5.末姫様、学びの園へ行く
そのいち
ぐったり。
「どーした、リナ?」
実家の台所、テーブルに突っ伏してるあたしを見つけた元気度マックスの亭主。
うー、返事をするのもかったるい。
「久々の遠出で疲れたのか?」
あんたもあの姉ちゃんに対峙すりゃー、こーなるわい。
姉ちゃんときたら、あのまま自分のベッドにレイナを運んでしまったのだ。
もちろん、あたしが寝支度させに行かざるを得ないのを見越してのコト。
『じゃあ、パジャマに着替えさせてやってねー、よろしく♪』――なんてのが通用するはずもなく。だからってそのまま寝かせちゃった日にゃ、さらにコワい結果が待ってるのは考えるまでもない。
逃れる術〈すべ〉なし、全力で延々と状況説明させられるハメになったのである。
「今回はいろいろ大変だったからなぁ」
なでなで。
――いつまで経っても、いいかげんにやめろと言っても、このクセは変わらない。
どうやらガウリイにとって、これは最大級の愛情表現らしい。
なでなで……。
ンな何カ所もやらんでも……、…ん?
「おかーしゃん、だいじょーぶぅ?」
横を見ると――いつの間に来たのやら、レイナまで参加してやんの。
懸命に背伸びしても頭まで届かなくて、二の腕辺りをせっせと撫でている。
こーいうトコも、日々父親からしっかり学習してるようだ。
「おはよー、レイナ。
もう髪がちゃんとしてるじゃないか。ルナに編んでもらったのか?」
心配そうな娘を明るくさせようと、話を振るガウリイ。
「おはよー、おとーしゃん、おかーしゃん。
…しょーなの?」
おいおい。
昨日は食事以外ほとんど一日中夢の国だったとゆーに、いーかげん寝過ぎで脳がとろけてないか?
「……一緒に寝てたでしょーに。
服だって新しいのじゃない。着替えもさせてもらったんでしょ?」
いつも自力で着たがる熱意は満点でも、結果がなかなか伴わない末姫。けど今朝は前後も間違いなし、ボタンもズレてない、コーディネイトまでカンペキ。
「……おかーしゃんじゃなかったの?」
「姉ちゃんの部屋には行ってないわよ」
…そんな気力ねぇです。
「……あれー? ……んーとね、ばしゃのなかみたいにゆらゆらゆれてるから、『もうしゅっぱつなの?』ってきいたの。そしたら、『けしゃはゆっくりねてていいからね』って、おかーしゃんが――
――あ、しょっか。あれ、おばしゃんだったんだー」
そりゃ実の姉妹なんだから似ちゃいるんだろーけど、区別つかんほど思いっきり寝ぼけたまんま、身支度されてたんか。
しかも、その後も引き続き寝転けてたと。
―――いつもの姉ちゃんなら、ンなダラりんな朝を姪っ子とて許すはずがない。
らしくなく甘やかしモードなのは、やっぱり心配してた反動なのかな。
「ありがといわなきゃー。おばしゃんは?
おじーしゃんたちもいないね? おみしぇのしたく?」
「ああ、皆で市場だ。朝メシの材料も仕入れてくるってさ」
「おにーしゃんたちも?」
『おーい、レイナぁー! やっと起きたのかー?
馬がさびしがってるぞー!』
玄関の方から、朝っぱらでもいつでも元気満点、野郎ジュニア共の混在した声。
そちら側の窓の外では、テスが思うようにならない馬に難儀していた。
「おうましゃんたちもおとまりしたんだー。
…でも、じゅいぶんごきげんななめみたい。どーしたのかな?」
実は、姉ちゃんの怒気に当てられて、昨夜からずっとあんな状態なのだ。
無理して夜道を走らせるのは事故のモト。幸いこの家には出入りの業者用に簡易宿泊設備があるから、もう一泊となった次第。
「リナの呪文で、えらくビビってたからなぁ」
ばきっ!
脇に鎮座していたガウリイの余計な口を速やかに封じる。
あたしも馬達も心配なのだろう、困り顔で両方を見比べているレイナ。
――ったく、この娘は。
自分が一番心配される立場にいたんだぞ?
「――もう元気になったから、行っといで」
にっこり笑顔で促してやると、満面の笑みを返してぱたぱたと出ていく。
「転ぶなよー」
王城の転倒っぷりを珍しく覚えていたのか、声をかけるガウリイ。
「おまえもなだめられたな」
「――ああでもしないと、いつまで経っても馬車が帰れないじゃない」
くすくすと笑って、もう一度頭を撫でてくる。
「メシ食ったら、オレ達も帰るか?」
「ん――」
なんだか随分長旅をして来た感じよね。
「おー、もう馬達が静かになったか。さすがレイナだ」
確かに――楽しそうな笑い声まで聞こえてくる。
「『赤の竜神の騎士』のプレッシャーを相殺出来るなだめパワーだもの。
馬くらいなんぼのモンなんでしょうよ」
「おまえの子だからなぁ」
「あんたの子だからでしょ?」
これに関しては絶対確信を持って、父親優性遺伝説を主張するぞ。
「あんなに懐きまくってたら、離れたがらないかもな」
思わずガウリイを見上げると、いつも通りのノンキな顔。
「馬車までもらっちゃってどーすんのよ」
小鳥くらいなら子供達で世話出来ようが、馬まで面倒みれるかい!
「――レイナがだぞ?」
―――――――――
ガウリイがぷっと噴き出す。
「やっぱりおまえは変わらんなぁ」
「なぁによぉ! そっちこそっ!」
ともかく、ゴーレムの時のような愁嘆場は避けたい。
「――じゃあ、馬車の帰り道に便乗して、ちょっとだけ魔道士教会に顔出してくるわ。
講義のスケジュールとかもチェックしとかなきゃならないし。
どさくさで気をそらせてる間に、馬にはさっさと退場してもらうとしましょ」
「そっか、じゃあオレはガルとアルディス連れて…」
「あのアルがレイナから離れると思う?
先にあんた達だ――け――」
「どうした?」
「もう一つ問題が残ってた……」
末姫大びいきの『坂の上のじーちゃん』。
あの姉ちゃんでさえあーだったのだ、出かける前の調子からしても、どっぷり無用の混乱に陥ってるのは想像に難くない。
早く自体収拾を知らせに行かなきゃ、あの仏頂面がますます悪化するに違いなく。
―――とは言え、また同じ父子〈メンツ〉に行かせちゃー、さらにいらん騒動の種まきになるのは必至だし………。