2『金糸の迷宮』3

5.絡み合う 思惑の果て 紡ぎしは (その3)



「――もうしないって誓える?
 あたしの――噂は知ってるはずよね。
 もし、二度とこんなコトしたら――」
 やだ、声が震えそう。
「しません、しませんっっ」
 にーちゃんの必死の声。
 深呼吸して、震えを抑える。
「最後にもう一つだけ教えてくれたら――なかったことにするわ」
「な、何でしょう?」
「ネイムさん家の詳しい場所――知ってる?」


 昼ご飯に大通りのてきとーな店に入ったものの、食欲なんてなかった。
 寝不足のせいかな、なんて思ってみても、心は正直。
 あたし、そんなにウブなつもりじゃないのになー。
 たかがミーハーのにーちゃんに、手を握られて――×××されそうになってパニくりました! ……自爆しそう。
 ったく、深窓のご令嬢とかでもあるまいに。
 もしこれが他のヤツがやったんなら、間違いなく笑い倒してるね、あたしゃ。
 もうっっ、もっと強力な呪文で吹っ飛ばしてやればよかったっっ!
 ――無意識で自制が働いちゃったのかな?
 これ以上、立場を悪くしたくなくて?
 
 ―――――違う。
 きっと違う。
 どうしてだかわかんないけど――きっと。
 
 ふう。
 食事の手を休めて、向かいの席を見る。
 ――どうして、ここにガウリイがいないんだろ……。
 どぎゃ。
 なに、なに、何なのよー、今のっっっっっ。
 待ってりゃそのうち、いつもののほほーんって顔で帰ってくるヤツを、わざわざ懐かしんでどうすんのよぉ。
 もおぉ、しっかりしなさいっ、リナっ!
 これで、ガウリイが帰ってくるまでに何か成果なかったら、立つ瀬ないわよっ!


 教えられた通りに行くと、ネイムの家は簡単に見つかった。
 なるほど、こりゃネイムがすぐわかるって言ったはずだわ。
 それほど大きくないけど、立派な作りの家の周りを、ぐるりと飾り塀が囲んでる。
「なるほどね――」
 単なる高い塀なら、目隠しにはなっても、中に入り込んでしまった賊にはかえって動きやすい。
 けれどこの飾り塀なら、高さと形状で賊は進入し辛く、上手く入れても道路から丸見えだ。
 これだけでも、ネイムが自分達が狙われる可能性があるコトを考慮していた、というコトになる。
 弔問客なのか、単なる野次馬なのか、塀の周りにたむろしている沢山の人間の中に混じって、中の様子を確かめると――。
 舅が将軍というのはガセではないようで、喪服姿ながらあきらかに訓練を受けている兵士らしいのが何人も、庭にも家の中にも歩いている。
 無論、弔問の目的もあるのだろうけど、多分さらなる被害――自分の愛娘と孫達を護るために、将軍が差し向けたのだろう。
 こりゃあ、ちょっとお邪魔してお話聞かせて、ってのは無理だなぁ――。
 それでなくても、奥さんのあの憔悴ぶりだけでも気がひけるっていうのに。
 うーん、どうしたもんかなー。
 
「おい、そこの魔道士の女」
 へ?
 気が付くと、人の間をすり抜けるようにして、細身だけど身のこなしにスキのないおっさんが近寄って来ていた。
 わ、やば。
 さすがに、人混みの中とはいえ、喪に服してる場所でこの恰好は目立ったか。
 でも、ここで逃げ出したらますます疑われるばかりだし――。
 関わりたくないと思ったのか、人垣がささっと引いていく。
 こらっっ、正直すぎるぞ、あんたらっ!
「――何でしょう?」
 極力平静を保って尋ねる。
「何用だ? 魔道士協会のさしがねか?」
 すげー紋切り口調ぉ。さては、前にも何かあったんか?
「違います。
 あたしは確かに魔道士だけど、ここの所属じゃありません」
「では、なぜここにいる?」
「ネイムさんの知り合いなんです」
 うあ、このシュチュエーションで言うと嘘くさぁっ。
「何? ――名は何という?」
「リナ=インバース」
 兵士らしきおっさんが妙な反応をする。
「ちょっとこっちに来てもらおう」
「なんで?」
「来ればわかる」
 愛想無く、すたすたと先に歩いていってしまう。
 ええぃ、ここまで来たんだ、付いてってやろうじやないっ!
 
「ここだ」
「……ちょっと、ここだって……!」
 あたしの抗議に構わず、目の前の凝った装飾のドアをノックする兵士のおっさん。
『なんだ?』
 中から凛とした渋い声。
「リナ=インバースなる魔道士を連行いたしました」
 連行って……、ちょっとおっさん、何でネイムの家ン中に連れてくるのがそうなのよっ!?
『わかった。入れ』
 兵士がドアを開けると、ドアの陰になる側のソファに、重鎮という名称が似合いそうな初老の御仁が座っていた。
 その顔には見覚えがある――。
 ――昨日、葬列でネイムの子供を抱いていた人。
「ご苦労だった」
「はっ」
 おっさんが出ていくと同時に、御仁が話しかけてきた。
「部下が失礼しなかったかね?」
 さっきとはうって変わった穏やかな声。
「いいえ。
 あたしに御用とは何でしょう――閣下?」
「儂をご存知か」
「いえ、ご身分はさっき余所で聞いたばかりです。
 ですが、明らかな兵士相手にに命令出来る立場の方となれば、おのずとわかりましょう」
「なるほどな。話通り、聡明な娘さんらしい。
 まずは、座りたまえ」
「はい。失礼します」
 あたしが正面に座ると、少々疲れが見えるものの、優しい微笑みがあった。
「このたびは――お悔やみ申し上げます」
「痛み入る。
 ――今日は1人かね?
 てっきり、相棒の剣士殿も一緒だと思ったのだが」
 ガウリイを知っているの?と訊こうとして、思いとどまる。
 あたしのコトを知ってるなら、当然彼のコトも知ってるに違いない。
「ガウリイは――少々体調を崩しておりまして」
「ハース――義理の息子の事件のせいかね?」
 ハース? ……そっか、ネイムさんのファーストネームの愛称か。
「いえ、その前からですが、それもかなり堪えているようです」
「そうか――、彼にもぜひ会ってみたかったのだが」
 明らかな失望の含み。
「あたし達のコトはネイムさんから?」
「剣士殿のことはずいぶん昔にな。
 君のことは事件の後、娘から聞いた」
「お嬢さん――、ネイムさんの奥さんのことですね」
「そうだ。
 気丈にはしているが、ハースのことが相当堪えているようだ。今は休ませている」
「そうですか――」
 派手ではないが、価値のある調度の置かれた――おそらく客間か何か何だろうけど――部屋に、しばらくの沈黙が訪れる。
 目の前のロマンスグレーと称していいような、穏やかなそうな人は、今だけを見ているととても国軍の指揮官とは見えない。
 この辺は、ネイムと似ているかもしれないな――。 
「――それで、あたしに御用と言うのは?」
「――儂自身は、特に用と言う程の事ではないのだが。
 娘が――君達がハースのことを知ったら、必ず訪ねてくるだろうと言っておってな。
 今日は無理だが――、とりあえずあれが会いたがっているというのだけでも伝えておこうと思って、部下に指示しておいたわけだ」
「奥さんが? あたし達にですか?」
「あれはハースから色々と聞いているようだ。
 何か話したいことがあるのだろう」
 うーん、このヒトが娘さんを深く愛してるのがわかるなぁ。
 こんな父親が、地位目当てだけで取り入ってくる男なんかを、娘婿にするとはとても思えない。
「――わかりました。
 奥さんの具合の良くなった頃にでも、あらためてお伺いします」
「剣士殿の方もな。
 ――もし、市井の医師でらちがあかないというなら、良い医師を紹介しよう」
「ありがとうございます……。
 ――ですが、閣下、どうして一度も会ったコトのない傭兵などに、そこまでご親切にしてくださいます?」
 あたしの疑問をあっさり吹き飛ばすように、将軍は笑った。
「ハースの目の確かさは、儂も十分認めておる。
 何度も話してくれた時に、剣士殿は弟か息子のようだと言っておったのでな。
 儂の目の届く範囲で彼に何かあっては、あれに申し訳がたたん」
 そう――か。
「閣下は――ネイムさんを慈しんでおられたんですね」
 シワの深いハシバミ色の瞳が憂いを帯びる。
「あれを最初に見いだしたのは儂だ。
 この上なく気に入って、ぜひ娘の婿にと申し出たが、ガンとして固辞されてな。
 それでも諦め切れなくて、息子としてでもいいからと食い下がった位だ」
「はあ……」
 なんだやっぱり、取り入ったなんて噂はデマなんじゃない。
 ネイムさんのコトを思い出してしまったのか、将軍の目が潤む。
「――すまんな」
 ちょっと自嘲したようなかすかな笑み。
「いいえ。どうぞお気になさらずに――」
 ネイムもそうだったけど、このヒトにも人の警戒心を解く力がある。
 信じられると思わせるだけの雰囲気を持っている。
「――あたしがネイムさんに会ったのは、たった一度だけでしたが、それでも人柄はよくわかりました。
 奥さんやお子さん達を大切にしていることも――」
「そうか」
 ――話してしまってもいいだろうか?
 この人はどんなコトを聞いても、ちゃんと対処してくれるとは思うけど――。
 あたしの迷いを見透かしたように、将軍が問うてきた。
「ハースは、あの日君に会う約束になっていたと聞いたが――。
 その用は足りたのかね?」
 うあ、鋭い眼力。ごまかしはきかないな、こりゃ。
「――いいえ」
 あたしは少し声を落とし。
「閣下。
 これからお話するコトは、秘密にしていただけましょうか?」
 将軍の顔が引き締まる。
「ハースの件に関係あることなのかね?」
「まだ――どちらとも言えません。
 けれど――ただの偶然とは思えないので」
「わかった、他言はすまい。
 だが内容によっては、君に聞いたという事以外は、公にせねばならんかもしれん」
「――それは、閣下のご判断にお任せします」
 
 将軍は時折質問を混ぜながら、上手く話を引き出してくれた。
 確かに、その立場にある者には必要な能力なのだろうが。
 ――あたしは初めて、事件の全容をまともに把握してくれる相手に出会えた気がした。
「なるほど。
 ハースほどの剛の者を一撃で斃し、騎士団に護られた城の中で目撃者の口を封じる――。
 どう考えても、並の相手ではあるまい」
「はい。
 今までの情報からだけで考えても、単なる襲撃事件ではないと思います」
「おそらくは複数。
 それも組織立った系統で動いているのかもしれん。
 もしかしたら、貴族階級や城の関係者の中に、内通者がいる可能性も否定は出来んな」
「やはりそう思われますか?」
 深くうなずく将軍。
「その暗殺団の調査は、剣士殿の情報を待つとして――。
 内通者の調査は、儂が引き受けよう」
 は?
「そんなに驚かなくてもよい。
 儂にとっても、大事な息子を手にかけた犯人は憎い。
 直接この手で捕らえられずとも、協力は惜しまんつもりだ」
 力強い語調。
「ありがとうございます、閣下」
 何だか少しだけ重たいモノをおろせたような気がした。
「――ところで、剣士殿が情報を聞きに行っているとの事だが、大丈夫なのかね?」
「え? ええ、ちゃんと対策は立てましたから――」
 瞬間、将軍が不思議そうな表情になる。
 あ――しまったぁっ。
 体調のコトを心配してくれたのね、閣下っ。
 ついついいつものクセで、てっきりガウリイのクラゲ頭のコトかと――。
「あ、あのですね、これを持たせてあるんです」
 慌てて、ポケットから『宝石の護符』を出して見せ、
 何とかつじつまの合うように説明する。
「なるほど。
 魔法の道具については、多少小耳に挟んだ事はあるが、便利な物があるもの―――」
 将軍の言葉は、途中で遮られた。
 突如、あたしの手の上から放たれた、強烈な光で。
「何だ!?」
 さすがの将軍も腰を浮かす。
 あたしも予想外の出来事に驚いていた。
 今朝、ガウリイに渡した『宝石の護符』の片割れは――異様な光を放っていた。


[つづく]




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