4.末姫様、雑貨屋へ行く
そのいち
で、翌朝。
今回の主役・末姫が、予想通り女王やフィルさんを始めとして、ナタリーやゴーレム達ともたっぷり別れを惜しんでる間に、またテスが同じ馬車で迎えにやって来た。
ガウリイと二人で荷物を積み込んでいると――。
「これはどちらに積んだらよろしいですか?」
「へ?」
振り返れば、何やら包みを抱えたメイドさんの一群。
「何です、それ?」
「お弁当です。
女王様とフィリオネル陛下からのお達しで、運んで参りました」
夫婦で顔を合わせ、場所を譲ると、ノーマルな家族なら信じられないほど山盛りの量が、次々に積まれていく。
そして、最後尾に付いていた赤毛のメイドさんは、リボン付きの包みを大事そうに抱きながら、馬車の脇に立っていたあたしに近付いてきた。
「リナ様、レイナ様はどこにおいででしょう?」
「あれ、その辺にいません?」
見渡すと――レイナどころか、男の子達の影すらない。
反対側にいたガウリイに答えを求めると、苦笑して首をすくめる。
ええぃ、もう出発だってのに、どこを闊歩してんだあの爆走軍団はっ。
状況を察したのか、メイドさんはあたしに包みを差し出した。
「では、これをお渡し願えますか?
使用人一同からのお礼です」
「は?」
メイドさんはにっこり笑い、
「『楽しいダンスパーティをどうもありがとう』、とお伝えください」
会釈すると、そのままお城に戻っていった。
――この匂いから察するに、どうやらお菓子のようだが……。
ずいぶん律儀だなぁ。
「あれ、入れ違いだったな」
別の方向からわらわらと駆け寄ってくる子供達に、一発カミナリ攻撃。
「あんた達、勝手にどこを飛んで歩いてんのよっ!
さっさと馬車に乗んなさい!」
てんでにちっとも懲りてない返事をしながら、前から後ろから乗り込んでいく男の子達。
末姫は小鳥付きでとことことガウリイの所に行き、定番抱っこでご乗車。
続いて乗り込んだあたしに、くっついて来て。
「おかーしゃん、ごめんねぇ。
あのね、みんなでね、にわしのおじしゃんのトコにいってきたのー」
そんなトコまで別れを惜しんできたんかい。
「鳥のせわ、ちゃんとおしえてもらったほうがいいと思ってさ」
前の方にいるラーグが言う。
「わざわざ聞かなくても、鳥の世話なんかそんなに変わんないでしょーに」
「だって、ヘタしたらこくさい問題になりかねないよ。
やんごとなき出自だっていうし、ちゃんと面倒見れないような3つの子供に渡したのはむせきにん、とかになっちゃったら、女王様のメンツにもかかわるでしょ?」
そっち系には詳しいアルが、隣から理論武装で強化する。
まーそーはそーなんだが。ラーグだけでも十分なのに、アルが加わるとますます子供らしくなさが増幅するなぁ。
「こっそり行かないで、オレでも一緒に連れていけばよかったのに」
無論、父親のこんな意見に、子供達の誰一人として同意するワケもなく。
――ガウリイの脳天気な認識の方が、よっぽど子供みたいだ。
「あのねー、にわしのおじしゃんがね、レイナに、『トリしゃんのなまえつけなさい』って」
どーりで誰も固有名詞で呼ばないと思ったら――ハナからなかったんかい。
ま、沢山いる鳥達にイチイチ名前を付けるのも面倒なんだろうが――。
「でもね、でもね、『あたらしいごしゅじんにかわいがってもらうんだぞ』って、どーいうことなの?
トリしゃんはレイナのおともだちなのにね」
あははは……。
これには、もれなく全員苦笑するしかない。
さすがのにーちゃん達も、この感覚のズレを納得させるのは難しかろうなぁ。
見送りに出てきたナタリーやフィルさんとさかんにエールを交わしながら、あたし達は帰路に就いた。
別れの余韻もなんのその、ウチの子供達はもちろん、堅苦しい王宮から解放されるアルも嬉しくて仕方ないらしく、晴れて一家の仲間入りをした鳥を交えてはしゃぎまくっている。
「レイナちゃん、大活躍だったな」
「ふみゅ?」
テスが楽しそうに、横から顔を出しているレイナの頭を撫でた。
「ま、レイナのおかげでしばらく女王さまも、わだいにはことかかないだろうね」
宮廷慣れしているアルが、また苦笑い。
「どーして?」
どこまでも自覚ないし。
「また来いよ!」
途中、すれ違いざま手を振ってくる使用人達。
「だれだ、あれ?」
「知らねー」
訝しむ男の子達に、テスが大らかに笑う。
「あの突発ダンスパーティ、皆えらい喜んでさ。
発案がレイナちゃんだってんで、城中持ちきりだったんだぞ」
「あ、そーだ。これ預かったわよ」
レイナに事情を話して包みを渡してやると、満面の笑みが浮かぶ。
「しょっかー、みんなたのしんでくれたんだー(はぁと)」
「俺も滞在延長分、余分に休暇ももらえたし。
こんなに美味しい仕事は初めてだなぁ」
「おうましゃんも?」
「ああ、みんなで遊んでくれたからな」
状況さえわかれば、何でも楽しんでしまう我が家のチルドレンぷらすワン。
門を出るまでの間、すれ違う人々と手を振りまくり。
まるで有名人のお見送り状態。
どうやらたった一度の登城で、ウチの一家はすっかり人気者になったようである。
往路でしっかり学んだ分、十分に対策した復路は順調に行き。
城を後にして早々に、末姫は呪文で夢の中へ。
鳥はレイナからしっかり状況を伝達されたようで、不安がって城に戻ろうとする気配もなく、ガウリイや男の子達と戯れている。
唯一、アルがレイナの支え役をしたがってゴネたものの、これは兄軍団によってあっさり却下された。
昼食をゆったり取ったとゆーに、我が家の近くまで来た時点でも、夕暮れまでまだ多少間があるくらいだった。
がっくん!
唐突に、馬のいななきと共に馬車が急停車した。
反動でつんのめる一同。
さすがの運動神経の化け物・ガウリイと抱っこされてた末姫、宙にいた鳥以外は軒並みダンゴ状態。
「ちょっ、ちょっとテス! どうしたのよっ!?」
「すまん、すまん。牛が横断してきてな」
前を覗いてみれば、なるほど牛の集団が帰路の真っ最中。
その後ろから、中年男が杖を振りながら付いてきた。
「わりぃな、ちょい待っててくれ――って、リナん家かよ?」
「なんだ、ワンディル、あんたなの?」
あたしが馬車の前から顔を出すと、見慣れた牧場主が笑顔で答える。
「よくウチだってわかったわね」
「何言ってやがんだい。
立派な馬車がレイナを迎えに来たって、ここいら中で大騒ぎになってるってのに」
――まあ、あの状況ならそー思われてもしょーがないか。
「なんだー、ワンディおじさんじゃん」
バークがあたしの横から覗き込んできた。
「牛しゃに帰るとこ?」
ガルが続く。
「おー、にーちゃん達も一緒か。
――それじゃあ、レイナは置いてきたんだ。淋しくなるなぁ」
「ちょっと!
何でそーいう結論になるワケっ!?」
「違うのか? にしては、牛が反応してないじゃないか?」
「はあ???」
「よぉ、ワンディルじゃないか」
ガウリイに抱っこされて登場した眠り姫に、牧場主は得心したような表情になった。
「なーる。レイナはおねんね中か。それならな」
「あのねぇ、質問の答えになってないんだけどー?」
ガウリイとノンキに挨拶を交わしている脇から訴えると、代わりにラーグが答えてきた。
「ワンディおじさんちのほうぼく地に、おれたちよくあそびに行くからさ。牛とも仲よしなんだよ」
なーる。どーりでレイナがあの牛小屋突入をためらわんかったワケだ。
「レイナがいると牛があつまるんで、よく牛しゃにもどすの手伝ったりしてさ」
バークが得意気に捕捉してきて、ガルは近付いてきた牛をノンキに撫でている。
「ほー、ウチの子をそんなに便利に使ってくれてたなんてぇ。
あたしぜんっぜん知らなかったわぁ、ワンディルぅ?」
牧場主ののんきな笑顔が凍り付いた。
「い、いや、レイナが呼ぶと勝手に懐いてくから、なぁ。
とっても助かってるんだ、うん」
「ほぉ。じゃあ、今度はミルクでも持たせてやってくれるわねぇ?」
「あ、ああ、も、もちろんっ」
大人の会話の背後で、ひそひそ会話を交わしている腹違いの三つ子達。
「リナおかーさん、あいかわらずのガメツサだねぇ」
「いやー、ここしばらくはそーでもなかったんじゃないか?」
「そこはほら、レイナのコトが片付いたから、いつもの調子にもどっただけだろ?」
「『氷霧針〈ダストチップ〉』」
ぱきぱきぱき。
『てててててて!』
「あーあ」
氷の針をおしおきにくらって悶える弟達に、長男坊がぼやき。冷や汗かきつつ、ワンディルが慌てて。
「い、一件落着したなら、店に知らせに行ってやった方がいいぞ。
店長なんかずっと騒ぎまくってるぜ」
「――ちゃんと知らせにやったわよ?
何も無駄に騒ぐコトなんか――」
――ん?
そーいや、知らせに差し向けたのは誰だったっけか?
サイドを見ると目に入ってくる一卵性父子。
「……あんた等、じーちゃんに何て伝えたワケ?」