4.末姫様、雑貨屋へ行く
そのにぃ
『んー?』
顔を見合わす仕草までそっくりでやんの。
記憶力は一応勝る息子が答えて。
「ひつよーなコトは言ったと思うけど?
『アヤシいおえらいさんのぐんだんが、レイナに目ェつけた』だろー?
……んーと、『魔法を教えるのにさらっていこーとしてる』。
『じょおーさまがお城に来いってゆーから、みんなで行って、けっちゃくつけてくる』。
ほら、ちゃんと伝えてるじゃん?」
「要点さえ落ちてなきゃいいってモンじゃなーいっ!!
ワザワザ煽ってどーするっ!!」
孫バカップルにとっては、そりゃー激怒モンだろう。
「ガウリイっ!
何で止めなかったのよっ!?」
「いやー、だってなぁ。特に間違ってないし?」
「……あんた等に頼んだあたしがバカだった……」
脱力しているあたしの後ろで、またもひそひそ話す弟達。
「そもそも、父さんと兄ちゃんにたのむのがまちがってるよなぁ」
「ガブリエフ家で、いちばんふてきとうな伝れいコンビだろうに」
「そこは、母さんもどうようしてたってコトじゃん?」
………………………ほおぉ?
「だって、そーいうコトだろ?」
「なあ」
さらに飄々と言ってのけるか、この役立たず父子は。
「『なあ』じゃないっっ!!
『破砕鞭〈バルス・ロッド〉』っ!!」
一薙ぎで男共に天誅を加えると、牛がビビって逃げ出した。
馬も前足を降り上げていななくのを、テスが必死に手綱を引いて止める。
ため息を吐きながら、
「やれやれ、明日朝一番で報告に行かなきゃ……」
思わずぼやくと。
追いかけようと踏み出したワンディルが一歩戻って。
「早い方がいいと思うぞー、何せルナがなぁ」
ぎくっっっ!!
「……ね、姉ちゃん……が?」
「落ち着いちゃいるんだが、何かこう――『近付くなオーラ』出してるっつーか」
うわあぁっ!?
「――ルナおばさん、あれでしっかりレイナをかわいがってるから」
コケたまま顔だけ上げて、ぽそりと呟く分析屋ラーグ。
背中に冷や汗が流れ落ちる。
「テ、テ、テスっっ! ち、ち、ちょっと寄り道頼むわっ!!」
あたしのうろたえぶりにただ事ではないと悟ったのか、あっさり承知してくれるテス。
雑貨屋にたどり着いたら、ちょうど店じまいにかかっている所だった。
ワンディルが言ったのは全然誇張じゃなく、馬車を見つけるやいなや、二親揃って血相を変えて走り寄ってきた。
「おい! リナっ!?」
「レイナは? どうなったの!?」
「はいはーい、二人とも落ち着いて落ち着いて。
ガウリイっ!」
「はいよ」
一足先に降りたあたしの合図で、馬車から末姫と人型クッションが顔を出した。
一転喜色満面になった父ちゃんは、覚醒の呪文をかけようとするのを押しのけて、可愛い孫娘を奪い取る。
横からひとしきり撫でながら様子を見た母ちゃんが、あたしに詰め寄ってきた。
「ちょっと! この子具合が悪いんじゃないだろうね?」
「違う違う。あのねぇ…」
説明してる間に、男の子達もわらわらと飛び出してくる。
「ただいまー、じーちゃん、ばーちゃん」
「おかえりー。あら、アルも一緒なの?」
「おひさしぶりです、大お母さん」
「いらっしゃい。ゆっくりしていきなさいね」
新入キャラの鳥は、騒乱の中なかなか末姫に近づけず、上を飛び回っている。
「あれは?」
「じょおーさまから、レイナにプレゼントなんだー」
バークの誇らしげな物言いに、母ちゃんはにっこりと笑った。
「おや、まあ。じゃあ、無事にすんだんだね」
どうやら心配度数は父ちゃんの方が上だったようで、こちらはすでに平常モードに近付いてる。
――いや案外、不毛な取り合いより、後からぶんどって独占しようと思ってるのかも?
「ばーちゃん、ルナおばさんは?」
「ばっ…!」
わざわざヤブをつつくな、長男坊っ!
「さっき帰ってきて、夕食の支度をしてるはずだけど――」
と、振り返った先に。
夕焼けの光の中、エプロン姿で仁王立ちしている――赤の竜神の騎士の姿。手には包丁。
うひゃあっっっ!!
敏感な鳥が真っ先に危機を感じらしく、ぱっとガウリイの肩に降りて、髪の中に隠れた。……安全地帯なのか?
「おかえり、リナ。みんな」
静かなる声。
裏腹にものすげー圧迫感。
一同たじろぐ中、ゆっくりと歩を進め、レイナを抱いた父ちゃんの横で止まる。
「何もかも、きっちり片付けてきたのかしら?」
一言ごとに全身を悪寒が駆け抜け、鳥肌が立つ。
「も、も、も、もちろ、もちろんっっ!」
唯一人、末姫だけが超至近距離の姉ちゃんオーラをものともせず、今だにすぴょすびょ寝息を立てている。
うーみゅ、父親以上のタフさだ……っちゅーか、輪を掛けて神経配線どーかしてるっちゅーか。
姉ちゃんは、タフな姪の髪をなでながら――
「それは何より――ね。
ちゃんと状況を説明していかなかったコトを除けば――だけど。
これから、その分も含めて、しっかり報告してくれるんでしょう?」
…にっこり笑顔がコワすぎです、お姉様。
ひたすら壊れた道具のように頷きまくるしかないあたし。
誰も無駄口叩く余裕はなく、馬もテスもすっかり凍り付いている。
これからいったい何が出てくるか、恐怖におののいていると―――
ふわ。
唐突に、辺りのピリピリした緊張感が相殺され――おだやかな空気が優勢になっていく。
「………ふみゅぅ………」
あり得ないコトが起こっていた。
それでなくても目覚めの悪い末娘が。
覚醒の呪文もかけていないというのに、とろんと半目を開いているのだ。いつものごとく、笑みを浮かべて。
「………おばしゃーん………、
………トリしゃんが……こわがってる……よぉ……。
……だいじょーぶだよ………、
……おばしゃん……とっても…やさしいん……だから………」
寝言――そう、まるっきり寝言を呟く。
「……ね?」
この常春攻撃には毒気を抜かれたか、さすがの姉ちゃんも。
ふっと息を吐いて苦笑すると、あっさり尖っていた『気』を引っ込めた。
レイナは満足気ににこーっと満面の笑顔になったと思う間もなく、また瞼を閉じ。
あとはもう、くーくーと気持ちよさげな寝息が続くばかり。
「……はぁ?」
間の抜けた声を漏らしたのは、父ちゃんだった。
「……今って、寝てたのか? 起きてたのか?」
ガウリイの問いに、あたしは肩をすくめて、ラーグを見た。
「『眠り〈スリーピング〉』のこうかより、ルナおばさんの『気』と、トリの『たすけて』ってひめいの方がかったってコトじゃない?」
「――レイナはだれでもまもろうとするからなぁ」
「起きちまうならわかるけど、またねるなよー」
「そりゃー、レイナだから」
男の子達の言葉に、ガウリイがうんうんと頷く。
「赤の竜神の騎士にも負けないのかー、まさに無敵だな」
――確かに負けてない。勝ってもいないけど。
姉ちゃんのあの『気』をあっさり中和出来るだけでも、十分とんでもないが。
「遠出で疲れてるんでしょう。中で寝かせてやるわ」
姉ちゃんは有無を言わさず、頼もしすぎる姪っ子を受け取り。
「あんたもいらっしゃい」
ガウリイの髪の間から顔を出していた鳥に向かって呼びかけた。
レイナのように会話が成立しないのか、まだ怯えているのか、相当戸惑っているようだ。ガウリイにも促されて、ようやく飼い主の上に移動する。
そのまますたすたと家に向かってしまう姉ちゃん。
後を父ちゃん達が追って行く。
当然、ガウリイや息子達も後に続こうと――
「あんた達は待ちなさい」
今度はあたしが仁王立ちして、背後から言い放つ。
「余計に騒ぎを大きくしたバツよ。
テスと一緒に、家まで戻って荷物置いてらっしゃい。
ちゃんと片づけて、風呂と着替えも済ませてくること」
『え〜〜〜!?』
「やかましい!
それくらいで済ませてあげるんだから、ありがたいと思いなさいっ!!」
問答無用の命令に、男の子達は渋々馬車に戻る。
「ってコトで、もうひとっ走り頼むわね、テス。
今晩は、ここに泊まってっていいから」
すっかりパワフルな親族模様に圧倒されていたテスは、引きつった顔で頷いた。
「がんばってこいよー」
あたしの横で、のほほんと言うガウリイ。
「………なに一人で部外者モードしてんのよ?」
「へ?」
「あんたが一番責任重いでしょうがぁぁぁぁっ!!!
『振動弾〈ダム・ブラス〉』っ!!」
どっかーーーん!!
暮れかけた夕焼けの中、狙い違わず、我が家の方向に吹っ飛んでいくガウリイ。
「さー、ガウリイは一足先に行ったから、あんた達も急ぎなさいねぇ」
怯えるように駆け出した馬車を見送りながら、あたしは姉ちゃんへの説明にちょっと…かなりブルーになっていた。
これに比べたら、魔道士教会とのバトルなんか可愛いモンだったよなぁ………。