3.末姫様、王城へ行く
そのじゅうよん
ま、そりゃそーだわな。
いくら女王が珍しいモノ好きと言っても、庭を歩き回るゴーレム集団ってのはちょっとなぁ。いらん騒動のタネになりそう。
「――仕方ないわよ、レイナ。
ゴーレムが好きなら、また作ればいいでしょ?」
ガウリイの腕の中で、ぷるぷると頭を振る。
「だってー、しぇっかくダンしゅもおぼえたのに〜、ナタリーともおともだちになったのに〜」
「いいのよ、レイナちゃん。
あたし、とっても楽しかったから」
ナタリーがなだめるが、レイナはますます泣きじゃくってしまう。
「やだよぉ〜」
滅多に駄々をこねないこの娘がこんなに言うんだから、聞いてやりたいと思うけど――、ここは王城、あたしの一存ではどうしようもない。
ぱたたた……
ん?
とっくに寝倉に戻ってるはずの鳥が、ガウリイの肩に留まってた。
レイナに向かって、さかんに小さくはばたきの動作を繰り返す。――まるでなだめようとするみたいに。
――あんたもこの娘〈コ〉が心配なの?
フィルさんが横からレイナの頭を撫でて。
「女王陛下に頼んではどうかな?」
「お言葉ですが、陛下。
城内をこの者達が昼夜なく歩き回っては、何かと問題が――」
どうやらこのご老体は気の優しい官吏らしく、仕事と本音の間で板挟みになっているようだ。
だからって、我が家にこんなに沢山、ぞろぞろと連れて帰るワケにはいかないしなぁ――。
「――なぁ、壊さんで済む方法ってないのか?
普段は昨夜みたいに眠らせて、どっかにしまっとくとか――」
いつものごとく、飄々とした声はガウリイ。
「そっか。眠らせときゃ、ただのどうぞうと土人形だもんなぁ」
「レイナが来た時だけ、『かくせい』の呪文で起こすとかすりゃいいじゃん?」
「それだと、レイナがいないのに起こしたい時、不自由じゃないか?」
「だったら――その城付きのリビング・メイルの歌をキーにしたら?
起こすのとねかせるのを分ければ、自在にできるよ」
この男の子達の発言は年の順。
「――冴えてるじゃない、あんた達」
要は、単純な命令を聞かせるのと同じコト。ダンスを覚えられるゴーレム達にゃ、そんなの朝飯前だろう。
「…おかーしゃん?」
「えーと、だからね。
普段はゴーレム達をナタリーの歌でねんねさせといて、遊びたい時だけ別の歌で起こすようにするの。
ジャマにならないような場所にいるなら平気でしょ?」
「じゃあ、ゴーレムしゃんたち、こわしゃなくていいの?」
一気に期待モードに入る末姫。
「女王様がいいと言ったらね」
「す、すぐに伺ってまいります!」
老体にムチ打って、官吏が駆け出していく。
よく考えてみれば、あの女王だ、こんな面白いゴーレムを取っておくのを否とは言わんのじゃないか?
もしかしたらこの折衷案がなくても、そのまま壊さずに置けって押し切ったかもしれんぞ。
案の定、あっさりとおっけーだったらしく。
砕けたことに、女王御自ら直々に伝令にやって来た。
「ゴーレム達には、ダンスパーティの余興を頼みましょう」
もちろん、レイナも子供達も大喜び。
「じょうおうしゃま、ありがとうっ!」
ガウリイの腕から直接女王に抱きついて、すりすり攻撃しまくり。
さすが女王、他の輩ほど簡単に溶けちゃいないが、まんざらでもなさそう。
早速ナタリーや男の子達を交えて、どの歌にするか話し合いに突入している。
ふと気付くと、ガウリイが脇の方で地面にしゃがみ込んでいた。
「ガウリイ?」
「しっ」
制する手は、何かを包み込んでいるような恰好。
隙間から見えるのは――瑠璃色の羽の先。
「ちょっとっ?」
びっくりして駆け寄ったあたしに、苦笑いが来る。
「大丈夫だって。いきなりことんと寝ちまっただけみたいだ」
「なんだぁ――って、フツー、そんなトコで寝ないと思うんだけど?」
「レイナの不安モードが消えたから、一気に気が緩んだんだろ。
普段ならとっくに巣で寝てるはずだもんな」
……なんだかなぁ。
いくらレイナに懐いたからって、そこまで心配する?
それとも、レイナの方にそんな強い影響力があるわけ?
今ひとつ釈然としないあたしとは反対に、深く考えないタチのガウリイは愛娘の所に行くと、説明しながら鳥を手渡す。
さらに不思議をちっとも不思議と思わない娘は、寝入って無防備な小さな友達に愛おしそうに頬ずりする。
それをどう見たのか、女王が口を開いた。
「レイナ、此度の功労に褒美を授けたいと思います。何か望みの物はないかの?」
難解な問いに、大きな瞳が見開いて、きょとんとした表情が浮かぶ。
「――そなたはこのような面白いゴーレム達を作って、妾をとても楽しませてくれました。
お礼をしたいから、何か欲しいものを言ってごらんなさい」
苦笑した女王は、幼児にもわかりやすく言い直してくれた。
「おれいって?
ゴーレムしゃんたちをこわさなくていいから、レイナもうれしいんだよ?
じょおーしゃまはおいしいものくれたり、いっしょにダンしゅしてあしょんでくれたでしょ?
おとーしゃんやおかーしゃん、おにーしゃんたちとじゅっといっしょにいられるようになったし〜。
アルおにーちゃまやフィルおじーちゃまにもあえたし、ナタリーやトリしゃんともおともだちになれたし。
こんなにたくしゃんうれしいことばっかりだもん。もういっぱいいっぱいだよ?」
――ええぃ、欲がないのはいつものことだが、輪を掛けて要領の悪い説明だ。
女王はそれがまた気に入ったらしく、優しく微笑む。
「それなら、妾の頼みを一つ聞いてくれますか?」
「うん、なーに?」
「この鳥は、レイナをたいそう気に入った様子。
明日そなたが帰ってしまったら、とても悲しむでしょう。もしかしたら、淋しくて病気になってしまうかもしれません。
ですから、このまま一緒に家に連れ帰って、ずっと面倒を見てやってくれませんか?」
はいー???
何を言い出すかと思えばー。
確かにこの懐きっぷりでは、また別れ際に一悶着あるかもと考えなくもなかったが――。
「えー?
でもぉ、このトリしゃんは、どこかヨソのくにから、じょおーしゃまにおくられたんだよって、にわしのおじしゃんがいってたよ?
じょおーしゃまのしょばにいなくていいの?」
うあ、外交の献上品かいっ!?
どーりでこの辺では見ない種類だと思ったら。
「だからこそ、レイナに託したいと思ったのですよ。
そなたが妾の大切な存在だという証にね」
――なるほど。
女王の大切な物を送られたとなれば、必然、寵〈ちょう〉を受ける存在と見なされる。
それがたとえ3歳の幼児でも、ミョーな横やりやちょっかいは迂闊に出せなくなるだろう。
さすがにさっきの会議の調子は不穏と踏んだのだろうが、見事な采配と言うか――。
「トリしゃんがいなくなっちゃったら、じょおーしゃまはしゃびしくない?」
「そう思うてくれるなら、時々は一緒に顔を見せに来ておくれ。
そなた達にまた会えるのを楽しみにしていますよ」
「はーいっ。ありがとー、じょおーしゃま♪」
すっかり仲良しモードに突入した二人の側を、いつの間にか作戦会議が済んだ兄達やナタリーが取り囲んでいて、さらに喜びの騒ぎが増大。
さっきから座り込んだままだったあたしの所に、ガウリイが戻ってきて困ったように頭を掻いた。
一応、コトの重要さがわかったらしい。
「鳥かご――親父さんの店にあったっけか?」
そっちの心配かいっ!