1.末姫様、魔道士協会へ行く
そのいち
「もう一度、言ってくれんかね? リナ=インバース=ガブリエフ殿」
わざわざ、フル・ネームに『殿』までくっつけんでいいっつーの。
こいつがウチから一番近い魔道士協会支部の、一応副評議長なんて肩書き付きだとは、何だか情けないモノがある。
あたしの目の前にいる白髭の老魔道士――ゼフィーリア魔道士協会の重鎮――なんて言うと聞こえはいいのだが。
その実、単に『研究ばっかしやっとったら、いつの間にか年くっとったので、なしくずしに要職付き』というのが正体である。
噂ではここで何年か勤めたら、いったん王都の中心部にある本部に戻って、どこぞの評議長におさまる段取りになっているとかいないとか。
いるんだよなぁ、こういうお役人とか官僚みたいに、むやみに地位とか権力を欲しがって、立回りけは上手いっつーのが。
あたしも、結婚して故郷のゼフィール・ シティに腰を落ち着けてからは、この支部に所属ということになっている。
でも、このテの面倒なゴタゴタや雑事は極力避けたいもんで、商売・出産・育児を理由にして役職はから逃げ回っていた。
要は、こいつらとは、まるっきり正反対のタイプと言えよう。
で、あたしの今の待遇としては、実績を買われての『特別メンバー』扱いなのだが、いったいどーいう『実績』なのかは考えないでおくとして―――。
まあ、それでもある程度の発言権はあるんだから、これ位が妥当というものなんだろう。
そのあたしがこうしてわざわざ足を運んで、冗談を言いに来たとでも思っとるんか?
「しばらくお話ししないうちに、耳が遠くおなりなようですね」
わざと、イヤミを前置きする。
「それでは、あらためて。
あたしの子供達3人を、ここに通わせたいんです」
「あ、いや。そこまではわかった。問題はその後だ」
――だったら、最初からそう言えっ!
「その後というと、子供の名前と年になりますけど?」
「そう。えーと、バクシイ君、7歳、ラグリイ君、7歳―――」
絶対こいつ、人生ムダ使いしてるぞ。
あたしはブチ切れそうな頭の血管を、何とか治めようと深呼吸した。
「双子ですから。
あとは、娘のレイナ、3歳です」
これ以上聞いていられなくて、先取りして答える。
「そこだな、問題は」
「何がですか?」
「いくら君の娘御でも、たった3歳では、あまりに早すぎるのではないのかな?
まだ、才能があるかどうかもわからぬだろうし―――」
「ありますよ。あたしよりも」
こう断言してしまうと何だか、単なる親バカか欲目にしか聞こえないだろうが、まぎれもなく厳然とした事実である。
「そういう確証はあるのかね?」
「あります」
なお訝しむ副評議長に、きっぱり言う。
「君がそこまで言うとは――、いったい何なのかね?」
それはまあ、当然なんだろうが、さすがに『純魔族を倒しました』とまで言ってしまうと、それこそ眉唾にされてしまう可能性がある。
倒した痕跡が残らない以上、いかに真実だろうと物証は何もないし、証人が子供達とあのガウリイではますます信用を無くすだけだ。
唯一信憑性があるのはセイルーンの現巫女頭のアメリアだが、彼女とあたしが長年の友人と言うのは公然の事実なので、これまた口裏合わせととられる可能性がある。
「―――口頭ではいくらでも言えますが、お信じにならないでしょう?
それより、入学のテストを行って、皆さんで判断して下さい。
それで駄目なら、こちらも納得出来ます」
さすがに、そこまで言われては反論のしようがないのだろう。
ぢーさまは汗を拭きつつ、悪足掻きのように付け加えた。
「――もし、娘さんに才能があったとしても、まだ遊びたい盛りの子供を、なぜそんなに急いで、協会に通わせる必要があるのかね?」
「だから、早急に教育の必要があるんです」
あたしはさらに強い口調で言った。
これもまた事実だ。
でないとあの無敵のお嬢さん、今度は何をしでかすやら。
「……そこまで言うなら、わかった。
それでは、テストは明後日ということで―――」
「ありがとうございます」
あたしは端的に挨拶すると、早々に役員室を後にした。
こんな悠長な長話に付き合っていられるほど、育ち盛りの四人の母は暇ではないのだ。
とりあえず、あたしの頭を支配していたのは、子供達のテストの心配――では全然なくて――昼御飯は何にするか、てな極めて日常の風景だった。
「ほんと? おかーしゃんっ(はぁと)」
「ほんとよー、レイナも兄ちゃん達と一緒に、テスト受けていいって」
わが家の台所で肉だんごを皮で包んでいるあたしの後ろで、下三人の子供達が、きゃいきゃいとはしゃぐ。
「やったなー、レイナっ」
「おにーしゃんたちといっしょっ」
「これでタイクツしないですむなっ」
「こーら、埃が立つから、あっちで騒いでろ」
言いながら台所に入って来たのは、ガウリイと長男のガルだった。
「母ちゃん、手伝うよ」
元気な足取りで近付いて来たガルに、少し場所を作ってやりながら、あたしは気になっていたことを念を押すように尋ねる。
「ねえ、ガル。
あんたほんとに、魔道士協会に通わなくっていいの?
今からでもまだ間に合うわよ」
「いいんだ。
おれ、剣士になるから」
長兄の答えは非常に明解だった。
「今もせがまれて相手してたんだが、こいつ、スジいいぞ」
いつの間にか横に来ていたガウリイがフォロー。
「おれさ、父ちゃんみたいになるんだ」
あたしに似た髪の色以外は、容姿だけでもそっくりとゆーのに、この子ときたら、笑い方までガウリイまんまである。
生き写しという言葉があるけど、はたしてどこまで似る気やら―――。
「そう。
あんたがいいならそれでいいわ」
そう言ってから、慌てて付け加える。
「でも、あのクラゲ頭だけは、真似しないでね」
「おい…、リナ…」
ガウリイの抗議の視線を、あたしは当然無視した。
子沢山の主婦にとっては、一日なんてあっという間の話である。
明後日は何にも考えてるヒマなくやって来た。
「ガルおにーしゃんは、いかないのぉ?」
玄関先で、すがるように見上げるレイナの頭をぐしぐしと撫でながら、ガルは明るく笑ってみせる。
「バークとラーグがいるからいいだろ?
おれは父ちゃんと剣のケイコしてるよ」
「つまんなーい…」
てっきり全員一緒だと思っていたのか、淋しそうな顔をする末姫様〈レイナ〉を、ガウリイが抱きあげる。
「おとーしゃん…」
赤ん坊の頃から、どんなにぐずっていてもガウリイに抱っこされるとピタッと泣きやんで、あっという間にご機嫌(はぁと)という子だったが、今でも完全な『お父さん子』まっしぐらである。
元々子供好きのガウリイにしても、特にこのレイナとはもう相思相愛〈らぶらぶ〉という状態だ。
頬ずりしながら、もうすっかり双方とろけている。
「がんばってこいよ。ガルデイとウチで待ってるからな」
ここで時間をくっているわけにはいかないので、あたしも声をかける。
「レイナががんばれば、ガル兄ちゃんやお父さんも喜ぶよ」
「しょーなの?」
いたって素直な末姫様の問い掛けに、父子はそろってうなずく。
やっとご機嫌は直ったようだった。
王都に属するとはいえ、思いっ切り外れに位置するウチの街の魔道士協会は、 他の国の基準なら、中規模の支部という処だ。
王都の中心にある本部ほどでないにしろ、それなりに教育設備や講師も揃っ ている。
――かくいうあたしもその一人であるのだが。
で。
魔道士協会に決まった入学の時期というのはない。
希望者がある程度たまるとテストして、レベルに応じてクラスを振り分けるという感じである。
テストと言っても、あくまでも実力の程度を見るためのモノなので、よほどのコトがない限り、不許可になることはなかった。
希望者の控え室には、十数人ほどが呼ばれるのを待っている。
親に伴われた子供から、何を考えているのか、はたまた複雑な事情でもあるのか中年のおっさんまで、年齢層は幅広い。
それでもその中でさえ、あたしの膝に抱っこされている娘はやたらと目立っている。
確かにこのレイナ、もう3歳になったというのに、魔力のせいか何なのか、同年代の子供よりも幼いし、何より母親のあたしから見ても、とにかく愛くるしい子供なのだ。
子供好きなら問答無用、そうでない人物でも、この娘の前ではとろけるコトは保証するぞ。
ガウリイに似た、蜜色の細くてふわふわの巻毛、
あたし譲りの、つぶらで愛らしい澄んだ大きな栗色の瞳、
白くてキメの細かいすべすべの肌、
可愛さ大爆発の無垢な微笑み、
加えて、華奢な身体に、愛らしいしぐさ。
何をとっても、もう『可愛い』の一言で尽きてしまう。
このあたしですら、娘に全開で微笑まれると、無条件に幸せな気分になってしまうのは否定出来ない。
その証拠にここに来て以来、この娘を見ない人間はいないし、もれなく皆破顔している。
まあ、それと同時に、脇でやたらとはしゃいでいる、そっくりの双子達も目を引いているのだろうけど―――。次々と希望者の名が呼ばれていき、人数が半分になった頃―――。
「バクシイ=ガブリエフくん」
「はぁ――――ぃっ!!」
やたらと元気で、目立つの大好き少年のバークは、やおら手を高々と挙げて返事をした。
「母さん、ラーグも一緒じゃ駄目なのか?」
「…何でよ?」
「やー、どーせなら、二人で術かけた方が面白いじゃん? な、ラーグ」
弟のラーグの方は、どちらかというと実直な性格なので、こういうコトに簡単に承知はしないが、――実際の処、イタズラ好きなのは似たり寄ったりである。
その証拠に、ほら、ミョーに意味深な瞳しちゃって。
「…面白いって、…あんたねぇ…」
でも、面白いコト好きなのは、あたしも一緒なので――ちょっと考える。
まあ確かに、この二人のコンビネーションは、後であーだこーだと補足するより、実物を知らしめておいた方がいいかもしれない。
「…いいわ。あたしから説明するから、それまでは大人しくしてるのよ」
『はーいっ』
こういう時も、二人の息はピッタリだ。
面接会場になっているのは、研究実験用のただっ広い部屋で、対魔法用の結 界が張られている場所である。
そこにぞろぞろと入って来たあたし達親子に、並んで椅子に座っている数人の審査官達は目を丸くした。
そりゃそうだろう。
特別メンバーの子だというだけでも話題性十分なのに、赤茶の髪に灰緑の瞳と、外見は何から何までそっくりな一卵性の双子に加えて、あたしの腕にはまだ幼さ大爆発の女の子。
これで平気な奴がいるもんか。
「……えーっと…、バクシイくんは、……どっちかな?」
案内指揮をしている中年の魔道士は、明らかに混乱している。
「はーいっ!」
また元気に手を挙げたのは――って、待てぃ、こらっ!
「ラーグ……、あんたまで…そういうコトする?」
常にない状況なんで、完全に浮かれてるなこいつ…?
くふふ、と笑うラーグに、魔道士達はさらに混乱しまくる。
「…あ、あの…?」
あたしは半分ヤケになって、彼等に進言した。
「いいんです。
どっちも実力は似たり寄ったりですから、いっぺんに見て下さい」
しばしざわめく審査官ズ。
普段お堅い連中が動揺する図というのは、これはこれで小気味いいモノがあったりして。
頭でっかちになっちゃあいけないよっ。ほほほのほっ。
「―――わ、わかった。
それでは、時間がもったいないので、二人一緒ということで…」
汗を拭き拭き、例の老魔道士が言った。
おひ。こーいう時ばっか、時間を節約したがるんじゃない。
部屋の中央に書かれた白い印に出て行く双子達に、軽く手を振って、あたしは入り口の脇にある保護者用の控え椅子に腰を降ろす。
別に娘を抱いているのが辛いわけではない。
実際、この娘はどういうわけか、羽のように軽いのだ。
骨の造りが異様に華奢らしくて、今の処骨折記録は、暴れん坊の兄達以上に更新中なのである。
――考えてみれば、レイナを妊娠してた時は、あまりの軽さに時々、ほんとにお腹にいるのかどうか不安になったものだった。
「おにーしゃんたちのばん?」
「うん。危ないから、ここで見てようね」
そう、あたしがここまで下がったのは、あくまでも『危ない』からなのである。
「それでは、バクシイ=ガブリエフと」
「ラグリイ=ガブリエフでーす」
まるで大道芸人のようなノリは、テンションが上がりまくっとるせいだろう。
「は、はい。わかりました。―――で、君達は、どんな魔法が使えますか?」
テストはこれである。
これで、どのくらい才能や実力があるのか、適性はどうなのかなどを見るのだ。
――ちなみに、魔法を全く知らない希望者には、大した魔力なしでも丸暗記で発動出来てしまう、『明り〈ライティング〉』の課題が与えられる。
「はーい。『じゅもんのそうごかんしょうげんしょうによるしょうめつ』をやりまーす」
バークの台詞に、あたしは頭を抱えた。
まあ、火の呪文の増幅などをされるよりは、はるかにマシではあるのだが ――、おまいら、ほんとに大道芸してないか?
『はあ?』
案の定、審査官達は固まっている。
「それでは、おれ、バクシイが『火炎球〈ファイヤーボール〉』を」
「おれ、ラグリイが『氷結弾〈フリーズブリット〉』をかけまーす」
『どうぞ』の声もないうちに、すでにツーカーの二人は部屋の両端に別れる と、詠唱に入ってしまう。
うーん、魔道士〈あたし〉の目から見ても、集中している『気』の量も魔力も、 タイミングもバッチリだわ。
長年のパートナー同士でも、なかなかこうはいかんぞ。
侮り難し、我が息子共。
「『火炎球』!」
「『氷結弾』!」
計ったように、同時に放たれる色違いの光球。
おお、結構なサイズじゃないか。
そして―――、中央で。ぱきぃんっ!
音を立てて、双方見事に消滅した。
しばし、沈黙。
いきなり、拍手があたしのすぐ側で起こった。
「しゅごい、しゅっごーい、おにーしゃんっ(はぁと)」
レイナが満面の笑みを浮かべて、あたしの腕から乗り出して手を叩いている。
「おー! レイナーっ!」
「見てたかー!?」
双子の兄達は、妹の喝采に手を振って応える。
一方、審査官達はまだ呆然としていた。
「まだ、やれってコトかな?」
「次、何にする?」
同じ声のやりとりは、この部屋が舞台のようなので、まるで一人芝居のような感じだ。
ようやっと、副評議長が我に返って、二人を止める。
「い、いや。も、もう結構。よくわかりました」
『ありがとうございましたー!』
二人揃って頭を下げると、どこまでも大道芸のノリである。
戻って来る兄達に、あたしの膝から降りたレイナが駆け寄った。
「おにーしゃん、しゅごかったよっ(はぁと)」
「おーっし。今度はおまえだぞっ」
「がんばれ」
二人に撫でられているレイナを、案内係が呼んだ。
「そ、それでは、次は、レイナ=ガブリエフ…ちゃん?」
「はぁ――――いっ!」
ひときわ元気な、明るい可愛い過ぎる声が響いた。
「おかーしゃん、おにーしゃんたち、みててね(はぁと)」
「いってらっしゃい」
末娘に手を振ってから、あたしは双子達の頭を撫でた。
「おつかれさま」
「おもしろかった?」
「すごかったろ?」
「楽しかったわよ(はぁと)」
笑うあたしの両脇に、二人はそれぞれ座り込んだ。
今度こそ、審査官達は絶句した。
「レ、レイナちゃん…?」
「はーいっ、レイナ=ガブリエフでーしゅっ」
レイナはにっこりと満面の笑みで答える。
審査官達は、もう戸惑うやら、溶けているやら、収拾ついていない。
「おいくつ…ですか?」
「はい、みっつでしゅ」
ラーグとバークは、必死に笑いをこらえている。
「……で、えーと、レイナちゃんは何の魔法が使えるのかな?」
件の老魔道士が訊いた。
必死に威厳を保とうとしているようだが、まだまだ甘い甘い。
この娘の新骨頂はこれからなのである。
「はーいっ、『どらぐ・しゅれいぶ』でーしゅ」
ぶーっ! と、兄達が吹き出した。