7.隠された 真実どこで 見えるのか(その2)
「――リナは何をご存知なのかしら」
麗夫人の姿をまとった軍師の言葉は――意外過ぎるモノだった。
「??? 知ってる――って……」
トリスティが書斎へやって来るや否や、あたしは見付けた切れ端と共に疑問を訴えた。
部屋にも入りきらないまま、ひとしきり聞き終えた彼女から返ってきた答えは。
驚きより、確認より先の――静かすぎる問い。
「あなたは――『光の剣』について、『何か』を知っている。
――そうでしょう?」
場違いなほど柔和な微笑みが浮かぶ。
「――どういう論理展開なんです?」
奥方様は間を置くように、少しだけ振り返ってドアをしっかり閉めた。
『光の剣』――正式名称は『烈光の剣』・ゴルンノヴァ。
あたしは――確かに、他の人達よりはよく知っているだろう。
その出自も、行き所も。
けれどそれは一般のヒト達からすれば――それこそ荒唐無稽とも言えるモノで。
真面目に話せば話すほど、嘘くさくなるのは間違いなく。
いろんな意味で、誰にも話せないコトだ。
――それはともかく、どうしてこの書き付けの追及のはずなのに、話のベクトルがこっちに向いて来ちゃうんだ?
「今、あなたはこう訊いていたでしょう?
ハースが『何の情報を掴んだのだろう?』と。
わたくし達一般人の『光の剣』に対する認識は、せいぜい『古の魔道士が作り上げたらしい魔力剣』程度ですよ。
ですが――この走り書きは、『人間以外のモノが作り出した』と言う意味を含んでいませんか?
生み手がどんな強力な魔道士だったとしても、人間は人間。こんな言い方はしないはず。
――もしあなたの認識が一般と同じ程度なら、『これはどういうことだろう?』とか、内容そのものに対しての疑問が出て来て然るべきでしょう?
でも一通り話を聞いた限りでは、そちらの方向には何の不思議も抱いていない。
つまり――あなたは『光の剣には人外のモノが関わっていた』のをすでに知っていた――違いますか?」
―――はあ。
将軍にしても、ネイムにしても、エラい参謀を持ったモンだわ。
正式に任官された人物でも、こんな鋭い洞察力を持つヒトは滅多にいないんじゃなかろうか?
このヒトに――半端なウソは通じないだろうなぁ。
よしんば何とか誤魔化せたとしても、この調子じゃ今後の動きまで影響が出てきてしまうかもしれない。
それに、ネイムがあの剣絡みで生命を落としたのだとしたら――このヒトには聞く権利はあるだろう。
ここは―――
「――どんなとんでもない『何か』でも、信じてくれますか?」
「ええ。
あなたが、真実だけを話してくださるなら」
その真摯な瞳に向かって、あたしは腹をくくって話し始めた。
『光の剣』に連なる――冥王フィブリゾの事件、一連の顛末を。
話終わった時。
さすがに、トリスティは青ざめていた。
けどそれは――いわゆる悪い冗談を聞いてしまったとかいう類いの反応ではなく。
正面から信じたからこそのモノなのだろう。
「――ハースは――踏み込んではいけない場所まで、知らずに入り込んでしまったのかもしれませんね…。
普通の人間のレベルでは、触れてはいけないエリアまで――」
独り言のように呟いて、トリスティは大きくため息を吐いた。
あたしの脳裏に、不意に浮かび上がる言葉。
『余計なことをしなければよかったのに』。
あのおっさんが現場で聞いたという、犯人の台詞――あれは、そういう意味だったんだろうか?
だとしたら――犯人は―――
「私は――あなたが羨ましいですわ。リナ」
苦笑いのような微妙な笑みが、あたしに向けられた。
またも意外すぎる反応に、リアクションのしようがない。
「あなたのような強い力があったら――わたくしも自分の手で夫の仇を討てたでしょうに」
初めて聞く、明確な怒りを秘めた言葉。
中身や才能はともかく、この見目はたおやかな人妻から聞くにはミスマッチでしかない。
「…何言ってるんです、お母さんが無茶な」
彼女の立場になれば、誰でも一度はそんな風に考えてしまうのは仕方ないだろう。
でも――それは、あくまでも考えの域でしかない、はかない望みだ。
こんな戦略に長けた参謀に、それがわかっていないはずはない。
「ええ、わたくし自身には戦うための術〈すべ〉はありません。
何より子供達がいます。その責を放り出す訳にはいかない――」
トリスティはゆっくりと、近くのソファの背もたれに後から腰掛けるようにして身体を預けた。
「でもね――理性と感情は決して同じではありません。
――何より大切な人を誰かの手で奪われる理不尽さを、黙って容認するのは難しすぎます」
遠くに行っていた彼女の視線が、またあたしに据えられた。
「もしあなたが――。
ガウリイをそうされたら――自分の前から永遠に消されてしまったら――受け入れられる?」
聞いてはいけないコトを聞いてしまったような気がした。
ガウリイが倒れた瞬間の姿が甦る。
血の紅。顔の蒼白。
勝手に鼓動が激しくなって、身体が震え出してしまう感じがした。
ふっと右手が温かくなり――気付くとトリスティが自分の手を添えてきていた。
「――ごめんなさい、嫌なたとえをしてしまいました。
でも――誤解しないでくださいね。
決して愚かしく、後追いのようなことをしたいわけではないのよ。
むしろ――生きていたいの。
そう。――あの人と並んで、老いるまで一緒に生きていきたいだけ――」
その言葉がウソでない証のように、トリスティの瞳には強い力があった。
「もし叶うなら―――。
あなたが冥王の所までガウリイを取り返しに行ったように――。
わたくしもどこへでも行って――どんなことをしても――何と引き替えにしてでも、ハースを奪い返したい。
たとえ――何者が相手であっても――ね」
激しい意志を示す語彙とは裏腹に、激昂するでなく、あくまでも淡々と語りは続く。
「――そう言っても詮無いことはわかっています。
それでも――思わずにはいられないの。
あの人にもう一度会いたい――この手で抱きしめたい、って」
このヒトは、静かな――炎のようだ、と思った。
支配するのは、復讐という昏い感情ではなく、ただただ一途な――想い。
大切な人を失いたくない、ずっと共にありたい――切ない願い。
――誰にも止められない、自分ですら止められないほどの――。
相手を深く愛すれば――強く抱くに違いないモノ。
それを誰が否と言えるのか。
あたしだって、もう一度同じようなコトが起こったら――
同じようにガウリイが―――
ぞくり、と、背筋に冷たいモノが走る。
多分、今のあたしにはトリスティの気持ちがよくわかる。
何があっても、あたしはきっと同じように取り戻しに行くだろう。
どんな相手でも、どんな状況でも――。
もう一度――世界の全てと引き替えにするとしても―――
きっと―――塵ほども迷ったりなどしない。