3.末姫様、王城へ行く
そのじゅうに
いつになく大人しくしていたあたしが急に大きな声を出したので、一同が注目する。
その驚きようだと、ヒトが考えにふけってるのを勝手に劣勢だと解釈してたな?
気にせず立ち上がると、そのまま続ける。
「たとえどんなご立派な教師や世話係が付いたって、それが何になります?」
『レイナだけ、とおくへいくんじゃないよね?』
レイナの不安そうな顔が浮かぶ。
「あの娘は一時も一人でいたくないような淋しがりで、とっても甘えん坊です。
だけど、何でも自分のことのように嬉しがったり、悲しがったり出来る優しさも持ってる」
――親のあたしとガウリイがいて、そんなコトさせないから。
「何より肝心なのは、誰よりもあたし達家族を大好きで、必要としているまだたった三歳の子供なんだってこと。
子供に必要なのは、ご立派な理論でも環境なんかでもない。
ただ、無条件に抱きしめてやる、見返りを求めず一緒に歩んでやる存在なんです」
もう時間の無駄遣いにも、立て前だらけの主張に付き合うのも飽きた。
レイナがどんな才能を持っていても、どんな人間に育とうと、そんなコトは後でいい。
あたし達にとって、兄ちゃん達と同じにかけがえのない子供だってコトが一番大事なんだから。
「この世のどこに、あたし達以上にあの子の全部を受け止めて、慈しんでやれる人間がいるって言うんでしょ?」
これから過ごす全ての時間が大切。ムダなコトなど少しもありゃしない。
赤の他人に譲ってやる義理など、これっぽっちもあるもんですか。
「あなた方はとうの昔に成長が終わってるから、すっかり忘れ去ってるかもしれませんけど――。子供はね、今この瞬間にだって、ずんずん育ってるんですよ?
こんなしのごのノンキに語り合ってるのに付き合ってたら、決まった頃には大人になっちゃってますって」
もちろん、子供はいつまでも子供のままじゃない。いつか否応なく変わっていく時は来るだろう。
けれど――それを選んで決めてくのは、当の子供達だ。
あたしやガウリイでも、ましてや他人なんかじゃない。
「だいたい、子供なんて、止めたって勝手に走って行っちゃうモンだから。
長じて自分の行く道を決めて、あたしが教師じゃ物足りなくなったら、あの子が自分で師匠を探せばいい。それだって、あの子の修行の一つです。
――それでいいでしょ?」
あー、すっきりしたっ。
言いたいコトを言い切って、深く息を吐くと。
静かになった一同の中、女王は頷き、フィルさんはぱんぱんと手を叩いて。
「魔道士協会の諸侯。これでもうよろしかろう?
もし、どうしてもあのような幼子から家族を奪うことを、少しも哀れと思わぬような心なき所業をなさると言うなら――家族共々我がセイルーンに招き入れたいと思う」
一斉にざわめきが起こる。
あらら、この辺までフィルさんにしっかり伝わってたのね。
「もともと、儂を含め親同士もつき合いがあり、孫であるアルディス王子やエリディア王女とも兄妹同然の娘御ゆえ、我が国では何の問題もないのでな。
リナ殿にも異存はなかろう?」
フィルさんが目配せを送ってくる。
「ええ、もちろん」
あたしも笑顔で深く頷いて見せる。
――ちっとも異存ないのは、多分フィルさんとアル&エリの兄妹なんだろうなぁ。
ゼルとアメリアは失笑するだろうし、第一王女に至っては何言われるやら。
それに、こんなコトをウチの孫バカ父ちゃん達に言った日には、思いっきり激怒るに違いない。
特に姉ちゃんは――姉ちゃんなりに甥姪達を可愛がってる分、ちゃんと収拾付けられなかったあたしにとばっちりが来るか、女王の臣下か協会のどっかの役職にしわ寄せが行くか――考えるだにコワい。
続いて、女王が静かにのたまう。
「フィリオネル陛下には申し訳ないが――そのようなことにならぬよう、望みます。
妾はあの幼子をいたく気に入りました。
このまま手元に置いて、家族の庇護のもと、どのように育つか見届けてみたい。
よろしいかの? 諸侯」
あたしの演説と、見かけはどうあれ――ダブルな王達の進言は、えらいプレッシャーになったようである。
完全承服にはほど遠かったろうが、しぶしぶ彼等は納得したのであった。
めでたし、めでたし。
解放されると、あたしはまっすぐに家族の所に向かった。
アーリエを捕まえて聞いたら――、もう辺りはすっかり暗闇、宴の後片づけも済んじゃってるというのに、まだ庭にいるという。
まだ遊び足りないんだろうか? 子供はもう外にいる時間じゃないぞ。
さっきの余波か――何だかみんなに会いたくて仕方ない。自然早足になる。
来賓が来ているせいか、城の中は魔法の明かりがあちこちに灯されているが、庭の方は要所にいくつかあるだけだ。
一カ所やたらと灯ってる所があると思ったら――下に一団が陣取っていた。
さては自力で明かり確保したな?
「おーい、リナ!」
夜目の利くガウリイには、すぐにわかったらしい。
「おつかれー、母ちゃん」
真っ先に立ったのは、反応のいいガル。
続けて双子とアルが続く。
「おかーしゃんっっ!」
暗がりの中、レイナがぱたぱたと駈け出してきた。
「レイナ、あぶないよっ!」
相変わらず心配性なアルの声。
ガウリイがフォローするように追いかけ始め――。
何にもないとこでけっつまずくレイナである。薄暗がりなんぞトラップのようなモンだろう。
案の定転びそうになったのを、ガウリイが背中から、あたしが前方から受け止める恰好になった。
「おかーしゃん♪」
そのまま包み込むように抱きしめてやると、ガウリイの右腕があたしごと抱きしめてきた。
その抱擁と、いつものように柔らかな娘の頬ずりが、無性に心地良くて。
「お待たせー」
「もうおはなしおわったの?」
周りにわらわらと集まってくる兄ちゃん達。
「うん、片付いたわよ、もう大丈夫だからね」
「じゃあ、丸くおさまったってこと?」
察しのいいラーグの問い。
「もっちろん。全部ねっ♪」
にっこり笑って親指立てて見せると、一同から歓声が上がった。
「やったあ、母さん、エラいっ!」
「よかったな、レイナっ♪」
「うんっ♪ ありがとー、おかーしゃんっ♪」
抱き合い、はしゃぎまくる皆に、今度はあたしも便乗する。
誰もいなくなった庭に、声が響き渡り。
まるで再びダンスパーティが始まったようだった。
みんなにもみくちゃにされながら――あたしは、自分がこんなに喜んでいたのかと再認識していた。
ひとしきりもみくちゃになってると、フィルさんもやってきた。
「おじーちゃま♪」
勢いのまま、子供達が駆け寄っていく。
「よかったな、おまえ達」
後ろにいたあたしとガウリイに、子供達を愛でながらフィルさんが声をかけてきた。
「今晩はここに逗留するのかね?」
「ええ、もう帰るには遅いし――、フィルさんは?」
「儂もだ。――それでな、リナ殿、ガウリイ殿」
「はい?」
「女王陛下にはもう部屋を頼んでおいた。
今宵は子供達と一緒に寝てもよいかな?」
『――はあ?』
「せっかく久しぶりに会えたのに、ゆっくり話をするヒマがなくて淋しくてなぁ」
シンクロよろしく、思わず顔を見合わせるあたし達。
「い、いいですけど――多分大騒ぎになりますよ?」
別に異論はないが――
男の子4人に末姫がフィルさんとセットなんて、このまま寝室でもはしゃいでくれと言わんばかりじゃないか。
「なんの。レイナが寝付けば、皆安眠確実だて」
豪快に笑い飛ばすフィルさんに、あたし達は苦笑するしかない。
実際あのほやほや幸せウェーブ全開でレイナが横で寝てると、こっちまで安眠へと誘われてしまうのは否定しないが――。
それに負けないと言えば、夜のガウリイくらいな……おっとっと。
ま、今日は子供達テンション上がりまくりだから、エネルギーが切れたらぱったり墜落睡眠だろうし、フィルさんならそれまで相手をしても壊れたりしないから、いっか。
「よーし、おまえ達、許しはもらったぞ。一緒に戻るとしよう♪」
「フィルじーちゃんと一緒にねていいのっ?」
「わーい、久しぶりじゃん♪」
「ウチに来た時みたいだな〜」
「みんないっしょ♪ いっしょ♪」
喜んでいたレイナが、ふと気付いたように横の動く鎧に問う。
「ナタリーは?」
「あたしはちゃんと部屋があるから大丈夫よ、レイナちゃん(はぁと)」
あたしもふと気付いて、娘に問う。
「そーいえば、あの鳥は?」
「トリしゃんは、ひがしずんだらおやしゅみなしゃいなんだって〜」
「あ、さよか」
「ゴーレムしゃんはいっしょにねれない?」
一同がぷるぷると揃って首振り。
「だめなの?」
ああ、もうっ。
――いつかこの父親譲りの天然ボケが治まる日が来るんだろうか……?
ゴーレム達の所に寄って行くレイナ。
「じゃあ、ゴーレムしゃんたち、おやしゅみー。
あした、レイナが『おはよー』っていったら、またあしょんでね♪」
にっこり笑って末姫が言うと――、ゴーレム達はこっくりとうなずいてから、ぴったり動きを止めた。
―――どこまで芸達者に出来てるんだ?