4『金糸の迷宮』5

8.相棒の 知らぬ横顔 見たようで(その5)


 結局、お子ちゃまの視認が可能なレベルまでには、かなりのスピードダウンを必要として。
 なのに、鞘から抜いた剣が円弧を描いて収まるまで、軌跡が全然ブレやしないのはさすがと言うか。
 これだけの腕がないと、使いこなせないシロモノってかい。
 それでも相当な集中力を必要とするのには変わりなく、ガウリイの頬に汗が伝ってきていた。
 今は体力温存方向で行って欲しいのはヤマヤマなれど、極一方向の天才に理論説明しろなんぞ圏外のコト、脳クラッシュでぶっ倒れるだろうしなぁ……。
 最後はトゥールに握りと抜き方をやらせて、レクチャーは終了となった。
 
「これでもう大丈夫か?」
「うん、すごかったよ! おとーさんみたいだ!」
「隊長の教え方がうまかったんだよ」
「ぼくもこんなふうになれるかな?
 おとーさんにおしえてもら……」
 再び、誰もが息を呑んだ。
 
 刻が空回りしているような沈黙。
 
 ――ぽふっ。
 不意に――ガウリイがトゥールの頭に手を置いた。
 
「――ガマンしなくて――いいんだぞ」

 意外な言葉に、最初は見開いていた少年の瞳に、大粒の涙が浮かび――
「……ぼくは男…だから、おかーさんと……ハルティをまもんなきゃ……」
 零すまいと小さな肩が震える。
「そうだな。
 だけど、それはちゃんと悲しんでからでもいい」
 優しく撫でるガウリイ。
 トゥールは次第にしゃくりあげ始め。
「……泣いちゃ……いけない……から……」
「大事な人を亡くした時だけは、いいんだ」
 頬を撫でたガウリイの腕に導かれるように胸にすがり付くと――号泣した。
 
 あまりの激しさに、後ろにいたトリスティが呆然としている。
 ――こんな小さな子がずっと堪えてたんだ。
 父を失って悲しむ母を、まだ幼すぎる妹を護るのは自分なのだと思い詰めて。
 まだほんの少ししか生きていない子供にとって――あまりに重い枷。
 大好きな父親を突然奪われた痛みを溜め込んでしまうには、この身体は小さすぎる――。
 
「おとーさん、おとーさんっ、おとぉさぁんっっ!!!」
 鳴き声に混じる切ない叫びを、ガウリイは包み込むように抱きしめ――背中を撫でて。
「――よく頑張ったな。
 いい子だ――トゥール。
 お父さんの自慢の息子だ、誇っていいぞ――」
 その声は優しくて――本当に優しすぎて。
 
 あたしには――ガウリイも泣いているように見えた。
 
 
 泣き疲れてぐったりしてしまったトゥールを、ガタイのでかい近衛のおっさん――すっかりもらい泣きしてら――に預けて、あたしはガウリイと一緒にベランダから直接、剣をしまいに戻ることにした。
 息子に付いて行きかけたトリスティが、こちらを振り返った。
「…どうもありがとうございました」
 ガウリイが目を細めて笑みを返し。
「隊長の自慢の家族だ」
 すでに十分もらい泣きしている彼女なのに、またぽろぽろと涙を零して。
「――あなたも――そうですわ」
 今度はガウリイの方が切ない瞳になる。
「ありがとう……」
 手入れされた芝生に波を作る風が、長い金髪を巻き上げ――振り払うように家に向かって歩き出す。
 あたしは、黙ってその背中を追いかけた。
 
 やっぱりまだ身体がしんどいのか、ガウリイの歩みはやたらゆるやかで。
 まっとーな判断をするなら、剣はあたしがしまいに行くから部屋で休んでろ、というところなのだろうが――。どうしても理屈抜きに、そうしちゃいけない気がして――。
 あたしのジレンマをヨソに、とうとう階段の途中で止まってしまった。
 荒い息を吐きながら、左手で脇腹――骨盤の上辺りを撫でるのを見て、思わず冷や汗が出る。
「ちょ…! 言わんこっちゃない…!」
 右足を一段上にかけて前屈みで横から覗き込んだあたしと、視線を合わせないまま――
「――騒がなくていい」
 ガウリイが堪えているように囁く。
「何をノンキに…!」
「――古傷なんだ」
 ――――!?
「この剣で――薙がれた」

 何を言っているのか、とっさにわからなかった。
 
 この剣を扱えて、ガウリイとタメ張る腕って――
 それって――それって、
 つまり――ネイムに斬られた――ってこと!?
 
「トゥール達には――言うなよ」
 呆然としているあたしを置き去りにして、また階段を上り始めてしまう。
 
 反射的に追いながらも――アタマはすっかり混乱していた。
 ネイムがガウリイにあの剣を向けるって――教えてくれたって時?
 ううん、さっきの感じじゃ、立ち合って教えた際に誤って、なんてのではなかろう。
 ――それなら別に口止めする必要なんかない。
 トリスティが強固に隠した、二人が袂を分かった理由?
 ――再会の時、あんなに和やかに振る舞えるとは思えない。
 だったら、どういうことよっ!?

 ネイムの部屋に着くと、ガウリイは剣の収められた戸棚を開いていた。
 奥に固定具が付いているみたいだが、慣れない手で取り出したせいか、剣はどれも傾いている。ガチャガチャと音を立てながら直すガウリイの手が止まった。
 広い背中越しではよくわからないけど、さっきのとは別の剣を持っているようだ。
「―――なつかしい――な」
 あたしの存在を忘れたように、独り語ちる。
 足の間からわずかに見える鞘の先の部分だけでも、かなり傷や使い込まれた跡が見える。
 年季の入った剣――もしかして、二人が一緒にいた頃の……?


 ―――違う。
 ネイムは害意を持って、ガウリイを傷つけたりしないはず。
 ガウリイも、斬られたことを遺恨にしているんじゃない。
 きっと、それなりの理由や状況があって―――

 ――――思い出した。
 今回の元凶。
 魔族召喚のあった戦で、まだ少年だったガウリイが『光の剣』で『何か』を起こした時。
 
 いったい
『誰が』
『どうやって』
止めた?

 生半可な魔法程度では相手にすらならない『光の剣』。
 ガウリイの生命を奪わず、活動だけを止める――方法。
 ――斬り斃されるより速く倒すこと。
 それをなし得た可能性のある、唯一の剣と使い手―――
 
 そういうこと――か。
 ガウリイが無差別な殺戮を是とするワケがない。
 むしろ、相打ち覚悟、生命を賭して食い止めてくれた――自分も護ってくれた相手に感謝さえしただろう。
 そういうこと――だったのか。

 
 たまらんな、と、ガウリイがため息のように微かに漏らした。

 どうしてか。
 あたしの方がたまらなかった。
 またガウリイが、さっきのトゥールに重なる。
 もちろん、大の男が子供のように泣きはしない。
 でも大切なヒトを失った、『悲しみ』の重さに違いはなく。
 耐える術を知っている分――痛い。
 自分の悲しみより――はるかに耐えられない気がした。
 
「………! ………………リナ………?」

 何だかマヌケな声。
 
 広い背中に、でっかい胴体。
 あたしの腕だとやっと回せるくらいじゃない。
 ちょっと動かないでよ、今だけサービスしてあげてるんだから。
 普段のあたしならこんなコト絶っ対しないんだからね。
 トゥール相手にどんなにエラそうに言ってても、あんたは病み上がりでおまけに疲れてて、大事なヒト亡くしたばかりの、とってもとってもツライ奴なのよ。
 けど、人前じゃ大っぴらに泣けないでしょ。
 だから―――こうしててあげるわ。
 さっきのあんたの役をやってあげるから。
 ホントに今だけ―――だから―――ね。

 ガウリイの背中に付いた左耳が、ドキドキ言う鼓動を伝えてくる。
 頬に触れてる長い髪の感触。汗の匂い。
 身体との間に挟まった服地の温度が体温と同化していく。
 
 不意に――あたしの手に、大きな手が重なってきた。
 その温かさだけで――どっちが抱きしめているのかわからなくなる。
 ガウリイが少し仰向いたのか、髪がたわんで。
 微かな――それでも確かに届く声が。
 
「―――もう――いい――よな――」

 それは言葉通りに――『離せ』という意味に取るには、あまりにも優しくて。
 ほんの少しだけ緩んだあたしの腕の中で――ガウリイの身体がするりと回り。
 何かリアクションする間もなく、そのまま伸びてきた長い逞しい腕に――包み込まれていた。

 思考力が奪い取られてしまう。
 身体の感触だけが、全てを支配する。
 抱きしめる腕の力。
 ガウリイの温もり。
 重なる激しい心臓の音。
 顔に降ってくる髪。
 近付いてくる吐息。
 額に、頬に触れる――熱さ……
 
 ソ・シ・テ………
 


[つづく]




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