり酒場から情報を流すのがいいだろうということになった。
 だいたい酔っぱらいなんて、自分の知ってるコトを吹聴したがるモン。
 最低でも、家に帰って自分の女房くらいには言うだろう。
 そうなれば後はカンタン。
 庶民の奥様連中には、必殺情報網・井戸端会議がある。
 今回は特に必死さと至急さが違うから、後はもう縦横無尽に拡散の一途を辿るに違いなく――中には情報の裏付け確認を取ろうとする者も出てくるだろう。
 その先は当然、何よりそちらの方向に明るい知識人である『医者』――。
「なるほど。そこで我々からの正しい情報を与えてやるわけですな」
「ええ、御殿医の称号は何より効くでしょう」
「ならば、その役は私がお引き受けします」
 中年の医師の方が申し出た。
「ここの街医をしているコルレンは、私とは旧知です。
 理由を話せば、きっと協力してくれるでしょう」
 ――げげっ、あのボクトツ先生とオトモダチなの???
 あの調子で「噂を信じちゃいけない」とか言われたくないなぁ。
「それはありがたい。では、そちらはお任せします」
 言って、将軍が視線を向けた初老の医師の方も。
「私は領主への報告を承りましょう。
 仮にも国王付きの医者がこんな噂の渦中と接触して、知らぬ存ぜぬでは通りませんでしょうからな」
「ありがとう存じます」
「なぁに、こんな時は年季の長さが何より効くものです」
 あたしはふと浮かんだ疑問を口にする。
「それ聞いて、領主は――どう動くでしょうね?」
「もちろん、この騒ぎを放置するほど無能な御仁ではないから、事態の収拾には乗り出すだろう。
 情報を流布するか、公示を出すか――あるいは、騎士団を出して無用に騒ぎ立てる者を取り締まるか――。
 いずれにせよ、少なくとも庶民の言など容易に信じない貴族や金持ち達の、鎮め役くらいはなると思うが。
 私も御殿医殿と一緒に城に出向いて、進言してくるつもりだ」
「独身の女衆対策には、うちの使用人達に協力してもらいましょう。
 彼女達は、特に噂話に敏感ですからね」
 うーみゅ、長年参謀役やってきた息の合い方には、あたしでも口挟む余地がないや。
 でも、黙って従うだけってのは性に合わない。
「じゃあ、酒場にはあたしが行きます」
「でも――リナは――」
 困惑の顔つきになるトリスティ。
 たぶん、書類の方を優先しろと言いたかったのだろう。
「あたしじゃなくて、誰が行くんです?
 まさか服喪中のトリスティや将軍が、酒場にのこのこ出かけてくワケにはいかないでしょ?」
「オレも行くぞ」
「ガウリイもダメ」
「もう元気だぞ」
「あぁのねぇぇぇっ、ウワサの張本人がのこのこ往来歩いてた日にゃ、思いっきりパニック誘発するでしょーがっ!」
「……そっか」
 何ですか、その留守番の子供みたいな顔〈ツラ〉は。
 しかし参謀トリスティは、ガウリイほど簡単な相手ではなかった。
「わかりました。
 なら、その服は着替えないといけませんね」
「はいー?」
「だって、騒ぎの大元にリナもいたんですし。
 あなたも人々には『流行病に感染しているかも知れない連れ』と認識されてるでしょう?
 人目を引く『いかにも魔道士然の恰好』で往来を歩いていたら、やっぱりパニックの誘発になりますよ」
 うがががががっ、そうだったっ!

 
「だぁからってぇ!
 どーしてこんな恰好なんですっっ!?」
「よく似合いますよ♪」
「ええ、本当に♪」
「そう言う意味じゃなくてっ!」

 作戦会議はまだ中途だったものの――。
 ウワサ対策は一刻も早い方がいいのと、事件解決の方には御殿医達は無関係だからということで、いったんあたしを含めた工作要員はそれぞれ行動に移ることになった。
 
 それはいい、いいんだけどぉ。
 トリスティの指示でメイドさんがあたしの部屋まで運んできた、彼女の昔の服――
 なんでこんな乙女然としてんのよぉぉっ!?
 そりゃ、大衆酒場で浮かない程度だとは言え、スカートなんか無用にひらひらしてるし〜。
「リナ様っ、髪をアップにしておりますから、騒がないでくださいませ」
 この中年のイフニーという名のメイドさん、ベテランの衣装係さんだとかで、テキパキと身支度が進んでくし〜。
 ドレッサーの前で動きを封じられたまま、あたしの姿はどんどん見慣れないモノへとまっしぐら。
 それをまるで娘か妹の初デートでも見守るがごとき眼差しで、じっと見つめているトリスティ。
「だから〜、せめてズボンとか」
「最大の変装は、全く別のイメージにしてしまうことでしょう?」
「じゃあ、もっと大人っぽく」
「無理しても、違和感で目立ちますよ」
「……無理ってぇ、あたしもう18なんですけど〜」
「まあ♪ わたくしがハースと結婚したのと同じ年ね」
「これ…その頃に着てた服ですか?」
「これは奥様が十代の前半に着てたものですよ。
 リナ様に一番お似合いだと思って見立てました、大丈夫」
「何がですかぁっ!」
「あ、軽くメイクもした方がいいわね。さらに印象が変わるから」
「はい、お任せください♪」
 ……気のせいじゃない、オモチャにされてると思うの。
 
「ガウリイ、リナが出かけますって♪」
 トリスティが明らかにわざとらしく中扉をノックする。
 うはあっ! 呼ばんでいい、呼ばんでっっっ!!!
 止める間もなく、ガウリイが顔を出し――。
 こいつぅぅ、そのまんま硬直してやんのっ。
 いくら相棒でも、年頃の乙女が一応おしゃれ姿になったっつーに、それは失礼だろー!
「ね♪ しっかり変装できてるでしょう?」
「あ、ああ…、はい」
 トリスティに背中を叩かれ、ようやく上の空な返事をするガウリイ。
「……その恰好で行くのか?」
「……何か不満でも?」
「いや、そうじゃないが……」
 ええいっ、何が言いたいんだ、この男は。
 目の前まで来て、少し憂いたように目を細め――って、こいつこんな表情も出来るんか。
 ――何よ、そんなに気に入らないワケかい?
 いきなりガウリイの太い指が――髪を上げて晒されたあたしのうなじを――ついっと撫でた。
 ―――!!!!??!?
 今度はあたしがコーチョク。
 後で、ギャラリーが何やら吐息を漏らす。

 うー、頬のほてりが止まんないよぉ〜。(け、化粧してるから、バレてないかな?)
 ぶん殴っていい? 蹴り入れていい?(――あ、スカートだったか。)
 何でこんなに心臓ばくばくなのっ!?(もうっ、何考えてんのよ、ガウリイっっ!)
 
「――ねぇ、イフニー。少しヒールが高くないかしら?」
「そうでしょうか? リナ様は小柄ですからこのくらいで――」
「でも、酒場まで往復するわけだし、何かあったら急いて動けるようでないと」
 小声で囁き合っていたイフニーさん、急に明るい声になり。
「――そう、そうですね。では、急いで見繕ってきますわ」
「じゃあ、わたくしも。近衛の兵に近くまでのガードを頼んできますね」
 ―――あのう、見え見えにわざとらしいんですけど〜。


[つづく]




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