1『金糸の迷宮』7

4.謎深く さらなる謎は なお重く(その3)



 結局、あたし達は夕飯と情報を求めて、またマスターの店にやって来た。
「いらっしゃい。お疲れさまでした」
 事情を知っているマスターは、ちょっと疲れた感じはあったけど、変わらない笑顔で迎えてくれた。
「――どうなさいました?」
 カウンターに陣取ったあたし達に水を出してくれながら、不思議そうに問う。
「え?」
「いえ、さっきからリナさん、ガウリイさんを見ないようにしているみたいなんで…?」
 ぎくぎくっ!
 す、鋭すぎるぞ、マスターっっ!
 さっきガウリイは言葉通り、通行人がやって来た処で離してくれたけど……。
 どんな状態だったか考えるだけで、顔から火を噴きそうなのだ。
 とてもじゃないけど、ガウリイの顔なんかまともに見られるもんかぁぁっ。
 それを知ってか知らずか、ガウリイの方は苦笑いを見せて。
「やあ、けっこうしんどいことがあってさ」

 あたし達の料理を作りながら、ガウリイの簡潔明瞭な説明を聞き終わったマスターは、深々とため息をついた。
「そりゃあ、大変でしたね」
 目の前に出された高々と盛りつけた皿に、さっそく取りかかるあたしとガウリイ。
 どんなコトがあっても、料理が美味しいというのは、とりあえず幸せなもんである。
「で? マスターの方は、何か情報とかない?」
 3皿目にかかった時、あたしが問うと。
 マスターが自然な動作で屈むと、小声で囁いてきた。
「――実はですね。ちょっと気になってるヤツがいるんですよ」
 マスターは顎でしゃくるようにして、あたし達の後ろを示す。
「さりげなく目だけで見てみて下さい」
 言われた通りにすると、店の一番奥の薄暗い辺りに、一人で酒をちびちびと飲んでいる男がいた。
 年齢は20代の半ばくらいだと思うが、うらぶれた雰囲気が、もっと印象を老けさせている。
 焦げ茶のハンパに伸びた髪は、手入れもされずぼさぼさだ。
 それでも、壁に剣が立てかけてある処を見ると、傭兵か兵士くずれって感じかな。
 何か、絵に描いたような落ちぶれ方なヤツだね。
「――あれが?」
「いえ、実はあいつ、2年程前までここの騎士団にいたんですよ」
「ネイム隊長の下に?」
 ガウリイが、もう一度視線を送る。
「まあ、元々素行のあまり良くないタチで、何度もネイムさんに取りなしてもらってたんですが――、ある時、とうとうとんでもないことをしでかしちまって。
 辛うじて牢屋入りは免れたけど、騎士団は追放、街にもいられなくなっちまったわけです」
「とんでもないことって?」
 何気なく訊いたあたしの顔を困ったように見つめ、苦笑するマスター。
「その、襲っちまったんですな、女を」
 げ。聞くんじゃなかった。
 耳まで火照りながらも、同時にむかむかしてくる。
「ここの常連だったんで、最後に立ち寄ってったんですけど、『ネイムさんの恩を仇で返しちまった。いつか償いはしないと』なんて言い残してったんですよね。
 追放された街にこっそり潜り込むなんて、いい度胸ですよ。
 もっとも、あれだけ落ちぶれてご面相も変わってるから、なかなか気づきゃしないでしょうが。
 もしかしたら、ネイムさんのこと絡みかもしれないかなぁ、なんて思いまして」
 ガウリイが少し身体を横に向けて、無遠慮に男を眺める。
「ちょっと、ガウリイ?」
「マスター、酒を2杯くれ」
「ガウリイさん?」
「ちょっと話してくる。
 おまえさんは危ないから、ここにいて無視してろ。」
 あたしの頭をぽんっと叩いて、立ち上がるガウリイ。
「危ないのはどっちよっ!」
 少し当惑したような表情が浮かぶ。
「――襲われたかないだろ?」
 あたしは火を噴く。
「あいつの名は?」
「ハルダムですが……、本気ですか?」
 出された酒を片手で受け取りながら、ガウリイが軽く微笑んだ。
「傭兵は傭兵同士、ちょっと挨拶してくるだけさ。
 警戒させるとまずいから、あんまりこっちを見るなよ」


 ガウリイはそう言ったけど、そりゃあ無理と言うモンである。
 食事も進まずそわそわしているあたしに、マスターが気を効かせてくれたのか、小声で様子を教えてくれる。
「すごいですね、ガウリイさん。もう一緒に飲み始めちゃいましたよ。
 人当たりがいいからなんでしょうかね?」
 そりゃあ、ガウリイの第一印象の良さは、あたしも認める処である。
 しかぁし。
 あのクラゲ脳で、聞き込みとか駆け引きとか、高等な技なんか出来るわけがないっっ。
 成果を取ってこいなんて言わない。
 せっかくの手かがり、フイにするようなコトだけはしないでくれ〜〜い。
「――あ、リナさん?」
「なぁにぃ?」
 フォークをがじがじと噛んでいるあたしに、軽く声をかけてくるマスター。
「ガウリイさんが呼んでますよ」
「へ?」
 あわてて振り返ると――、確かにガウリイがこっちの方に向かって、手を挙げている。
 その指が2本立つ。
 ――はいー?
「『おかわり運んでこっちに来い』、ってことなんじゃないですか?
 はい、どうぞ」
 言ったマスターの前には、トレイに乗せたさっきと同じ酒が2杯。
 ・・・・ぷろへっそなる。
 自分の料理と飲み物をその横に乗せ、 あたしはガウリイ達のテーブルにゆっくり近づいて行った。
 確かに、2人のグラスは空。
「よ、さすがだな、リナ。イミわかったんだな」
「ま、まあね」
 いつもの笑顔に軽い口調のガウリイに対して、ハルダムという男は、あからさまな警戒心と値踏みしているような視線を向けてくる。
 ええい、そんなんだから女に不自由してんじゃないのか、あんた。
「ハルダム、こいつはリナ。リナ、ハルダムだ」
 ガウリイの仲介に、あたしはトレイを置きながら応える。
「はじめまして」
「ああ。――ガウリイ。
 こいつ、あんたの何なんだ?」
 むかぁぁぁっ。
 何だ、その無遠慮はっっ。
 思わず報復しそうになるあたしの前に、手をかざして遮るようにしてから、ガウリイがとんでもないコトを――言った。
「オレの相棒――兼、恋人だ」



[つづく]




Act.16へいんでっくすへAct.18へひみつ♪