2『金糸の迷宮』1

5.絡み合う 思惑の果て 紡ぎしは (その1)



 この街の魔道士協会は、街の大きさに見合った程度――つまりは、大きすぎず小さすぎず――と言った規模だ。
 突然の呼び出しなんて、十中八九、厄介事を持ち込んだとかいう話なんだろうなぁ。あーあ。
 まるで試験の面接会場のような個室に通されると、正面のソファに支部長と言うよりは長老と称したいような白髭のじーさまと、その隣に少し若い痩せぎすなおばさん副支部長、横のテーブルに書記らしい黒髪の若いにーちゃんがいた。
 
 どうやら、まずはあたしからの話を聞こうと思ったのか、何のチャチャも入るコト無く、一通りの話は終わった。
 ――ただし、今ガウリイが聞きに行っている関係の情報は、あえて伏せてたけどね。
 この人達から、ドリュパに漏れないとも限らないから。
 もしそんなコトになって、万が一髭男が捕まっちゃったりしたら、ますますあたし達の立場が悪くなっちゃうじゃない。
 
「――話はだいたいわかった」
 ちょっとしわがれた声で、支部長が言う。
「難儀じゃった――と言いたい処じゃが、事の是非はともかく、貴公が疑われているのは事実じゃからのう」
 あら? 意外と好意的?
「それは認めます。完全に否定するに足る証拠がないことも。
 ですが、逆の証拠もありません」
「ふぅむ」
 長い顎髭を撫でると、背もたれにもたれかかる。
「率直に訊きましょう。
 あなたはこれからどうするつもりですか?」
 こちらは少し耳に触るようなキンとした声で、副支部長。
 単なるカンだけど、ドリュパと懇意にしているというのは、こちらのおばはんかも。
 タイプ似てるし。
「今のままではどうしょうもありませんね。
 犯人が捕まるか、あたし達が無罪だという証拠を見つけるまでは、この街から出ることすらままならないでしょうし」
 あたしはわざと、捜査には消極寄りだというスタンスを取って、様子をみる。
 ここで魔道士協会まで警戒されては、ますます動き辛くなるばかりだし。
 もしも上手く転んで、あたし達を身軽にしてくれれば、もっけの幸い。
 さあ、どう来る?
「でも、捜査の真似事のような事をしている。そうですね?」
「身に覚えのない疑いは、一刻も早く解消されるに越したコトないですから」
 おばさんは膝の上で手を組み。
「――騎士副団長殿から、その件でクレームが来ているのですよ。
 捜査の邪魔になる、とね」
 やっぱりチクリの主は、あの目立ちたがりの無能おじんかいっ。
 うー、寝不足で神経ささくれてると、怒りを抑えるのが辛いわ。
 あたしが顔に出そうになるのを必死で我慢していると、支部長が唐突に。
「――貴公の気持ちもわかる。
 じゃが、我々も騎士団の意向は無視出来ん。
 そこでな。ひとつ提案があるのじゃが――」
 ?
 何言い出すんだ? じーちゃん。
「我が協会の依頼を受けて、調査に出て欲しい。
 そうすれば、合法的に街から出られるし、騎士団も納得して捜査に専念出来るじゃろう」
 ――ほほぉ、そう来た?
「――要は、体〈てい〉の良い使いっ走りをしろ、と?」
「口が過ぎますよ」
 こんな時まで説教しないでってば、おばはん。
 この先の人生かかってるかもしれない時に、礼儀なんて二の次、三の次。
 そっちのにーちゃんも、そんなに驚いた顔しないの。
「そう言ってしまったら、ミもフタもなかろう。
 首尾良く片づけられれば、我が魔道士協会の権限にかけて、貴公の疑いは払拭させよう。どうじゃな?」
 つまりは、協力しなきゃ庇ってやんないって、暗に言ってるわけかい?
 こーの、タヌキじじぃがっ。
「――即答はしかねます。
 いったい、何をしろと?」
 じーさんは、隣のおばはんとアイコンタクトする。
 これは――最初からそのつもりだったな?
「ある場所の調査です。
 ――『魔の住む森』と言うのを知っていますか?」
 
 ―――はいー?
 
「エルメキア帝国の南寄りの辺境地域に、広大な森があるのですが――その中央部に最近、非常に強い時空の歪みとも呼べるものが発生しています。
 原因も含めて、それが何なのか確認する事と、出来るなら問題の解決を――」
 ほえ?
 そこまでは知らんかったぞ――って、でもよっ?
「ちょっと待って。
 ――あたしも噂で少し知ってる程度ですが――。
 それでも、そこはならず者達どころか魔族まで横行してるって聞いてます。
 それを、たった二人だけで行けと?」
 おばはんはイヤミな位、にっこりと笑い。
「もちろん、無理をしろとは言っていません。
 出来る限りでけっこう」
 ――おい、さっきじーちゃんは『首尾良く片づけろ』って言わなかったか!?
「リナ=インバースの武勇伝は、色々と聞き及んでいます。
 きっと期待に違〈たが〉わぬ働きをしてくれると、期待しているのですが?」
 そー来たかい。
 
 ――なるほど。つまりは、こういうことか。
 魔道士協会としては、他の協会員とは言え魔道士の末席にある者が、領地の要人殺害の嫌疑を濃厚にかけられているのでは体裁が悪い。
 そいつが捜査にしゃしゃり出て、騎士団の邪魔になることはさらに困る。
 それを、今噂になっている『魔の住む森』の調査に出すとなれば、協会のメンツは保て、騎士団にも義理は立つ。
 途中で斃れてもよし、万が一原因を究明して解決でもしてくれれば、憂いも去り、協会の名声も上がって重畳。
 ――どっちに転んでも、協会にとってはどこか遠くの出来事、全然痛くもかゆくもないってわけね。
 だぁれがわざわざ、そんな手前勝手で危険な依頼に乗るって言うんだ?
 二つ返事で素直に行くとでも、信じてるわけ?
 例の暗殺団が犯人だって確証が出てきて、成敗に行くとか、盗賊団でも大挙しててお宝がっぼり、ってんならともかく。
 何を好きこのんで、危険度大ってわかってて、暗殺団や魔族に会いに行かにゃならんのだ。
 
「どうじゃな?」
「ご辞退します」
 あっさりしたあたしの答えに、部屋の中に明らかな動揺が走る。
 にーちゃんなどは、今にも立ち上がりそうだ。
「――いいの?」
「いいです。
 そんな依頼を受けなきゃならないほど、あたし達にやましいトコなんてありませんから。
 それに――今、相棒の剣士が体調を崩してるんです。
 まさか、半病人を無理矢理同行させて、エルメキアくんだりまで行け、なんておっしゃらないでしょう?」
 最上級の作り笑いと明るい声で言ってやる。
 ほれ、反論出来るならしてみぃ。
「――それいうことであれば、結構です。
 しかし、誠に不本意ながら我が協会は、あなた方へのこれ以上の支援は出来かねます。よろしいですね?」
「仕方ありませんね。
 今後は騎士団の方からクレームが来ても、どうぞ一切無視なさって結構ですから。
 ここでは何の援助もしていないのに、責任だけを負う必要はないですもんねぇ」
 そのくらいでビビってられますかっての。
 かえってこれで、ドリュパが何かしても面倒じゃなくなって、気楽になったわ。
「――わかりました。
 ですが、こちらにも別の協会員とはいえ、街に滞在している魔道士の動向を全面的に放置するわけにはいきません。
 街を出る時は、必ず連絡するように。結構ですね?」
 おばはーん、まるで操られてるみたいに、同じ言い方を繰り返してないか?
 まあ、動揺してんのを悟られたくないんだろうけどさ。
「いつになるかはわかりませんけどね」
「――早いといいですけど」
「お互いに」
 あたしとおばはんのとんがったやりとりに、部屋の空気がぴりぴり言ってる。
 支部長は目を伏せたまま、何か考え込んでいるみたいだ。
 にーちゃんの方と言えば、はらはらしてるってのがもう見え見え。
 
「――どうやらこれ以上話す事はないらしいな」
 しばらくの沈黙の後、じーちゃんが腰を上げた。
「自分で自分の立場を悪くする必要があるのかしらね?」
 続いて立ち上がりながら、おばはんがあからさまな不快な視線を向けてくる。
「なら――あなたがあたしの立場なら、喜んで『魔の住む森』に出向くと?」
 研究タイプの魔道士にとって、調査だけならともかく、魔族との戦闘など無理な相談。
 さすがに「YES」と即答出来るほどまでには厚顔無恥ではなかったらしく――おばさんはそのまま何も言わずに、退場して行った。

 やーれやれ、ようやく解放かっ。
 さっさと外に出て、聞き込みにでも行こうっと。
 本当は今からでもガウリイを追っかけたいとこだけど、あの髭男、『先に教えたら、無理にでも押し掛けてくるだろうから駄目だ』なんて言うんだもんなー。
 そんなの当たり前じゃない、ったくケチなんだから。
 
「――あの……、リナ=インバースさん?」
「へ?」
 急に声かけられて顔を上げると、書記をしていたにーちゃんがこちらを見ていた。
 年の頃はあたしより上――ガウリイと同じくらいかもしれない。
 短めの髪に灰色の瞳――あんまり目立つ容貌じゃないな。
「まだ用が?」
「いっ、いえ、用ってほどのものじゃあ……」
 何だ? もじもじして。
 挙動が不審だぞ、あんた。
「あっ、あのー。
 ぼっ、僕、あなたのファンなんです!」

 
 ずんがらがらりんっ。
「だっ、大丈夫ですか!?」
 椅子から転がり落ちたあたしに、にーちゃんが慌てて手を貸そうとする。
 な・な・なんなのよぉ、こいつはっっ!?



[つづく]




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