0『金糸の迷宮』9

3.よしてくれ 厄介事の 大安売り(その1)



 ――――さすがに。
 いくら冤罪かけられて腹立ったとはいえ、いちおー正式な騎士団に向かって、攻撃呪文をぶっ放した日にゃあ、今度はそっちの罪状で逮捕されるのは間違いないので、あたしは必死に堪えた。


 と、言う訳で。
 今、あたしとガウリイはあの城に連れ戻されて、『取調室』とおぼしき場所で、さっきのムサいおやぢとやり合っている。
「だぁかぁら、言ったでしょっ! あたし達はやってないってっ!!
 大体、いったいどこをどーすれば、そーいう結論になるわけっ!?」
 そりゃー、あたしだってこんな風にあらぬ疑いを掛けられたのは、1度や2度や3度や4度……って情けないからよそう……じゃないけどっ!
 今回は絶対に許せんっ!!
 まして、こんなに悲しんでるガウリイを犯人扱いにすんのは、言語道断だっ!
「第1に、貴様等がこの街に来てすぐに、事件が起こった。タイミングが良すぎる。
 第2に、士団長は顔見知りに奇襲された可能性がある。
 第3に、その男は腕の立つ剣士だそうじゃないか。
 第4に、リナ=インバースの噂は色々聞いとる。貴様がその通りの人物なら、そのくらいやりかねん」
 ぶち。
「あたしは殺人鬼かっ!?」
「何なら、今までの罪状を調べ上げてもよいのだぞ?」
 う゛っ。
 この分なら、どーせあることないこと、みーんなあたしのせいにされて、ますます立場が怪しくなるコトは想像に難くない。
 こんな時は普段の行いがモノを言う――とかなんとか、いつもならガウリイがツッこみそうなものだが、今日は椅子に腰掛けて腕を組んだまま、一言も話さない。
 かなり怒ってる感じだな。無理ないけど。
「だいたいねぇっ! 今あんたがあげたのは、全部状況証拠じゃないっ!
 一つでも物証があるって言うの?
 あたし達が犯人だって言う、確たる証拠が!!」
 あたしの指摘に、少し身を引くおやぢ。
 さては、ンなもの無いのに、勢いで犯人に仕立ててしまおうとしてんなっ!?
 しかし、敵もバカ者ではなかったようで、反撃に転じる。
「ならば! そういう貴様等こそ、あるんだろうなっ!?
 犯人でないと言う確たる証拠がっ!!」
 ぐふぅっ!
 しっ、しまったっ!
「ほぉら、言ってみろ。
 昨日の夕方から、今朝まで何処で何をしておったか?」
 くうぅぅっ!
 別に、後ろぐらいコトはない。ない、が―――なきゃいーってもんでもないのだ。
 確かに、宿酔いしてたあたしが宿から出たのは、医者を呼びに行ったのとネイムへの伝言を頼みに行った5分だけ。ガウリイに至っては、ぶっ倒れて苦しんで
いたのだ。論外である。
 しかし、これをまんま言ったんでは、まるっきし『家にいました。証人は家族だけ』って、疑惑濃厚、怪し過ぎるアリバイまんまじゃんっ!
 な、何か逆転要素はないかぁぁっ!?
「――――オレは具合悪くて、ずっと寝てた。リナは看病してくれていた。それだけだが?」
 ひゃあああああっ! こぉのクラゲ頭っ!!
 だからっ! まんま素直にゆーてどーするっつーのっ!?
「で、証人は?」
「お互いに、じゃ駄目なのか?」
 駄目なんだってば、こーいう時はっ。
「当たり前だ。共謀して口裏を合わせてないという証しはなかろう」
 合わせてないって。ンな高等技術の口先三寸は、ガウリイの許容範囲を越えてるってば。
 けど、それを言っても無駄――か。
 こひつ、黙ってれば、まともに見えるもんなぁ……。
「――なら、本当に彼が具合が悪かったって、証人がいればいいんでしょう?
 少なくともネイムさんは、病み上がりの剣士にあっさり切られる人じゃないことは、あなたが一番知ってるでしょうしね」
 さすがに、これに反論は出来まい。
「医者を呼んで来て。
 昨日は2度も診てもらったから、覚えてるはずよ」
 ガウリイとタメ張るような頭の持ち主でも無ければ、あの高速飛行を忘れられるはずもなかろう。
 こんな時には、大雑把もけっこー役に立つものである。うんうんっ。
 おやぢは部下を使いにやらせると、またあたしの方を見る。
「だが、これで疑いが晴れたわけではないぞ。
 おまえが術をかけている間に、そいつが切る、ということもありうるしな」
 ほんっきで、殺意がわくぞ、おやぢっ。
「―――確かに、あたしはその他に外に出てるわ。
 でもね、宿のおじさんと酒場のバーテンに裏をとってみるといいわ。
 あたしが何か細工をしてる時間なんかなかったって判るから。
 そう――ね、何なら宿から酒場までの通りででも聞き込みしてみる?
 あの雨の中でも、高速で飛んでくあたしは、きっと目立ちまくったでしょうから」
 うーん、街ン中でもかまわず『翔封界』したのが、こんなトコで役に立つとは。
 やっぱ人生、まともばかりじゃつまんないわよね。うんうんっ。
 おやぢは形勢不利な表情で、再び使いを出す。
「―――おい、リナ」
 ぎぎくうぅぅぅっ!?
 た、頼むからガウリイ、これ以上状況を惑わすよーなヘンなコト言わないでっ!
「おまえ――何で、酒場になんて行ったんだ?」
 はへ?
「その通りだ。酒場に何の用があったんだ?」
 うげ。そーいへば、ガウリイには内緒だったんだっけか。
 ど、ど、どーしよふ。
 もう当のネイムはいないし、書類は行方不明になっちゃってるしぃ……。
 視線を泳がせるあたしに、二人の視線が冷たひ。
「え、えーと。あのね。
 ―――ほ、ほら、前の晩、傭兵仕事のネタを教えてくれるって、ネイムさんが言ってたじゃない。あんた酔ってたから、すっかり忘れてるんでしょ?
 それを教えてもらうのに、また酒場で待ち合わせしてたのよ。
 でも、あんたが具合悪くなっちゃったから、とりあえず日延べしてもらおうと思って行ったんだけど、結局まだ来てなくて、伝言頼んで来たって訳」
「―――そうだっけ…?」
「そう・なの。もー、やーねー、忘れっぽいんだからっ」
 あたしはわざとオーバーに見せ付ける。
「――と、言うことは―――」
 おやぢが低く呟く。なんじゃい。
「貴様との約束やらのために酒場に行く途中、士団長は襲われたのだな?」
 あたしは一瞬固まった。
 その可能性は否定――出来ない。
 この襲撃が単なる行きずりの犯行じゃなかったなら、犯人はネイムさんを付け狙ってチャンスを伺っていたのかもしれないんだから―――。
 もし、彼が真っ直ぐにあの奥さん達の待つ家に戻っていたら―――。
 思ってみても仕方ないと判っている。
 でも―――、あの時の彼女の表情が目から離れない。
 どこにでもありふれたようにあるのかもしれない悲しみが、それでも深すぎるほどにひとつ、確実に存在するのは紛れもない事実だから―――。
「―――それは―――、あたしには判らないわ。
 犯人と――ネイムさんだけが知ってるコトよ―――」
 あたしは吐き捨てるように言っていた。


 あたしと副士団長のおやぢが喧々囂々とやり合い、時々ガウリイがボケをかまして――、そんなやりとりが延々々と続き。
 ようやく、使いに出した連中が戻って来て、何とかあたし達のアリバイは証明されたのだ、が。
 いまだ、おやぢの表情は渋いまま。
 まだ疑ってんな、こひつはっ。
 いるんだよー、こーいう、ハナから自分の決めた犯人に固執しまくって、結局真犯人を見逃すような能なしっ。
 いつもなら、こんなしょーもないのは放っておくのだが、今回は――そうもいかなそうな気がする――のは、きーっと思い過ごしではなかろう…。
「貴様等、これからの予定はどうなっている?」
 嫌味を隠しもせず、おやぢが言い放つ。
「疑いは晴れたんだから、『貴様』はやめてよ。
 どうしてそんなことまで申告しなきゃなんないわけ?」
「まだ、貴様等が全く関係していないと証明されたわけではないっ。
 少なくとも、真犯人が捕らえられるまでは、この街から出ることを禁じる」
 ぶちぶちっ。
「―――共犯の可能性がある、って言いたい訳?」
「判っておるではないか、やはり…」
「ち・がーうってのっ!!」
「確信をつかれると逆上する、犯人のパターンだな」
 むかむかむかむかっ。
 こひつっ、容疑が晴れたら、絶対許すまぢっ。
「―――なら、真犯人が捕まれば、万事丸くおさまるってことか?」
 静かなガウリイの声。
「そういうことだ」
「じゃあ、オレ達も捜す。それなら、いいだろう?」
「ほぉー? …っうわぁおっ!?」
 どくわらぐわっしゃんっ!
 椅子に座ったまま高飛車に踏ん反り返ったおやぢに、電光石火の早業でスリッパ・ストラッシュをかまして、あたしはガウリイに詰め寄った。
「ちょっと、ガウリイっ! あんたねぇっ!!」
 彼はゆっくりと顔を上げ――、あくまで静かな決意の彩〈いろ〉を宿した蒼の瞳を向けた。
「――無理につきあえ、とは言わない。
 これはオレの―――」
 少し淋しそうな声を遮るように、はやばやと復活したおやぢの怒号が響く。
「な、な、なにをするうっっ!!」
「何って何が?」
 つらっとして言うあたしをまじまじと眺めて、おやぢは一瞬不思議そうな表情を浮かべた。
「何がって、貴様、今私を……!」
「あーんたが勝手にひっくり返ったんじゃなぁい」
「ごまかすなっ! 緑色の凶器で殴打したではないか!!」
「あたしがぁ?」
 あたしはわざと両手を掲げて、ひらひらと振って見せる。
 さっきぶん殴った緑色のスリッパは、とっくに元の懐の中だ。
 困惑しているおやぢに、あたしは肩をすくめてみせる。
「いやーねぇ、すーぐそうやってヒトのせいにするんだからぁっ」
 おやぢの顔に見る見る血が上って、全身が小刻みに震え出す。
 さらに、地の底から聞こえて来るような、ブキミな含み笑い。
「そーか、貴様がそういうつもりなら、それでもよかろう。
 貴様等が士団長を殺害した犯人を捜すというなら、私は貴様等が犯人だと言う証拠を挙げて見せるっ!!」
 ぶちぶちぶちぶちいぃぃぃっつ!!
「こんの大たわけがぁああぁぁぁぁっっ!!」
 やっぱり、無駄な我慢は身体に悪いっ。以上、教訓っ。


「つきあわなくていいって言ったろう?」
 城からの帰り道、街の大通りを先にたって歩きながら、ガウリイが振り返る。
「何言ってんのよ、病み上がりのくせにっ。
 だいたい、あんた一人で探索したって、何が何だか判んないでしょうに?
 あたしが付き合ってあげてもいいって言ってんだから、感謝しなさい」
 ガウリイは苦笑して、あたしの頭をくしゃっと撫でて―――
「助かる」
 一言だけ、呟いた。


 それから―――。
 近くの食堂で昼食をとった後、あたし達は近所の聞き込みにかかった。
 さすがに、元々ヨソ者とはいえ異例の出世を遂げた歴戦の勇士のことは、街の誰もが知っていた。
 知っていたが――、なまじっか情報量が多すぎると、やたら時間はかかるし、かえって混乱するものである。


 夕方、例の酒場に辿り着いた頃には、もうぐったり。
 まだ本調子でないガウリイも同じで。
「あ、らっしゃい、お客さん。大変でしたねぇ」
 細身のマスターの人なっつこい笑顔が、何も変わらず迎えてくれた。
「こんばんは、今日は証言、ありがとね」
「いえ、そんなことはいいんですが――、真犯人は判ったんですかい?」
 あたし達はカウンターの隅に陣取ると、食事を注文した。
「飲み物は?」
 あたしとガウリイは顔を見合わせ―――、後ろのテーブルに目をやる。
 あそこでネイムと呑んだのは、おとといのことなのだ。
 そう、たった2日前の――― 
「もらおうか。オレとこいつに。―――それに、あんたにも」
「私も――ですか?」
「隊長の弔い酒だ。つきあってくれ」
 ガウリイの淋しそうな微笑みに、マスターは静かにうなずいた。
「お付き合いしましょう。私のおごりで」
「あなたの?」
「ネイムさんには、ごひいきにしていただいて、いろいろお世話になりましたから。
 私ごときが、葬儀に列席するわけにはいきませんので、ここでお弔いさせていただきますよ」
 切ない笑顔の瞳の端に、少し光るモノが見えた。
 あたしは出されたグラスを持ち上げると、目の前にかざした。
「ネイムの安息を祈って」
 ガウリイとマスターも、同じようにして軽くグラスを揺らすと、一気にあおる。
 強い酒は――喉を突き抜けて、胸の奥まで貫くような感じがした。




[つづく]




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