『Go to make Candies』


<後編>


 さかんにつまみ食いして、甘い匂いも嗅ぎまくって、食欲が落ちる――なんてコトは全くなく。
 二人はしっかり昼食も取って、飴作りを続けていました。

「ゼルは何時にくるの?」
「そーいや、遅いな。学校は午前中だけって言ってたのに」
 鍋の縁に付いた飴をお湯を付けた刷毛で落としていたガウリイが、火を止めました。
「おーし、これで最後だ。手伝いのご褒美の分だぞ♪」
「わーい♪」
 ――つまみ食いがもっと少なかったら、この鍋の分って必要なかった気がするんですが。
「何味がいい?」
「ミルクとイチゴとメロンとオレンジー♪」
「一緒に混ぜんだな」
「ち・がーうっ!」
 どこまでもリナには甘々なガウリイ、飴を手早く4等分して、リクエストに応えます。

 リナの耳が跳ねるのと、ガウリイの手が止まるのが同時でした。
「ゼルガディスだな」
「『きんべんがくせい』ね」
「開けてやってくれ」
 正体を知っている相手に隠れる必要はありません。
 リナは大きなキャンディを持ったまま、勝手口に向かいました。
 
「やほ♪」
「――臨時休業の張り紙して何やってるかと思えば、こういうことか」
 さんざん仔狐にやり込められている銀髪の青年は渋い顔をして、後ろ手に戸を閉めました。
「よう、ずいぶん遅かったな」
「学校の方でいろいろあってな。
 すぐバイトに行かにゃならん」
「あたしがいるからって、エンリョしなくてもいいのに」
「誰が……」
 言いかけ――リナの持っているモノに気付いて。
「バレンタインのチョコだけじゃなく、ホワイトディも相伴してるのか?」
「しつれいね、これはちゃんと『あたしの』なの」
 かざされたキャンディに、くっきり書かれた名前。
 ゼルガディスの顔がさらに渋さを増します。
「――おい、旦那」
「ミルクとイチゴで作ったんだ。上手いもんだろ?」
「そーいうことじゃなくて…」
 正直、常識人――状況はともかく――を自認するゼルガディス――、
 いくら保護欲旺盛なガウリイと言っても、相手は妖狐だぞ。
 こんなに入れ込んでいるなんて、あまりいいことじゃなかろう。
 誰かにバレれば、どんな騒ぎになるかしれないってのに。
 よもや――どんなに魅力的な女にもなびかなかった奴が、こともあろうに――こんなちみな子供にそっちの気になっているとは思えんが……。
「何なんだ?」
 されど、あえてそんなコトを口にするのは、さすがに気の回し過ぎ、バカみたいな気がして。
「――それより、もう出来てるのか?
 待たなきゃならんなら、また出直すが――」
「いや、今手が空く」
 ガウリイは軍手を脱ぎ捨てると、脇の戸棚からちょっとずっしりめの紙袋を持ってきました。
「ほら、いつものハッカ飴だ。今年はこれで足りるだろ?」
「あたしも手つだったのよ♪」
 おや、意外と義理がたいじゃないか。
「これでチョコの恩は返したから、来年もよろしくね♪」
 得意そうなリナに、ゼルガディスは盛大にため息を吐きました。
「で、こっちも持ってけ」
 ゼルガディスの手に、別の小さな紙袋が乗せられました。
 頼んだのは、『お返し』用だけだったはずなのに?
 中を覗いてみると――星形のクッキーが何個も入っていました。
「……これ…?」
「あれ? アメリアは星が好きなんじゃなかったか?」
 ゼルガディスの頬がぱっと染まります。
「…どうしてそんなコトだけ覚えて……じゃなくって!
 何なんだこれはっ?」
 ガウリイはにっこり笑顔を浮かべて、興味津々背伸びする足下のリナを抱き上げました。
「別に作っといた。
 やっぱり『本命』には、特別なモノの方がいいだろ?」
「ほ、ほ、『本命』ってなぁ…」
 耳まで真っ赤になった顔だけで、十分答えになっています。
「あ、さすがにそのままじゃ味気なさ過ぎだから、ラッピングは自分でしろよ」
「ラ、ラ、ラッピングって……!」
「そのくらいおまえが手をかけてやれって、『本命』なんだから」
 ゼルガディスの言語中枢は、どっかに吹っ飛んでしまいました。
 ガウリイの「がんばれよ♪」コールも、耳に入っていたかどうか。
 
 ゼルガディスが去った後――、抱っこされたままのリナがガウリイの頬をつつきました。
「ずるい」
「は?」
「あんな『イイモノ』隠してたなんて、ずるいって言ったの!」
「……おまえには、もうあるだろー」
「『ほんめい』じゃないからくれないわけ?」
「おいおい」
 キャンディはしっかり両手で握ったまま、そっぽを向くリナ。
 『クッキー』も美味しそうだったのもあるのですが――、自分がガウリイにとって、『ゼルガディスにとってのアメリア』ほどではないと言われてしまったようで、何だか悔しくて――淋しかったのです。
「――やれやれ」
 リナを再び椅子の上に座らせて頭を撫でると、ガウリイは居間の方に行ってしまいました。
 リナは半ば意地になって、横を向いたままで、キャンディを舐めています。
 それでも勝手に居間の方を向いてしまった耳が、何やらごそごそという音を捕らえました。
 そして、戻ってくる足音と気配。
 
「ほら」
 優しい声に少しだけ視線をやると――いきなり目の前がピンク色になりました。
 思わず身を引くと、それはキレイに金のリボンで飾られた、ピンクの包み。
「ホントは帰り際に持たせてやるつもりだったんだが――。これで楽しみは本当にナシだぞ?」
「……あたしの???」
 こっくりと頷くガウリイが、開けて見ろという動作をします。
 どきどきしながら、ほどくと――。
 出てきたのは、ハート型のクッキーでした。
 びっくり目で振り返ったリナに、持たされたキャンディを舐めながら、ガウリイがにっこり微笑みます。
「満足したか?」
 リナは思わずガウリイに抱きついていました。
「おうっ!?」
 首にしがみついている小さな身体を抱っこしてやると、すりすりと柔らかな頬ずり。
 言葉はなくても、ガウリイにとっては、何より嬉しい反応で。
 満足そうに、頬ずり返します。
 二人にとっては、また幸せなイベントとなったのでした。

 
 で――ホワイトディ当日。
 ガブリエフ帽子店のカウンターに、大きなフタ付きガラス瓶に入った色とりどりの飴が置かれました。
 ひとつずつセロファンでくるまれ、『ご自由にお持ちください』の張り紙付き。
 実に大ざっぱな『お返し』方ですが、店主の鷹揚さをよく知っている女性客は、今さら反感を抱くこともなく。
 むしろ皆に平等、中身も正真正銘ガウリイの手作りとあって、大いに満足したようです。
 チョコに関係ない老若男女のお客もご相伴に預かり、皆で幸せを分かち合う日となりました。
 
 ゼルガディスはと言いますと。
 薬包紙に漢方薬を包むのは手慣れていても、ラッピングとなると全然別物です。
 まして、贈る相手のコトを考えると、作業はつまずきまくりでしたが――。
 決して完璧な出来ではなかったものの、その分心がこもっていると、アメリアはいたく感動してくれ。
 こちらはこちらで、幸せ度が上がったようです。
 
 一方、飴だけでなく、本命クッキーもその場で全部食べきらずに、しっかり持ち帰ったリナは。
 ますます足しげく、帽子屋に通うようになりましたとさ。

 後に、それを発見した家族と、ちょっと一悶着になるのですが――、それはまた別のお話で。



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