4.謎深く さらなる謎は なお重く(その3)
結局、あたし達は夕飯と情報を求めて、またマスターの店にやって来た。
「いらっしゃい。お疲れさまでした」
事情を知っているマスターは、ちょっと疲れた感じはあったけど、変わらない笑顔で迎えてくれた。
「――どうなさいました?」
カウンターに陣取ったあたし達に水を出してくれながら、不思議そうに問う。
「え?」
「いえ、さっきからリナさん、ガウリイさんを見ないようにしているみたいなんで…?」
ぎくぎくっ!
す、鋭すぎるぞ、マスターっっ!
さっきガウリイは言葉通り、通行人がやって来た処で離してくれたけど……。
どんな状態だったか考えるだけで、顔から火を噴きそうなのだ。
とてもじゃないけど、ガウリイの顔なんかまともに見られるもんかぁぁっ。
それを知ってか知らずか、ガウリイの方は苦笑いを見せて。
「やあ、けっこうしんどいことがあってさ」あたし達の料理を作りながら、ガウリイの簡潔明瞭な説明を聞き終わったマスターは、深々とため息をついた。
「そりゃあ、大変でしたね」
目の前に出された高々と盛りつけた皿に、さっそく取りかかるあたしとガウリイ。
どんなコトがあっても、料理が美味しいというのは、とりあえず幸せなもんである。
「で? マスターの方は、何か情報とかない?」
3皿目にかかった時、あたしが問うと。
マスターが自然な動作で屈むと、小声で囁いてきた。
「――実はですね。ちょっと気になってるヤツがいるんですよ」
マスターは顎でしゃくるようにして、あたし達の後ろを示す。
「さりげなく目だけで見てみて下さい」
言われた通りにすると、店の一番奥の薄暗い辺りに、一人で酒をちびちびと飲んでいる男がいた。
年齢は20代の半ばくらいだと思うが、うらぶれた雰囲気が、もっと印象を老けさせている。
焦げ茶のハンパに伸びた髪は、手入れもされずぼさぼさだ。
それでも、壁に剣が立てかけてある処を見ると、傭兵か兵士くずれって感じかな。
何か、絵に描いたような落ちぶれ方なヤツだね。
「――あれが?」
「いえ、実はあいつ、2年程前までここの騎士団にいたんですよ」
「ネイム隊長の下に?」
ガウリイが、もう一度視線を送る。
「まあ、元々素行のあまり良くないタチで、何度もネイムさんに取りなしてもらってたんですが――、ある時、とうとうとんでもないことをしでかしちまって。
辛うじて牢屋入りは免れたけど、騎士団は追放、街にもいられなくなっちまったわけです」
「とんでもないことって?」
何気なく訊いたあたしの顔を困ったように見つめ、苦笑するマスター。
「その、襲っちまったんですな、女を」
げ。聞くんじゃなかった。
耳まで火照りながらも、同時にむかむかしてくる。
「ここの常連だったんで、最後に立ち寄ってったんですけど、『ネイムさんの恩を仇で返しちまった。いつか償いはしないと』なんて言い残してったんですよね。
追放された街にこっそり潜り込むなんて、いい度胸ですよ。
もっとも、あれだけ落ちぶれてご面相も変わってるから、なかなか気づきゃしないでしょうが。
もしかしたら、ネイムさんのこと絡みかもしれないかなぁ、なんて思いまして」
ガウリイが少し身体を横に向けて、無遠慮に男を眺める。
「ちょっと、ガウリイ?」
「マスター、酒を2杯くれ」
「ガウリイさん?」
「ちょっと話してくる。
おまえさんは危ないから、ここにいて無視してろ。」
あたしの頭をぽんっと叩いて、立ち上がるガウリイ。
「危ないのはどっちよっ!」
少し当惑したような表情が浮かぶ。
「――襲われたかないだろ?」
あたしは火を噴く。
「あいつの名は?」
「ハルダムですが……、本気ですか?」
出された酒を片手で受け取りながら、ガウリイが軽く微笑んだ。
「傭兵は傭兵同士、ちょっと挨拶してくるだけさ。
警戒させるとまずいから、あんまりこっちを見るなよ」
ガウリイはそう言ったけど、そりゃあ無理と言うモンである。
食事も進まずそわそわしているあたしに、マスターが気を効かせてくれたのか、小声で様子を教えてくれる。
「すごいですね、ガウリイさん。もう一緒に飲み始めちゃいましたよ。
人当たりがいいからなんでしょうかね?」
そりゃあ、ガウリイの第一印象の良さは、あたしも認める処である。
しかぁし。
あのクラゲ脳で、聞き込みとか駆け引きとか、高等な技なんか出来るわけがないっっ。
成果を取ってこいなんて言わない。
せっかくの手かがり、フイにするようなコトだけはしないでくれ〜〜い。
「――あ、リナさん?」
「なぁにぃ?」
フォークをがじがじと噛んでいるあたしに、軽く声をかけてくるマスター。
「ガウリイさんが呼んでますよ」
「へ?」
あわてて振り返ると――、確かにガウリイがこっちの方に向かって、手を挙げている。
その指が2本立つ。
――はいー?
「『おかわり運んでこっちに来い』、ってことなんじゃないですか?
はい、どうぞ」
言ったマスターの前には、トレイに乗せたさっきと同じ酒が2杯。
・・・・ぷろへっそなる。
自分の料理と飲み物をその横に乗せ、 あたしはガウリイ達のテーブルにゆっくり近づいて行った。
確かに、2人のグラスは空。
「よ、さすがだな、リナ。イミわかったんだな」
「ま、まあね」
いつもの笑顔に軽い口調のガウリイに対して、ハルダムという男は、あからさまな警戒心と値踏みしているような視線を向けてくる。
ええい、そんなんだから女に不自由してんじゃないのか、あんた。
「ハルダム、こいつはリナ。リナ、ハルダムだ」
ガウリイの仲介に、あたしはトレイを置きながら応える。
「はじめまして」
「ああ。――ガウリイ。
こいつ、あんたの何なんだ?」
むかぁぁぁっ。
何だ、その無遠慮はっっ。
思わず報復しそうになるあたしの前に、手をかざして遮るようにしてから、ガウリイがとんでもないコトを――言った。
「オレの相棒――兼、恋人だ」