4.謎深く さらなる謎は なお重く(その1)
その後―――。
あたし達はおっさんに付き添って、三度〈みたび〉領主の城に出向いた。
事情を話し、ジェンに取り次がせ。
昨日あたし達がさんざんやりあった、『取調室』で待つことしばし。
やって来たのは、二人の中年男。
片方は見覚えがある。
大たわけのムサいおやぢ、ことジェン。
もう一方は、やたら目付きのキツイ、マッチョな戦士風。
あたしの視線に気付いて、彼が口を開く。
「私はドリュパ、こちらのジェン殿と共に副団長の任にある者だ」
「ご丁寧に。
あたしはリナ=インバース。こちらはガウリイ=ガブリエフ」
「ほお」
いかにも含みのある笑顔。印象は最悪。
「なにか」
「いや。役職柄、魔道士協会にはよく出向くのでな。
噂はかねがね」
「そうですか」
部屋の空気がとんがる。
このドリュパが犯人なのかどうかはまだ判らないが、まともな人物でないのだけは間違いなさそうだ。
騎士団長の地位を手に入れるためになら、隣の男〈ジェン〉も手に掛けそうな――そんな想像をさせる危ない雰囲気がある。
「よくぞ、ネイム団長殺害の目撃者を発見してくれた。礼を言わねばな」
ちっとも嬉しくなさそうな口調。
「それは真犯人が捕まるまで、保留にしておくことですね」
嫌味を目一杯入れながら、あたしは事の次第を説明した。
「なるほど。
では、どの位の人間の前で証言させれば満足なのかな?」
「ドリュパ殿!
こんな傭兵ごとき、無頼の輩の意見をうのみになさるのか!?」
副団長同士、決して仲は良さそうではないな。
「ジェン殿、お忘れなきよう。
騎士団長ネイム殿の前身も、傭兵だったのですぞ」
――こちらの方が役者がかなり上だわ。
ガウリイの方をちらっと見ると、いつものようにぼんやりとしている。
相変わらず聞いてないな、こいつ。
――まあ、こんなイヤミの押収、あたしだって聞いてたくないけどさ。
ため息をこらえていると、ドリュパが目であたしに問うて来た。
「――とりあえず、騎士団の中から何人かと、あとは関係ない執政系の方を数人」
「騎士団だけでは不服か!?」
つっかかり大将軍のジェンが怒鳴る。
「――縦関係ばかりだと、結託する可能性もありますから」
「きっ……!」
「承知した。
ならば、我々と騎士団から五人、執政官を三人でよかろう。
それに君達も同席なら、文句はあるまい?」
凛としたドリュパの答えに、ジェンは見事に口を封じられた。
「けっこうです」
性格には多大に難ありでも、こちらの御仁は無能ではなかったようで。
その後は、不思議なくらいとんとんと事は進み。
少し広めな部屋に据えられた大きなテーブルに勢揃いした、苦手な役人集団を前に――あたしの補助付きとはいえ――おっさんは、さっきよりも少しはスムーズに説明を終えようとしていた。
けれど予想外ということは、どこにでも簡単に転がっているようで――。
「―――では、騎士団長が斬られる所までは、見なかったと言うのか?」
その問いにおっさんは、肯定する代わりに、ちょっと困惑したような反応を見せた。
―――?
隣でずっとぼんやりしていたガウリイまでが、びっくりした顔をしている。
そりゃそうだろう。
「どうしたのかね?」
役人達もざわつく。
おっさんはもどかしそうに、頭をかいた。
「見なかった――はずなんだけどよ………」
そうだ。
さっきあたし達に同じ話をした時、おっさんはあっさり肯定したんだから。
「『はず』とは?」
「いやぁ、そうなんだけど……けどな……、…何か……こう……ひっかかっててさ。
ほら、あるだろ?
喉元まで出かかってるのに、どうしても出てこない…ってヤツがさぁ」
「何か思い出したのか?」
うお、ガウリイが発言したぞ。怪奇現象。
おっさんはガウリイの方を見ながら、さらにもどかしそうに頭をかきむしる。
唸るおっさんを見かねたのか、ドリュパが椅子から立ち上がった。
「今日はこれくらいにしておこう。
最初の要求通り、犯人逮捕まで、おまえの身柄は我々が保護する。
思い出したら、いつでも言えばいい」
おっさんは安堵の表情に変わった。
あたし達は、城の二階に用意された警備付きの部屋までおっさんに付き添って行き、一通り部屋の様子を確かめる。
二つある窓には鉄格子、部屋に面している中庭には、警備の騎士の姿があった。
さらには、部屋の出口にも騎士が二人。
隣の部屋にも一人ずつ。
「ちょっと窮屈だけど、これなら大丈夫でしょ。
じゃあ、おっさん、あたし達もう行くわね。
さっきのコト、しっかり思い出してよっ」
「ああ、世話んなったな」
さすがに疲れたのか、はたまた気が抜けたのか、おっさんは神妙な顔をしている。
「しばらく大変だろうが、犯人が見つかるまでの辛抱だな」
うなずいたおっさんの肩を、ガウリイがぽんっ、と叩いた。
「じゃあね」
「ああ、あんた等も気をつけて」
「達者でな」
軽く手を振りながら、おっさんはドアを閉めた。
そこに、騎士の一人が鍵をかける。「あーあ、こりゃいよいよ虜状態だわね」
「しかたないさ、生命には変えられないって」
「あたしだったらごめんだわ」
「おまえだったら、止めたって自分で犯人探しに行っちまうだろ?」
あたしは隣にいるガウリイを見上げた。
「止めるわけ?」
「止めないさ。そのかわり――」
「そのかわり?」
「一緒に行く」
澱みのない蒼の瞳にまっすぐ見つめられて、あたしの体温がいきなり上昇した。
どんどん熱を帯びて来る頬を自覚する。
ちょ、ちょっ、どっ、どうしちゃったのよっ!?
あたしは思いっ切り慌てて、やみくもに歩き出す。
「リナ?」
後からついてくる足音まで意識しながら、足元だけ見て、なおもずかずかと歩き続ける。
「おーい、リナー」
ごんっっ!
「………だから呼んだのに」
っったぁぁーっ。
「いくら気が急いてたって、ちゃんと前くらい見て歩けって。
ほら、見せてみろ」
ガウリイの手があたしの腕を掴んで、くるりと振り向かせる。
わ―――っ!
待て、待ていぃっっ!!
まだ顔が赤いんだってばぁーっ!!
「―――。
おまえ…、どれだけハデに壁に衝突したんだ? 顔、真っ赤だぞ」
…………………………………。
…今ほど……あんたがおバカでよかったと思ったこと……ないぞ…。
「リナ? 意識しゃんとしてるか?」
すごい心配そうな顔をしたガウリイにまた覗き込まれて、あたしはがくんがくんと首を縦に振った。
「――なら…、いいけどよ…」
普通に考えれば――、あたしは足元ばっかり見てて壁にぶつかったのだ、顔全体なんか打つはずはない。
実際ぶつけたのは額の上だ。
けれど、ガウリイにとっては、昨日の今日である。
再びこりずに衝突したあたしが、また気絶したりしないかどうかの方が優先なのだろう。
何だか、妙にくすぐったいような、嬉しいような。
「――そんなに…、心配しないでってば」
「保護者が心配するのはあたりまえだろ」
ずきゅんっ。
――なっ、なに!?
今度は自分でびっくりする位急激に、今までの熱が一気に引いて行く。
ちょっ、ちょっ、ちょっ……???
こらっ、何なのよ、あたしっっ!?
――何だか自分で自分に振り回されてない!?
あたしは思わずふるふると頭を振っていた。
「おい、どうした? やっぱり変なのか?」
――こんなのはあたしじゃない。
それに今は、そんなコトに気を取られてる時じゃないってば。
しっかりしろ、リナ=インバースっ!
深呼吸してから、腕を掴んだままのガウリイの手を、気合いを入れて、ぱんっ!と叩く。
「もう大丈夫。さ、夕ごはん食べて、もう少し調べてみよっか」
少々の違和感を胸に残したまま、あたしはにっこり笑って見せる。
ガウリイはちょっと呆気にとられていたようだが、すぐに笑い返して来た。
「わかった」
窓から見える日は、もう傾きかけていた。
階段を降りてきた所で、ちょうど回廊を歩いていたドリュパと出会った。
「部屋の確認はすんだのか?」
「ええ。あとはあなた方にお任せします。
大事な唯一の生き証人ですから、くれぐれもよろしく」
「言われなくても心得ている。
騎士団の名にかけても、必ず殺害犯を捕まえねばならん」
「――それが、あたし達みたいなのに協力する理由?」
あたしの指摘に、副団長の瞼がぴくりと動いた。
「――どう取ろうと好きにするがいい。
こちらにはこちらの事情がある」
愛想のないヤツぅ。
まあもう片方のように、やたら的はずれなことばかり、まくしたてられるのも困るけど…。
「――じゃあ。参考までに意見を聞かせてもらえる?」
「何だ?」
「犯人はどうして目撃者を放っておいたか」
意外な表情が、無骨な顔に浮かんだ。
「――自己顕示――ではないか?」
「は?」
実は、今のはカマかけのようなモノだったのだが、この反応はこっちにもちょっと意外だった。
「――根拠は?」
階段を降りた所で、あたし達と対峙するドリュパ。
「――確たるものはない。
だが、もし犯人が暗殺者だったなら、絶対捕まらない自信があるからこそ、そうしたのではないか?」
「――つまり、名を売るため、と?」
「団長の武人としての名は、この近隣にかなり広まっている。
彼を倒したとなれば、実力の証になるだろう。
それには、自己申告だけでなく、何かの証拠が必要とならんか?」
「――なるほど……」
――証拠。
あの書類はそのために持ち去られた可能性もある……?
「おまえ達の見解はどうなのだ?」
お? 逆に質問してきた?
――こいつ…、かなりなりふりかまってないな。
「――一番単純なのは、気付かなかった。
または、そんな余裕がなかった」
ドリュパが、大きく失望のため息。
「あの目撃者の話をそのまま信じるなら、そんな愚かな犯人とは思えなかったが?」
「そうね。
あとは――隠す必要を感じなかった」
「何?」
「おい、リナ?」
広く長い回廊を、一瞬沈黙が支配した。
あたしはドリュパの顔だけをじっと見つめていた。
言動の奥にある、彼の真意を見極めるために――。
「――どういう意味だ?」
「さあ…、まだはっきりとはね」
わざとらしく肩をすくめて見せ。
「でも、いろんなパターンが考えられるでしょ?
有力者の権威でもみ消す算段になっている、とか。
あるいは、ネイムが殺される状況を広めておいた方が、何か都合がいい、とか。
そうでなくても、何かの隠蔽――もしくは誰かの謀略って可能性はありそうね」
「――突飛な発想だな」
「あなたほどじゃないと思うわ」
「――リナ=インバース。
眉唾かと思ったが、案外――」
そう言いかけて、ドリュパが少しだけ笑みを浮かべた時―――
それ、は、起きた。
最初はいったい、何の音か判らなかった。
遠くから響いて来る、慟哭のような――
けれど、身体が勝手に反応していた。
あたしが動いた時には、ガウリイはすでに、階段を二段飛ばしで駆け上がり始めていた。
後ろからドリュパが続く。
おそらく普段から鍛練を欠かしていないのだろう。
あたしをやすやすと追い越して行く。『音』はもう途切れていたが、現場を探す必要はなかった。
すでに近くにいた騎士達が、部屋のドアを開け放って、中に入っていた。
――さっきおっさんが入ったばかりの部屋を。
「何があった!?」
立ち尽くす騎士を押し退け、駆け込んだドリュパの後から入ったあたし達も、部屋の状況を目の当たりにして同じように立ち尽くした。
「―――おっ……さ…ん……?」
自分の声とは思えないような、かすれた声が――漏れる。
そこにあったのは―――、おのが喉をかきむしり、苦悶の表情を永久に張り付けた――変わり果てたおっさんの――亡骸だった。