『吹雪の役得』



○○ 中 編 ○○


 バスはちょっとだけ歩道の方に寄って来て止まった。
 あれ?
 いつもは真ん中のドアが開くのに、前の方が開いたよ?
「こっちから乗りなさい」
 運転手さんが、のりだすようにして呼んでくれた。
「きゃんっ!?」
 ガウリイがあたしの両脇に手を入れて、持ち上げるようにステップに上げてくれた。
 びっくりして騒ごうとすると、耳元で声。
「バスカード頼むな」
 ちょっとだけ振り返ると、ガウリイの顔が同じ高さにあった。
 あたしはすっかりあわてちゃって、あたふたとポケットをさぐる。
「ゆっくりでいいよ。寒かったろ、お嬢ちゃん」
 メガネの運転手さんは、にっこりとやさしく笑ってくれた。
 あたしがようやくバスカードを機械に入れると、ステップの途中で待っていたガウリイが上がってきた。
「兄ちゃん、こんなひどい吹雪に、ちっちゃい妹連れて出かけてきたのか?」
「いやぁ、こんなひどくならないうちに帰れると思ったんだけどさぁ」
 ガウリイはぱたぱたと頭の雪をはらいながら、苦笑しして見せた。
 この運転手さん、あたしたちを兄妹だと思ってるみたい。
「ほら、リナ。
 早く雪はらわないと、溶けてきて濡れちまうぞ」
 そう言って、背中側をはらってくれる。
 ほんとだ。
 バスの中はとってもあったかくて、どんどん着いてた雪が溶けてく。
「さあ、発車するから、席に座って」
 運転手さんが出発の合図に、クラクションを鳴らす。
 あたしとガウリイは小走りで、一番後ろの席をじんどった。
 バスの中は、他に2人お客さん。
 左側の前の方には男のヒト。
 右側の真ん中あたりに、女のヒト。
 このヒトたちも、お家に帰るとこなのかな?

 ようやくほっとして、あたしはガウリイの方に寄ろうとした。
「くっつくな。濡れるぞ」
 えー。
 確かにあたしも濡れてるけどぉー。
 思わずぶーっとしちゃったら、ガウリイがくすくすと笑う。
「わかった、わかったって」
 自分のマントを脱いで前の席にかけてから、あたしのも同じようにしてくれる。
「降りるまで、少しは乾くだろ?」
 あたしはうなずいて、あらためて座り直す。
 ガウリイの手が、頭をなでてから、あたしの肩を引き寄せた。
 なんとなく素直に頭をもたれさせると、またさっきのあったかさが戻ってきた。
 もう大丈夫。
 このまま乗ってれば、家の近くまで連れてってくれる。
 停留所から家までは、すぐだもん。
 ガウリイも一緒なんだから……

 ――でも。
 あたしが思ってたより、ずっとずっとじたいは大変だったみたいで――。
 



 がっくん。

 気持ちよさに、ちょっとうとうとしていたら、いきなりバスが止まった。
「…あれ? もーついたの?」
「まだだって。寝てていいぞ」
 ガウリイがあたしの頭をなでる。
 でも、そのままバスは何をするでなく、止まったままだ。

 ???

『えー、乗客の皆さんにお知らせいたします。
 誠に申し訳ありませんが、吹雪による視界不良で、しばらく停車いたします。
 御了承下さい……』
 運転手さんのアナウンスが、天井のスピーカーから聞こえてきた。
「――『しかいふりょう』って?」
 ガウリイが苦笑いして、窓を指さした。
 ?
「窓がなに――?」
 言いかけて、びっくりする。
 ――真っ白。
 全部の窓の外が真っ白けなの。
 まるで、プラスチックの白い板を、窓に貼り付けてあるみたい。
 これ、どうなってるの???
 ガウリイの膝にのしかかって近くの窓をよく見ると、雪がいっぱい張り付いてた。
 でも、それだけじゃない。
 吹雪がひどくって、外が真っ白なんだ――。
 さっきガウリイが言ってた、自分のまわりがみんな真っ白になっちゃうって、こういうこと!?
 ガウリイを見上げると、また笑い顔がにっこりになった。
「大丈夫だって。
 バスの中まで吹雪は来ないさ」

 けど、なかなかバスは動かなかった。
 バスに付いている無線から、いろんな声が切れ切れに聞こえてくる。
 全部はわかんなかったけど、どうやら、このバスから後の便は動かなくなったみたいだった。

 こつこつ。
 いきなり、運転手さんの横の窓が、外から叩かれた。
 その窓が開けられると、すぐ横にダンプカーみたいのが止まっているらしくて、同じ高さから、おじさんが顔を出している。
「この先はひどいぜ。
 引き返した方がいいぞ」
 おぢさんが示したのは、これからバスが行く方向。
 運転手さんがお礼を言うと、ダンプはそれとは反対方向へ走っていった。
 ええー!?
 どうなっちゃうの???
 どきどきしていたら、ガウリイがあたしをひざの間に座らせて、ぎゅっと抱っこしてくれた。
 ええー!?
 ガウリイ、ガウリイっ???
「大丈夫だって。そんなコトないから」
 やさしい声だった。
 とっても不安だったけど、ガウリイはやっぱりとってもあったかかった――。

 ようやく――ゆっくりと、バスが走り出した。
 外がまだよく見えないから、どのくらいのスピードなのかはわかんない。
 けど、すっごくゆっくりっていうのだけは、何となくわかった。
 時々止まるたびにどきどきしたけど、信号だったり、運転手さんが窓から手を出して、ワイパーの雪を落とすためで。
 それでも、止まったままよりはずっといいや。
 いつのまにかあたしは、少しでも走り続けられますようにって、ねがっていた。

 時々見える道路のわきに、何個も真っ白なかたまりがあった。
 最初は何なのかわかんなかったけど、いくつか目でやっと正体が見えた。
「どうして車があんなにいっぱい止まってるんだろ」
 あたしのつぶやきに、ガウリイが答えてくれる。
「雪の壁に突っ込んじまったり、吹雪がひどくて車使うのあきらめて止まってるんじゃないか?」
「中に人いないの?」
「さあなぁ」
 いくら車の中だって、そのままいたら凍えちゃうよぉ。
 よく見てたら、誰もいない車も多いみたい。
 どうにかしてひなんしたのかな?

 そして、ようやく街境の橋の上まで来た時――。
 また、車が一台止まってた。
 でも、今度は様子が違った。
 すべったのか、斜めに道路をふさいじゃってる。
 車に乗ってた人かな、いっしょうけんめい出そうと押してるみたい。
 バスはそのすぐ前で止まった。
 こんなに見えない時だと、反対車線に入るのは危ないのかな。
 あそっか、橋の上だから、うかいも出来ないんだ。
『申し訳ありません。少々お待ち下さい』
 そう言うと、上着をはおった運転手さんが前のドアを開けて、車を押すのを手伝いに行った。
 しばらくいろいろやってたけど、何だかあんまり変わってないみたい。
 そう言えば、前にウチの車があんな風になった時、父ちゃんが言ってたっけ。
『抜けようとしてタイヤを回せば回すほど、どんどん穴が掘れちまうから、ますますはまっちまうんだよな』
 あれって、あんなじょうたいなのかな?
 全身真っ白になって運転手さんが戻ってきた。
「すみません、お客さん、ちょっと手伝っていただけますか?」
 前の方にいた男のヒトが立ち上がる。
「リナ、ちょっと一人で我慢できるな?」
 声と一緒にあったかいのが離れた。
 前を見ると、ガウリイがマントをつかんで、ドアに向かって走っていくところだった。

 あたしもバスの前の方に行って、ようすを見る。
 車は何度か動きかけて止まるをくりかえしてから、ようやく道路の方に出られた。
 真っ白のガウリイたちが、ばんざいをしている。
 車の人は何回も窓から頭をさげると、走りさってった。
 こっちに戻って来ながら、ガウリイはバスの運転手さんにほめられたのか、しきりに照れくさそうに頭をかいている。
「おう、リナ、見てたのか?」
 バスに乗ってきた三人に、あたしは笑顔で言った。
「ごくろうさま」


「お嬢ちゃん達は、どこで降りるんだ?
 停留所でなくても、一番近いトコで降ろしてやるよ」
 前の方でガウリイの雪をはらっていると、運転手さんがうれしいコトを言ってくれた。
「じゃあ、××国道のトコ、いいかな?」
 ガウリイが答えると、運転手さんがうなずく。
 わぁい。
 あたしの家――コンビニだけど――のある国道から、停留所は少し手前にあるんだよね。
 大したきょりじゃないけど、今日はとってもうれしい。
 あとの人たちは、終点のターミナルまで行くんだって。
 これからまだまだ遠いんだ……。
 あたしはちょっだけ、近くてよかったなって、思っちゃった。


 だんだん、家が近くなってくる。
 あは、なんだかうれしいや。
 何だかすっごく遠くまで旅してきたみたいな気分。
 ガウリイはあたしをだっこから離して、オーバーをとってくれた。
 ……これだけはうれしくないかも。
 ガウリイもマントを着て、外を見ている。
 さっきにくらべたら、かなり小降りになったよね。
 これでようやく普通の雪降りくらいだけど。


「お疲れさまだったね、お嬢ちゃん。
 ありがとうな、兄ちゃん。気をつけて帰りなさいよ」
「どうもありがとう」
「運転手さんも気をつけて」
 約束通り、バスは国道のすぐそばで止まってくれた。

 信号が変わって、ゆっくりとバスが走り去って行く。
 ひゃあ。
 さっきまであったかい車内にいたせいか、なんかすっごく寒く感じるなぁ。
 時計を見せてもらうと……うあー。
 いつもの5倍も時間がかかってるぅ。
 そりゃあ、長く感じるよね。
 だから……あ、ヤバい……かも……

 信号が変わった。
「さ、もう少しだぞ、リナ」
 ガウリイが手をのばす。
 うん。
 でも・・・でもね。
「どうした?」
 もじもじしているあたしに、けげんそうな顔になるガウリイ。
「どっか調子悪いのか?」
 あたしは首をふる。
「じゃあ、行こうぜ」
 うなずきながらも、歩き出せないあたし。
 ますます、ふしぎそうなガウリイ。
 えーん、カンはいいくせに〜、どうしてこういう時だけわかってくんないのぉ!?
「なんだよ?」
 もぉぉ、こんなコト、おとめの口から言わさないよぉぉ。
「リナ?」
 顔がのぞきこまれる。
 ガウリイのくらげ〜!
 こんなコト言わせるなんて、一生ゆるさないんだからぁぁ!
「……の」
「え? 何だって?」
「……お……トイ……レ……いきたいのぉぉ!」
 真っ赤になってうったえたあたしとは反対に、ガウリイが真っ青になった。
 あたふたと手をふりまわしたかと思うと、必死にきいてくる。
「ま、ま、まだ、我慢、我慢出来るか!?
 ウチまでもつか!?
 な、なんだったら、そのへんで……」
 どげしっ!
 あたしは持っていた本で、思いっきりガウリイの顔面をたたいた。
「いくら吹雪でよく見えないからって、おとめにむかって、なんてこと言うのよぉっ!!」
 う゛、やだ。
 叫んだら、よけいに・・・。
 えーん、どうしよう〜。

 ひょいっ。
 いきなり、視界が上に動いた。
「全速力で行くから、落ちるなよ!」
 ことばが最後まで聞こえる前に、ガウリイはあたしをおんぶして走り出していた。
 まるで、除雪車かブルトーザーみたいに、どっさり雪の積もった歩道を突き進んでいく。
 そっか、これだけ雪がふったんだもん。
 除雪は大きな道路の車道だけしか、まだ入ってないんだ。
 まして歩道なんて、とっても手が回るわけもなく。
 建物のかげとかはまだいいんだけど、風のふきだまりなんて、ガウリイのひざより積もってる。
 ウチまではあたしの足でも5分くらいなのに。
 これじゃ間に合わないよぉ〜。



<<つづく>>





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