Betweem Lips and Kiss
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 まだ一度も使ったことのない、ぴかぴかのお鍋。
 きれいな花柄の入った、色とりどりのお皿達。
 つやつやのスプーンの柄には、細かな模様が刻まれている。
 くふふ、みんなおろしたて、新品なんだよね〜。
 最上級の品とまではいかないけど、何だかとっても愛おしいや。
 
「……なにスプーンに頬ずりしてんだ?」
 いきなり、情緒もへったくれもないのほほーんっとした声が、あたしを現実に引き戻した。
 む゛ーーーーーーっ。
「――何でもないわよっ。
 単なる乙女の感傷ってヤツなの」
 振り返りもしないあたしの答えに、なおも声の主――ガウリイが背後から追い打ちをかける。
「『乙女』ってなぁー。
 いくらなりたてって言っても、もうオレの女房なんだから、そりゃあ無理あるんじゃないか?」
 ぼんっ。
 いきなり顔が爆発したかと思った。
「あ、あのねぇぇっ!」
 一気に照れモードに入ってしまったぢゃないかぁぁっ!
「まだ自覚ないのか?」
「あ、あるに決まってるでしょ!
 でなきゃ、何で今あたし達、こんなコトしてるって言うのよ!」
 照れ隠しに投げたクッションを軽く受け止めて、ガウリイは周りをゆっくりと見渡し――ふっと息をついた。
「――ずっと旅暮らしばっかりしていたから忘れてたが。
 生活すんのって、こんなにこまごまとしたモンがいるもんだったんだなぁ」
 
 ――そう。
 ここはガブリエフ家――あたしとガウリイの新居。(うわはははぁっっ)
 すったもんだあったものの、何とかゼフィーリアに戻ってめでたく(?)結婚式をあげてから、まだわずかに10日ほど。
 あたしの実家の近所で見付けた手頃な家は、長いこと空き屋だったとかで少々補修が必要だった。
 それが終わったのが、つい昨日。
 ようやく実家の居候身分から脱して、いよいよここで――二人だけの暮らしが始まるところ。
 ――とは言え、旅の傭兵していたガウリイには、元々荷物など多くあるはずもなく。
 あたしとてせいぜい、お宝や実家に置いていた私物くらいで。
 家庭を構えるような家財道具など、ないに等しかった。
 新たに一通り揃えた――いわゆる一般家庭に必要な――生活用品や家具類は、まだ他人の顔をしている。
 とりあえず大きな家具類を運び込むまでは、父ちゃん達やご近所衆の手を借りたものの、収納は自分達だけでやってるとこなのだ。
 だって――『二人の家』(うひゃあぁ)なんだから、あたし達だけで暮らせる状態にしたいじゃない?
 けれど、ここに大きな誤算があった。
 どうも、その、正式に、『夫婦』に、なってから、こんなに二人だけでいたコトって、なかったから――、やたらと、その、照れくさいというか、落ち着かないというか――。
 だからって、ここに父ちゃんや姉ちゃんがいたら、それはそれで別なイミで照れ照れでどうしょもうないんだろうけどさ。
 一方のガウリイはと言えば――、最初は素直に喜んでいたけど、もういつもの調子に戻っている。
 まあ、あんたに「ないーぶ」とか「でりけぇと」とか言う単語を求めてもイミないのは――わかってるけどね。
 けどねー。
 不意に視界の中のガウリイがこちらを見た。
 うはっ!?
 あたしは反射的に目をそらしていた。
 どうやら無意識に見つめていたらしい。
 け、け、けっして、見とれてたとか、見惚れてた、なんかぢゃないからねっっ!
 ――――――――。
 うーみゅ、どうにもいたたまれない。
 決して嬉しくないワケじゃなくて――何と言ったらいいか――
 ――やれやれ、こんなんじゃ、いったいいつになったら家中に置かれた荷物が片づくやら。
 あんまりのんびり構えてて、姉ちゃんに説教されるのも――ごめんこうむりたいぞぉ。
 
「お?」
 居間と続いている台所で、積んである箱を開けていたガウリイが、いきなり素っ頓狂な声をあげた。
 ――ふう、これで何度目だ?
 今度は何を見つけたやら――。
「おーい、リナ。
 こんなの注文したのか、おまえ?」
 何だか楽しそうな声音にそちらを覗き込み。意識が白濁しそうになる。
 ガウリイが広げて見せていたのは――白いレースのフリルがむやみに盛り沢山の――エプロンだった。
 
「な、な、なによ、それはぁぁぁっ!?」
 ようやく意識回復して叫ぶあたしを、ガウリイはきょとんとした顔で見ている。
「何……って、エプロンじゃないのか?」
「それはわかってるってばっ!
 そうじゃなくて、いったいどっから降ってわいたのよ!」
「こん中に入ってた」
 箱の前に出されているアイテムから察するに、まぎれもなく台所用布製品――なべつかみ、とか、ランチョンマット、とか――の中に入っていたらしい。
 ――確かに、台所で使うモノだというのは、認める。
 認めるけど……、いったいその謎の物体は何なのよ!?
「おまえが頼んだんじゃないのか?」
「あんたが頼んだんじゃないでしょうね!?」

 しーーーーーーーん。
 
 少なくとも、ガウリイがあたしに内緒で、シュミの注文しといたとかではないらしい。
 と、すれば、いったいどっから―――?
 
 ――――?
「ちょっと、ガウリイ。
 あんた何やってんの?」
 考えを巡らせている間に、ガウリイが目の前まで来て、例の物体を差し出していた。
「――着てみないか?」
「――は――?」
「だから、これ、着てみないか?
 きっと似合うと思うんだけどなー」
 ―――――――――。
 ばきっ!!
 ガウリイの好奇心満載の笑みに、あたしは渾身のストレートをぶち込んだ。
 
 たぁく。
 冗談じゃないわよっ。
 どーしてあたしが、こんな恥ずかしいモノを身につけなきゃならないってのよ!
 そもそも、こんなモノ、ちっとも実用的じゃないじゃない。
 白なんてすぐ汚れる色だし、いっぱい付きまくってるフリルはあちこち引っかけそうだし――。
 それに、こんな『幸せな新妻』を具現したようなアイテム、恥ずかしくて着けてられますかってのっ!
 ――へ?
 ちょっと待て。
 あたしって、まさにその『幸せな新妻』じゃなかったっけか???
 亭主がクラゲだろーと、新居がまだ片づいてなかろーと、いろいろと密かに問題は山積していよーと。
 間違いなく、世間的な名称や状況はそうなわけで―――。
 たたんで戸棚にしまいこもうとしていた『それ』を膝に置いて、あたしは深々とため息をついた。
 そっかー。
 これが何だかやたら落ち着かない原因だったのか。
 ムードが甘いのが当たり前なんだよね。新婚なんだもん。
 まあ、そりゃその前から、すでに事実上そういうコトにはなってたけど――しっかり手順を踏んじゃうと――何というか――気恥ずかしいんだ。
 あたしはもう一度、そのエプロンを広げて見て――再びため息をついた。

 <<つづく>>




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