<後編>
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「――そうだ、あの娘とはどうなったんだ?」 ぶっ! ノンキに問うガウリイ。 全く空気を読んでないと言うか、よくこの調子で客商売が務まるものです。 ――いえ、これだけになると、確信犯でやっているのかも――。 それはともかく、気分転換効果なんか思いっきり突き抜けて、ゼルガディスはすっかりパニックに陥っています。 「い、い、いきなり、な、なにを……っ!」 真っ青になったり真っ赤になったり。 あまりのうろたえぶりに、リナはガウリイに説明を求めました。 「この街の神社の巫女さんでな、ゼルガディスとは――」 「やめんかっ! アメリアとはなんでもないんだ!」 立ち上がってゼルガディスが主張しますが。 自ら固有名詞まで出しておいて何でもないなんて、いったい誰が信じるんでしょう。 「――チョコもらえなかったんだ」 リナのトドメの一撃に、とうとう自爆してしまいました。 「おーい、生きてるかー、ゼルガディスー」 立ち直らせたいのか、どこまでも不器用でシャイな親友をからかっているのか、ガウリイが変わらぬ調子で声をかけます。 でも、リナと違って一向に復活してくる気配がありません。 ――きっと、フツーの人間に戻って、その巫女の人間と『つがい』になりたいのね、とリナは結論したのでした。 「――帰る」 とことんヘロヘロになったゼルガディスが、ようやく上着を羽織って立ち上がりました。 「なんだ、もうか? ゆっくりしてけよ」 「いてもジャマにしないわよ、ゼル」 「勝手に愛称を付けるなっっ!!」 「んもぅ、おとこはこまかいとモテないのよ」 ばんっ!! 「しょうじにやつあたりしないの」 「おまえは小姑かっ!?」 「おまえさんたち、すっかり意気投合したんだなぁ」 まるっきり漫才モードですが、もう反論する気力は残っていないゼルガディス。 来た時とは違う意味の重い足取りで勝手口に向かうのを、異種間仲良しな二人は揃って見送りに出ながら―― 「まだけっこー雪降ってるなぁ。 リナ、今晩は泊まってくか?」 「うんっ♪ またガウリイといっしょのふとんでねていい?」 「おう♪」 「ガウリイむだにあったかいもんねー」 「おまえの毛並みだって気持ちいいぞ」 ゼルガディスはとっさに妙な方向に想像が行ってしまい、危うく勝手口のたたきに落ちそうになりました。 「どうした?」 「い、いや。じゃあな」 「ああ、気を付けてな」 「またチョコもってきてねー」 「もうあるかっ!!」 最後の最後まで律儀にツッコんで、ゼルガディスは家路に就いたのでした。 降り積もる雪に辺りの音は吸い込まれ、自分の足下を踏みしめる音だけが響いている気がしました。 とぼとぼと歩く道は雪明かりで明るく、遠くまで見通せます。 その先に――こちらに向かって歩いてくる人影がありました。 こんな遅くにご苦労なこった――と思いかけて、ゼルガディスははっとしました。 その小柄な人物も、こちらに気付いたようです。 歩を緩めた彼とは反対に、あちらは早足になり――。 互いに街灯の下に入った時、はっきり相手の姿がわかりました。 「…ゼルガディスさんっ!?」 「………アメ…リア…?」 満面に笑顔を讃えて、アメリアが小走りで近付いてきました。 「こんばんはっ、ゼルガディスさん」 「あ、ああ。………こんな時間に一人なのか?」 見回しても、他に誰の姿もありません。 「はい、ゼルガディスさんのアパートを訪ねたら、大家さんがガウリイさんの所へ行ったと教えてくれたんです。行き違いにならなくて良かった♪」 「『良かった』じゃないだろうっ!」 いきなり声を荒げたゼルガディスに、きょとんとするアメリア。 「いくら雪明かりがあるからって、女の子が出歩く時間じゃないぞ! 何かあったらどうするんだ!」 心配してくれているのだとわかって、苦笑します。 「そうですね。すみませんでした」 「……俺に謝ってどうする。 で? 何の用だったんだ?」 「――は、はい、あの……」 「……言ってみろ。…もう怒らないから」 ゼルガディスはさっきまでのパニックの名残と、予想もしない所でアメリアに会った驚きや、彼女が心配やらごちゃ混ぜで全然気付いていませんが――。 ちょっと冷静に考えれば、『今夜』女の子が一人で自分に会いに来る理由は、おのずとわかろうというものです。 ここにリナとガウリイがいたら、後ろから蹴り飛ばしていたに違いありません。 アメリアもそれを悟ったのか――少し頬を染めながら、手にしていた小さな紙袋を両手で差し出しました。 「これ……っ!」 さすがの朴念仁もやっと気付いたものの、今度はどうリアクションしていいかがわかりません。 無愛想にあしらうのは慣れていても、その反対が思いつけないのです。 「…ゼルガディスさんが、こういうのを受け取らないっていうのは知ってます。 でも、どうしても渡しに行きたくて……!」 真っ正面からの玉砕覚悟の正攻法攻撃。 自称正義の味方・元気の塊なアメリアも、とてもゼルガディスを正視していられなくて、顔を伏せてしまいました。 「ねぇガウリイ、あそこにいるのゼルでしょ? だれかといっしょにいない?」 「ああ――、あれがアメリアだ」 「なんだ、まちあわせしてたんだ」 「うーん、そんな感じじゃなかったが――。 偶然でもなさそうだな」 ノンキに会話しているこの二人、帽子屋の二階の窓にいるのです。 どちらもやたら目がいいので、部屋の電気を消せば、雪明かりで十分なのでした。 雪道を帰るゼルガディスが気になって、通りに面した窓から覗いてみたところ――思わぬデバガメ状態となったのでした。 窓枠に腰掛けたリナの耳とシッポは、すっぽり被ったショールで一応カムフラージュしているものの、およそお忍びで人里に来ている人外のやるコトではありませんが。 今はゼルガディスの成り行きの方が気になるので却下です。 「ゼル、チョコもらえてよかったじゃない。 もう一つふえるね♪」 「さぁて――そんなに簡単に行くかな?」 そんな観客なんかに気付くはずもなく――純情な二人の方は、しばし刻〈とき〉を止めたままでした。 長く差し出したままだからなのか、緊張のせいか、アメリアの腕が微かに震えています。 「―――送っていこう」 少し乾いたゼルガディスの静かな声に、アメリアははっと顔を上げました。 「―― 一人で帰すわけにはいかない。 家まで送っていく」 いつもは明るい少女も、これには声を失ってしまいました。 そのまま佇んでいる横を、無愛想な顔でゼルガディスがいったん通り過ぎ――、くるっと振り返って。 「――ほら」 声と共に差し出されたのは、右腕。 「???」 あまりにも不器用すぎるリアクションに、付いていけるはずもなく。 「その『荷物』、俺のなんだろう? おまえに持たせたままじゃいられんだろ」 一呼吸の間があって――アメリアの顔が再び輝きました。 「……はい!」 ゼルガディスは少し荒っぽいくらいの動作で紙袋を受け取ると、振り返らずに歩き出します。 アメリアはただ笑顔で、後ろから追っていきます。 モノトーンな雪明かりでは見えないでしょうが――、ひたすら歩き続けるシャイな青年の顔は真っ赤なのでした。 「――とりあえず、めでたしの方向に収まったみたいじゃないか?」 上から降ってくるガウリイの嬉しそうな声とは裏腹に、リナはちょっとむくれています。 「なーにはなしてたんだかしらないけど、なんだかおとめごころをちっともわかってないかんじがするのよね」 「大丈夫だって」 「…ずいぶんじしんありそうじゃない?」 「アメリアはゼルガディスの性格をわかってるからな」 見上げると、いつものにっこり笑顔。 「…あんたって、にぶいのかくせものなのかわかんない」 微笑みが意味深なモノに変わると、余計にそう思えてしまいます。 「さあ、布団敷くかー。――って、その前に歯磨きしなきゃな」 「はみがききらいー。にんげんって、そういうトコふべんよね」 「虫歯になったら、美味いモンが食えなくなるぞ」 「………しかたないわ、みがいてあげてもよくてよ」 「はいはい、お姫様」 ガウリイは軽く笑い声を上げて、ショールごとリナを抱きあげました。 電気を付け、窓を閉めようとした時。手が止まりました。 「どうしたの?」 「――いや、何かの気配がな」 「…ちょっとぉ?」 「――もう消えた。夜行性の生き物かな」 「あたしよりカンのいい『ニンゲン』ってどうよ?」 「取って食ってやろうか?」 「だまってくわれたりするとおもう?」 「ハンパな覚悟じゃ食いつけないな」 笑いを交わしながら閉めたカーテンに、一瞬じゃれあうシルエットが浮かんで消えました。 雪はなおもしんしんと、幸せな夜に積もっていくのでした。 この後――。 街の二大アイドルだったガウリイとゼルガディスに、意中の相手が出来たとのウワサがまことしやかに流れました。 二人にチョコを贈った誰かが目撃したとかなんとか―――。 その真偽は、この数年後に明らかになることになるのですが、今はまだここまでということで。 |
<<おしまい>>
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