3.末姫様、王城へ行く
そのじゅういち
「……………よね」
「なんだって?」
ガウリイが屈むような恰好をして、あたしに顔を近づけてきた。
身体を引くと、さらに傾きが大きくなる。
つま先が地面に着いた感触。
「『風魔咆裂弾〈ボム・ディ・ウィン〉」
一瞬の声を残して、不埒な亭主は星になった。
あー、すっとしたっ。
周りも多少吹っ飛んだろうけど――気にしない、気にしない。
――あれ?
砂埃と群衆が入り乱れちゃってイマイチはっきりしないけど、術のワリには被害少ないような――?
「おかーしゃ〜ん。
おとーしゃんもどってきた〜?」
あたしから遠巻きになってざわめいてる人垣の中から、また緊張感のカケラもない我が娘の声が聞こえてきた。
頭の上からするってコトは、『浮遊〈レビテーション〉』で飛び越してきたのか?
「大丈夫よ、すぐ復活するから――うはぁ!?」
振り返ると、肩に小鳥オプション付きの小さな娘――を抱っこした土ゴーレムが立っていた。
「――いつの間に、そんな芸まで仕込んだわけ?」
恐るべき魔道士のタマゴは、楽しそうに笑いながら。
「んーとねぇ、おかーしゃんのじゅもん、みんなにとどかないようにしたら、レイナしゅこしくたびれちゃったの。
そしたらね、ゴーレムしゃんがおかーしゃんたちのとこにいくのに、だっこしてくれるって♪」
――――。
このぐらぐら感は、地震じゃないわよね。
許容範囲越えて、めまいがしてるのよね、きっと。
――――ん?
「ちょ、ちょっと待って。
『届かないようにした』って?」
「うん、ひろがったら、しぇっかくおどってるみんなまで、とんでっちゃうでしょ?
だから、かじぇしゃんにきえてもらったの。
おとーしゃんだけなら、へいきだから」
「………ガウリイはいいわけ?」
どこまでもあどけなく、その実マテぃなコトを平気でのたまう小さな娘は、きょとんと大きな目を見開き。
「だってー、おとーしゃんなら、いっつもげんきでしゅぐにかえってくるもん。
おにーしゃんたちも、おとーしゃんならじゅもんかけていいっていってたよ?」
――――――――我が家における、父親の認識って……
人垣越えに手間取ったのか、遅れてわらわらと、男の子達が駆け寄ってくる。
「父ちゃん、帰ってきた?」
「今日はいい飛びっぷりだったから、まだ無理だって」
「なぁんだ、トロくなったんじゃねぇの?」
「あんた達ねぇ……」
この調子で妹に吹き込んでたワケかい。
一人、アルだけがため息まじりにしみじみと呟く。
こんな仕草は、父親のゼルによく似てること。
「ほんとにガウリイお父さんはじょうぶだよねぇ。
父上も『むかしはあいつよりじょうぶだったぞ』っていってたけど――、ほんとかなぁ」
待て。
昔のゼルって、合成獣〈キメラ〉バージョンじゃん。
それと比べるのは、根本から間違ってるって。
「しょっかー、『おとーしゃん』って、みんなとってもじょーぶなんだねー」
また誤解度増してるし。
「あのねぇ、レイナ――」
アルの母方の血筋の方がよっぽど丈夫だぞ、という前に、ゴーレムが何かを指――はないか――射した。
「あ、おとーしゃんだ、おかえり〜♪」
ゴーレムに抱っこされた幼女が嬉しそうに手を振るのは、さすがに目立ちまくるコトこの上なく、群衆も揃ってそちらの方向に視線を向ける。
遙か彼方から全力で元気に駆け戻ってくるガウリイの姿に、ノーマルな民達のどよめきがテンションアップ。
いつも通りに、多少汚れてる以外はどこも壊れてる様子もありゃしない。
我が相棒ながら、本当に丈夫なこったなぁ。
この調子だもん、子供達が誤解してもしょーがないか。
「元気でおかえりー、ガウリイ」
「あのなぁ、リナっ!!」
にっこり笑うあたしに、ずずぃっと迫ってくるのもいつものパターン。
「おかえりなしゃい、おとーしゃん♪」
「おう♪」
そして、根っから子煩悩なガウリイ、子供達の呼びかけには必ず意識が向くワケで。
「おかえり、とーちゃん」
「どのへんまでとんだ?」
「おまえらなぁ、少しは心配とかせんのか?」
『なんで?』
見事なハモリっぷりに脱力してるのに紛れて、あたしはさっと身を引き。
「さ、レイナ〜。
ガウリイも戻ってきたから、今度はみんなで並んで踊れる曲にしましょーね〜」
「うんっ♪」
ガウリイに抗議してくる間を与えぬよう、そそくさとリクエストしに楽団の元に向かう。
読みは見事に的中。集団群舞の2曲目が流れる頃には、群衆共々、うやむやにするのに成功したのであった。めでたし。
すっかり日が傾いた頃――、大盛況のうちに王城ダンスパーティはお開きとなった。
これで大団円と思っていたのだが、どっこいそうはいかず――。
後片づけする人々を窓越しに見ながら、あたしは女王やフィルさんと共に、強制的に一室に詰めさせられていた。
そもそもの本題――これからのレイナの処遇に関して――絡みで。
あたしと女王の間ではもうしっかり話が付いたろうって?
そう、最初は口頭で副評議長だけに報告してお終いにしようとしたんだけど――。それでは女王の手前メンツが立たないのか、単なる悪あがきなのか、魔道士協会の連中にも正式にせよとのお達しが来てしまったのだ。
どこまでもこの連中は時間の無駄遣いが好きらしい。ったく、面倒だなぁ。
それでもレイナ本人は、お披露目で疲れたろうとの女王の一言で、招集を免れ。
庭の一角に陣取って、ガウリイや兄達、ナタリーやゴーレム達とお茶会よろしくすっかり和みながら、こっちの話が済むのを待ってるのが――遠くの方に見える。
うー、あたしも今すぐ行きたーい。
多少想像はしていたものの――、これはすでに報告会じゃなく、ガマン大会だ。
女王と話したような歯切れの良さは全くなく、説明するだけでもかなりの手間を要してしまった。
さすがにレイナを魔道士協会に入れる件は、認めざるを得なかったようだが――。
まだ英才教育って方は諦めてないらしく、今度はあたしが教師役と言うポイントに思いっ切り難色を示しやがったのだ。
「確かにこのリナが優秀な魔道士だとは認めます。
しかし、先ほどの風の呪文の一件を見ても、とても教育係として適当とは思いがたく――」
「別に実害はなかったでしょう?」
「なかったらいいというものではない。
そもそもあんな群衆の中で、広範囲の呪文を放つなど言語道断」
「魔道士にあるまじき行為と言えましょう」
おーい、論点がズレてるんですけどー?
――もしかして、レイナの件は口実で、あたしへのうっぷん晴らしでもしたいわけ?
そう言えば――並んでるメンツって、普段からあまりソリの良くない連中ばかりじゃないか。
どーしてこんなのばっかり集まったんだか――いや、『こんなの』をわざわざチョイスして呼集したのか?
どーりで、女王御自らの招集だってのに、評議長が来てないと思ったら。
実の娘の処遇がかかってるから、強気で反撃出来んとでも思ったんかい。
だったら、あんたらセコすぎ。
「皆がそなたの夫君と同じようとは限らんのですぞ」
これには失笑が起きる。
ええぃ、他人の旦那の耐久力まで干渉するんじゃないっての。
不本意だが、いくらガマンの限界だったとは言え、あのタイミングはマズかったのは認めよう。
わざわざあっちに有利なカードを提供してやった恰好になっちまったい。おかげで、何を言っても説得力ないったら。
後でも一回、不埒な亭主に追加の仕置きをしとこう。
さーて、どうしたもんか。
「――されど、あの幼子が先程、どうしたかも見たであろう?」
女王の一言に、尖っていた空気が沈静する。
「とっさに民を護ろうとするは、讃えられこそすれ、非難するにはあたわずではないか?
――よもや、何が起きたかわからぬような魔道士は、ここにはおらぬと思うが」
協会員達がざわめく。
――いや、ヘンとは思ったとしても、ちゃんとわかったヤツはいないんじゃないかなぁ。
あたしだってすぐは気付かなかった位だし、呪力消去とは言っても、詳しく聞きそびれたから、具体的にはどーしたのかわかんないままだし。
ゴーレムが元気に動いてるってコトは、丸ごと魔法を打ち消す『崩魔陣〈フロウ・ブレイク〉』じゃあないだろうけど――。魔力障壁を作る『霊光壁〈ヴァス・グルード〉』の広範囲応用か、双子達がやるような相互干渉、もしくは反呪文――
――どっちにしても、誰でも易々出来るコトじゃないのだけは確かだ。
……いい研究資料になるかもしんない。後でちゃんと聞いとこ♪
けど、末姫のコトだから全然意識しないでやってる可能性大だなぁ。
それを女王がわかってるのは、別なイミさすがだと思うけど――。
「いかな優秀で人格者な師匠に師事したとて、生徒が同じようになるとは限らぬ。
その逆も真であろう?」
「ですが……!
遺伝というのがありますぞ」
むかっ。
本人を目の前に、好き放題言いよってからにっ。覚えとれよっ。
あたしを気に入らないのは勝手だけど、まだ何にもやってない娘まで悪し様に言うなっての。
女王が相手だと、さしもの老獪共も明らかに劣勢だが――。頭が岩より硬いらしく、持論を曲げやしない。
――たった三歳の幼児に過剰反応する、地位も力もあるはずの大人の群れ――
―――こいつ等、自分達がどんな風に見えてるか気付いてるのかな?
少し引いて冷静になると、何だか滑稽に見えてくる。
この連中に、百歩譲ってレイナを預けたとして――とてもまっとーに育てられるとは思えない。
『おかーしゃん、だーいしゅき♪』
――ふっと、末姫の愛くるしい笑顔が浮かび。
あの娘がいない我が家の中を想像しようとして――全然出来ないコトに気付いた。
レイナがやって来る前だって、ガウリイとやんちゃ盛りの男の子が3人もいる家の中は十分にぎやかだったけど――。
けど――みんなの女の子が欲しいと言う願いが叶った時。
『ここにいるの、いもうとだよ』
まだ四つのラーグがあたしのお腹に触ってそう言った時から、みんなの喜びようはハンパじゃなく。
最初のガルと年子の双子の時も、あたしとガウリイには十分騒ぎだったけど。
今回は元気有り余りの兄ちゃん達がいる分、生まれる前もその後もいっそうにぎやかで。
笑ったといっては騒ぎ、熱を出したといっては騒ぎ――。
違う方で兄ちゃん達より手間がかかったけど、もう可愛くて、可愛くて――。
ホントに毎日がお祭りみたいな感じだったっけ。
――過去形じゃないな。今だって毎日が騒動の連続だ。
大変で、騒々しくて、でも楽しくて――。
何もかもが切ないくらい大切で、かけがえがなくて――。
それがいなくなるって?
ウチの誰一人、そんなのなんて望んでないのに?
「そもそも、技量や知識が優れているだけで、卓越した魔道士と呼べるのか?
いかな秀でた技を持っていようと、使い手に心なくば世界にとっては両刃となろう――」
『レイナはどこにもやれないよな』
『大人になって自分から離れて行くまでは、あたし達のもんよ』
レイナを見つめていた、ガウリイの愛おしそうな笑顔がよぎる。
『所詮子供なんて、親がどんなに止めても、勝手にどっかに飛んでっちまうもんだぜ?
今側にいるうちは、嫌って言うほど可愛がってやろう――』
――ああ、そうだよね、ガウリイ。
「では、あなた方のお眼鏡にかなった人物を、すぐここに連れてきてもらえませんか?
あの娘の母親で、天才魔道士のあたしより、何もかも勝っている人材がいるって言うなら」