『Go to make Candies』


<中編>


 翌朝、先に目が覚めたのは部屋の主〈あるじ〉でした。
 寝ぼけ顔で伸びをしようとして――動きが止まります。
 布団の中――胸元にある温もりと丸いモノ。
 そっと撫でると――しなやかな毛並みの感触。
 ガウリイはくすくすと声にならない笑いをもらしました。
 寝付く時は人の姿なままのリナですが、朝にはいつも元に戻ってしまっているのです。
 完全に警戒心が緩んでいるのでしょう。今も起きる気配は全くありません。
 しっぽと鼻先をくっつけるように丸くなっている子狐のお腹が、呼吸で小さく上下しています。
 あまりのあどけなさに思いっきり破顔したガウリイは、包むように抱きかかえ、しばし心地いいまどろみの中に身を委ねるのでした。

 何だかとっても幸せな感覚が――子狐を夢見モードから引き戻しました。
 くんくんくん。
 どうやらリナを起こしたのは、部屋に漂ってくる甘い香りだったようです。
 一緒に寝ていたはずの大男は、少しばかりのぬくもりを残して姿を消しています。
 ということは――これが『いいモン』に違いありません!
 そそくさと人の姿になって階段を下りていくと、どうやら香りの出所はお勝手。
 ワクワクしながらそっと覗き込もうとした時、長い金髪を三つ編みにしたガウリイが、背を向けたまま、
「やっと起きたか。おはよ」
 気配はしっかり消しているはずなのに。この男ったら後ろにも目が付いているのでしょうか。
「…おはよう」
 お勝手の真ん中に背の高いテーブルが出してあって、水色チェックのエプロン姿のガウリイは、コンロの前で湯気の上がる鍋をいじっています。
 どっちもリナの背丈では、どうなっているのか見えません。
 隅っこから子供用椅子を引っ張り出して、小走りにテーブルの所に運び、踏み台にして伸び上がると――。
「…何これ?」
 広げられた大きなクラフト紙の上に、うっすら白い粉が挽かれ、何やら丸い色とりどりの丸いモノが沢山転がっています。
「飴だ。
 まだ冷め切ってないから、いじるなよー」
 そう言われても、目の前に不思議なモノがあったら気になってしまいますって。
「たべもの?」
「お菓子の仲間だ」
 『お菓子』は、前回のチョコを含めて何度か食べたコトがありますが、こんなの初めてです。
 テーブルに両手をかけたまま、じっと飴から目を離さないリナに、ガウリイが失笑します。
「そんなに急〈せ〉かなくても、これから沢山作るから。
 まず朝メシにしようぜ、顔洗えよ」
 誘惑断ちがたく、リナはそっと手を伸ばし――。
 つん、とつつくと、固い感触とほんのりした暖かみ。
「おい、舐めて済ましたのか?」
 相変わらず乙女心に疎い発言ですが、無視無視。
 ……ぱくっ。
「あまぁい♪」
「こらっ」
 どうにも我慢できなくて、オレンジ色のを一つ口に入れてしまったリナの首筋――人型の時は襟元を、ガウリイがつまみ上げました。
「たく、しょーがないな」
「だぁってぇ、こぉれであたぁしをよぉんだんでぇしょお?」
 口の中で転がしながらだと、反論も間が抜けています。
「メシが済むまでくらい待てんのか〜」
 とっても楽しみで来たのに、そんなの無理に決まってるじゃないですか。
 リナは一気にガリガリとかみ砕いて、口を尖らせました。
 ガウリイは苦笑いして、
「舐めてる方が長持ちするぞ」
 食いしん坊な仔狐を小脇に抱え直して、流し台まで強制運搬。
「ほら、顔洗った、洗った」
 大人用椅子の上に立たされると、今度はコンロがよく見えました。
 厚手の大きな鍋の中では、ぐつぐつと透明なモノが泡を立てて煮えています。
「これが、あれになるの?」
 ガウリイは、リナにお揃いのピンクのエプロンを着せてやりながら、ああ、と頷きました。
 そのかいがいしいさといったら、まるでお嬢様付きの執事のよう。
 思わずシッポを揺らすリナの髪を、さらにリボンで括り。
「おまえの分はもう作ってあるんだぞ」
「……ぜんぶあたしのじゃないの?」
 お嬢様の方は、どこまでも食欲優先のようです。

 居間で朝食を食べながら、帽子屋店主は状況の説明を『彼なりに』してくれました。
 先月の『バレンタイン』と対に、『ホワイトディ』というのがあり。
 チョコもらった男衆は、飴やクッキーを返すのが習わしなのだと。
 普通は店で買って済ませるところを、ややこしいので手作りしていると言うのですが――、そっちの方がはるかに面倒そうなのは、リナでもわかります。
「人数だけならまだしも、『義理』と『本命』ってのがあってなぁ。
 とってもじゃないが覚えてらんない」
 脳クラゲ店主ならではの理由ですね。
 どうやらチョコにも意中の相手とそうでないのがあるように、『お返し』にもランクがあるようです。
「めんどうなのね、人げんって」
「まあ、必ずしも返さなくてもいいんだが――。
 女の子ってのはけっこー気にするみたいだし。
 それに――来年もまた――もらいたいんだろ?」
 ガウリイの視線に、リナはこくこくと頷きました。
 あの山盛りチョコは、魅惑的すぎます。
 まして、毎年ゼルガディスからチョコを引き取る代わりに、彼の分の飴作りを受け持つ約束となれば、頑張って作ってもらわなきゃなりません。
「つまりー、『せんこーとうし』なんだ」
「……そうなのか?」
 ここに約束の相手がいたらツッコミ所満載なのでしょうが、今は単に噛み合ってないだけでスルー。
 二人は後で飴を食べるコトなど考えていないように、普段通りたっぷり朝食を取ったのでした。
 
「そんなトコに上がったら、危ないぞ。椅子に座ってろ」
 調理台に登ろうとしたリナに、また襟元をつかもうとするガウリイ。
「もぉ、気やすくくびつかまないでよね。おとめにしつれいでしょ」
 ぱたぱたと手足を振って抗議する仔狐を自分の方に向かせて。
「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
「…どう…って」
 思わずリナは考え込んでしまいました。
 実はガウリイに触られるのは――口で言うほどイヤなんて思ってないのです。
 でも――いつまでもちみのままに扱われるのも、シャクで。
「『れでぃ』には『れでぃ』のあつかいってモンがあるでしょー?」
 リボンまで結ばせるあたりだけなら、立派に『お嬢様』なのでしょうが。
「肩車でもするか?」
「…てんじょうにぶつかるじゃない」
 何せ手を伸ばせば、天井を雑巾がけできる大男。
 ちっちゃいリナが乗っても、ちょっと伸びれば着いてしまうでしょう。
 いくらガウリイの肩車だって、髪で天井掃除させられるなんてごめんです。
「じゃあ、おんぶ?」
「かみむすんでる時ならね。そーでないと、うもれてちっそくしちゃう」
 長い金の髪の波に溺れる仔狐の姿が、脳裏を過ぎります。
「……なら、これとか」
 ひょいっ。
 いきなり両手で抱え上げられて、リナは仰天してしまいました。
 彼女は知りませんが、いわゆる『お姫様抱っこ』と言うヤツです。
「これで満足ですか、お姫様」
 何だかワケがわからないなりに、恥ずかしいようで。
「ちゃかしてるでしょっ?
 もー、いつものでいいわよ!」
 笑いながらリナを左手でだけで抱っこしたガウリイ。
 流し台の前に置いたままの大きな椅子の上に、子供用椅子を乗せ、リナを座らせ、さらに丸ごとテーブルの脇に運んで。
「ほら」
 背もたれの後ろの戸棚から、紙袋を渡してくれました。
「おまえの分だ」
 さっそく覗くと――何本かの細い棒。
 先にはピンクと白のハート型の大きな飴が付いていました。
 しかも、ちゃんと『Lina』の文字入り。
「!!!」
「キャンディだ。存分に食っていいからな」
「うんっ♪」
 一舐めすると、甘みが口いっぱいに広がります。
「おいしー♪」
「そっか♪」
 お勝手に満ちる甘い香り以上に、二人の幸せは甘々なようです。

「煮上がったぞー。熱いから触るなよー」
 ガウリイは二重に軍手をはめて、鍋をテーブルに運んできました。
 コンロ側に置いてあった金属製のバットに一気に飴を流し出し、何かブルーのモノを混ぜ込みました。
 一気にハッカの香りが広がります。
「ゆうべのつつみってこれだったの?」
「ああ、ゼルガディスの分だ。
 後で取りに来ることになってる」
「れいの『りがいかんけいのいっち』ってヤツね」
「――それって、持ちつ持たれつ、とか言うんじゃないか?」
 実際、人づきあいの苦手なゼルガディスは、こういう方面にはとんと疎く、チョコを受け取りたがらない原因の一つになっているのでした。
 たくましい腕に見合った分、力のある帽子屋の主、ぐいぐいと柔らかな飴の塊をこねていきます。
 まだらだった水色が、だんだんキレイに広がっていくのを眺めながら――リナはふと気付きました。
 ついさっきまで火に掛かっていたモノ、いくらガウリイの手の皮が厚くても、火傷しないんでしょうか?
 ちょっと心配になってしまって。
「――あつくないの?」
「そりゃな。
 けど、冷めると固くなっちまうから、しょーがない」
「先にハッカ入れとけばいーのに」
「こっちの方がツヤが出るんだ」
 まんべんなく混ざった所で、リナはテーブルの脇に踏み台を押して来て覗き込みました。
「……ヒマだから、なんか手つだってあげよーか?」
 額に汗をうっすら浮かべたガウリイが、にっこりと笑いました。
 妙に義理堅いくせに、ストレートに言えないリナの性格はよく知っています。
「――じゃあ、仕上げを頼むな」
「ごほうびは、あめ1なべぶんね」
 ガウリイは飴を細長く伸ばすと、ハサミのようなモノで、ちょんちょんと小さな塊に切り落としていき、
「そこにあるタオルを上に乗せて――軽くくるくる転がすんだ。――そうそう、それくらい」
 厚く折ったタオルの下から、玉になった飴が出てきました。
「おー、上手い上手い」
 褒められてすっかり気を良くしたリナ、時々キャンディを舐め舐め、作業に励みます。
 次の鍋が煮上がるまでは、一緒に丸めた飴のセロファン包みです。
 一つ味見してみろと、ガウリイが口に放り込んでくれたハッカ飴は、甘いのに涼しいような、ちょっと不思議な味がしました。
 出来たての飴もステキですが、やっぱりガウリイが自分のためだけに作ってくれたキャンディの方が、どうしても美味しい気がしてしまうリナでした。



<<つづく>>


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