0むちのだいけんじゃ2

1.末姫様、魔道士協会へ行く
そのに


 審査官達は目が点になっている。
 副評議長があたしに向かって、助けを求めるように視線を寄越した。
 けれど、あたしはただ黙ってうなずくのみである。
「……ほ、他には…?」
「えーっと、『ぶらしゅと・ぼむ』でぇしゅ」
 審査官達は見事にコケた。
 そりゃそうだろう。
 『暴爆呪〈ブラスト・ボム〉』といえば、あのレイ=マグナス以外は、せいぜい増幅したあたしが発動出来る火炎系最強呪文である。
 あたしだって、実際見てなきゃ信じられないとこだ。
「あとー、『めが・ぶらんど』とぉー、『れびてーしょん』とー、『でもな・くりしゅたる』とー、…あ、まだうまくないけど『ら・てぃると』!」
 まるで、『好きなお花は?』と訊かれたよーな答え方だ。
 双子達はもう大爆笑。
 呆然とする審査官達を、レイナはいつもの小首を傾げる愛くるしいしぐさで見つめている。
 彼等はどうやっても、この可愛さの化身のような幼子と、その口から出る凄まじいばかりの魔法の名が繋がらないのだろう。
 まあ、無理ないけど。
「えーっと……? どれしたら、いいでしゅかー?」
 どうしていいかわからずレイナは困っているが、もっと彼等は困っている。
「おかーしゃーん…?」
 あたしの方を振り向く妹を見て、ラーグが言う。
「母さん、助けてやんなよ。
 放っといたら、『竜破斬〈ドラグスレイブ〉』とかやっちゃうぜ」
「そーねぇ…」
 あたしはため息つきながら、娘の方に歩み寄る。
「おかーしゃんっ」
 擦り寄る娘を撫でて、彼等の方を見ると、老審査官が切り出して来た。
「リ、リナ君。い、今のは真実かね?」
「はい。全部発動させてます。
 あたしの証言を信用して下さるなら、ですけど」
「…い、いや…、う、疑うわけでは………、だ、だが、今あげたのは、ほとんどの系列の魔法…それも上位呪文ばかりではないか…?」
 汗かきまくりの彼に、あたしはとどめを刺す。
まだ使えないのもありますよ」
「……は?」
「白系。あたしが苦手なんで」
「……つまり、それ以外は使える…と?
 たった3歳のこの子が…?」
「実際使った呪文の種類はまだ少ないですけど、上位が使えるんですから、単純に考えれば、初歩はとーぜん大丈夫なんでしょうねぇ」
 ここまでとんでもないとさすがに信憑性が薄くなるのか、あたしとは初対面の、『ベテラン』とゆーよりは、『ばーさん』という形容がハマりそうな審査官が口出ししてくる。
「で、でも、やはり、実際に見てみないと…、ねえ」
「じゃーあ。『どらぐ・しゅれいぶ』しゅる?」
 ぴききぃっ。
 この娘の発言には、さすがに全員本気で焦る。
 いくら耐火呪文がかけられているこの部屋でも、中で『竜破斬』なんぞかけられたら、全員無事ではすまない。
「レ、レイナ。
 そうねぇ、今は『火炎球〈ファイヤーボール』にしなさい。あんた得意でしょ?」
「えー? しょんなのつまんなぁい」
 ―――その気持ちはわかるけどさ、娘っ。
 けれどこの娘がかけると、どれでも半端ではすまんのである。この程度が丁度いい。
 ―――それでも確か、あたしの増幅版と同じ位だったはずだが。
 この防御のある部屋といえどヘタなトコに着弾しようものなら、最悪の場合、大穴が開くかもしれないというのは、決して杞憂ではない。
「いいから、ね?
 ほら、あそこの棒の先に当てるのよ」
 あたしが指差したのは、希望者と審査官の席の間にある、『火炎球』などの着弾炸裂の目標用に立っている一本の棒だった。
「はぁーい…」
 明らかに不服そうだが、コケ脅しにはこれくらいで十分だろう。
 今、ちょっと反抗期かかっているとはいえ、元々あたしの子供とは思えないくらい素直な娘である。
 兄達のようなパフォーマンスはすまい。
「じゃ、がんばってね」
 あたしはそそくさと、椅子に戻る。
「…つまんねーよ、母さんっ」
 派手好きのバークが不平を漏らす。
「それでは、始めて下さい」
 さっきの審査官に促されて、レイナがこっくりとうなずいて微笑んだ。
 思わず破顔するばーさん。
 レイナは静かに息を吸い、詠唱を始める。
 おそらくここにいる全員が、その凄まじい位の『気』の集中を感じているだろう。
 ―――こりゃ、呪文の発動無しでも、十分説得力あるんじゃないかな?
「―――いーや、おもしろいぞ、バーク」
 ラーグが、にやっと笑った。
 この息子はけっこうクセ者である。
 それに、何かあたしにもよくわからないモノが、視えているらしい。
 時々、同じ知覚のあるらしいレイナと、そんな類〈たぐい〉の話をしていることがあるのだ。
 脳天気なガウリイは全く気にしていないが、どういう遺伝の結果なのやら。
「母さん、『風の結界』用意して」
 ちょっと早口で言う。
 やっとあたしにも意図がわかり、慌てて詠唱を始める。
 さすがに双子だけあってバークも理解したのか、2人はあたしにぴったりくっついた。
「『封気結界呪〈ウィンディ・シールド〉』!」
「『ふぁいあー・ぼーる』!」
 レイナの身長をはるかに越える、大人の身の丈ほどもある『火炎球』が出現した。
 審査官達が一斉にどよめく。
 危険を教えてやろうかとも思ったが、あたしは精神集中していて話せないし、彼等とて魔道士と名乗る者である。自力で回避出来るだろう―――。
 ちょっと遅いくらいのスピードで、火球が目標に接近した。
 その時、レイナが舌ったらずの可愛い声で叫んだ。
「ぶれいく!」
 ああ、やっぱしそう来たか、娘よっ!
 やたらとでっかい火球はその声と共に、いくつもの塊に分裂した。
『どわあっ!?』
 審査官達の悲鳴が響く。
 単なる『火炎球』と言っても、元の大きさが大きさである。
 分裂してやっと普通の大きさ並なのだ。
 その威力たるや、推して知るべし。
 あたし達といえば、ラーグの進言で『風の結界』に避難しているので無事である。


 どっこぉぉぉぉんっっっつっっ!!

 魔道士協会の建物全体が揺らいだ。いや、マジで。


 当の呪文の主は、きょとんとして、焼け焦げた部屋の中央に立っていた。
 どうやら防御結界は持ちこたえてくれたようだが、やあ、すごい有様だこと。
 審査官達といえば、わずかに二人ほどが防御出来た程度で、あとは腰を抜かしてる例のばーさまとか、硬直してその場で固まってるヒトとか、中には、見事に命中したらしくこんがり焦げているのもいる。
 何とか避けたらしい副評議長が、何か言いたげにしているので、あたしはレイナを抱っこしてから近寄って行った。
「いかがです?」
 わざと訊くあたしに、彼は引きつった顔を向ける。
「こっ、この子達は、わっ、我々支部幹部程度の一存では、きっ、決められないっ。
 ほっ、本部と、そっ、相談したいので、なっ、何日か時間を、もっ、貰いたいっ」
 その言葉に、審査官達全員が力強くうなずく。
「レイナ、だめなの?」
 まったく変わらぬ愛くるしさで小首を傾げて問う娘に、彼等は笑顔とも畏怖ともつかない、何とも複雑な表情を浮かべる。
「いっ、いや。そっ、そういうわけでは…。
 とっ、とにかく、きっ、今日は帰ってよろしいということでっ…」
「わかりました。
 それでは、連絡をお待ちしてます」
 またわざとらしく、あたしは頭を下げる。
 やれやれ、ビビってるってはっきり言えばいいものを。
 これだからプライドばっかで、実力の伴わない魔道士連中っつーのは困るんだっ。
「さ、レイナ、帰るよ。おじちゃん達にご挨拶して」
「はーい。しゃよーならー」
 可愛く小さな手を振られて、全員乾いた笑いを返す。
『しっつれいしまーすっ!!』
 入り口の所で、双子がシンクロしたように、元気大爆発で手を振っている。
 あたしがドアを出た途端、部屋の中からハデにコケた音がした。
 きっと、威厳を保っていた最後の糸が切れて、ひっくり返ったんだろうな。
 ご愁傷様っ。


 家に帰って、双子から事の次第を聞いたガウリイとガルは、こちらも父子でシンクロするように大爆笑した。
「いいぞ、レイナっ! 楽しすぎっ」
 泣きながら笑いこけているガルに抱っこされながら、またレイナはきょとんとしている。
「だけどなぁー、結局おれたち、協会にかよえるのかな?」
 呟くラーグに、バークが笑う。
「えー、あんな楽しいトコ、めったにないぜ。かよいたいよなーっ」
「あんた達、遊びにいってる気になってない?」
 あたしの指摘に、双子がハモる。
『もっちろん』
 また似たもの父子が大ウケしたのは、言うまでもない。


 3日後―――。
 我が家に2人の来訪者があった。
「リナ=インバース=ガブリエフ殿はご在宅ですかな?」
「は?」
 玄関に応対に出たガウリイが、すっとんきょうな声を上げた。
 そして、一緒に出たガルの顔を見る。
「―――誰だっけ?」
 おいこら、ガウリイっっっ!!
 齢8歳の長男まで、渋い顔を向けた。
「―――父ちゃん……、知らないぞぉー」
 そう言って、ガルはひょいと屈む。
 そこに、あたしが後ろから放った『火炎球』が襲撃した。
 ガウリイは見事に吹っ飛んだ。―――二人のお客と仲良く一緒に。

「いやー、お気になさらないで下さい。単なる不可抗力って奴ですから」
 笑うあたしを二人はジト目で見ている。
 ええい、器が狭いぞ、あんたらっ。
 件〈くだん〉の副評議長と、もう一人は何だか見覚えがあるような気もするが、―――思い出せんなぁ。
 とりあえず格好からすれば、魔道士なのは間違いないのだが。
 世代的には中年位、髪は黒のくせ毛で、マントで目立たないが、かなり痩せぎすの体型。目付きはやたら悪い―――って、これはあたしのせいか。
 その中年魔道士は咳払い一つして、話を切り出した。
「私、ゼフィーリア魔道士本部のカスィーと申します」
 ―――ああなるほど。
 本部所属の会員なら、あっちに行った時に会ってるのかもしれない。
「用件と言うのは他でもありません。
 こちらのお子さんの協会所属のお話ですが―――」
「はあ」
 だからぁ。
 どーして、こういう連中の話ってのは、こんなに勿体つけるんだろう?
 人生、消耗してると思わんのかっ?
「双子のバクシイ君とラグリイ君は、興味深い素材ですので、お預かりさせてもらいます」
「―――レイナの方は?」
 悠長に話されるのはいいかげんキレそうなので、あたしはどんどん話を進めようとする。
「レイナ―――ちゃんは―――、天才ですね」
 そらそうだろう。この天才魔道士のあたしですら、そう思うんだから。
「はい。だから?」
「非常に貴重な逸材だと、本部は判断しました。
 ですから、ここの支部ではなく、本部で本格的に教育したいと言うことで―――」
 ぬぅわにぃぃ?
「ほー、たった3歳の娘を、親から切り離して英才教育すると?」
 あたしは精一杯、平静な声を装って問い掛けた。
「もちろん、それに伴うリスクは承知の上です。
 ですが、あの才能をむざむざ無駄にすることは、魔道士協会の多大な損失ですし―――」
「それで?
 あの娘の情緒面での教育とかはどうなるんですか?」
そんなモノは、あの才能の前では無意味―――」
 ぷち。
「『魔風〈ディム・ウィン〉』」

 どぐわぁぁんっ!

 次の瞬間、体重の軽い中年魔道士は、居間の窓を突き破って姿を消した。
「リ、リ、リナくんっ!!」
 またもや何とか長椅子にしがみついて踏み止どまった老魔道士が、蒼白な顔をこっちに向けている。
「いったい、どーいうおつもりで、あんなたわけ者をお連れになったのか、申し開きしていただけますかぁ?」
 あたしは出来るだけにこやかな口調と笑顔で、目だけはガン付けバージョンのまま詰め寄った。
 たとえ子育てで一線から距離を置いているとは言え、このリナ=インバースをなめくさってもらっちゃー困るぞ。



[つづく]




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