2『金糸の迷宮』4

5.絡み合う 思惑の果て 紡ぎしは(その4)



 ――何よ、これっ!?
 対の護符を壊しても、こんな激しい反応はしないはず――。
 どうしちゃったのよ、ガウリイっ!?
「――これは剣士殿に何かあったと言うことかね?」
 それはあたしが知りたい。
「――まだ――わかりません。
 閣下、呪文で調べるのに、少しの間場所をお借りできますか?」
 将軍は快諾して、客間に近い小部屋に案内してくれた。
 宿泊客用なのだろうか、宿のような作りになっている。
 ただし、家具類は比べ物にならないくらい立派だが――って、そんな場合じゃないって。
 あたしは真ん中にあるテーブルに陣取って、『探索』の呪文をかけ始めた――。


「おお、わかったかね?」
 さっきの客間に戻ると、将軍の方から近付いてきた。
「ええ、だいたいの方角は。
 ――でも、位置を特定する前に、反応が消えてしまいました。
 本当なら小さなカケラでも存在している間は、反応が続くはずなんですが――」
 これもまた、おかしい話だった。
「不測の事態だと?」
「はい――」
「考えられる状況は?」
「――わずかなカケラも残さずに消滅した――か――」
 自分の発した言葉に、悪寒が走る。
「いずれにせよ、尋常でない状態と言う事だな」
 さすがに場数は踏んでいない、将軍はもう冷静さを取り戻しているようだった。
「話の途中で申し訳ありませんが、今からそちらの方に行ってみます。
 何にせよ、ガウリイに何かあったのは間違いないですから」
「気を付けて行かれよ。
 剣士殿に無事会えたら、今度こそ一緒に来てくれたまえ」
「はい。もちろんです」
 気が急いて走り出そうとしたあたしを、将軍が引きとめた。
「これだけは、剣士殿のいないうちに伝えておいた方がよかろう。
 例の書類の件でハースが言っていた事を、一つだけ思いだした」
 あの書類の?
「確かこうだった。
 『[光の剣]の所持者一族に、すべての謎は隠されているのかもしれない』
 !?
「儂はこの件は詳しく知らんし、その書類を見たこともないが――、ハースが何年も調べていたとすれば、わずかな量ではなかろう。
 君と外で会うのに、一切合切持ち出したとは考えにくい。
 少しは何か残っているかもしれん。
 儂はこの家に同居しておらんのでわからんが、後で娘に会った時に、置き場所を知らないか聞いてみるといい」
 ――そうか――何も清書された書類じゃなくても、少しでも手がかりがあれば――!
「どうもありがとうございます、じゃあ」
「飛んで行くのなら、道路に面していない突き当たりのテラスから出るといい」
 うわぉ、そこまで気が回るの? さすが指揮官っ!
「わかりました」
「剣士殿によろしくな」
 それには手を挙げてだけ答えると、廊下を駆け抜ける間に増幅の『翔封界』を唱え、指示されたテラスから舞い上がる。
 低く飛んでいては人目に付く。
 あたしは思いっ切り高度を取ると、さっき反応のあった方向へと向かった。



 ――心臓の騒ぎが治まらない。
 喉の辺りで、鼓動が聞こえる。
 あれを作ったのは、あくまでも安全パイのつもりだったのに。
 本当に使って欲しくなんか――そんな事態になんてなって欲しかったワケじゃないのにっ……!
 ――ううん。
 ――そんなコトないっ。
 絶対にない。
 ガウリイのコトだから、またうっかりして壊しちゃったとかじゃないの?
 もうっ、無事でいないと、絶対承知してやんないんだからねっ!
 
 街から街道沿いに目を凝らしても、普通の旅人がまばらに歩いているばかりで、一向にガウリイの姿はなく――。
 林が農村風景に変わった辺りで、視界の端に目を引く物が映った。
 ――馬車のホロ……?
 ハルダムは『雇い主は馬車の所で待っている』って言わなかったっけ?
 急いで引き返すと、家からは死角になるようにして、そっと馬車の陰に降りる。
 防犯のためなのか、馬は別の所に繋がれているようだ。
 そっとホロをめくってみると、中には多量の荷物。
 やっぱり――ここだな。
 今度は手近な窓に忍び寄って、様子を伺うと――。
 男が二人、話しているらしい声が聞こえてきた。
『――じゃあ、このまま次の街に向かうのは決定なんですか?』
『今回の荷は生モノじゃないが、季節の品だ。時期を過ぎてはさばけなくなる。のんびりしてはられない。
 ――まだ問題があるのか?」
『――いいえ』
 どうやら――片方はハルダムのようだ。
 とすると、もう片方は雇い主?
 ガウリイは? もういないの?
 少しそこで様子見してみたものの、明日からの段取りを話し合っているだけで、一向に状況が変わる気配がない。
 いらいらいらいら……
 えーい、いっそ顔を出して訊こうかぁ?
 ――いやいや。短気は禁物。
 ここでそんなコトしたら、魔道士嫌いの雇い主に騒がれて、余計に時間をくっちゃう可能性の方が大きい。
 もし何かの用でガウリイが席を外しているだけなら、もういい加減戻って来ていいだろうし、第一こんなに時間がかかってたら、二人の間にそれらしい話が出てもいいはずである。
 これはもうガウリイは帰ったと考える方が妥当だ。
 さっきの会話から察するに、ハルダムがここに残っているのは、雇い主が違う街に直行するのを決めたせいか――。
 商売を見送った街に、それ以上探りを入れる必要はない。
 もう彼が街に戻る口実はなくなってしまったのだろう。
 だとしたら――ガウリイは今独り。
 ますますイヤな感覚が広がる。
 それを振り払うように、あたしはまた飛び上がった。


 ガウリイがまっすぐ街に戻ったなら、街道は一本道、他には行きようがない。
 さっきの農家が街の一番近くの人家で、あとは林が続くばかり。
 考えられるのは――、どこかで動けなくなっているか――それとも――
 勝手に浮かびそうになるイヤな想像を、無理矢理抑え込む。
 あたしは出来るだけ低く飛んで、休めそうな所などを探して行く。
 それでも――ガウリイの姿は――どこにもなく。
 ――もしかしたら、行き違いになったのかもしれない。
 そう思い直して、街に戻った頃には――もう陽が傾き始めていた。


 夕食と酒盛りの客達で、大通りは相変わらずごったがえしている。
 結局、人混みの中にもガウリイの姿を見つけられないまま、あたしはマスターの店まで辿り着いてしまった。
 ――そっか――店とは言ったけど、その前でって特に指定しなかったわよね。
 自分でも虚しくなるような期待と失望を抱えたまま、ドアを開く。
「あ、らっしゃい。リナさん。
 ――ガウリイさんは?」
 今はマスターの微笑みが憎い。
「――ってコトは、まだ来てないのね…」
「待ち合わせでもなさってたんですか?」
「――そうなんだけど……」
 悪あがきのように見渡した店の中は、やはり変わらず煙と人々の喧噪。
 あたしはとりあえず、カウンターの真ん中に陣取った。
「先にお食事でもしてますか?」
「――ガウリイが来てからでいいわ。何かソフトドリンクくれる?」
 マスターは頷いて、ミックスジュースを出してくれた。


 飲み干しても――、一向にガウリイは現れなかった。
「いらっしゃいませんねぇ」
 皿を洗いながら、マスターが言う。
「うーん……、ガウリイのコトだから、また場所がわかんなくなってるのかもね。
 前科あるし――」
 入口の方に視線を固定したまま、あたしは呟いた。
「どうなさいます? また伝言でも?」
 ――――伝言。
 永遠に届くコトのなかったネイムへの伝言。
 あの時、彼はここに向かう途中で―――。

 唐突に。
 全身が総毛立った。

「リナさん?」
「マスター、――あたし、もう一回その辺見てくるわ。
 もし、ガウリイが来たら、ここで待ってるように――」
「承知しました。行ってらっしゃい」
 あたしは勢いよくドアを開けると、外へ躍り出た。
 のしかかってくる不安が、どんどん大きさを増していく。
 それをなだめるために思考を巡らせるより、ただガウリイの姿を探すことで頭がいっぱいになっていた。
 
 ガウリイ…。
 ガウリイ。
 ガウリイっ!
 
 脳裏にまるで悪夢のようなビジュアルが浮かぷ。
 何者かに切り斃されたネイム。
 その姿に、否応なくガウリイが重なる。
 それは見る見る赤く染まり――
 思わず叫びそうになるのを、必死で堪える。



 人波にもまれ、どこをどう移動したのかわからなくなった頃――。
 息が上がって止まったあたしは――通りの先で行き交う人垣が、徐々に割れていくのに気付いた。
 その間をすり抜けるようにして、ゆっくりと長身の金髪の剣士が――出てきた。
 
「ガウリイっ!」
 反射的に駆け出したあたしの呼び声に、ガウリイは頭を上げ――、
「…リナ…」
軽く手を振り。
 それから、その場に立ち止まって――何かを出そうとするように、ポケットに手を突っ込んだ。
 その姿を見ながら、あたしの中で色々な感情が交錯する。
 ――やっぱり何もなかったんじゃない!――安堵と。
 ――ちょっと、何やってんのよ…!――じれったさと。
 ――よかった、ちゃんと帰ってきたんだ…!――喜びと。
 ――もう、こんなにヒトを心配させて!――怒りと。

「…………!?」
 すぐ近くまで来て、あたしはようやく気付いた。
 緩慢な動作でガウリイ出したモノは、あたしが今朝渡した羊皮紙。
 そして。
 こちらに向かって微笑んだその顔は――、夜目にもはっきりわかる程――蒼白だった。
「…ガウリイ…、あ、あんた……?」
 あたしが言い終わる前に、ガウリイは誇らしげにも見えるような表情で、ゆっくりとそれを差し出し―――
 一瞬、その手がビクンと震えた。




 ――いったい何が起きたのか。
 目の前に具現するさっきまでの夢想。
 赤。
 ただ赤だけを視界が捉える。
 これは――何?
 
 それがガウリイの口元からほとばしっているのだと、ようやくわかったのは――
 まるでスローモーションのように――ガウリイの身体が傾き始めた時だった。
 赤の飛沫が、動きに合わせて残像のように軌道を作っていく。
 手から放れた紙が、後を追い――。
 まるでモノのように、大きな身体が地面に落ちて――小さく跳ねて――動きを止めた。
 
「ガ……」
 群衆の静寂の中。
「ガウリイっっ!!」
 ようやく呪縛から解き放たれた、あたしの叫びだけが響き渡った――。



[つづく]




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