リナのたまご。
【 04 -料理教室- 】


「リナ、愛してるぞ。早く生まれてこい。」

これが毎日の日課になった。
朝昼晩と必ず言うようにしている。
仕事中も家にいるときも寝るときも、肌身離さず持っている。
最初の晩は、寝相が悪く割れてしまうんじゃないかと気が気でなく、なかなか眠れなかったガウリイだったのだが
都合がいいことにリナのたまごは普通のたまごと違って割れるような殻はなかった。
しかも、柔らかく形が多少変わっても大丈夫なようだ。
手製の巾着袋にリナのたまごを入れて、それを首から下げ服の中へしまう。
最初から微妙に熱を持っていたリナのたまごだったのだが、本格的に暖め始めると更に熱を持ち時には熱いくらいだ。
今もまた、日課の愛の囁きをした直後から急激に熱くなってきた。
日に日にその熱は増しているように感じると、アメリアに話したら
「それはきっと孵化が近いということですよ!」
との事だ。
ガウリイ自身もそう思っている。
男だてらに母性本能が目覚めてきたのか、最近はこの小さなたまごが愛おしくて仕方がない。
手の中にくるんだそれを眺めガウリイは飽きることなく囁いた。

「愛してるぞ。」

頬ずりをすると薄紅色のたまごが更に色づいた。
照れているのだろうか?
とガウリイは笑った。

―――ピピピピピピピピピピピピピピッ―――

丁度その時寝室から携帯のアラーム音。
時計をみると午前9時。
ガウリイはリナのたまごを懐にしまい、荷物を持って立ち上がる。
寝室に携帯を取りに行くと部屋を出た。
マンションを出て駅とは逆方向の住宅街に向かう。
きゃんきゃんとよく吠える犬が今日も柵越しに走り回っている。
それを横目で眺めガウリイは家から徒歩15分ほどの場所にある一軒家の呼び鈴を押した。
表札の下には”ラーダ料理教室”の文字。

『はい。まぁ、ガウリイ様!』

インターホン越しの声。
どうも、とカメラに向かって言うと勢いよく玄関のドアが開き、エプロン姿の女性が出てくる。
彼女は階段で躓きそうになりながら慌てて門の柵を開いた。

「おはようございます。ガウリイ様。」
「おはよう、シルフィール。」

いつものように挨拶を交わし家の中へ。
近くで見たガウリイの笑みにシルフィールはうっとりと頬を染める。
先に家に入っていく後ろ姿を眺めハッと我に返り彼女はぺちぺちと頬をたたいた。

「駄目よシルフィール。これからお仕事なんだから!」

自分自身に言い聞かせ、よしっ!と気合いを入れ後に続こうとした彼女を振り返ったガウリイの笑みが襲う。
もちろん深い意味など無く、ただ単に「この新しいスリッパ使っても良いのかな?」的なものなのだが。

「あ、えぇ。はい。どうぞお使い下さい。」
「ありがとう。」

そのまま、また背を向ける彼。
真っ赤になった頬を彼女は両手で挟んだ。
思うのはただ一つ。
『わたくし、恋を致しました。』
最近ここに通い始めたガウリイに彼女は一目惚れしたのだ。
妄想の海を漂い始めた彼女に別の誰かが声をかけたのだが気が付くことはなく頬を染め青い空を見上げるばかり。
彼女に声をかけた人物は、はぁと溜め息を付き肩をすくめ勝手に家へと入っていく。

「シルフィール先生またトリップしちゃってるよ…」

靴を脱ぎスリッパに履き替え、家の奥にあるキッチンに向かうと彼女をトリップさせる張本人がいた。
それが気づきこちらを見る。
やぁ。と軽い挨拶。
最近ここに通い始めた男。
最初は、シルフィール目当てなのかと疑ったのだがどうやら全くその気は無いらしい。
ならば何故料理教室なんかに?
目的がよく解らない男。
…まぁ、料理教室に通う理由なんていうのは料理が上手くなりたい以外には本当は無いのだろうが…。
自分の理由がシルフィール目当てなだけに、ガウリイのこともどうしても何かあるように思えるのだった。
彼は前々から不思議に思っていたことを聞いてみることにした。
丁度彼女はトリップしている最中でしばらくは戻って来れないだろうから。

「なぁ。」
「ん?」

料理のレシピに目を通しながらガウリイ。

「前から気になってたんだけどさ。」
「何が?」
「アンタなんで料理なんか習いに来てんだ?」

彼のその質問にガウリイは顔を上げニッコリ笑った。
それはもう完璧なまでの笑顔で。

「美味い飯作ってやりたくて。」
「誰に?」
「リナ。」

即答。
答えは予測していたものの、やっぱりちょっと以外だった。
裏も表もなく「美味い飯が作りたいから」なんて。
リナとは彼女の名前だろう。
ならば、シルフィールの思いは一方通行。
片思いだ。
…俺も同じだけど。と彼はぼそりと呟いた。

「でも、ちょっと嫌味だな。アンタ。」
「ん?なんで?」
「顔も良くて、ここに通ってくる他の生徒のウケも良くて、おまけに仕事は大手のセイルーン社なんだろ?」
「…それが何だ?」
「それで料理まで出来るってのはさ」

キョトンと首を傾げられる。
皮肉も解って貰えなければ負け犬の遠吠え。
…理解されても結局は負け犬なのだが…と彼は思いつつもやっぱり口にせずにはいられない。
負け犬は負け犬なりにギャンギャン吠えて走り回らなければやってられないのだ。

「反則だぜ。まったくやってらんねー。」

ガリガリと頭をかく彼と首を傾げてそれを眺めるガウリイ。
「なんだ?」と背を向け行ってしまった男を眺め呟くと懐にしまったリナのたまごがブルっと震えた気がした。
それは、”鈍感”と言っているようだったのだがガウリイは…

「お、リナが動いた!…そっかこれが胎児が腹を蹴る感覚みたいなもんなんだな…。」

妙な感慨に耽っていた。



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