3『金糸の迷宮』3

7.隠された 真実どこで 見えるのか(その1)


 ――何か話し声がやたらと耳に付く。
 何だろ――?
 何かひそひそ話のような――何人かの声。
 目を覚ましたら――日がずいぶん高かった。
「うわー!」
 慌てて身支度しながら、ガウリイのことを思い出す。
 先に起きてたら、寝坊してるあたしに声くらいかけるはず――ってコトは!?
 まさか――今の話し声って!? また具合がっ!?
「ちょっと、ガウリイっ!?」

 ――――――――――――。
 
 会議中の部屋を間違って開けちゃった経験はあるだろうか?
 今のあたしが――まさにそれ。
 ガウリイの部屋には、当人の他――二人の見知らぬ人物がいた。
 ベッドに腰掛けた上半身裸のガウリイ。
 その手前――あたしの方を椅子に座ったまま振り返っている初老の――多分医者とおぼしき出で立ちの男性。
 もう一人――その右側、立ち上がってガウリイを――多分診察していたらしい中年の男性は、まるで機械仕掛けのように不自然な動きであたしを振り返った。
 全員の顔は――もれなく状況を把握出来てない――あっけにとられた表情を浮かべていた。
 人間、緊急時って冷静にかつ迅速に状況を見れるもんだなぁと思いながら――あたしはそのまま思いっ切りドアを閉めた。
 わずかの沈黙。
 続いて、ドアの向こうは大爆笑。
 えええぃっ! 
 あんたらみんな『竜破斬』喰らいたいかぁっ!?
 
 こんなのをガマン出来るようになったんだから――大人になったもんだわよねぇ、あたしも。うんうんっ。
 廊下ですれ違った中年お母さん風のメイドさんに、トリスティの行方を訊くと――。
「奥様は赤ちゃんの所ですわ。
 リナ様が起きられたら、食事をお出しするようにと申しつかっております。
 食堂で召し上がりますか? それともお部屋で?」
「――あ、行きます行きます。
 ガウリイ――えっと、あたしの相棒――は、もう食べ終わってるんですか?」
「いえ、今朝大旦那様がお戻りになった時に、国王様の従医様をお連れになりまして。
 診察には空腹のままの方がいいとかで――、今まだお部屋で治療中なんですよ」
 ――そっちは知ってます、はい。
 
 食堂はけっこーな広さと、この家には珍しく豪華な調度が置かれていた。
 まあ、主人が騎士団の隊長で、舅が将軍となれば、それなりの客人と会食という場合もあるんだろうな。
 この分だと、それなり向けの客間とかもありそう。
 さすがに時間的には朝昼兼用と言うトコなので、他には誰もいない。
「お気になさらずに、ごゆっくりどうぞ、リナ様。
 たっぷり用意してありますから、遠慮なく召し上がってください」
 キッチン担当らしい給仕さんもやっぱりえらく親切だ。
 迷惑かけてる自覚はそりゃあ一応あるので――、何かありがたいを通り越して、申し訳なくなってしまう。
「あ、あのぉ……その様付きは止めてくれませんか?
 あたし達の方が迷惑かけっぱなしなんですから」
 そばかすのある若めの給仕さんは、にっこり笑った。
「いえいえ、お二人は大事なお客様ですもの。おもてなしするのは当然ですわ。
 それに――」
「それに?」
「ここだけの話ですけど――お二人がいらしてから、奥様がずいぶん元気になってくださって、私達使用人はとっても喜んでいるんですよ。
 お優しかった旦那様があんなことになられてから――、もう端から見ていても辛くてたまらないくらいのご様子で――。
 まだお小さい坊っちゃまとお嬢様がいらっしゃるのに、あのままではご病気になってしまわれると皆で心配していました。
 どんなに感謝しても足りないくらいです」
「――そうだったんですか……」
 あたしは葬儀の時に見たトリスティの姿を思い出していた。
 確かにあの憔悴した状態がずっと続いていたなら――、使用人達の心配は取り越し苦労とは言えないだろう。
 トリスティがあたし達を呼び寄せたのも、使用人達がこんなに快く迎えてくれるのがあらためて納得出来た。
 
 2人前平らげた所で、ガウリイがやって来た。
 いきなりヒトの顔見て吹き出すし、この男はっ!
 『火炎球』の予備動作をしてやると、さすがに笑いが止まる。
 さっきの給仕さんがやって来て、ガウリイを向かいの席に招き、あたしの前に料理を置く。
「食欲はおありですか? リナ様と同じメニューでよろしいです?」
「ああ、頼みます」
 給仕さんが去ってから、尋ねる。
「で? 診察はどうだったの?」
 ガウリイは――ちょっとやつれが残ってる以外――元のままの笑顔を向けてくる。
「ああ、心配かけたな。
 さっきの医者達が呪文かけたり、薬湯なんかの処方をくれてな。昨日よりずっといい。
 詳しいことはトリスティにも話すって言ってたから、そっちに聞いてくれ」
 おひ。自分の身体のコトだろうっっ???
「ま、後は無理しないようにして、体力が戻れば大丈夫だってさ」
 そっかぁ――。
「……リナ?」
「何よ?」
「――そんなに心配してくれてたんだな」
「へ?」
 きょとんとしているガウリイ。
「今――自分がどんな顔してるか、わかってないのか?」
 何ですとぉ???
 あたしは今運ばれてきた、湯気の立っているコンソメスープを覗き込んだ。
 映ったモノに、いきなり頬が上気する。
 な、何なのよ、このたるみきった顔ぉっ!
「――ありがと、な」
 頬をかくガウリイ。
「おまえさんのそんな嬉しそうな顔――初めて見たような気がする……」
 そう言うガウリイの顔も――今まで見たコトないような――嬉しそうな照れ顔だった。
 
「――そ――それにしても、一気に王様の御殿医とはね」
 あたしは何とか誤魔化そうと、話をそらす。
「一介の傭兵じゃあ、いくら出したって来てくれようもないヒトが――簡単にホイホイ来てくれちゃうなんて、さすがは将軍だわ」
「そうだな――えらい助かった。
 あのままだったら――リナの足手まといになってマズイなと思ってたから」
 ガウリイがぼそっと呟いた。
「……ちょ…! いつあたしが足手まといにしたのよっ!」
 怒鳴るあたしに、苦笑いが返ってくる。
「――おまえさんが言わなくても――状況がそうするからな」
「――そんなのっ……」
「第一、オレのせいでおまえが危ない目にでもあったら――保護者失格だろう?」
 何だか力が抜けるような気がした。
 確かに――あたしと旅するってコトは――危険ももれなく付いてくるってコトで――。
 ずっと体力バカでタフだったから、そんなの気にしたコトなかったけど――。
 もしまたこんなコトがあったら――ガウリイこそが危険な目に遭いかねないってコトで――。
「でも――、あんただって、あたしに負けず劣らず魔族とかには注目されちゃってるんだから――、今さら一人になったって、危険度は減るどころか増すだけじゃない?」
「おまえさんに言われると、何だか悲しくなるんだが――」
「黙らっしゃいっ。同じ危険なら、二人の方が回避しやすいでしょーに?」
「――じゃあ、一生離れられんワケだ」
 ――――――――――――
 ああああああああっ、また話をそっちにループさせちゃってどーするっ!?
 
 フォークを握ったままリアクション出来ないで固まっていると、給仕さんがガウリイに料理を運んできた。
「? リナ様、料理が何か?」
「い、いえ、何にもっ」
 また食事に没頭して、ばっくれるあたし。
 ガウリイもそれ以上何も言わずに、食事を始めた。
 
 ガウリイの食欲もすっかり戻ったようで、お代わりを繰り返す。
 あたしもすっかり満足して、食後のお茶。
 ――困ったなぁ、何か話さないと――間が保たんわ。
 すると――静かな表情で、目を細めてガウリイが呟いた。 
「――今はしかたないが――。
 ――あまり長居しない方がいいかもな、オレ達は」
「――どういうコト?」
 ガウリイは困ったように微笑み。
「何て言ったらいいんだろな――、――重すぎる思い出はヒトを食う――とか」
 ガウリイの説明はいつもカッ飛んでるけど――今日のは特にわかんない度高っ。
「――トリスティや将軍のこと?」
「それもある――あるんだけどな――」
 どうやら自分でもどう言っていいのか、わからないらしい。
「そりゃ、今はともかく――、すっかり片付いた後まで居候する気はないわ。
 ネイムの件を解決したら、また元の生活に戻ればいいでしょ?」
「ああ、そうだな」
 ガウリイはいつもの笑顔で答えた。 
「――それで、オレはこれからどーすりゃいいんだっけ?」 
 ――どうやら、頭の中身も元の調子に戻りつつあるよーである。
 
 将軍に顔見せしに客間に向かうガウリイと別れて、あたしはまた書斎へ向かった。
 昨日トリスティが見付けたガウリイの名入りの書類を、片付いているスペースへ移動して全体を開いてみる。
 あらためて見ると―― 一つの大きな表になっているらしい。
 最初に何かの記号――次に名前。そして、3桁の数字。
 ほぼ同じパターンでかなりの人数分、書き込まれている。
「『カリィル』――『グレイン』――『アリシュナ』――『ガウリイ』――『ウォスレイ』……」
 名前をいくつか読んでも、特に関連性はなさそうだ。
 姓はなくて、名前だけ。男女も混ざっている。
 後ろの数字も――バラバラで全く順不同。
 これはトリスティの予測通り、昔の傭兵とかのリストなのかもなぁ――。
 まあそれでも、とりあえずガウリイの名が入ってるモノだ。保留にしておくとしよう。
 
 しばらく書類を漁っていたら――何かに挟まっていた、殴り書きのように荒い表記の羊皮紙の切れ端が床に落ちた。
 あたしはそれを拾って、その場に固まる。
 それはフツーの文字だった――だっただけに、これを書いた時、どれだけネイムが動揺していたかがストレートに伝わってくる感じがした。
 それにはこうあった――。
 
『光の剣を人間に使えるようにしたのは――いったい『誰』だ?』


[つづく]




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