5.末姫様、学びの園へ行く
そのにぃ
「へー、ガル兄達、おつかいなんだ?」
協会に向かう馬車の中、念願の末姫抱っこを勝ち取ったアルが訊いてきた。
もっとも。こんな短距離なら問題なかろうと全員起きているし、末姫効果で馬の機嫌はあっさり全回復、走りは実に軽快で何の心配もないんだが。
「『自分の失敗は自分で始末をつけさせる』んだってさ」
バークが勝手に状況を説明する。
それでも常識派な王子は、あたしと同じ不安に駆られたようで。
そちらは、見透かしたラーグが解説。
「母さんがくわしいせつめいの手紙持たせたから、いくら何でもだいじょうぶだろ?」
「いーのよ。今度いらん騒ぎ起こしたら、『見せしめ食事抜きの刑』にしてやるんだから」
あたしの言葉に、双子は過敏に反応し、末姫はアルにしがみついた。
――我が家で一番効くお仕置きって、やっぱりこれなんかいっ。
魔道士教会の玄関先。
やっぱり予想通り、皆を降ろしてもまだ離れ難い様子の馬達。
けれど一番杞憂だった当のレイナは、ひとしきりすりすりした後、バイバイで馬達を促した。
「テスおじしゃん、おうましゃんたちー、またねー♪」
――『また』?
男の子達とテスも手を振り合い。すっかり専用の騎馬と化した馬達は、ゆっくりと走り出して行く。
なるほど――『また』すぐ会えると思ってるから、淋しくないってか。
今思えば王城での別れ際も、仲良しになったナタリーがいたのにゴネなかったっけ。
実際、アルといい、フィルさんといい、喜び勇んで会いに来てるしなぁ。
「あーあ、かえりは歩きかー、いっつも馬車あると楽なのになー」
バークがかったるそうに呟く。
「いっそ女王さまにたのんで、どれか一頭もらっちゃったら?」
カンタンにむこーいう発想になるのは、やっぱり王族〈アル〉の感覚か。
「わー♪ トリしゃんみたいに?」
「も・ら・わ・な・い」
釘を刺すとブーイングの集中砲火。
「みんないたらたのしいのにー」
「そーそー。ふだんはじーちゃんの店で使えばいいじゃん?」
さすがあたしの遺伝子持ち、こーいう発想方向はミョーに長けてるバーク。
「お城からよばれた時、すぐに行けていいじゃない?」
イヤな方向の状況判断をしてくれるのは、ラーグ。
「そーそー馬車で王城に召喚されるような事態があってたまりますか」
「ホントにないって思う?」
――――ないと思っとけ、今のトコは。
話してる内容はともかく、子供達と揃って馬車を見送る光景はいたって平和だったのだが。
「おはようございます!! リナさん!」
いきなり乱入したのは、受付嬢…えっと、コーシェス。
その勢いにびっくりした鳥が、レイナの肩から舞い上がる。
「もうっ、聞きましたよ! 王城でのレイナちゃんの活躍ぶりっ!!」
すでに情報仕入れていたか。さては独自のネットワークでも確立してあるな?
今も窓越しに目ざとくチェックしてたに違いない。
子供達の前にしゃがみこんで、にぎにぎしぇいくはんど。
「すごかったんだってねー、レイナちゃん♪ 私も見たかったわー♪
お兄ちゃん達も入会おめでとう♪ よろしくねっ♪
おや、こっちの黒髪の坊やはお友達かな?」
「おれたち、はらちがいの三つ子なんだ」
「レイナの4番目のあにきだよ」
「アルおにーちゃまなのー」
「アルディス=フィル=ロッシュ=セイルーンです」
「そうなのー。………セイルーン…?」
ちょっとズレてる説明を、『まー子供だから〜』モードでにっこりスルーしようとしていた顔が固まり――目だけであたしを見上げる。
あの騒ぎの後だ、そりゃストレートに見当は付くだろ。
頷いて見せると、細面の頬に冷や汗一筋。
「し、失礼いたしました! アルディス殿下とは存じませんで…!」
声が裏返ってるって。
まーフツー王族なんて、その辺にほいほい出没するモンじゃないから、当然っちゃー当然か。
しかしここの王家に限っては、そーいうトコ全然抵抗ないし。
「単にお忍びで遊びに来てるだけだから、気にしないで♪」
あたしのフォローも聞こえてないんだか、すっかりパニくってる受付嬢。
それを――ではなく通り越した『背後』を、レイナがじっと見つめていた。
「なんかいんのか?」
バークの声に、全員つられて開かれたままのドアの向こうを注視。
――特に姿や気配はない。
「ボレオおーじしゃーん♪」
レイナの声が、玄関から廊下に響き。
ほどなく奥の廊下から、でかい・ごつい・無愛想の三拍子揃った大男が姿を現した。
単なる通りがかりか呼ばれたのか定かでなくとも、もちろん誰もツッコみゃーしないが、コーシェスだけはさらに呆然として言葉もない。
「――よく来たな」
ちーっとも歓迎してないような口ぶりでも、そこはレイナ、動物との意志疎通は十八番なワケで、
「おはよー、おじしゃーん♪」
嬉しそうに近寄っていく。
続く兄達を、さらに鳥が追い越す。
意外なコトに、ボレオが慣れた仕草で手を差し伸べ――止まらせる。
「おまえ達のか?」
「うん♪ あのね…」
「もしかして、それが女王様から賜ったという貴重な鳥? すごくキレイ…!」
トロい末姫の説明を、復活した受付嬢がかっさらう。
「『ブルー・ラピス』だな」
「おじさん、知ってるの?」
ラーグの問いに頷き――隣にいたアルに目を止めた。
「ちょ…ちょっと、アルディス殿下なのよ! 失礼のないようにね!」
少し離れた所からコーシェスがさかんに両手を振りながら、抑えた声でアピールする。
「――本懐は遂げられたようだな」
「あの時の魔道士どのですね?
そのせつはお世話になりました」
たとえ子供でも一国の王子を見下ろしたまんま会話なんて、無礼大爆発な所業なのだが。アメリアの躾なのか、ゼルの方針なのか、このあたりアルは王族にしてはやたら腰が低い。
「お役に立てたなら何よりだ」
ボレオの反応は――ごく一般的な受付嬢とは正反対――恐縮するでなく謙〈へりくだ〉るわけでなく、平静そのもの。大物なんだか、不遜なんだか、単なる無愛想の延長なんだか。
旬な話題の主達の登場にも、全く動じない仏頂面魔道士にすっかり毒気を抜かれたらしく、本来の仕事を思い出した受付嬢が訊いてきた。
「――今日はどんな御用でしたっけ?」