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  びゅうううう・・・・・ 
  耳をこすってくみたいに、すぐそばで吹雪の音がする。風の音じゃないの。
 なんて言ったらいいんだろ。
 ちくちくささる痛いつぶてが、あたしの耳やほっぺにひっきりなしにぶつかってくる。
 それが、ぱしばしと音をたててるみたいな感じ。
 強い風と一緒に、顔のあたりの空気まで持ってっちゃうみたい。
 息が苦しい。
 苦しさと痛さで、手袋で口元をおおう。
 
 「寒いのか、リナ?」 
  頭の上から声がした。ちょっとだけ上を見ると、ガウリイがいつの間にかあたしとは反対の方を向いて、背中歩きしている。
 「どうして、そっちむいてるの?
 お店にもどるの?」
 ガウリイはくすくすと笑う。
 「戻ったら家に帰れないじゃないか。
 こうして歩いてると、顔に雪が当たらないから、痛くないんだよ」
 「ふーん」
 あたしもくるっと後ろを向いて、マネをする。
 ホントだ。
 髪が風にあおられてうっとうしいけど、顔にちょくせつ吹雪があたるよりずっと楽。
 「リナは危ないから、やめた方がいいと思うぞ」
 「きゃん!」
 ガウリイが言い終わる前に、あたしは道路に尻もちをついていた。
 「ほら、大丈夫か?」
 これがガウリイの口ぐせ。
 もう、あたしがいくつになったと思ってるのよ?
 それでも、差し出された手は――ゆうこうに使わないと、ね、うん。
 だんじてあたしがチビで、ガウリイのみぞおちまでしか背丈がないせいじゃないんだから。
 「吹雪が辛いなら、オレの陰に入れよ」
 そのままガウリイの後ろ――この場合は胸がわだけど――に引っ張られる。
 あ、ホントだ。
 ガウリイの深いあい緑色のマントのおかげで、吹雪が来ないや。
 あたしはぺとっとマントにはりつく。
 それにしても――、こんなに雪がつもった歩道を、ぜんぜん平気で後ろ歩きできちゃうガウリイって、どういう感覚してるんだろ?
 ちょっとだけ振り返ったら、さっきまでいたはずのショッピングモールはもう見えなかった。
 あたしがどうしてもほしい本があるって言ったら、ガウリイがつれて来てくれた本屋さんのカンバンも、全然見えない。
 見えるのはほんのすこし――すぐ側の家と、横を通り過ぎてく車だけ。
 その車も、白いもやの向こうに吸い込まれていくみたい。
 ――なんだか、とっても不思議なトコに来ちゃったみたい……。
 
 「どうした? まだ欲しい本があったのか?」「ううん。
 ――お店見えないね」
 「ああ。
 天気予報じゃ夕方から荒れるって言ってたのにな。
 家に着くまで、これ以上ひどくならないといいんだけどなぁ」
 「今だって、じゅうぶんひどいのに、もっとぉ?」
 「そっか、リナはこんなになったら、外に出してもらえないもんな。
 すごいんだぞー。
 自分の周りが全部、真っ白になるんだ」
 「ぜんぜん、お家とか見えないの?」
 「うん。
 ほら、夜になったら、真っ暗になって見えなくなっちまうだろ?
 あれが白になったと思えばいい」
 あたしはいっしょうけんめい想像してみる。
 真っ白な世界に、あたしだけひとりぼっち?
 父ちゃんも母ちゃんも姉ちゃんも、・・・ガウリイもいないの?
 ・・・・やだ、そんなの。
 あたしはぎゅっと、ガウリイにしがみついた。
 「大丈夫だ、今はオレがいるんだから」
 ガウリイの声は、とっても――やさしかった。
 
 
  いつもより、ずーっとずーっと長い道を歩いた気がするのに。やっとバス停なの?
 「バス、遅れてんのかな?」
 ガウリイが時計を見て、呟く。
 「時間すぎてるの?」
 「いや、今ちょうどなんだけど、まだ来ないだろ?」
 あたしは道路に目をこらす。
 でも、真っ白な吹雪の中に、車のヘッドライトしか見えない。
 ガウリイって、すっごく目がいいから、こんなんでも見えてるの?
 「これじゃ、わかんないよぉ」
 「うーんと、な。
 おっきくて高いトコに、ライトがついてるのがそうだ」
 言われてみると、たしかにそういうのはダンプカーとかのおっきな車だ。
 「で、バスはな、上の行き先が出てるトコにランプがついてる」
 ……そっか。
 ――でも、ガウリイ。
 いっつもののんびりぼけぼけガウリイじゃないみたいのは、あたしの気のせい?
 とっても――なんて言ったらいいんだろ。
 えーと、えーと、そう。
 頼りに――なる?――みたい。
 どうしちゃったの?
 
 
  しばらくじっと見ていたけど、バスはぜんぜん来ない。風は背中がわから来るから、顔はだいじょうぶだけど、だんだん手足が冷たくなってきた。
 ガウリイが時々、あたしの頭の雪をはらってくれるけど、こんなすごい吹雪だもん、すぐ元に戻っちゃう。
 このままバスが来なかったら――どうしよう。
 あったかい頃は、ガウリイと歩いて帰ったこともあるけど――こんな吹雪じゃだめだよね。
 ときどき、道に迷ったりとか、お酒によって寝ちゃったりして、そのまま冷たくなってるヒトの話聞くもん。
 そんなになりたくないもんっ。
 まだやりたいこといっぱいあるし。
 食べたいモノ、たくさんあるし。
 さっき買った本だって、まだ読んでないし。
 それにそれに、ガウリイの・・・・・
 あ、やだやだ、どんどん心細くなってきたよぉ。
 あたしがぶるっ、とふるえた時、ガウリイがとつぜん、あたしの身体に着いた雪をはらい始めた。
 「――だめだよ、すぐついちゃうんだから」
 「いいから」
 ひとしきりはらい終わってから、おもむろにガウリイがあたしのからだをひっぱった。
 ???
 
 ふわんっ。
 
 何がどうなったのかわからないまま、あたしは何かあったかいトコにいた。
 
 「どうだ? これならあったかいだろ?」
 頭のすぐ上から、ガウリイの声がする。
 ようやくわかった。
 あたしは、ガウリイのマントに、背中からすっぽりくるまれていたんだ。
 出した頭のまわりを開かせないようにか、本を持ってくれたままのガウリイの手が、あたしのあごの下にある。
 足は、あたしのをはさむように、両わきに来ていた。
 このかっこうって…どっかで見た気がする。
 ――そうだ。
 前にTVでやってた動物の番組の「ペンギンの親子」!
 南極ってとっても寒いから、親ペンギンが足の間に子供を入れてるの。
 ――じゃあ、ガウリイが親で、あたしが子供なわけ?
 ――まあ、いつもあたしの『ほごしゃ』だって、言ってるけど――親子――かぁ。
 
 最初は残ってた雪の冷たさでわからなかったけど、だんだんガウリイの体温が伝わってきた。
 それに――何だかわからないけど――身体の中も、とってもあったかい。
 「まだ寒いか?」
 ガウリイの心配そうな声に、あたしはマントの中でガウリイに手をにぎった。
 「ううん。――とってもあったかい――よ」
 
  何だかほっぺが、ぽっぽっとほてっている。しもやけになったのかな?
 ――よくわかんないや。
 
 あたしはちょっと空を見上げて、びっくりする。
 グレーの空に、すごくいっぱいの雪が、すごいいきおいで流れてく。
 それは吹雪だからわかるんだけど。
 ほんのちょびっとだけ、すけて見えるおひさまのトコ。
 雪が――グレーに見える?
 白くないの。
 ううん、降ってるのも、吹いてるのも真っ白なんだよ。
 でも、空の明るいトコだけ、グレー。
 まるで虫がいっぱい飛んでるみたい……不思議だぁ。
 
 「お、リナ。バスが来たみたいだぞ」
 あたしたちは二人三きゃくみたいに、手足を合わせながら車道の方へおりた。
 バスが来たのはとってもうれしかったけど。
 このマントの中から出なきゃいけないのは、とってももったいない気が――した。
 
 
 <<つづく>>
 
 
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