3.末姫様、王城へ行く
そのじゅうさん
フィルさんを囲むようにして、楽しそうに城に戻っていく子供達の後ろから、あたしとガウリイはのんびり付いていく。
「みんな嬉しそうでよかったなぁ」
「――ったく、あんたはいつでもそれで済むんだから、お気楽よね」
「そうでもないぞ?」
「嘘ばっか」
「魔道士協会がどうしてもレイナを取り上げるって譲らなかったら、本気でセイルーンに行ってもいいと思ってた」
「……まぢ?」
先にいるガルが持ってる明かりに、金の髪をほんのり照り上がらせて、ガウリイはにっこり笑った。
「オレはおまえと子供達がいれば、どこにだって行けるからな」
どきん、と胸の奥が跳ねるような感覚。
「おまえ達がいる所が――オレのいる所だ」
――それ、あたし達が結ばれた時に言ったのと同じじゃない。
――珍しく覚えてたの?。
それとも、対象があたし一人から、順々に子供達が増えて行っても――ずっとこの不器用な粗忽者はそう思い続けていたんだろうか。
「―――さっき、レイナと引き離されそうになった時――ね」
「ん?」
「あんたが言ってたコト思い出したら、絶対離されてたまるもんかって思えた。
ずっと一緒にいるんだ、って」
「――何言ったっけ?」
「もうっ、あんたったらそればっかり」
それでも――いい。
あんたの想いが変わらないなら――それでいいよ。
「忘れてないコトもあるぞ」
「ちょ、ちょっ、ちょっと!? 何よその手はっ!?」
いくら薄暗闇だからって、人前でそんなに異常接近するんじゃない!
「さっき聞きかけで中断されたからなぁ。もう一回ちゃんと言ったら、離してやるよ」
「さっきぃ? さっきって……」
げげっ!? あの吹っ飛ばした時かいっ!?
「まあ(はぁと)、リナ達ったららぶらぶぅ〜(はぁと)」
目ざとく気付いたナタリーの声に、一同が振り返る。
「わざわざ見んでいい、見んで!
こら、離しなさいよ、ガウリイっ!」
「儂達を気にすることはないぞ」
「フィルさんっ!!」
迫るガウリイ、もがくあたし、全然頓着してない他一同。
「さっさと答えりゃ済むだろ?」
「ん、んなこと言ったって……!」
あンなコト、こんなトコで言えるかいっっっ!!!
「こら、あんた達、黙って見てないで助けなさいよっ!!」
思わず子供達にすがると――
「助けろったって――なぁ」
「べつに手あらなことしてないし」
「リナお母さんだってさっきやったんだもん、しょーがないと思うなぁ」
「どーせ、母さんイヤがってないんだから」
「あ・ん・た・ら・ねぇぇぇっ!」
唯一、フィルさんと双璧な極めて平和主義の末姫が、とことこと寄ってきて。
「おかーしゃん、どーしゅればいーの?」
おお、エラいぞ娘っ!!
「レイナ、何も問題ないから、気にしなくていいんだぞ(にっこり)」
「しょーなの?」
必死に逃げようとしているあたしをしっかりホールドしながら、娘に向ける顔だけいつもの調子なガウリイ。
「マテぃ、ガウリイっっ!」
「でもー」
言動と一致しない両親の姿に、小首を傾げる末姫。
「レ、レイナっ! お願い、ね、寝かせちゃってっ…!」
この調子だとここで逃げられても、寝室かどっかで逆襲されること間違いなし。
しかし、いくらガウリイの気が張ってても、この子の強力な『眠り〈スリーピング〉』には抗えまい。
ここは即行で眠ってもらって、うやむやにするのが一番っ!
「レイナ、はやくぅっ!」
「えーと……、『しゅりーぴんぐ』」
がっくん。
―――えっ?
いきなり膝に力が入らなくなる。
急激に視界が揺らいでいく。
――これって……?
「おいおい、レイナ、かけんの母さんにじゃないだろ〜」
「えー? だって、『ねかしぇて』ってー」
『違う、違う〜』
おーい、レイナぁ……
あたしを寝かせてどーするかなぁ……
「おまえなぁ………」
皆の姿と声が、急激に遠ざかる。
――――たしかに逃げられたけど――――もう―――ダ――メ――――
さすが無敵末姫の『眠り〈スリーピング〉』。
すっきり目が覚めたら――見事に朝だった。
「よーやく起きたか?」
目を瞬かせてるあたしに、窓辺に座ったままでガウリイが声を掛けてきた。
こいつ、もうすっかり朝支度が済んでやんの。
――いや、あたしがそんなに朝寝坊したのかっ?
部屋の静けさに起き上がって見渡すと――予想に反しての二人部屋。
思わずガウリイを振り返ると、ちょっと渋い笑みが浮かぶ。
「女王が気を利かせて、オレ達だけ別の部屋にしてくれたんだってさ。
――なのになぁ、おまえったらぐっすりだし」
……その残念そうな含み、さては良からぬコトを企んでたんだな?
「子供達は?」
「隣の大部屋。
もっとも今寝てるのはレイナだけで、坊主達はとっくに起き出して、もうフィルさんと全力で遊んでるぞ」
「ちよっと、レイナを一人っきりにしたわけっ!?
何であっちに付いてないのよ!」
慌てて起き出すあたしに、ガウリイも立ち上がる。
「心配するなって」
あまりののほほんさに、思わず着替えにかかっていた手が止まってしまった。
「さあ、いい加減レイナも起こして、朝メシにするか」
「…あんたも食べてないの?」
「ま、おまえに付いてたかったってことで」
被った上着の中が、急に熱くなった気がした。
「おはよー♪ おとーしゃん、おかーしゃん」
「おはよう、リナ(はぁと)」
格段に広い隣の部屋に入ると、いくつも繋がれて巨大な塊と化したベッドの端で、レイナがナタリーに服を着せてもらっているトコだった。
昨夜の盛り上がりを顕著に残すシーツの海の中、真ん中辺りに例の青い鳥もいる。
――こーいうのが一緒に付いてても安眠出来る我が娘って……
「ずいぶん今朝は寝起きいいわね」
「あのね、ナタリーがね、おうたでおこしてくれたんだよ♪
ふくもきしぇてくれたのー♪」
そーいうことかい。
上機嫌で歩み寄ってきた娘をガウリイが抱き上げ。
「さ、メシ食いにいくぞ」
「おにーしゃんたちは?」
説明しながら出ていく父娘を見送りながら、ナタリーはたたんだパジャマを持って、いかつい肩をすくめた。
「ホントに子供って可愛いわねー。あたしも欲しくなっちゃった♪」
「ウチの子はダメだからね」
「ええ〜、こんなに沢山いるんだから、一人くらい……」
「一人でも二人でもっ」
「んもぉ、リナったらケチなんだからぁ」
ぷるぷると身を震わせるナタリー。
ええぃ、ようやく守り抜いたのを、また奪われてたまりますかいっ。
一応マナーなど守りながら、のんびりと朝食している間に、女王自らやって来て。
レイナがまだ疲れているだろうと、またもやありがたい配慮が下り、今日も逗留する運びになってしまった。
男の子達はそれこそ王城中を遊び回っているらしく、食事が済んだ頃をしっかり目がけて、レイナを迎えにやって来た。
勢揃いしたらしたでさらに本領発揮なようで、今度はゴーレムも起こすわ、フィルさんと共にセイルーン王家御用達の飛竜達と戯れるわ、思いっ切り元気有り余りの子供モードを地で邁進している。
ま、魔道士協会の御仁達は早々に引き上げて行ったそうだから、今日だけは許してやろう。
――壮健王・フィルさんがお目付になるかは、すでにナゾだが。
一方あたしとガウリイは――。
久々に喧騒と家事から解放されて――まあ、それなりにのんびりと過ごし。
結局、あたしがガウリイを吹っ飛ばす寸前に言った言葉は、念入りにたっぷり時間をかけて白状させられることとなってしまった。
その方法は――ここでは伏せておこう。
え? 何て言ったかくらいは言えって?
それも言わぬが花である。
聞いたガウリイが、いわゆる『相好を崩す』になった、とだけ言っておこう。
どーぞ、お好きに想像しておくんなさい。
これですべて大団円エンドマークとなればよかったのだが――、まだちょっとだけ問題が残っていた。
夕食だと呼びに来た侍女に付いていく途中――、回廊の脇――多分庭の方から、喧騒が聞こえてきた。
「――なにかしらね?」
「子供等だと思うが――なんか揉めてないか?」
子供達のケンカや騒ぎは日常茶飯事だが、刻は夕食前、放っておくワケにもいくまい。
あたしとガウリイは侍女に待っててくれるよう頼んで庭に降り――駆け寄っていくと。
空はほんのり茜色、少しシルエットに近くなった風景の中――確かにウチの子供達が、侍従か官吏とおぼしき老年の男性達と何か言い合っていた。
傍らには、ゴーレム達に、フィルさんやナタリーと、巨体揃いの姿もある。
「おまえ達、どうした!?」
「何やってるの!?」
あたし達の声に、子供達も駆け寄ってくる。
中でもレイナはすっかり泣き顔で――まっすぐガウリイの腕に飛び込んで来た。
「おとーしゃぁん」
いたずらして怒られたにしては、何か様子が深刻である。
ガウリイががっしりと抱きしめてやると、しきりに啜り上げる末姫。
「事情を説明なさいな」
そっちのなだめ役は慣れた親父に任せて、男の子達から状況把握にかかる。
「おしろの人が、ゴーレムをこわせって言うんだよ」
ラーグが見上げて言う。
「そんなのやだって、レイナが泣いちゃって……」
アルはどちらの言い分もわかるのか、渋い顔をしている。
妹に賛成な兄達に責められたのか、泣かせた張本人が肩身が狭そうに近付いてきた。
「いや、私とて惜しいとは思いますが――このままというわけには――」