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青い抜けるような空。
広がる台地、国境の見張り役の傭兵――剣士が、のんびりという様相で、小高い岩場に腰掛けていた。
この辺りには街どころか人家もないので、街道を旅人が通る以外に人の姿を見ることははない。
その旅人も今はすっかり途絶えている。
――と言うのも。
現在はこの向こうにある隣国と、情勢不安からいつ大がかりな戦〈いくさ〉に発展するかわからない小競り合いが続いていたからだ。
しかし、ここを除けば侵攻の困難な地形が広り、唯一人が通れるルートは閑散とした街道があるだけときては、国境と言っても戦略的な価値などないに等しく。
こんな場所に、敵などやってくる可能性はほとんど考えられないのだが――。
それでもあえてここに見張りを置いている理由は、一つだけ。
ある意味、敵より恐ろしい存在――、デーモンのやたら出没度が高い場所だからだった。
魔族にとって有益な何かがあるのではないかとか、精神世界〈アストラルサイド〉への門があるのではないかとか、あれこれ諸説あるものの、まだ誰も真実を確かめた者はなかった。
まるで情勢不安に合わせたように、最近は頻度が上がっていたため、隣国側に利用される危惧や自部隊の被害も考えて、放置は出来なかったらとて。
だが平和な時ならいざ知らず、いつ戦になるかわからない状態の時に、それほど多くの部隊を割くわけにもいかず――。
またこういう所に駐留させるのは、魔族に属するモノに対抗しうる術を持った魔道士が適任なのだろうが――、いくら報酬が破格でも、誰一人、好んでこんな場所の見張りなどやりたがる者はいなかった。
そう、このガウリイ=ガブリエフ以外は。
彼は魔法こそ全く使えなかったものの、異様なカンの良さで魔族の出現がわかる上、携えた魔剣は超一流の腕と相まって、デーモン程度では敵ではなく。
彼一人で数部隊分の戦闘力に匹敵すると言うことで、異例の単独派遣が決まったのだ。
上層部も、隣国への一つの脅し的なプロパガンダとして据えて置いて、いざ戦になれば呼び戻せばいいのだ、くらいの思惑だったに違いない。
そんな一級の傭兵がなんでこんな所にくすぶって満足しているか、誰もが不思議がったものだが――、彼のいたってのほほーんとした人となりと、極端な物忘れのせいで正式に仕官出来ないからだろうと、勝手に結論付けていた。
そんなワケで。
一週間に一度、飛竜〈ワイバーン〉を操る味方の補給兵が食料を届けにやってくる以外は、見回りやデーモン退治、果ては片手間に食料調達も兼ねての狩りや菜園作りなどというノンキな生活が、もうけっこう長く続いていた。
このままだと、彼の雇われている国と隣国との関係に何らかの変動が起こるまでは、任が解かれるコトはなさそうである。
――しかし。
最初の考えはどうあれ、今のガウリイには、ここに駐留していたい重大な理由があったのだ。
たとえ生命の危険と隣り合わせだろうと、ここにいなければならない理由が。
もちろん、それは誰にも言えるモノではなかったのだが――。
大きくあくびをすると、後ろから声がかかった。
「そんなに無防備でいいの? 見張りの剣士さん」
ガウリイは姿勢を変えずに、答える。
「おまえさんにオレは切れないさ。隣国の魔道士さん」
振り返ったその顔には、満面の笑み。
蒼い瞳に映るのは、魔道士姿をした小柄で華奢な栗色の髪の少女。
先ほどまで誰もいなかったはずの岩場の向こう、草の原にたたずんでいる。
「はっ、自信過剰はケガの元よ」
少女は、大きな宝石の付いたショルダーガードに覆われた肩をすくめて見せる。
「おまえさんこそ、こんなにちょくちょくここに来てたら、ケガしかねんぞ」
「このリナ=インバースを傷つけられるようなデーモンや兵士がいたら、お目にかかりたいわね」
「オレがいるだろ?」
笑顔だったリナという名の少女は、少し苦みを浮かべる。
「――なら、切ってみる?」
ガウリイも静かな表情になって、手を差し伸べた。
「こっちに来いよ」
リナは答える代わりに、ゆっくりとガウリイに近付いていき。
ガウリイも立ち上がり、距離を詰める。
あと数歩、という所まで来た時、ガウリイは身を乗り出してリナの腕を掴むと、少し荒々しく引きよせた。
逆らうコトなく、胸甲冑〈ブレスト・プレート〉に覆われた胸に収まるリナ。
ガウリイはマントの上から背中に腕を回すと、抱きしめ――、そのまま唇を重ねた。
リナもガウリイの首に腕を回し、かき抱く。
「……んっ…」
何度も角度を変え、舌を絡ませ合う深いキスが交わされる。
それでもどちらも離そうとはしない。
ようやく少し浮いた唇から漏れた言葉は。
「甲冑が――邪魔だな」
「――あんたの――だって――」
「脱ぐか?」
「見張りは?」
「前におまえが作ってくれた仕掛け――まだ生きてるだろ?」
「ん――後からチェックしとけば――」
「なら――脱いでもいいな」
「うん……」
うなずくリナを抱き上げ、顔にキスを降らせながらガウリイは歩き出した。
リナも自分からキスを返し。
二人はそのまま見張り小屋として使っている、木造のこぢんまりした家屋に入っていった――。