1『金糸の迷宮』8

4.謎深く さらなる謎は なお重く(その4)



 あんまり展開が唐突だったので、ガウリイが何を言ったのか初めは判らなくて。
 ようやくイミが理解出来たのは、ムサい髭男が放った言葉でだった。
「――まあ、女の好みは人それぞれだが――、何もあんたみたいないい男が、よりによってこんな発育不良みたいなのと――」
 あたしは頭に血が上ってくるのと同時に、『竜破斬〈ドラグスレイブ〉』を唱え始めていた。
 ぽむっ。
 頭に不意の感触。
 それがガウリイの手だと判る前に、あたしは彼の方に引き寄せられていた。
「そう言うなって。
 ホレちまったら、こっちの負けなんだから」
 さっきより遙かにすごい早さで、別の方向にテンションが跳ね上がった。
 な・な・な・なにをいっとるんだ、このくらげはぁぁぁぁっっ!?
 動悸が激しくなり、顔が真っ赤になってしまう。
 もう呪文などどこかにすっ飛んでしまったあたしは、ガウリイに抗議しようとして――
 その時。
 まるでガウリイの言う関係みたいな密着度のまま、そっと耳元で声がした。
「話を合わせとけ。あいつに襲われたくないだろ?」
 驚きをさらに上乗せしてガウリイの顔を見ると、ちょっと場違いなくらい優しい微笑み。
「こう言っとけば、おまえに手出しなんかしないさ」
 ちょ、ちょっとぉぉ!?
 どんどん鼓動は早くなるばかり。
「……ガウ……」
「おいおい、あんた等がらぶらぶなのは判ったから、話に戻ってくれ。
 そんなに牽制しなくても、俺の範疇じゃねぇよ」
 思わず反論しそうになったが、ぐっと堪える。
 確かに、こいつの前歴を考えれば、安全策をとっておくに越したことはないな。
 あたしはわざと恥じらったような動作で、ガウリイから離れた。
 ――わざとだってば。ホントにっ。
 
「話って?」
 向かい合う男二人の横の椅子に座ったあたしの問いに、髭男――ハルダムだっけ――が答える。
「あんた等、ネイム団長の事件を調べてるんだってな。
 その容疑者の情報を持ってるんだよ」
 !?
 ガウリイに視線を送ると、小さくうなずきが返ってきた。
「詳しく聞かせて」
「――その前に、あんた等が俺を役人に売らないって保証をもらいたいな」
 ハルダムの目にはまだ、疑いの彩りがあからさまにある。
 ――まあ、無理ないか。
 街から追放された身でここにいるのが判ったら、良くて拘留、ヘタすればあの副団長達にネイム殺しの冤罪など着せられかねない。
「――どうすれば信じる気になるのかしら。
 少なくとも、あたし達とドリュパやジェンはオトモダチじゃない。
 あいつ等はこっちを犯人にしたがってるようだから、あんたなんか連行してった日には、共犯にされるのがオチでしょうよ」
 まだ訝しい顔は変わらない。
 うーん、そんなのに証拠なんかあるわけじゃないし――
「オレはネイム隊長に言い切れないくらい世話になった。
 どうしても犯人を見つけたい――力を貸してくれ」
 ガウリイの真摯な声に、ハルダムはしばらく沈黙し――軽く肩をすくめた。
「わかった。
 犯人を捕まえたいのは俺も同じだ。
 出来るだけ協力しよう」
「すまん。助かる」
 ガウリイはほんの少し淋しそうに微笑んだ。
 
「俺は今、商人の護衛をしてる。
 特定の店を持たない行商人ってのは、俺みたいなのには都合がいいんでな」
 知っての通り、旅の行商人は盗賊などの恰好の獲物である。
 多少身元がアヤシかろうと、旅にずっと同行して護衛出来るとなれば、雇い口もあるのだろう。
「ここに来る少し前――エルメキアの辺りでだったか、ある組織の話を聞いたんだ」
 エルメキア、という単語に、ガウリイの瞼がちょっとだけ動いた気がした。
 なんだ?
「『魔の住む森』の側に、えらく腕の立つ暗殺者のアジトがあって――」
「『魔の住む森』って?」
 あたしの問いに、ハルダムが眉をひそめる。中断されたのが気に入らなかったらしい。
「俺もよくは知らないが――何でもやたらとデーモンが出没する場所ってことだ」
「初耳だわ」
「だろうな。
 元々、不可思議なことがよく起きる森だったみたいだが、そんなのまで出るようになっちまったのは、わりと最近らしい。
 暗殺者集団だけでも厄介なのに、一味に魔道士でもいて何かしてるんじゃないか、とにかく物騒だから近寄るなって、あの辺をシマにしている奴等の間で噂になってた」
「――それで? 
 その暗殺者達が?」
「そんなんだから、奴等みたいなのが根城にするには都合がいいんだろう。
 人数も増えて、徐々に力を付けてきてるようだ。
 近頃じゃどういうルートなのかは知らんが、国家間の要人の暗殺も請け負ってるって話だ。
 その中に、どうやらネイム団長の抹殺を依頼した奴がいるみたいで――」
 あたしとガウリイの間に緊張が走る。
「なんで要人なんかがネイム隊長を?
 傭兵時代の絡みか?」
 ガウリイの声が固い。
「そうじゃない。
 いくら隊長レベルだって、傭兵はあくまでも傭兵。
 国は相手にしてない。
 問題は、ネイム団長が騎士団に抜擢されるきっかけになった戦〈いくさ〉だ」
「――つまり、その勝敗をネイムにひっくり返された国の人間ってこと?」
 頷くハルダム。
「どうもそれで没落した有力者あたりらしいんだがな。
 たとえ勝手な逆恨みでも、気がすまなかったんだろう」
 その戦がどういう経緯を辿ったのか、詳しくは知らない。
 けれど、どちらにどんな大義名分があろうと、相手にとってはただの勝手な言い分。
 負けたからと言って、自分達に否があると素直に認められるはずもない。
 どこまでもしがみつき、何もかももろともに破滅の方向へと走りたがる奴もいる。
 この話が本当なら、依頼者はそんなのなんだろう――。
「――ちょっと待って。
 依頼を果たす前はともかく、今この街は閉鎖されてるのよ。
 暗殺者は袋のネズミじゃない」
 ネイムを手にかけた後、発覚する前に街を出る可能性もないとは言えないけど――、夜は門が閉まってしまうここではリスクも大きいだろう。
 あたしが犯人なら、そんな危ない橋は渡らない。
 ハルダムは苦い笑いを寄越した。
「俺がここに来たのは、事件が起きてからだぜ?」
 ――――――。
「――ああ、なるほどね」
 意味深に笑い返したあたしを、ガウリイがきょとんとして見つめる。
「つまり、どこかに抜け穴がある――ってことなんでしょ?」
「そういうことだ」
 得意気に、髭男がガウリイに笑って見せた。
「ちょっと裏の方に縁がある奴等なら、皆知ってることさ。
 昔、街の出入りがうるさくなった頃に、こっそり作られたのが残ってるんだ。
 いろいろ便利なんで、誰も塞ごうとはしないし、表だっても言わないがな」
 暗殺者がこの街を下見に来ていたとしたら、当然その情報は手に入れていたろう。
 そんな便利なモノを使わないテはない。
「ドリュパのおっさんが胸を張ってた警備は、ずっと昔からザルだったってことね――」
 あたしはふっと息を付いて、背もたれにもたれかかった。
 こういう時ガウリイが話さないのはいつものことだけど、今日は何か真剣に考えているみたいだ。
「――あんたの話に信憑性があるのは判った。
 でも、暗殺者を犯人と決めつけるには、確たる証拠がない。
 これだけじゃ、単なるタワゴトで片づけられちゃう確率の方が高いわ」
 ハルダムが渋い顔をする。
「俺もまだ確信があるわけじゃない。
 だからわざわざ危ない橋を渡って、入り込んだんだ。
 それこそ、あんたの言う『確たる証拠』を探しにな」
 彼も彼なりに必死なのだろう。
 正直に言えばあたし達だって、やっと見つけた証人のおっさんが死に、今は何のツテもない。
 少しでも可能性があるなら、調べてみる価値はあるだろう。
「わかった、それにはあたし達も協力する。
 そうね――とりあえず、もう少しその暗殺者達の情報ってないの?」
 考え込んだハルダムに、いつもの調子でいきなり問いを投げるガウリイ。
「誰か詳しいヤツに心当たりないのか?」
「エルメキアの方に行けば、いくらでもいるんだろうが――」
「それは無理だわ。
 今、あたし達がどちらかでも姿を消せば、疑ってくださいって言うようなモノだもの」
「うーん……、絶対とは言えないが……。
 俺の雇い主なら、違うことを知ってるかもしれない。
 行商人って言っても、行く街の商業組合には必ず出入りする。
 商人ってのは情報を重視してるから、そこで何か聞いてるってこともあり得るな」
「雇い主は今どこにいるの?」
「ここの近くの農家に逗留してる。
 もし街が閉鎖されたままなら、壁の外に荷馬車を置いて待つワケにはいかないからな。
 あの人は俺がこの街の出身だってのは知らないが、一足先に確かめて来るって言ったら、怪しまれずに単独行動出来た。」
 ほぉ、けっこーアタマ回るじゃない、あんた。
「そこまで行っても、日帰りは出来るわよね?」
「ああ、悠々だろう」
 そこまで言って、ハルダムが顔をしかめた。
「――だが、あんたはダメだ。
 来るのはガウリイだけにしてくれ」
「な、何なのよ、それっ!」
 あたしのでっかい抗議に、客の視線が集まった。



[つづく]




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