7.隠された 真実どこで 見えるのか(その3)
しばらく沈黙が支配し。
トリスティの顔色が戻った頃には、あたしの動悸も治まっていた。
先ほどの感情の吐露などなかったように、再びどちらからともなく話が始まる。
「これは――ハースが『光の剣』がそういうモノらしいと知って――驚きのまま書いたと考えれば、矛盾はありませんね」
「――どんな情報だったと思います?」
「それをこれだけで推察するのは無理でしょう。
ですが――、異種族に関しては詳しくありませんけど――異世界の魔王の武器などをどうにか出来るほどの技術力、あるいは魔力を有するものとなれば――おのずと絞り込めませんか?」
「竜族か――もしくはエルフ族」
自分の口に出した言葉で否応なく、最近会ったばかりの人外コンビが浮かんでしまう。
人智では到底なし得ないあれだけの武器や防具を作り出せる彼等なら、こちらの世界に紛れ込んで来た『光の剣』を何とかするのも、決して出来ない相談じゃなかったかもしれない。
「ただ、どっちも自分達から何か仕掛けるような好戦的種族じゃないから、何か目的があったのかも――」
「たとえば?」
「さあ――放置したら危険だと思ったからとか、単にヒマだったからとか、悪趣味とか――」
「――彼等と会ったことあるのね」
「はいー?」
またも意味深な苦笑を浮かべているトリスティ。
「いえ、知識だけにしてはずいぶん声音にリアリティがあったもので」
あちゃー。ホントにボカシの効かない人妻だなぁ。
「高位魔族といい、ものすごい遭遇率ね。
会いたいと思って探したとしても、そう簡単には揃わないラインナップでしょうに」
「――会いたくて会ってるワケじゃあないんですけどね」
いや、まぢで。
「何だか――この事件にもそういう類いの存在が絡んでいても、不思議じゃなさそう」
「やめてください。言って本当になったら困るから」
ようやく、あたし達は笑い合った。
「そこまではいかなくても――ハースがあなたにわざわざ記録を見せようとした以上、これに関することも何らかの情報を得ていた可能性はありますね」
「その書類も残ってるといいんだけど――」
また新たな書類の山を机に運んだところで、メイドさんが昼食コールにやって来た。
今回の食事はトリスティ母子や将軍の他に、先ほどの魔法医達も同席してにぎやかだった。
ここ何日か食うや食わずが続いてた分まで、美味しくいただく。
いいなぁ、絶品料理をた〜っぷり。しかも料金の心配なしっ♪
あたしの隣にいるガウリイは、少し疲れた顔をしていた。
「――また調子悪くなったの?」
小声で訊くと、渋い笑いが浮かんだ。
「いや――。将軍がさ、ずいぶん昔のコトまで聞きたがるもんで――思い出すのに苦労してなぁ」
慣れない頭脳労働で疲労しとるんかい。
「ふだん記憶中枢錆び付かしまくってるんだから、リハビリになっていいでしょーに」
「あのなぁ」
いつものようにやりとりしているあたし達を、向かい側からトリスティが微笑んで見つめていた。
……何かまた深読みしてんじゃないだろうなぁ〜。
トゥールが乳母さんに連れられて退室すると、食後のお茶と共にいわゆる『大人の話』モードに突入した。
ガウリイが頼んだのか、あまりの記憶力の無さに呆れたのか――初老の医者の方が診察の結果をざっと説明してくれた。
内容的には――昨日あたしがクギを刺された診療所のボクトツ先生の話と、あまり大差は――
「まあ、間違っても流行性の疾患とかでないのは保証しますぞ。
それに、今の食べっぷりなら大丈夫。
元々体力のある御仁のようだから、あとはたっぷり寝て身体に力を付けてやれば、しばらくすれば勝手に元気になってきますよ」
好々爺という外見のせいかな、性格の違いなのかな。こういう場だからリップサービスってのはないとは思うけど――、ずいぶんと希望的で安心させるような診断ぶりだなぁ。
こんな医者に診てもらったら、ホントに勝手に治っちゃいそうな気になるぞ。
もっとも。当のガウリイときたらまるで他人事のように、深く椅子に腰掛けて薄目を開けた恰好で沈黙。
――ったく、一度聞いてるからって、自分のコトでしょーに。蹴るぞ。
「余計な懸念が無くなったところで――、今後の動きを打ち合わせておきたいと思うのだが」
まるで軍の作戦会議のような口調で、将軍が口火を切った。
「では、私達も席を外しますかな?」
初老の医者が言い、中年の医者が腰を上げかける。
「いや、無理言って来ていただいたついでと言ってはなんだが、もう少しだけおつき合い願いたい」
「なんの、将軍が是非にとあらば、我々が異を唱えることはありませぬ」
穏やかな微笑みを浮かべた初老の医師に、トリスティが軽く頭を垂れた。
「我が夫のことなれば、恐れ入ります」
「リナ殿もガウリイも、よろしいかな」
「手を出すなと言われても、出しますけど?」
今までの形式張った会話を無視したあたしの答えに、将軍とトリスティは顔を見合わせて笑顔を交わす。
ガウリイだけ敬称がないのは、たぶん思い出話をした時にでも取っ払ったのだろう。
あたしもそれは不用と断って、ガウリイに目をやると――何だか複雑な笑みを浮かべていた。
言うまでもないことだが、と、将軍は前置きして。
まるで自分に言い聞かせるように――犯人を突き止め征伐しなければならない、と続けた。
それはきっと、ガウリイや娘のトリスティと根本は同じ――自分達の手でというニュアンスを含んでいるのだろう。
「リナとガウリイの調査で、有力な情報が手に入る機会が出来たが――、それまでにいくつか片づけておかなければならない厄介事がある」
「親衛隊の余計な干渉ですか」
「魔道士協会のも」
「合わせて、噂の駆逐もな」
あたしの発言を、トリスティと将軍が補足する。
「――ウワサって何です?」
あら、どうしたんだいな発言ね。
―――そういや、ガウリイには話してなかったっけ?
わかるように説明してやると、苦々しい顔でまいったなぁと呟いた。
「不可抗力ですもの、しかたないですわ。
住民達にも悪気があるわけではありませんから、それなりに対応してやればいいだけのことです」
何だかえらい簡単そうにフォローするトリスティ。
でも、こういうのって力技とか効かない分、大変だと思うんだけど――。
「何か策があると見えるな、トリス」
将軍に頷いて見せる愛娘と言う名の参謀殿。
「現場を見てしまった人間が大勢いて、インパクトは強烈とくれば、情報が勝手に暴走したのは当然な反応です。
住民達は、真偽を確かめる術がないから、疑心暗鬼に陥っているわけでしょう?
ならば、より信憑性の高い情報を提供して、不安を緩めてやればいい。
もちろんすぐに全面解消とはいかないにしても――本能的に人間は危険に対しての恐怖は避けよう、緩和させようとする心理が働きますから、時を待たずして沈静化していくと思います。
何と言っても、こちらには御殿医の診立てという最大級の安心要素があるわけですし。
――将軍もそうお思いになったからこそ、無理を通して先生方をお連れになったのではありませんか?」
うあ。自分の父親を階級呼びするかい。
「それだけではないぞ」
「ええ、もちろんわかっているわ、『お父様』」
――なんっつーか。すごい父娘だわなぁ。
郷里の父ちゃんと姉ちゃんでもこんな会話せんと思うぞ。
ガウリイに腕をつつかれて見ると、こんな時には毎度見慣れた表情をしている。
話題の原因が自分なだけに、余計付いていけないのだろう。
「で、具体的には、どう動くつもりですか?
このテのウワサは、広がるのが特に早い。
もう街中で知らないのは、当のガウリイと言葉のわかんない赤ん坊くらいになってるかもしれませんよ。
カウンター効果になる情報でも、広め方を間違えたら、逆効果――最悪パニックの火種になるかも」
「――ガウリイ。
あなたがもしどこか立ち寄った街で、こういうウワサを聞いたなら――誰に情報を求めます?」
トリスティは問いかけたあたしではなく、アタマの上に『?』マークを浮かべまくっているクラゲ剣士に向かって問いかけた。
「え、え、えっ?」
「さあ、あなたももう流行病が移っているかもしれませんよ。
時間の猶予は少しだけ。より確実な情報を手に入れて、自分の対応を考えないと生命の危険があるかも。
まず誰に訊きます?」
――まるで仮想ゲームのようなノリだが、状況把握の不得手なガウリイにはいいテかも。
ガウリイは真面目に考え込んで―――はっと気付いたように目を上げた。
「――リナはいないんですか?」――――――――はあ?
このカッ飛ばした発言に、トリスティ以外の目がテンになる。
「リナがいなければ、動けませんか?」
微笑む人妻様に、ガウリイは頬をかく。
「いや、そういうわけじゃなくて――。
一緒にいるかどうかで、動き方が変わると思うから」
「どんな風に?」
「――別行動を取ってて、その街にリナの奴が来るっていうなら、原因より何より、来させないようにするのが先だろうし――。
一緒にいるなら、まずリナに移らないようにしなきゃならないし……」
「あなた自身のことは?」
「オレは――ほら、丈夫だから。後まわしでも大丈夫だって」
現役病人が説得力皆無の台詞を、堂々とぬかしやがった。
あたし以外の同席人は―――すっかり失笑している。
うるわああぁぁぁぁっ!
――そんな仮想設定しちゃったら、ここにいる全員、『いゃあ、この二人は××××なんだなぁ』とか思っちゃうじゃないのよっ!