『吹雪の役得』


○○ 後 編 ○○


 それでも、ガウリイはいっしょうけんめいに雪をかきわけて、歩いてくれていた。
「リナ、まだ大丈夫か!?
 もう少しだからなっ」
 必死なガウリイの声に、なんだかあたしは泣きたくなっていた。


 見えた!
 ウチのお店・・・・すっごい、開いてるぅ。
 店の前は、父ちゃんがせっせと雪かきしたのか、ほとんど積もってない。
 でも、その直前がとんでもなかった。
「うわっ」
 ガウリイが声を上げるのもむりない。
 思いっきり吹きだまったのか、雪の深さはガウリイの腰まである。
 おんぷされてるあたしの足にまで雪に届いてるよぉ。
 あーん、あとほんのちょっとなのに〜。
「リナ、かまんしろよっ。
 今、抜けるからなっ」
 とは言え、いかに体力じまんのガウリイでも、あたしを背負って、腰まで雪に埋まっちゃったら、そう簡単に身動きできるはずもなく。
 ――もうダメかも……
 あたしが半ばかくごを決めた時、ふいに店のドアが開いた。
 出てきたのは、スノーショベルを担いだ――父ちゃん!
「おっさん!」
「父ちゃん!」
 あたしとガウリイの声がハモった。
「おう?
 ……何やってんだ、おまえら……?」
 まだ状況がはあく出来てない父ちゃんに、ガウリイが叫ぶ。
「おっさん、受け取ってくれ!
 リナがトイレに行きたがってんだ!」
「おいおいっ!?」
 慌てて近づいて来る父ちゃんに向かって、あたしはぽんっと放られた。
「きゃんっっ!」
 ほんのいっしゅんだったけど、ずいぶんゆっくり飛んでたみたいに感じた。
 父ちゃんにぶじ受け止めてもらって、あたしは何とか一生のはぢをかかなくてすんだのだった。
 ほっ。

 姉ちゃんに出してもらった服に着替えて居間に行くと、同じく着替えたガウリイが、床に座ってストーブにあたってた。
「おう、落ち着いたか?」
 あたしはちょっと赤くなりながら、こっくりとうなずいて、ガウリイの横に座る。
 あれ、よく見ると、何だか見覚えがある服。
「これか? おっさんの借りたんだ」
 こういう時はよくわかるくせに、どうしてさっきのはわかんないのかな。
「ほら、もっと近くに来いよ」
 さっきみたいに肩を抱いてくれる。
 あたしは素直にすり寄った。
「ガウリイ、お家には?」
「ん? 今電話した。
 もうちょっとおさまってから帰ってこいってさ」
「――泊まってかないの?」
 ガウリイがあたしの顔をのぞきこむ。
「なんだ、まだ不安なのか?」
「そ、そんなんじゃないけどっ」
 あたしはそっぽを向く。
 もうさっきみたいなヤな感じはないってば。
 でも――でもさ、もうちょっといっしょにいてくれたって――いいじゃない。
「泊まりはともかく――なんだか眠くなってきたなぁ」
 ガウリイがあくびしてる。
 ガウリイの居眠りは、いつものことだけど。
 あたしも、火のあったかさとガウリイのぬくもりで、ほんのりとした気分になってきた。
 とっても気持ちいいや……。
 うみゅ〜、あたしまで何だか眠くなってきちゃったみたい。
 ガウリイがごろんと横になった。
 あたしもそのまま引っぱられて……。

 遠くで声が聞こえる。
『あら、寝ちゃってるの?』
『疲れたんだろ』
『まあ、ぴっとりくっついて…ホントに仲のいいこと』
『毛布を――』
 何言ってんのかよくわかんないや。
 今は――眠く――て――


 結局、夕方まであたしたちはぐっすり寝ちゃってたみたい。
 まだ吹雪は続いてたけど、裏のガウリイん家からおにーちゃんが迎えに来て、ガウリイは帰っていっちゃった。
 とってもざんねんだけど――、また明日遊べばいいんだよね。



 このまま終わったら、めでたしめでたし、だったんだけど――。



 次の日、まだ吹雪が続いるからって、学校がお休みになった。
 すっごくうれしかったけど、家から出してもらえないから、ガウリイに会えないのはつまんないっっ。
 おしゃべりだけでもって電話してみたら、びっくりするコトをおばさんが教えてくれた。


「姉ちゃん、あたしガウリイん家〈ち〉に行ってくる!」
「待ちなさい、リナ!
 こんな時くらい我慢なさい」
「だって、ガウリイが足が痛くって、寝てるって言うんだもんっ」
 いっしょうけんめいうったえたら、姉ちゃんが家の前まで送ってくれた。

 ご挨拶もそこそこに、ガウリイの部屋に走ってったら、ホントにガウリイがベッドにいた。
「リナ? どうしたんだ!?」
 びっくりして起きあがったガウリイをむしして、えいやっと毛布をめくると、両足が真っ赤にはれあがってた。
 あたし、そのまま固まっちゃった。
「気にすんなって。ただの『しもやけ』なんだから」
 ぶんぶんっと首をふる。
 前に姉ちゃんが言ってたもん。
 しもやけだって、ひどくなったら、そこがくさっちゃうコトだってあるんだって。
 指とか手足がなくなっちゃうコトだって……。
 きのうあたしをおんぶして、あんなに雪をこいで歩いたせいだよね。
 あたしの――
 あん、やだ。
 目がうるうるしてきちゃったよぉ。
 ガウリイがあわてて、ぎゅっとだっこしてくれた。
「おまえのせいじゃないから、泣かないでくれって。
 ほら、車押したりしたろ?
 あの時、靴に入った雪で濡れたのが、冷えちまっただけからなんだから」
 けど、その後で雪の中に入ったから――やっぱりそうじゃないっ。
「……ごめん…ね…」
「あやまることないって。
 ――おまえだってえらかったんだぞ」
 いきなり思いもしなかったコトを言われて、あたしは泣くのを忘れて、ガウリイを見上げた。
「おまえ、昨日はあの吹雪の中で、一回も泣き言とか言わなかったじゃないか。
 あんなに大変だったのにさ」
 え?
 ――だって、あれはガウリイがいてくれたから……。
 あたしはノドまで出たことばを呑み込んだ。
 だって、ガウリイのおにーちゃんが、入ってきたんだモン。

 おにーちゃんはにこにこ笑いながら、あたしたちにあったかいココアをくれた。
「気にしなくていいんだよ、リナちゃん。
 こいつ、昨日はいつになく頑張ってたろ?
 ったく、リナちゃんを護るためだったら、ヒトが変わるんだからな」
 へ?
 ガウリイを見たら、真っ赤になってた。
「よ、用がすんだら、さっさと出てけってばっ」
 このあわてぶり、どうやらホントみたい……。
 もしかして、もしかして。
 きのう、あんなにしゃっきりしてたのって――あたしを守ってくれるためだったの?

 ぎゅっ。
 おにーちゃんが出てってから、あたしはガウリイをだきしめた。
「リ、リナ!?」
 あは、ガウリイの心ぞうがどきどきいってる。
 何だかすごくうれしい。
「ガウリイもえらかったんだね」
 ちょっとだけ間があって、ガウリイが抱き返してくれた。
「役得、だな」
 ガウリイの声も嬉しそうだった。
「『やくとく』って何?」
「――忘れた」
 もおお、ガウリイのくらげぇっ。


 後から、姉ちゃんに意味をきいたら、しっかり笑われた。
「お互い様だわ」
 ――よくわかんないけど。
 ガウリイの足は、すぐ良くなるってコトだし。
 あたしもガウリイとずっといられたんだから、まあ、いいや。

 ――でもね。
 きのうのコトは、まるで冒険みたいで。
 ガウリイが元気で一緒なら、またしてもいいかな――なんて思ってるのは、ナイショにしとこっと。


<<おしまい>>




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