3むちのだいけんじゃ0

5.末姫様、学びの園へ行く 
そのいち


 ぐったり。
「どーした、リナ?」
 実家の台所、テーブルに突っ伏してるあたしを見つけた元気度マックスの亭主。
 うー、返事をするのもかったるい。
「久々の遠出で疲れたのか?」
 あんたもあの姉ちゃんに対峙すりゃー、こーなるわい。
 
 姉ちゃんときたら、あのまま自分のベッドにレイナを運んでしまったのだ。
 もちろん、あたしが寝支度させに行かざるを得ないのを見越してのコト。
 『じゃあ、パジャマに着替えさせてやってねー、よろしく♪』――なんてのが通用するはずもなく。だからってそのまま寝かせちゃった日にゃ、さらにコワい結果が待ってるのは考えるまでもない。
 逃れる術〈すべ〉なし、全力で延々と状況説明させられるハメになったのである。
「今回はいろいろ大変だったからなぁ」
 なでなで。
 ――いつまで経っても、いいかげんにやめろと言っても、このクセは変わらない。
 どうやらガウリイにとって、これは最大級の愛情表現らしい。
 なでなで……。
 ンな何カ所もやらんでも……、…ん? 
「おかーしゃん、だいじょーぶぅ?」
 横を見ると――いつの間に来たのやら、レイナまで参加してやんの。
 懸命に背伸びしても頭まで届かなくて、二の腕辺りをせっせと撫でている。
 こーいうトコも、日々父親からしっかり学習してるようだ。
「おはよー、レイナ。
 もう髪がちゃんとしてるじゃないか。ルナに編んでもらったのか?」
 心配そうな娘を明るくさせようと、話を振るガウリイ。
「おはよー、おとーしゃん、おかーしゃん。
 …しょーなの?」
 おいおい。
 昨日は食事以外ほとんど一日中夢の国だったとゆーに、いーかげん寝過ぎで脳がとろけてないか?
「……一緒に寝てたでしょーに。
 服だって新しいのじゃない。着替えもさせてもらったんでしょ?」
 いつも自力で着たがる熱意は満点でも、結果がなかなか伴わない末姫。けど今朝は前後も間違いなし、ボタンもズレてない、コーディネイトまでカンペキ。
「……おかーしゃんじゃなかったの?」
「姉ちゃんの部屋には行ってないわよ」
 …そんな気力ねぇです。
「……あれー? ……んーとね、ばしゃのなかみたいにゆらゆらゆれてるから、『もうしゅっぱつなの?』ってきいたの。そしたら、『けしゃはゆっくりねてていいからね』って、おかーしゃんが――
 ――あ、しょっか。あれ、おばしゃんだったんだー」
 そりゃ実の姉妹なんだから似ちゃいるんだろーけど、区別つかんほど思いっきり寝ぼけたまんま、身支度されてたんか。
 しかも、その後も引き続き寝転けてたと。
 ―――いつもの姉ちゃんなら、ンなダラりんな朝を姪っ子とて許すはずがない。
 らしくなく甘やかしモードなのは、やっぱり心配してた反動なのかな。
「ありがといわなきゃー。おばしゃんは?
 おじーしゃんたちもいないね? おみしぇのしたく?」
「ああ、皆で市場だ。朝メシの材料も仕入れてくるってさ」
「おにーしゃんたちも?」
『おーい、レイナぁー! やっと起きたのかー?
 馬がさびしがってるぞー!』
 玄関の方から、朝っぱらでもいつでも元気満点、野郎ジュニア共の混在した声。
 そちら側の窓の外では、テスが思うようにならない馬に難儀していた。
「おうましゃんたちもおとまりしたんだー。
 …でも、じゅいぶんごきげんななめみたい。どーしたのかな?」
 実は、姉ちゃんの怒気に当てられて、昨夜からずっとあんな状態なのだ。
 無理して夜道を走らせるのは事故のモト。幸いこの家には出入りの業者用に簡易宿泊設備があるから、もう一泊となった次第。
「リナの呪文で、えらくビビってたからなぁ」
 ばきっ!
 脇に鎮座していたガウリイの余計な口を速やかに封じる。
 あたしも馬達も心配なのだろう、困り顔で両方を見比べているレイナ。
 ――ったく、この娘は。
 自分が一番心配される立場にいたんだぞ?
「――もう元気になったから、行っといで」
 にっこり笑顔で促してやると、満面の笑みを返してぱたぱたと出ていく。
「転ぶなよー」
 王城の転倒っぷりを珍しく覚えていたのか、声をかけるガウリイ。
「おまえもなだめられたな」
「――ああでもしないと、いつまで経っても馬車が帰れないじゃない」
 くすくすと笑って、もう一度頭を撫でてくる。
「メシ食ったら、オレ達も帰るか?」
「ん――」
 なんだか随分長旅をして来た感じよね。
「おー、もう馬達が静かになったか。さすがレイナだ」
 確かに――楽しそうな笑い声まで聞こえてくる。
「『赤の竜神の騎士』のプレッシャーを相殺出来るなだめパワーだもの。
 馬くらいなんぼのモンなんでしょうよ」
「おまえの子だからなぁ」
「あんたの子だからでしょ?」
 これに関しては絶対確信を持って、父親優性遺伝説を主張するぞ。
「あんなに懐きまくってたら、離れたがらないかもな」
 思わずガウリイを見上げると、いつも通りのノンキな顔。
「馬車までもらっちゃってどーすんのよ」
 小鳥くらいなら子供達で世話出来ようが、馬まで面倒みれるかい!
「――レイナがだぞ?」
 ―――――――――
 ガウリイがぷっと噴き出す。
「やっぱりおまえは変わらんなぁ」
「なぁによぉ! そっちこそっ!」
 ともかく、ゴーレムの時のような愁嘆場は避けたい。
「――じゃあ、馬車の帰り道に便乗して、ちょっとだけ魔道士教会に顔出してくるわ。
 講義のスケジュールとかもチェックしとかなきゃならないし。
 どさくさで気をそらせてる間に、馬にはさっさと退場してもらうとしましょ」
「そっか、じゃあオレはガルとアルディス連れて…」
「あのアルがレイナから離れると思う?
 先にあんた達だ――け――」
「どうした?」
「もう一つ問題が残ってた……」

 末姫大びいきの『坂の上のじーちゃん』。
 あの姉ちゃんでさえあーだったのだ、出かける前の調子からしても、どっぷり無用の混乱に陥ってるのは想像に難くない。
 早く自体収拾を知らせに行かなきゃ、あの仏頂面がますます悪化するに違いなく。
 ―――とは言え、また同じ父子〈メンツ〉に行かせちゃー、さらにいらん騒動の種まきになるのは必至だし………。



[つづく]




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