4.謎深く さらなる謎は なお重く(その6)
ばたん!
ばたばたばた・・・
ばさっ!
どさっ!
ばさばさっ!――――――――。
「うにゅ〜〜〜」
何でこんなに動揺してんのよーっ!
あのまま部屋から飛び出して、自分の部屋のベッドで毛布をかぶってるって言うのに、全然治まんない。
たかがほっぺたをつっつかれただけよ?
いつものように、ぷち倒せばよかったじゃないっ!
あの位で、どうしてこんなになっちゃうわけ???
どうして―――?
どうして―――
『おい、リナ?』
どっきゅん。
ど、どうして追いかけて来んのよ、ガウリイっっ!
コンコン……
出ない、知らない、聞こえないっ!
さっさと自分の部屋に戻ンなさいってば!
しーーーーーーん。
こつこつこつ……………ばたん。
ほーーーっ。
ようやく帰ってくれたかー。
――――――――。
――――――――。
――――――――。
――沈黙の音。
ガウリイ、もう寝たんだろうか……?
――あいつ、どうして、あんなことしたんだろ……?
やっと治まってきた動悸に代わって、今度は何だか妙に切なくなってくる。
――何よ、これ?
さらなる不可解な感覚を振り払い、ようやくそろそろと起き出して、宿が新しく用意してくれてるはずのパジャマを探す。
――?
あたしが毛布を思いっきり引っ張ったせいで、床に落ちていたそれは――やたら大きい。
――そっか。
昨日、ガウリイがこっちで寝たから、部屋を変えたんだと思われたんだな。
ってコトは、あっちにあたし用のがあるってことか。
取り替えに行かなきゃ――――行かなきゃ?
どわぁぁぁぁっ。
さっきの今で、どの面さげて取り替えに行けって言うのよっっ!?
はああ。
しょーがない、今晩はこれ着て寝るか。
袖を通してみると、手の先が袖口から出ない。
肩も思いっきり外れてる。
こりゃ上だけで、立派にミニのパジャマで通じるわ。
でっかぁ。
ガウリイはこれでも小さいくらいだったから――もっとでっかいサイズなのか。
ズボン――――あああ、ウエストゆるゆる。
寝てる間に脱げちゃうって。
しゃーない、上だけで寝よ。
あらためてベッドに横になって、ガウリイの行動と自分の反応について考えてみようとするものの――、だめだ、また動悸がっっ。
今は考えないでおこう。
先に考えなきゃいけないコトが沢山あるんだから。
そう、先に何とかしなきゃいけないコトが―――
―――でも、なんでガウリイはあんな―――
ああああああっ。
結局、あたしはほとんど寝られずに、朝を迎えるコトになったのだった。
うーーーーー、朝日が目に染みるぅぅ。
目を擦りながら階段まで来ると、まだ早朝のせいか人の姿が少ない階下の食堂に、ひときわ目立つ金髪の剣士あり。
動悸の再燃と相まって、何かめまいがしそう。
「――おはよ」
「おっ。おはよう」
いつもと変わらないように見えるガウリイ。
極力そう装うあたし。
あたしが注文を済ませると、ガウリイが口を開いた。
「――なあ、今日はどうすんだ?」
「――どっちも行かないってワケにはいかないでしょ。
あんたは最初の予定通り、行商人のトコに行って。あたしは魔道士協会に行くわ」
「それでいいのか?」
「いい――わけないけど、仕方ないでしょう?
だから、これ持ってって」
あたしがテーブルに出したモノを見て、きょとんとするガウリイ。
「何だこりゃ?」
「羊皮紙と『宝石の護符』よ」
「そりゃわかるけどよ。
これをどうしろって言うんだ?」
ああっ、まだるっこしいっっ。
「紙の方は、行商人の言ったコトをメモってくるため」
ガウリイが露骨に難色の表情を表す。
「別にいいのよ〜、あんたがちゃんと全部覚えて来てくれるなら、ねぇ」
あたしの露骨なイヤミに、蒼い目があさっての方向に向き――素直に頭を下げてくる。
「すまん」
うむ、人間素直が一番だぞ。
「それから、こっちはゆうべ作ったの。
あたしの持ってるのと対になってるから、何かあったら壊して。
こっちに伝わるようにしてあるから」
あたしはポケットから同じモノを出して示す。
「――そんなに信用してないのか?」
『宝石の護符』を指で転がしながら、所在なさそうにガウリイが問う。
「あんたの『体調』をね。
目が赤いわよ。
ゆうべ、ちゃんと寝た?」
「赤いのはおまえも一緒だろうに――」
言いかけて、不意に思いついたように。
「――もしかして、これ作ってたからか?」
ちょ、ちょっとっっ、なんでそんなに切なそうな顔すんのよっっ!?
「ちっ、違うわよ。
このあたしが、こんなの作るのにそんなに時間かかると思う?」
ウソは言ってないってば――作ろうって思いつくまでには時間かかったけどさ。
「それならいいんだが……」
こら、信用してないだろ、ガウリイ。
「おまえを呼びたい時でも、壊せばいいんだな?
握りつぶしてもいいのか?」
言いながら、ポケットにしまい込む。
「いいけど――呼び子がわりになんか使わないでよ。
壊すのは何か固いモノにでもぶつけて。
いくらあんただって、手で握りつぶすのは無理だわ」
「敵にでもぶっつけるか」
「壊れなかったらどーすんのよ」
「――相手ごと剣でぶっ叩く」
思わずその光景を想像してしまって、吹き出すあたし。
ガウリイもつられて笑い出す。
「――なあ、リナ……」
あたしが返事を返す前に、朝食が来てしまった。
それでも、何となく普段の調子に戻ってきたみたいだ―――
「じゃあ、マスターの店で待ち合わせ、いいわね?」
「ああ」
「間違って違う店に行かないでよ」
「大丈夫だって。オレが覚えてるトコの方が少ないから」
がくっ。
何が悲しゅーて、大通りの交差点でコケなきゃならんのだ。
そう。
ここからは別行動。
あたしは街の中心部にある魔道士協会へ、ガウリイは街はずれに髭にーちゃんとの逢瀬(うぷぷっ)へ。
「しかし――、大通りをひたすらまっすぐ行った突き当たりの塀、なんて、ヘンなトコを待ち合わせ場所にしたもんね」
「んー?
今みたいなコトを言ったら、あいつがそう指定したんだぜ」
―――はあ、そうですかい。
まあ確かに朝っぱらから、まだ開いてないマスターの店の前で待ち合わせなんかしたら目立ち過ぎる。
あくまでもひっそり動かなきゃならない髭男には、賢明な判断ってトコだな。
「――じゃあ、気を付けてね」
「おまえもな」
「あたしは魔道士協会に行くだけよ。何がキケンだっつーの?」
「いや、『おまえ』が」――――――。
あたしのパンチからひょいと身をかわすと、そのままガウリイは駈けだした。
「ちょっと、ガウリイっ!」
「行ってくる!」
そんなに勢いよく走っていないはずなのに、どんどん姿が遠ざかる。
朝の人通りのまばらな大通りでは、いつまでもそれが見えて――
「――ちゃんと――帰ってきなさいよ」
あたしは小さな声で呟いた。